007 侵入
窓が破壊され、大量の煙が発生したかと思うと、煙の中から一歩だけ姿を現したのは怪盗スモークだった。
ちょうど大きな通路の突き当たりにあたる窓であり、その通路には三人の警備員がいた。
警備員達が瞬時にライフルを構えた。窓が割れたことから緊急事態を表すアラームが鳴り響き、警備員の通信機にはあわただしく連絡が行き交っている。
煙の中から仮面を付けた男が現れる。
右手を胸に置き、深くゆっくりと一礼し、
「こんばんは。ご機嫌いかがでしょうか? 怪盗スモークここに参上いたしました。荒い訪問の非礼をわびさせて頂きます」
紳士的で優雅で、奇妙に場違いな挨拶をその怪盗はした。
銃を向ける警備員達は緊張しながらも集中して怪盗を見据えていたが、三人の誰もが、怪盗の両の手に握られた、大型で奇妙な形をした拳銃が何時の間に抜かれていたのかを知ることはできなかった。
手を振るう動作をした後に、銃が一瞬にして現れたようにしか見えず、手品か、魔術か、未知の力でも使わなければできないような芸当に見え、そのことが一瞬の隙を与えた。
怪盗の右手に現れた拳銃は、縦に二つの銃口が伸び、左手に握られた銃には逆三角形を描くように三つの銃口が伸びていた。瞬時にして数発の銃弾が放たれ、天井に着けられたカメラを破壊する。
しかし、警備員達には一発たりとも当たってはいなかった。
怪盗の両の手からは、またしても瞬時にして拳銃が消えていた。
「それでは、予告上の通りに件の品を頂に参らせて頂きます」
宣言すると、怪盗は一歩後ろに身を退き、煙に入っていこうとする。
「撃て! 」
先頭に立っていたようやく通信機からきた指示を残りに二人に大声で伝えると、ようやく三人は煙に向かって撃ち始めた。ライフルは五発まで装填できる代物で、三人は続けざまに撃っていく。
通路に轟音が鳴り響き、煙には怪盗と銃弾が吸い込まれていく。
「止め! 」
銃数発の銃弾を撃ち、三人の警備員達は慎重に未だに晴れない煙に近づいていく。警備員達はミスリル製のボディアーマーを身につけている。腰の剣もミスリル製であり、接近戦で後れをとることなどないだろうと踏んでいた。
その時ようやく警報アラームが一度止まった。
奇妙なほどの静けさと緊張が通路には漂いながらも、三人の警備員達が煙に近づき、先頭の警備員の手の合図で一度立ち止まる。
煙が徐々に晴れていく。
壊された窓の破片が見え、さらに煙でぼやけた夜景が見えてきたときに、そこには誰もいなかった。
「目標をロストしました! 」
警備員があわてて連絡をする。
『こちら本部。誰も出てきてなどいない』
「いえ、どこにもいません! 」
確かに煙の中に再び消えたはず。しかし、誰もいない。
窓の下をそっとのぞき込むが、眼下にはいくつもの車両と群衆が見えるだけだ。そもそもこの高さから落ちて生きているなど考えにくい。
警備員達が周囲を見回しても、白衣の男は見あたらない。隠れるところなどどこにもない。そのはずであるのに、警備員達には誰にも怪盗の姿など見えなかった。
が、怪盗はその通路にずっといた。警備員達の真横にそっとたたずんでいた。
警備員達の様子をそっとうかがって、何事の無かったように歩いていく。
その白く美しいとも言える姿を、誰も気がつくことはなかった。