028 曖昧
目覚めは曖昧だった。
ドミニクは、ボンヤリと半目を開けたまま、暗い部屋の天井を見つめていた。
朝は静かで、驚くほど静かで、驚いている自分に驚く。
未だに、喧噪の無い朝になれていない。
未だに、喧噪の無い起床になれていない。
「ん、んん」
ふと、ロフトから女性の声と布のこすれる音が聞こえて、身構える。
が、彼の師匠、マリア・イッポンバシが数日前から滞在していたことを思い起こして、力を抜いた。
「起きよう」
ボソリとつぶやき、毛布をはねのけて、ゆっくりと起き上がり、一階へと降りていく。
店内には、服と雑貨が適当にディスプレイされて、経営者の意欲を疑われるような状態であるが、実際問題さほど意欲は無い。恐らく、こちらに本気で取り組んでも生活は出来ないだろうと思っている。
店の外に出ると、まだ空気が冷たかった。
この街の朝にもなれてきたような、そうでないように思いながらもストレッチを始める。
潮風は穏やかだったが、空気は驚くほど冷たく、見渡す限り通りに人通りは無い。
ストレッチを終えて、両手の手袋を外す。
両手首から先は、銀色の義手になっている。ミスリルの手甲の中に人工筋肉を入れて、人間の手の構造を模したものである。その点についてはリンクアーマーと同様の構造である。
内部に動力源として魔石も組み込まれている。
しかし、本来はそこまで精密に動かすことは出来ないはずであった。
人間の手のように動かすことが出来るのは、彼の人形遣いと呼ばれる異能があるからだ。
触れた人形を自由に動かすことが出来るという異能であり、念動力系の異能の一種だ。
彼は、この異能を用いて規格外のリンクアーマーであるヘカトンケイルを精密に動かすことが出来る。もっとも、大量の情報を処理できるのは、元からの適正値が高いというのもあるが。
異能は、特定個人に備わった能力だ。
その異能を解析して、不特定多数にも扱えるようにしたのが魔術である。
ただし、全ての異能が解析されているわけでも無く、彼の人形遣いもまた、解析はされていない。元より、非常に希少な異能なのだ。
リンクアーマーへの高い適正値と人形遣いの異能は、リンクアーマーパイロットとして、最高とも言える適性を持つに至ったと言えよう。
しかし、彼にはそのことが良いことだとは思えていなかった。一度も思ったことは無かった。
彼はもとよりこの街で生活してきたわけでは無い。
大陸中央から北部の国で育った。
孤児で肉親のことなど何も知らず、スラムで生きていた。物心ついたときには、両手は無かった。
北部の冬は厳しく、毎年多くの孤児が飢餓と寒さで死んでいた。
両手の無い彼が生きるには、非常に厳しかった。
そんなあるとき、孤児院へと強制収容された。そして、異能を持っていることが発覚し軍へと売り渡された。
軍としては、異能を魔術解析することに意欲を持っていたからだ。
しかし、彼の異能は未知数過ぎて結局、解析は失敗に終わる。
捨てられるかと思いきや、今度は軍の特殊部隊に回される。
それからは、ひたすらに薄汚い仕事をし続けて、部隊が壊滅したのを機に逃げ出して、この街に辿り着いた。
「三年ね。長いんだが、短いのだか」
まるで人間の手のように自在に動く義手を見ながら、呟く。
結局、戦うことしかできないのなら、戦い続けるだけであるのだが、果たして他に出来ることは無いのだろうかとは思える。
「朝ご飯、つくろっか」
ひとまず他に出来そうなこととして、何気ないことをしてみるようだった。




