008 目撃
怪盗は喧噪の続くビルディングの中をゆっくりと歩み、ようやく目的の部屋にたどり着いていた。部屋の中央には一枚の絵が厳重に飾られて、否、それは飾ると言えるだろうか。鑑賞よりも保管であろう。
絵の周囲にはもちろん警備員達が数人いた。落ち着かない様子で銃を構え、通信機にも集中している。
が、堂々とした様子で部屋に入った来た怪盗には先ほどと同じように誰も気がつかなかった。
「蒼い薔薇か……これだといいですね」
怪盗は部屋を見渡した後に、絵を見つめた。分厚い透明な強化ガラスの中にある一枚の絵を眺める。さほど大きくもない正方形の額縁に囲われた絵には蒼い、蒼い、薔薇が一輪、控えめに描かれていた。実際の薔薇と同じ程度の大きさであろうか。油絵であるが、水彩画のように淡く描かれている。
これが怪盗が今夜盗むことを予告した件の品。
ウィリアム商会が高額で買い取り、十階の大ホールに展示したものだ。
それを彼は盗む。
怪盗は、瞬時にして左手に銃身が三つある拳銃を取り出した。『トライデント』と名付けられたソードオフショットガンに構造が近い特殊大型拳銃だ。根本に近い側が内側に折れ、三発セットされている銀色の銃弾を一度取り出し、側面が赤い銃弾を3発セットする。
対ミスリル装甲用の弾頭でありミスリルで出来たスラグ弾である。
のんびりとしていて優雅な動きにも、誰も気がつくことはない。誰にも見えてもいない。まるで、透明人間のように気がつかない。動きが大きくとも、音を立てようとも、気配があろうとも、その根本の存在感がありもしない。だが、それでも、極限までに存在感がないだけでも、誰も気がつかないことの理由には足りてはいない……。
トライデントの銃身を戻し、銃身を絵を守るガラスへと向ける。
右手の裾から大量の煙が瞬時にして排出される。
そのときに、ようやく警備員達が目の前の異変に気がつく。急に煙が現れたことに、動揺を隠せないが、それでも侵入の事実があり瞬時にして銃を構え、緊急体制に移る。
煙がさっと消え、そこから現れたのは怪盗スモーク。今度は、警備員達にも見えていた。
元から居て、わざわざ煙を出して、現れたのだから、全てが見えている者にとっては滑稽であることだろう。
「こんばんは。では、早速、絵を頂戴いたします」
宣言と共に、引き金を引く。
凄まじいほどの衝撃共に音速に近い速度で銃弾が発射され、着弾と共に小さな爆発と強力な衝撃波を巻き起こす。三発を瞬時にして撃ち切り、絵の周りの魔術強化ガラスは全てが吹き飛んでいた。
銃を瞬時に消し、警備員をかわし、瞬時に絵に近づき、片手で額縁ごと絵をもぎ取る。
またもや、袖から煙が出る。
警備員達は絵に当てる危険性を考えて、銃を撃てずに棒立ちしたまま、煙と共に消えていく怪盗を見ているだけしかできなかった。
煙が消えたとき、彼は同じ位置にいるだけだったが、再び警備員達の目には映っては居なかった。
彼は絵を一度掲げて一瞥し、
「悪くないですかね」
とだけ一言つぶやき、堂々とホールから出て行った。