038 連絡
古着と小物、雑貨等を扱うショップ『ビンテージ』。
相も変わらず閑古鳥が鳴き、店主は入り口近くのカウンターに座ってボンヤリと店先の海を眺めていた。
カウンターの横に置いてある古くさいテレビではニュースをやっており、つい一時間ほど前に起きた港での剣呑な事件について報道されている。
犯罪歴があればすぐさまに身元も割れるであろうし、警備隊も全区画で警戒態勢に移行すればすぐに確保できるだろう。と大した不安も興味もなく、眺めていた。
「むー、ってか、閉めるかな」
この大都市では凶悪事件が無いとも少ないとも言えはしないが、報道される程の事件は少ない。本来は、世界でも屈指に治安の良い都市なのだ。
とは言いつつも、元から客足の少ない店なのだから、凶悪犯が出歩いている程度では売り上げが変わったといえるほど変わりもしないのだが。
どうせこないのなら、道楽同然でやっているような店など閉じてしまった方がいいだろう。
そう思って閉めようとした時だった。
電子音が傍らから流れてくる。ドミニクは、青色の携帯電話を手に取った。地球で言うところの所謂ガラケーのデザインをしているが、大都市ではこの水準のものが良く出回っている。
通話ボタンを押す。
「はいはい、もしもし」
『こちらソードギルドです。ワークネーム浮雲に間違いがないことを証明してください』
電話からは、やや低めの女性の声が聞こえてくる。
「コード0987874」
と言ってから、携帯電話に懐から取り出したカードを通す。
『認証しました。それでは、当ギルドから鎮圧業の仲介をさせていただきます』
「んー?」
そこで疑問に思う。
まず、ドミニクは確かにソードギルドに所属している。
が、それはアリーナで戦うために所属したようなものであり、賞金首の尻を追うためでは無い。
「鎮圧業なら、よそに回してよ。こっちは、アリーナ専門だよ?」
『それが……上位クラスが出払っていまして。過去に、賞金首を捕らえた記録がありましたので、連絡をしました』
「そりゃ、あったけど」
『お願いします、話だけでも聞いてくれませんか?』
女性がなんとも切実そうなものだから、ドミニクはついうっかりと頷いてしまった。
『ジルバート管理区画ジルバートに賞金首が侵入したことを確認しました。賞金首は通称ジェミニの二人組。Aランクの重犯罪者指定となっています』
「倒せばいいの?」
『そうなりますが、正確には件の標的を当協会の登録員が追跡していましたが、まだジルバートに到着しておりませんし、土地勘もありません。到着前、到着してからの移動、鎮圧作業でのバックアップを依頼します』
「ん……めんどい」
ドミニクはあっさりと興味なさそうに言い放った。
『わ、ちょっ、お願いしますよ! 大抵の人は受けるでしょ! 』
今まで冷静だった声が崩れる。今までの事務的で淡々とした声はどこへやら。
「だって、この都市はさ、下手に賞金稼ぎが動くより警備隊が動いた方が上手く終わること多いしさ、バックアップってなるとその賞金稼ぎと交渉になるし、賞金も幾ら貰えるかも判らないから、面倒だし」
『あ、あなたが新人の頃にあれだけ良いお仕事紹介したじゃないですか!? 少しは恩を返そうとか』
「私たちが働けば働くほど、協会も潤っているだけだしね」
『あ、いや、そうですけど、そうじゃなくて! 街の平和を守ろうとか、正義を貫こうとか』
「そう言う感情って、欠落してるから」
『人でなし~!』
「あ、ひど」
ドミニク=サウザンツ、ジルバートにて商店を営んではいたが、もう一つ名を持っている。賞金首を狩る仕事、賞金稼ぎ。本名を隠す為のワークネーム『浮雲』。
昔、どういう訳かあの師匠に偶然にも出会って、どういう訳か賞金稼ぎの資格をとって……そんな訳だった。端折りすぎてさっぱり判らないが、単に巻き込まれただけだ。
師匠に。
正直、わざわざ賞金稼ぎとしてリスクを冒してまでも金を稼ぐ気は無く、今となってはアリーナの番人としての仕事だけで食べていける。
「それに、今、この街に師匠きてるし。そっちに頼んでよ」
街に来ているというか、今、この店の二階に居たりするが。
『あなたの師匠……舞姫ですか!? ……駄目です、あの人、腕が良いのに本当に仕事したがらないんですよ。しかも、退屈だったらあっさり逃してしまいますし』
「泣いているの? 怒ってるの? どっち?」
『両方。良いから、受けて下さいよ。あなた、見た目と態度の割に真面目だから、受けた以上はきっちりと仕事してくれるって期待して連絡したのに』
「そんなに期待されてもね」
気のない声で言う。
が、期待通りの言葉を口にした。ただの気まぐれか、暇だからか。
「まぁ、いいか。この街は結構好きだし。受けるよ。追跡者が来るまで、場所を特定するなり、逃げないようにするなりして、到着したら全部任せるし」
『やりぃ! じゃ、詳細はメールで送りますから、お願いしますね~』
「はいはい」
ずいぶんと現金な事務員との電話を切ると、数秒もしないうちに長々としたメールが届く。
「さて、店閉めるか」
とりあえず、店を閉めてメールを読んでから出発しようと思い立った。
「少しばかり、閉めるのは待ってくれるか? 店長さん」
入り口には警備員であるサイラスが立っていた。警備部隊のユニフォームである黒いつなぎではなく、真っ黒なスーツを着崩し、アーミーコートを羽織っていた。
しかし、鋭い眼光を宿し、一目で剣呑な空気を漂わせていると感じられる。
「サイラスさん、珍しいというか、どうしたの? 」
「今な、警備員としては非番なんだ。だが、特別調査委員会として動いている」
「あー、えーと、これ? 」
店主がカウンターの上に置いてあるテレビを指さす。港での死傷事件と住民への警戒を呼びかけを伝えていた。
「ああ」
「なら、丁度だよ。私も、今、この事件の犯人を狩るって仕事受けたばかりだし」
「ギルドが動いたか……。利害関係が一致しているならかまわねぇが。詳しい話をしておきたいんでな、泉のところにでもいくか」
サイラスは、行きつけのラーメン屋の店主の名を口にする。
「はいはいっと。荷物取ってくるよ」
サイラスは店の外に出て、ドミニクはガラス戸に鍵をかける。
二階へと軽い足取りで登っていくと、部屋のど真ん中にはチューブトップに短パンを履いて大きなゴーグルをつけた女性が赤ワインをラッパ飲みしていた。
女性の周りには、酒瓶がころがり、女性の目の前のテレビには古い映画が映し出されていた。
ずぼらさ、堕落っぷりも凄まじいが、そんな彼女がドミニクの師匠でもあるワークネーム『舞姫』、本名ヴァイオレット・サカズキだった。
「師匠、お店は今日閉めますから」
クローゼットを開き、その奥に置いてある二つの袋を取り出した。一つは丸っこく、もう一つは細長い。
「ん? 釣りですか?」
「副業ですよ」
応えながら、麻袋から妙な形状をした革製のホルスターを取り出し、腰に巻き付ける。サイドに二つ大きめのポーチがついている。さらに黒い防弾繊維で覆われたミスリル製のボディアーマーを身につける。
「ふーん。私は別にいかなくてもいいですよね? 」
「行く気もないじゃないですか? 」
「そうですけどね」
さらにドミニクは、顔の半分は覆うようなゴーグルを取り出して首にかける。玄関にまで移動し、さらに真っ黒なブーツを取り出して、ひもを留めていく。
「とりあえず、夜には帰りますから、一応戸締まりお願いしますね」
「わかりましたよ」
ヴァイオレットは気楽そうに返事をする。
「あと、飲み過ぎもどうかとおもいますけどね」
「硬いこと言わないでください。気をつけてね」
「どうも」
ドミニクは、細長い袋を手にとって、立ち上がり、家から出て行った。




