006 店内
そこは、ジルバートのアパートと商店が建ち並ぶ、下流地区の片隅にあった。
ガラス張り窓と戸がある門構え、戸の部分には『らーめん』と書かれた赤い暖簾が掲げられている。ちなみに、大陸では大陸共通語が主要言語であるために、地球と呼ばれる異世界の言葉で書かれた『らーめん』を読める者はあまりいない。
夜も遅く、周辺はすでに人気もなく、普通の商店ならすでに店を閉めているであろうが、店からは光が漏れていた。
店内は、四人がかけられるテーブル席が二つ、カウンター席は十ほどと、さほど広くもない。入って正面にカウンターがあり、その左側にはゴチャゴチャと毛筆でメニューを書いた紙が貼られていた。
カウンターの隅にはやけに古くさいラジオからダラダラと古くさい音楽が流れてきていた。
「あ? はじまったか? 」
カウンターの向こうにいる男、サイラスがが古いテレビを一瞥し呟いた。テレビでは、白煙のあがるビルディングを背景に女性レポーターが興奮した様子で現場を伝えていた。
カウンターの中にいる男は、前掛けをしっかりとつけ、頭にはタオルを巻き付けており、大柄で筋肉質な引き締まった体つきをしている。カウンター席の向こう側の調理スペースで椅子にどっしりと座り、その格好からみても店の店員であろう。
手には朝から何度も読み返した朝刊を広げていた。しかし、スープの入った寸胴鍋は火がたたれておらず、今日の営業はもう終わってしまっているようだった。
「ったく、怪盗って割には荒すぎないか」
「ダイナミックお邪魔しますだもんね」
カウンター席に座っていたドミニクも、店員の男のつぶやきにうなずいた。
それとはさらに別に、ずっとテレビを見ていたカウンター席に座っていたサイラスは、不機嫌そうに何かを呟きウイスキーを一口ふくんだ。
店員らしき男と同様に大柄で筋肉質であるようだが、より引き締まっていた。ブラックのアーミーコートをはおり、シルバーフレームの眼鏡をかけ、長めの金髪の間からは二つの碧眼がテレビを見つめている。
「あんな壊し方しなきゃならないものか? 」
店員がカウンター席の男にきく。
「どうだかな。ウィリアムは中堅だが、それなりに稼いでいるし、窓を魔術で強化していたのかもしれないな」
テレビを見ながら呟くように応える。
「ほー」
テレビでは、レポーターが周囲の喧噪に負けないように声を張り上げていたが、聞き取りにくい。が、聞き取れたとしても怪盗スモークが現れた、窓を破壊して侵入したということを繰り返すだけで、さほど内容のあるものではない。
「ってか、今更だが、都市警備隊のあんたがここで油売ってていいのか? 」
「あ? 非番だ。それに、商会側からは協力を拒否されてな。あのビルの周囲の警備にいくらか回されているだけだ」
カウンター席に座るサイラスはつまらなそうな顔で言った。が、先ほどから眼光は冷たく、普段からしかめっ面のままなのかもしれない。
「威信とか色々あるんだろうねぇ……」
カウンター席の斜め後ろにある四人がけのテーブル席に一人で座っていたドミニクがテレビを横目に呟く。
「だから、下手に警備するとか押すのも面倒でな。当たり障り無くだ。義賊ぶった輩なんで、下手に動くと市民からの反発もあるしな。全く面倒な輩だ」
サイラスはそういって再びウイスキーを一口含んだ。
「捕まえる気全然ないのか? 」
「泉クン。捕まえようにも捕まえられないって。煙なんだからさ」
店員らしき男……泉に対してテーブル席の男、ドミニクがテレビを横目で見ながら応えた。
「そりゃそうだろうけどな」
「泉クン。タコスかなにか軽い物ちょうだい。腹減った」
話の腰を折るようにドミニクが注文をする。
「うちはラーメン屋なんだが……」
「あー、俺も少し喰う」
「だから、うちはラーメン屋だって言ってるだろ……」
サイラスからの注文が止めとなったのか、泉はどこか遠い目をして、あきらめの心中を表すように深い深いため息をついた。
テレビでは、未だに喧噪の続く光景が映し出されていた。