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公務員、異世界で勇者に求婚される  作者: 弥永 みき
異世界公務員、頑張る
10/19

異世界公務員の忙しない一日(前編)


 その日の住民相談窓口は、これまでに類を見ないほどの大盛況を極めていた。ノルンと梨沙が構える二つの窓口にはそれぞれ十五人ほどの列が出来ていた。

 これまでコツコツと相談に乗ってきたことが実を結び、『あの住民相談窓口は話せるやつがいる』という噂が広まったのである。税金の相談、地域の土木関連の相談などは本職なのだからいい。しかしそれ以外の相談も同じくらいあった。



「リサちゃん、『ベルデンガド』って何かしら……お料理の本に書いてあったんだけど、なんのことか分からなくて……ごめんなさいね、忙しい時に」


 困った様子で料理本を見せるエメルダは、この住民相談窓口の常連とも言える美しい奥さまだ。料理上手で、時折この窓口にお菓子を差し入れてくれる。いつもの調子で相談しに来てくれたのだろうが、今日のこの様子には彼女にも想定外だったようだ。

 前の世界だったらネットで検索すれば分かることも、この世界ではそうはいかない。

 当然、梨沙に心当たりなどない。サラダの項目に書いてあることから、野菜の一種なのではないかと思われるが、確かなことは分からなかった。


「ノルン、『ベルデンガド』って何か分かる?」

「ごめん、知らない。あ、リサ、そこの地図取ってくれる?」

「ん、はい」


 いかつい格好をした男性の対応をするノルンにこのあたりの情報が書き込まれた地図を渡す。土木関係の話だろうか。


「エメルダさん。ごめんなさい、すぐには結論が出そうにないので手紙で答えさせてもらってよろしいでしょうか」

「ええ、もちろん」


 素直に謝るとエメルダはにっこり笑った。料理の本を借り受け、『ベルデンガド』の記述があるページについてメモを取っていく。コピー機があったら、なんて今更ながらに現代の電子機器のありがたみを感じた。


「では、答えが分かり次第いつものところに手紙を送りますね」

「ありがとう。急ぎではないから、無理はしないようにね」


 暖かい言葉をかけてくれるエメルダに、梨沙は目元を緩めた。こんな風に忙しい日には、人の優しさが身に染みる。一言でも感謝の言葉があれば、それが原動力になる。公務員がよく言う人に感謝される仕事というのは、全て本当という訳でもないが、全てが嘘という訳でもない。辛く当たられることもあれば、感謝される日もある。どれだけ月日がたっても、感謝されたことはずっと忘れないだろう。


「……次の方」


 エメルダを見送り、次の住民を呼ぶと、厳しい顔つきをした壮年の男性がやってきた。深緑色の髪に黒のローブを着ているところを見ると、魔法使いなのだろうか。


「ディラン初級魔法学校のユエンと申します。……実は魔法使いのアルベリッヒ殿に、我が校にて講演会を行ってもらえないかという相談に参ったのだが……」

「学校での講演ですね。少々お待ちください。ええと、こちらの紙に学校の名前、住所、講演内容についての要望……この要望の中に、アルベリッヒ様のお名前もお書きください」

「承知した」


 ユエンが書類を書いている間にちらりと隣を見ると、ノルンがさっきの男性との間に地図を広げ、頭を悩ませていた。その様子が気にかかり、ユエンに軽く断って席を立った。


「ノルン大丈夫?」

「んー。この方、最近このあたりに引っ越してきたらしいんだけど、行政区分が密集してる境目のところみたいで、自分がどこの地区に属するか分からないそうなんだよ」


 なるほど、地図を見れば四つの地区が接している部分に赤い丸が付けてある。ここが男性の住んでいるところなのだろう。


「細かい地図がないものね……」

「うん、これが一番縮尺の大きい地図だけど……分からないんだよね」

「そうですか……引っ越し祝いを送りたいと言われたのですが、どこの地区と言ったものか悩みまして……すみません」

「いえ、こちらとしても地図の作成が急を要する案件だということが分かりました。ひとまずですが、この四つの地区が接している場所だと仰ったらいかがでしょうか」

「ふむ、それもある意味特徴ですよね。分かりました。ありがとうございました」


 頭を下げて引き返す男性にノルンも軽く礼をして見送った。利用者の困ったような笑顔は胸に来るものがある。こういうとき、自分たちの力不足が歯がゆくて仕方ない。しかしその歯がゆさを飲み込んで仕事に戻った。今日の仕事終了後は書類作業三昧になりそうだ。

 住民からの貴重な意見を上に提出しなければならない。

 

 もうユエンも書類を書き終わったころだろう、と振り返ると、そこに彼の姿はなかった。梨沙の窓口には書き込まれた書類が置いてあった。


「やってしまった……!」


 お役所の仕事なんて一に確認、二に確認なのだ。利用者が書類を書いたならそれの確認までしてこそ。自分の担当をそっちのけでノルンの方に顔を出してしまった自分の浅はかさを呪う。

 くらくらする頭で書類を確認して、梨沙はさらに頭を抱えた。


「うわぁ、達筆」


 地図を直すため後ろを通ったノルンの言葉が、全てを表していた。

 ユエンが書いた文字があまりに達筆すぎて、何も読めなかったのだ。


誤字などありましたら、こそっと教えてくださると幸いです。


ブクマ数が五十を越えました!!嬉しい!!

ブクマの重み、ポイントの重みをヒシヒシと感じる今日この頃です。

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