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035 開始

 全てが破壊されていた。

 黒雲が立ちこめ、間からやけに明るい赤い光が差し込んできているのがやけに不気味だった。

 火薬と死臭と金属の焼ける臭いが辺りには漂いやけに不快だった。

 生暖かく身体にまとわりつくような風がやけに不愉快だった。


 折り重なる死体。

 真っ黒に炭化した死体。

 原型さえ留めていない血肉の沼。

砲身が吹き飛んだ戦車。

 内部から破裂したように砕けたリンクアーマー。

 真っ逆さまに地面に突き刺さる兵器。

 散らかる空薬莢。

 天を向き、二度と銃弾を放つことのない小銃。

 何もかも破壊されて山を作っていた。

 肉と血と鉄の屍の山。


 目に見える物、感じられる臭いの全てが不快だった。

 全てが破壊され尽くしていた。

 そして、やけに静かだった。

 死体をむさぼろうするような獣さえいない。

その場には、二人の兵士がいるだけだった。


 一人は泥だらけになりながらも、ミスリル製のプレートアーマーを身につけ、右手には戦斧、左手には銃剣付きのライフルを握っていた。兜は何処かにやってしまったのか身につけてはいない。右のほおにはガーゼが当てられ、額には包帯が乱雑に巻かれている。

 男は荒々しく呼吸し、目は血走って、獣のような殺気を放っている。


 その男が見上げる先には、深い緑色の軍服に、ベレー帽をかぶったやけに小綺麗な女性が一人、瓦礫の上に足を組んで悠然と座っていた。

 腰の拳銃は引き抜かれることもなく、ホルスターに収まり、無防備に腕を組んで目の前の男を見下ろしていた。その顔には、周囲の地獄絵図ともいえる凄惨な光景にはそぐわない微笑が浮かべられていた。


「ふふ。君のような末端の兵士が生き残っているとはね。こんな場所では真っ先に死んでいる兵種だというのにね。もし私が君の立場であれば真っ先に死んでいただろうね」


 それはただの純粋な賞賛であった。

 拍手しながら言っていても違和感のない朗らかな雰囲気だ。


「今、この戦場には、ふふ、もうすでに戦いの後か。ふふ。いったい、何人が生きていることかな。それともあの原型も判らぬ瓦礫の下敷きになって、死ぬのを待っているのかな?」

「はぁはぁ」

「助けることなど考えないことだね。ここまで生き残ったのだから、もうすでに自分が生き残ることを考えるべきだ。こんな世界、こんな状況だ。生き抜くことを第一に考えるべきだよ」

「はぁはぁ」

「だから、いい加減にその重い銃を構えるのを止めてくれないかな? ほら、私は銃を構えてはいないじゃないか? なぁ? 命ごいに聞こえるだろうが、無駄をしたくないだけなのだよ」

「……貴様は、敵だ」


 そういって男は銃を向けようとして、膝から崩れ落ちる。斧とライフルを杖代わりにしながら、膝をつく姿勢を保つだけで精一杯の様子だった。


「酷く疲れているじゃないか? いい加減に穏便に事を済ませないか? 」


 微笑を浮かべたまま、女兵士は男を見下ろしていた。


「敵も味方もないさ。私はただね、君と話しでもしたいだけなのさ」

「話?」

「そう、だって、世界はもう滅びに向かい、滅ぶしかないだろうさ。折角生き残ったとしても、これから助かるかどうかはわかりもしないじゃないか。だったら、少しばかりは話でもして時間を殺そうじゃないか? あぁ、もう、そう、私たち以外には時間ぐらいしか殺せるような者はないさ」


 そういって、女兵士は瓦礫から飛び降りて、悲しそうに不気味な空を見上げた。

 男の兵士は、ライフルを杖代わりに立ち上がった。


「……停戦を」


 息も絶え絶えに男はそういった。

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