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039 注文

 アーケードの一角にある、とある店。らーめんと描かれた暖簾を二人の男がくぐる。

 カンター越しには、無表情の店主がタバコを吹かし、今朝から何度も読み返しているであろう新聞を広げていた。

 店主の他には誰もおらず、狭い割にはやけに広く見える。ただ、清掃が行き届いているのか、それとも汚れる要素すら全くないのか、店内はずいぶんと小綺麗だ。


 客が入ってきたというのに、立ち上がりもせず、いらっしゃいませの言葉もなく、無愛想な顔を向けただけだった。


 が、ドミニクとサイラスは慣れているのかさほど気にする様子もなく、テーブル席に座る。サイラスはアーミーコートの内側からA4のクリップで留められた紙束を乱雑に取り出す。

店主は勝手知ったる二人を見ながら、ずっと無言だ。何も言えないと言うよりは、言いたいことを少し我慢しているように耐えている表情。


「泉、しばらく場所借りるぞ」

「いや、注文しろよ! 」


店主が、新聞をカウンターに捨てるように叩き付けて、叫んだ。


「ここをなんだと思ってるんだ? 」

「アーケードの一角にある公共の休憩所? 」


ドミニクが首をかしげながら、本気でここは何だろうと考える。


「ラーメン屋だ。俺の店だ! 」


 店主、泉の眉間は皺が寄せられ、鬼の形相を呈していた。殺気が店内に立ちこめていく。


「ま、腹ごしらえもするか」


 サイラスが呟いて、壁に貼られたメニューの張り紙に視線を移し、ドミニクもつられるように視線を移す。

 塩ラーメンの文字が一番大きく書かれているが、みそ味、醤油味もあり、餃子、チャーハン、定食もそろっており、この規模の店としてはメニューも多い方であろう。


「俺、ボンゴレ」

「私はタコスね」


 二人はあっさりとそんな注文をした。


「てめぇら、何のためにメニュー見やがった!? のってねぇだろうが!? てめぇらの目は節穴か!? あぁ? 」


 泉は二人をにらみ付けながら、叫ぶ。これでは、自分が何のためにらーめん屋をらーめん屋として働いてきたのかがさっぱりと判らない。


「節穴か。確かに、毎回毎回、こんな店に来るあたり、俺たちの目は節穴かもな」


 サイラスは泉の迫力ある表情に臆することもなく、返し。


「所詮、泉クンは、料理人としてはその程度の腕だってことだよね」


 ドミニクも飄々と怒りの視線を受け流し、言うことはそんなことだった。


「あぁ? その程度が作れねぇとでも言っているのか? 作ってやろうじゃねぇか」


 安い芝居の様な短絡的な展開となって、店主は頭にタオルを巻き付けながら、一度厨房の奥へと消えていった。


「……あれだけ短絡的だと生きるのも楽そうだな。あんな挑発に引っかかる奴はあいつぐらいなもんだぞ」


 サイラスは、呆れ半分に、長いタバコをくわえて火をつける。ドミニクは既に、携帯電話のメールと紙束を見比べるように眺めていた。


「火が付いたら消えないタイプだしね」

「まぁな」


 サイラスは立ち上がり、カウンターの傍らの冷水器から二つのグラスに水を注ぎ始める。


「情報はどうだ? 」

「賞金首については、同じだね。現状についてはまるっきり違うけどね。現状についてはそっちの委員会の方が進んでるのは当然だけど」

「まぁな」


 サイラスが水を置き、ドミニクはありがとと言って一口飲む。


「実はね、別の賞金稼ぎがこの二人を追ってきているんだけど、まだ到着してないんだよね」

「先にやるチャンスだな」


 サイラスはシニカルに笑い、資料を見ているドミニクを眺める。


「いんや、ギルドからはバックアップの依頼だったから。要は大物だから逃さないように数で攻めようってこと」


 ドミニクは携帯電話のメールを閉じて、ポケットへと仕舞う。

 その時、厨房の奥から泉が食材をもって来て、カウンターで調理を始めるが、二人は気にせずに話している。


「そうかい」

「ギルドのは断っても良かったんだけど、結局、サイラスサンに頼まれたらやることになっていたわけだしね」


 ドミニクは、紙をめくりながら呟く。


「あまりな、部外者に頼るのも嫌だったんだがな」


 やや不機嫌そうに紫煙を吹き出す。警備隊としては都市を守ることもしなくてはならないのだが、危険な任務の度に部外者の手を借りるということに不満を持っていた。

 警備隊だけでも、幾重に策を巡らし、物量作戦に出れば対処することは不可能ではない。が、労力も被害が大きくなりすぎることを考えれば、効率が悪かった。


「別に、いいよ。雨音君が怪我したときに助かったし。雨音君のリンクアーマーの隠蔽も助かったしさ」

「お前だから、構わなかったんだよ。雨音の野郎が一人できたら、半端野郎と叫んで撃ってるさ」


 サイラスはあっさりとと言った。


「あーあ、雨音君とは昔から相性悪いよね」


ニヤリと笑いながら、サイラスを見上げる。


「初めて会ったときからな……。それにしても、お前は貧乏くじばっかだな。俺が言うも間違っているがな」

「貧乏くじね。どうかな? 私はそうでもないと思っているけどね。さてさてさて、資料はだいたい読んだけど。暗い部分が多いね。年齢三十前後で、出身不明。背中に入れ墨ありって、何の入れ墨かわからないし」


 二人組で行動する賞金首コンビ、通称ジェミニ。

 資料にはいくつかの写真とつい先ほど港のカメラに写された姿が映っている。

 かなりの大柄で黒い肌をしたスキンヘッドの男二人が、サブマシンガンを管理員に向ける姿が顔もハッキリと写っている。

 見た目もファッションも似ていて、よく見ないと見分けが付かなくなりそうだ。荷物はリュックを背負っているだけであるが、他に何の武器を持っているかはわからない。


「ああ。過去の報告された情報では、凶悪ではあるが、異常に強いという訳ではないはずなんだが……。単体での戦闘力も高く、二人でのコンビネーションが優れているようだ。気をつけておけ」


 ドミニクは紙束をまとめてクリップで留め、サイラスへと渡す。


「そうだね。賞金は一人一億一千万、二人で二億二千万ゴールドね」


 賞金としては、かなり高い方だろう。

 カウンターから泉が出てきて、二人の前に湯気の上がる料理を置いた。


「食ってみろ」


恨みがましさと怒りを感じさせ、どう考えてもお客様に向ける感情ではなかった。

 それだけ言い残し、泉は不機嫌な顔を崩さぬままカウンターの向かいへと戻っていく。


「早いな……。吸い終わってもねぇよ」


 サイラスはタバコをもみ消す。


「だねぇ」


 二人は早々に食事を始める。

 らーめん屋とは思えないほどの絶品の料理だった。

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