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029 変態

 ドミニクは、午前中は珍しく、開店していた。

 しかし来客人数はゼロである。

 暇つぶしに始めたクロスワードパズルも、解き終わりそうである。

 師匠と言えば、観光してくると言い残して出て行った。どこに行ったのかは詳細は不明であるし、鉄砲玉なので、帰宅時間も不明だ。

 古くさいテレビも、下らない筋トレグッズを紹介してばかりで、面白くも無い。

 かといって、現在も入院中の雨音を訪ねるというのも、行ったばかりなのでどうかと思えてやめる。そもそも、あの島は入るだけで面倒なのだ。


「すること無いな」


 予定らしい予定と言えば、午後からアリーナで番人として試合があるが、まだまだ時間がある。今日の相手にも興味は無い。基本的に、最近はAランクを増やしたいのか、負けるように指示されていることが多い。

 もっとも、勝つ気もさほどない。金さえ貰えればそれで構わないのだから。


「行くか」


 何かを思い起こして、ドミニクは立ち上がってテレビを消す。ささっと店を閉めて、出向いた先は近所にあるラーメン屋である。

 過去より、地球からの転移者が多いこの世界では、地球と同等とも言えるほどには文化は栄えている。ラーメン屋自体もさほどめずらしいものではない、唯一この店の珍しい点は、恐らくそうそう読める人間がいないであろう日本語で暖簾に『らーめん』と書いていることだ。

 その時点で、最早何の店なのかも分からないはずなので、不親切きわまりないと言って良いだろう。

 だが、件の店主は、何のこだわりがあるのか、それを変えるつもりも無いようである。

とはいえ、客のなさに関して言えば、ドミニクも人の店のことについて等は何も言えないわけであるが。


「はろー」


 いつもの調子で、お気楽に店内へと入る。

 古くさいラジオが、だらだら流れ、古くさいテレビではアリーナの録画試合が放送され、カウンターの向こうには新聞を読んでいる店主の泉がいた。客はいない。

 客が入ってきても、いらっしゃいませの挨拶一つなく、見ることすら無い。やる気があるのかと思われるが、これでも彼は味だけで勝負したいという熱き思いを胸に秘めているのだから、意欲の矛先と配分がおかしいとか言いようがない。


「ふむ」


 街では珍しいセルフサービスの水をついで、いつものカウンター席に座る。

 壁には達筆な毛筆で、各種メニューが大陸共通語で書かれている。流石にそこまでは日本語を使えなかったようである。

 ざっとみて、メニューは塩ラーメン、醤油ラーメン、味噌ラーメン、各味のチャーシューメン、ワンタンメン、五目ラーメン、トッピング各種にチャーハン、餃子、野菜炒め、チンジャオロース等など、ラーメンがメインであるがサイドメニューもちょっとした中華料理店並みにそろっている。


「よし、ドネルケバブ!」

「何のためにメニューを見たこの野郎! 載ってねぇだろうが!」


 カウンターに新聞を叩き付けて、泉が叫んだ。


「いやさ、今日はそんな気分でさ」

「トルコ料理屋に行け!」

「遠いもん」

「もんじゃねぇよ! 前から言っているがうちはラーメン屋だ! ラーメン屋! ラーメンを注文しろ!」

「無理を言うよね」

「無理!? ラーメン屋でラーメンを注文することの何が無理だ!?」

「うーん、そうだねー。説明するからケバブ出してくれる?」

「さらっと作らそうとすんな!」

「えー、泉君、ラーメン屋の癖にケバブ作れないの?」

「どんな難癖だ!?」


 その後、十分間にわたって口論が続き、何故か泉が折れて、回転肉焼き器で作り始めるという異様な風景が広がっていた。何故、そんな調理器具を持っているのかは不明である。


「ったく、この野郎、今に見てろよ」


 泉は真剣に肉を絶妙な加減で焼きながら、固く決心をするが、ドミニクは涼しい顔で水を飲んでいる。

 そうしていると、チューブトップにホットパンツという出で立ちの女性が店へと入ってくる。一種異様なのは、顔の半分をゴーグルで覆っていることだろうか。

 ドミニクの師匠でもある、マリア・イッポンバシであった。

 特に気にする様子も無く、ドミニクの横に座る。

 泉が嫌な顔をした。数日前から通い始めた貴重な常連客であるのだが、ドミニクの師匠だけあって厄介なことこの上ない人物であるのだ。


「酒!」


 と疲れた様子で一言頼む。


「どこ行ったんですか?」

「んー、地下鉄に乗って適当な駅で降りたら、乗った駅だった。不可解だ。この街の鉄道はそうなのか?」


 若干斜め上の答えが返ってきたが、この程度はいつものことである。この女性は、酒と伊達と酔狂だけで生きているに等しい生物なのだ。


「環状線になっている地下鉄ですからね、それ」

「かんじょうせん? よくわからん」


 どうも理解していないようであるが、目の前の一升瓶とぐい飲みが置かれて、自分で注いでグイッと飲む。


「ふー、うまいなぁ。出来たら、十○歳の美少年の菊門を杯にして大吟醸を飲みたいなー。店主、できんか?」

「この変態をどうにかしろよ手前!」


泉が再び叫ぶ。

 そう、この女性はドミニク以上の無茶ぶりをかます変態であった。


「大丈夫、いざとなったらヘタレだから」

「何が大丈夫なんだそれは!?」

「そもそも私に、師匠をどうにかできる能力は無い。QED」

「QEDの使い方おかしいだろ!?」


 二人が再び言い争う中、マリアはグイッと酒を飲んでから、不満そうに口を開く。


「ええい、人のことを変態とかQEDって呼ぶな! 分かった、十○歳の美少女で女体盛りを頼む。金なら幾らでも積むぞ!」

「そういう問題じゃねぇよ!」


 広くも無い店内は、いつにもまして賑やかであった。

 泉の新たなる戦いは、始まったばかりである。

 ちなみに、ケバブは絶品だった。

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