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公務員、異世界で勇者に求婚される  作者: 弥永 みき
公務員、勇者、それから魔王
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魔法使いの隣



「……と、いうわけで、魔法において髪色は重要な役割を持つけれど、決してそれが全てではない。そこにいる黒髪のお姉さんは地毛だけど全く魔法は使えない」


子供たちの好奇心に満ちた瞳が講堂の出口付近に佇んでいた梨沙のもとへ一気に向けられ、そしてまたアルベリッヒのもとに戻っていく。アルベリッヒの語り口調は優しく、堂々としていて、いつもの気弱さを微塵も感じさせない。

 勇者一行の魔法使いである以前に、彼の言葉は生徒たちの胸にストンと落ちた。


 先日、アルベリッヒに講演の依頼をしたディラン初級魔法学校。その場所を担当者として訪れた梨沙は魔法使い様の様子に感心した。


「だから、黒や紺、赤い髪を持っている子も、そうでない子も、魔法という力の前では平等なんだ。この学校でどう学ぶか、それが一番大事なんだ」


そう彼が話を締めると、会場は大きな拍手で包まれた。生徒たちは憧れのまなざしでアルベリッヒを見つめていた。


「意外そうな顔をされているが、ああ見えて教師の才能もあるお方ゆえ」

「そうですね、私も魔法の使い方を丁寧に教えていただきました……身にはなっておりませんが」


 生徒一人一人の質問に答えるアルベリッヒ。そんな姿を見ながら、依頼者であるユエンは独り言のようにぽつりと言葉を漏らした。


「アルベリッヒ様は、なぜ勇者一行に参加されたのだろうか」


 諦めとも、恨みともつかない、うっすらとした悲哀を含んだ言葉。アルベリッヒを親愛の目で見ているユエンがそう言葉を零したことが梨沙には不思議だった。


「あの人は……心なしか教会に対立する立場を取っておられた。それなのに、教会からの託宣により魔の王を討伐する集団に属するなんて」


 アルベリッヒが教会と対立していたこと。教会が勇者たちを選んだこと。そのどれもが梨沙の知らない話だった。


「まさか、十年も学校に戻ってきてくれないとは」


 ユエンは諦めているのでも、恨んでいるのでもない、アルベリッヒが学校を離れたことが寂しいのだ。だからこそ、様々な髪色を持つ生徒たちと触れ合うアルベリッヒのことを、ユエンは眩しいものを見るように、目を眇めて見る。いつの時代か、この風景は当たり前のものだったのだろう。


「まぁ、そんな愚痴を言っても仕方ない。あの方のことですから、休暇代わりに旅に出ているのかもしれませんな」


 フン、と鼻を鳴らしてユエンは腕を組んだ。




「時間、過ぎちゃってごめんね。送っていくから、ちょっとまっててね」


 生徒たちにサインだ握手だともみくちゃにされていたアルベリッヒは、少し乱れた衣服を正して申し訳なさそうに頭を下げた。


「大丈夫ですよ。それにしても、生徒さんたち喜んでましたね」

「うん。ユっくんの教育が行き届いているね。マリナも行きたかっただろうになぁ」

「……許可が出ないんじゃ仕方ないですね」

「そうだね」


 ユエンに話を聞いてしまった手前、教会からの許可という言葉を出すのはためらわれた。撤収する準備を整えたアルベリッヒは気にしていないように見えた。過去に取っていた立場はどうあれ、梨沙は今のアルベリッヒしかしらない。

 少なくとも、アルベリッヒは教会の聖女であるマリナには優しく接しているように見えた。そうであれば十分だった。


「そういえば、『ベルデンガド』って知ってますか?」

「んー、聞き覚えはないけど……何かの呪文?」

「住民の方の質問で、サラダに使う材料なので野菜だと思うんですけど」

「野菜か……それならマリナのほうが詳しいかもね」

「あっ、確かにマリナ様は料理上手だから知ってるかもしれませんね」

「確かに、マリナは料理上手だけど……いや、なんでもない」


 急に口を濁したアルベリッヒは、それ以上追及されるのを拒むように目線を下げた。『料理上手』以外で『ベルデンガド』を知っている理由があるのだろうか。趣味で野菜が好きとか? そういえばマリナの部屋にはやけに植木鉢が存在していたことを思い出す。家庭菜園の趣味でもあるのかもしれない。


「今度会ったときに、知ってるかどうか聞いてみますね」

「それがいいと思うよ。あっ……そうだ。リサ、少しだけ髪を切らせてくれないかい?」

「えっ?」

「今すぐでなくていい。リサには確かに魔力があるのにどうしてそれが表に出ないのか、研究させてほしいんだ」


 アルベリッヒの言う通り、いまだに梨沙の魔力とやらは作用することがない。この数か月、何度もアルベリッヒが指南してくれたというのに、鳥の羽一枚浮かせることができないのだ。「そもそも異世界人だから、本当は魔力なんてないんじゃないか」と訴えるけれど、アルベリッヒは頑として首を縦に振らない。梨沙には魔力がある、と一点張りなのだ。


「……分かりました。構いませんよ。アルベリッヒ様の準備が整ったら教えてください」

「分かった。くれぐれもレスには内緒にしてね」


 見つかったら絶対めんどくさいことになる、と呟く魔法使い様に同意して梨沙も頷いた。


 テルダ商会の事件などなかったかのような街を歩く。いつもと変わらない春らしい気候は過ごしやすい。名も知らぬ花と、はしゃぐ子供たちの声、活気あふれる商人の呼び込み。これだけを見れば本当に世界は平和そのものにしか見えない。魔王という存在がこの国を脅かしているなんて、到底信じられなかった。


 それがいかに危機感を持っていなかったか。綱渡りの上で笑っていたのか。

今の梨沙には何一つ分かっていなかった。


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