004 来客
海に面した道をスクーターが進んでいく。
いくつもの店が並び、それなりに繁盛しているのを尻目に、ドミニクはスクーターをフラフラと走らせていた。
目的の店の前に止まると、一人の少女が暇そうに海側の塀の上に座っていた。
「店長、こんちは~。お店あけてよ」
ドミニクの顔を見ると、すぐさまに明るい笑顔を見せて少女は言った。ハーフパンツにスカジャンを着て、肩には大量の缶バッチが付けられた平べったいバックをかけている。
「今日は閉店だよ」
とばっさりと数少ないクリスティーナと言う名前の常連客に閉店であることを告げる。
「え~、また~。昨日も一日休みだったじゃん」
「昨日来たんだ」
「来たよ~。完全にしまって店長もいないから帰ったけどね! 」
手をブンブンと振り回し、不満をあらわにする。少し動くだけで、バックの缶バッチが揺れてなかなかの騒音になる。
「昨日は遠出して一日釣りに行ってたからね……」
「っていうか。開けてよ。そろそろ新しいの欲しいんだよ~」
「ま、いいや。どうせ暇だし、やること無いから開けるよ」
面倒くさそうにドミニクは言う。実際に面倒くさいのだ。
「普通、お店屋ってて暇を見つけては、買い物行ったり釣り行ったりするよね……」
相も変わらずのやる気のなさに、少女はあきれるが、この店とこの店主のそういうことが嫌いではない故に、通い続けていた。というよりも、自分以外にこの店に客が来た経験がない……。どう考えても、開店している日よりも閉店している日のほうが圧倒的に多いはずであるし、そもそも売り上げ自体が皆無に等しいのではないかという結論にしかいきつかない。
店主が何故故に生きていられるのかが不思議でならない……。あんなに痩せているのは食費を削りに削っている故にだろうか。と、考えると店を開くより釣りでもして食料を調達する方が生きていけるという事なのだろうか……。すでに、都市伝説か何かにでもなるのではないかという不可思議さも彼女をここに通い詰めさせている原動力でもあった。
最も、その答えは簡単で、ドミニクはアリーナでのファイトマネーで十分に生活できるだけ稼いでいるだけである。店は本当に、趣味でやっているに過ぎなかった。
やけに古くさい鍵でガラス戸を開けると、ドミニクは紙袋をカウンターに置き、照明のスイッチをカチリと押す。
さほど広くもない店は、ショーウィンドウに一体のマネキンが置かれ、あとは壁に備え付けられた棚に服といくつものアクセサリが飾られていた。入り口近くには、ワゴンが置かれ、そこだけTシャツが乱雑につっこまれている。
また、服だけでなく店内の傍らには、ミスリル製の甲冑が置かれ、その横にはミスリル製の刀剣類も置かれている。服屋と雑貨屋と骨董品店が混ざったような空間だった。
クリスティーナはひょこっと店の中に入り、まっすぐにアクセサリのコーナーへと足を進める。
「もう、今日も大して面白い事なんて無いから、ここに来るしかないんだよね~」
少女はアクセサリを手に取りながら、呟く。
「へぇ~」
こんな店でも道楽にはなるのだろうか……。
店主は、あまりにも投げやりな経営方針について一度考える。その投げやりな経営方針とは『気が向いたらあける』という投げ槍っぷりである。つぶれたらそれで良いというスタンスでそんな槍を投げている。
世界記録を狙える投げやりである。
「社会に出たら、誰だって面白いどうのこうのだとか、やりたくもないことをやらないといけなかったり、やりたいことがやれなかったり、下げたくもない頭を下げたりとか、自由とか無かったりするもんだよ」
「あんたが言いますか!? 」
無謀とも言える程のやりたい放題の自由奔放に生きているドミニクにさらりと少女は咆える。
「え~?」
ドミニクはわざとらしい感じに心外だと言わんばかりの表情を見せる。実際問題として、アリーナでの仕事は、非常につまらないのだ。
「いやいやいや、どれだけ自由にやる気もなく生きているのよ! 」
「ま~、実際に社会に出ると、働くって大変だよね。あー、働きたくない。転生してチートして、ハーレム作りてぇ」
「だから、あんたがそれ言いますか!? もう、古くさそうなラノベにでも影響されたようなこと言って」
もう一度咆えられる。ドミニクは、ニヤニヤと声を上げずに笑っていた。
「まったくも~。わけわかんない人ですよ」
なんとも生産性のない会話だった。そもそも場所自体に生産性が無いのだが。
「怪盗出るとかって話は? 面白くないの? 」
そういえば、そういう話もあったなと、数年前に週刊誌の片隅にでも書いてあったのを思い出したように、ドミニクは呟く。
「どうでもいい。っていうか、夜の番組つぶれて生放送とかで特番やっちゃうのが嫌い。みたいの見られないし。ウザイよね煙って」
「ま、やることが派手すぎるのはあるよね。わざわざ予告状出すってことも理解に苦しむしね」
「あたしはこの店の経営方針の方が理解に苦しむんだけどね」
いまいち欲しいアクセサリが無いのか、少女は服に目線を移す。どういう訳か、ぼろ布に等しいようなジーンズが平均的な市民の月収三ヶ月分を超すような値札が付いているものがある。ゼロをつけ間違えたのだろうか、売る気がないのか、やはりこの店の経営方針にはついていけない。
「言うね~。それより、欲しいのなかった? おととい、新しく仕入れたのもあったけど」
「えっとね。この指輪がいいなって思ったけど、サイズとデザインがいまいち欲しいのじゃなくてさ」
少女は、先ほど指にはめていた指輪を二つもって、カウンター越しへとやってくる。
「これか」
「二つ合わせたようなデザインで、もう少し小さいの欲しいな。在庫にないの? 」
「ふーん」
ドミニクは、カウンターに置かれた指輪を手にとって眺める。
「作ろうか? 」
「……そんな仕事してたの? 」
「一応してるよ。服のいくつかは実際は私が作った新品だったりするし。アクセサリも、一割ぐらいは私が作ったのだし」
「意外すぎますけど? 」
少女は目を丸くして店主を眺める。目の前のえらく軽薄な店主がさらに判らなくなる。素人目に見ても、アクセサリはかなり出来のいいものだ。そういう巧みの業を持っていながら、なぜにこうもやる気がないのか。
「そう? 」
店主も何故か不思議そうだった。
「ま、いいや。暇なときに作っておくから」
「即効で完成だね」
この店主は毎日が日曜日だと思いこんでいる少女からは容赦ない一言が出た。
「ま、いいけど」
店主はさほど気にする様子もなく、軽い調子で言った。
一年を通して賑わいを見せる都市、さらに今夜は怪盗が現れると言うことでさらにあわただしい中、都市の片隅にある店ではゆっくりと静かに時間が流れていた。