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027 入院

 都市にいくつか病院はあるのだが、住居のある島にも診療所程度のものは備わっていた。

 雨音は自宅からすぐ近くの診療所の個室、ベッドの上で大人しく横になっていた。右腕は全部が包帯に覆われて首から吊られ、胴体は包帯で埋め尽くされている。姿勢を直すだけでも一苦労だった。


 決戦と思って挑んだ橋の上での戦いから三日が過ぎていた。

 決戦と思っても、あれが結末では決戦とはならないだろう。怪盗としての進退云々は持ち越しとなってしまった。


 入院一日目に見舞いに来たのは、依頼を仲介したゴンザレス・ロック。申し訳ない、申し訳ないと何度も言って何度も頭を下げられた。大きな花束に、大きなカゴに果物の詰め合わせまでもってきており、傍らにはその存在感を大きく表していた。


 入院二日目に見舞いに来たのは、警備隊員であるサイラス・タイラーだった。特に見舞いの品などはなく、未熟者だのチキン野郎だの、ありったけの罵声を浴びせつけて気が済んだら帰って行った。忙しい身の上のくせにして、わざわざやってきた時点で、それなりに心配はされていたらしい。何故捕まえないのかという質問をすれば、怪盗である時点で捕まえなければ意味がない、そして都市防衛軍では捕まえられないだけだと言っていが。


 そして入院三日目。まだ、今日は誰もきていなかったが、ノックもなしに戸がスライドする。


「はろ~」


 脳天気な声で挨拶される。

 ドミニクだった。何故かスケッチブックを一冊傍らに持っている。


「いや~、こっちの島は入るのも結構めんどいね。セレブばっかりの島だから、チェックが厳しいし」

「すみませんね。わざわざ」

「ん~気にしなければいいって」


 ドミニクは遠慮無く椅子へと座る。


「いい部屋だね」

「まぁ。毎日だと飽きますよ」

「ふーん」


 興味なさそうにうなずく。


「それより、薔薇と絵は持ち主に返しておいたよ」

「ありがとうございます。助かりました」

「ま、結局盗むことに意味がないなら、そうするべきだしね」

「ええ」


 雨音はうなずく。手にしていても意味がないからと、全て元の持ち主へと返却しただけのこと。結局ゴンザレスも何かの手がかりをつかむこともが出来なかったわけであるし。


「戦争の真実ね。どーでもいいや」


 ドミニクには、それなりの経緯を説明はしていた。どう考えても、どう見ても、耳から耳へと受け流して、興味はなさそうだったが。


「それなりに、興味もてませんか? 」

「無いかな? そーいえばさ、あの宝石ってどういう事で作られたか知ってる? こっちは興味が少し出て調べてみた」

「? いえ」

「ま、アンダーグラウンドの出所が怪しい情報を探ったらちょっとわかったことはあるんだけどね」


 とドミニクはスケッチブックを開く。


「え? 」


 いや、描かれていたのは絵だったが、何故に絵を広げるのかがわからない。スケッチブックにはクレヨンで『あおいばらものがたり』と描かれている。


「大昔のある国で、ある貴族が、ある貴族に恋をしましたと」


 スケッチブックをめくる。女性と男性が描かれ、その間にハートマークが描かれている。クレヨンで描かれている割に中々味のある絵である。


(紙芝居? )


「そんでもって、恋をした貴族が恋された貴族へと愛の告白を。でも、断られましたとさ」


 さらに一枚めくる。


「恋された貴族は、ある人に恋をしていたからですと。でも、その人はもうこの世にはいなくて、その心は死ぬまで捧げると誓っていたのでした」


 さらに一枚めくる。


「愛の告白をした貴族は、どうすればその心の一片でも自分に向けられるかと尋ねました。そうすると、蒼い薔薇を一輪でも捧げてくれたならあなたに心を捧げましょうと言ったのさ」


 さらに一枚めくる。


「貴族は悩みましたとさ。蒼い薔薇なんてありもしないから。でも、あきらめません。貴族は頑張り屋だったのですと。国中の花屋を探させます。でも、見つかりません。遠方の国にまで使いを出して捜させます。でも、見つかりません。薔薇を育てる名人に作るように頼みます。でも、いつまでたっても出来ません。おとぎ話のように薔薇に絵の具を塗って青くしようと思いましたが、それは自分の愛が偽りなのだと思えて、出来ませんでした」


さらにさらに一枚めくる。


「そうなると、もう、絶望しかありませんでした。それでも、あきらめることは出来ません。そこで、貴族は自分の全ての財産をなげうって、たくさんの宝石を買い集め、腕の良い宝石職人を何人も雇い、幾月もの年月をかけて、とうとう、宝石で作られた蒼い薔薇を作り上げます」


 さらに一枚めくる。


「そして、家も服も地位も名誉も失った男は、もう貴族でもありませんでした。ボロを着て、険しい道を乗り越えて、とうとう恋をした貴族の元へとたどり着きました。でも」


 さらに、一枚を今までよりもゆっくりとめくる。


「恋をした貴族は、流行病にかかり、土の中で眠っていたのでした。それでも、貴族は絶望しませんでした。土の中で眠っているとはいえ、恋をして丁度十年経った日に、ようやく一輪の薔薇を捧げることができたからです」


 一枚めくり。


「男はそうして、墓の前に薔薇を供えてどこかへと消えていきました。どこの誰も、男が何処へいってしまったのかわかりません」


 と一枚めくると、ENDの一単語が書かれていただけだった。


「という訳で、オチもイマイチで、全部無くして、何も手に入らなかった変な人のお話なわけだね」

「何故に、それなりにいい話だと思わせて、最後の最後でぶちこわしにするんですか? 」

「本当にいい話かな? 」


 ドミニクはニヤリと笑い、スケッチブックを閉じた。


「そもそも、何故に蒼い薔薇を指定したんだろうね? 」

「それは、遠回しに断ったということでないですか? 似たようなおとぎ話も聞いたことがありますし」

「だろうね。ただ、私の解釈としてはさ、蒼い薔薇っていうのは無い。だから、私に捧げる愛なんてあなたにはありませんって意味じゃないかなと思う訳よ。遠回しに振るにしても、意地が悪くないかい? 」

「ん……そうですかね。よく言えば、上品だと思いますが」

「さてさてさてと、どういう理由から、雨音クンの探している戦争の理由のキーワードが蒼い薔薇なのか。それってつまりさ、昔に乗っ取って言い回しってことで、理由なんてあって無いものってことじゃない? 」

「え……」


雨音は表情を強張らせる。


「ま、真実は判らないけどね。ま、せいぜい探してみたら? 」


 興味がないと言っていた割に、調べて、わざわざ紙芝居まで作り。何がしたいのか判らない友人だったが、一つだけハッキリと判ってきた。

 あるはずがないを意味するというならば、本来は存在しないはずなのに存在しているものがあるという意味もあるのではないか。戦争の真実には、存在しないなにかがある。それが戦争がおきた理由ではないか。

 それだけが、雨音の脳裏に自然と浮かび上がってきていた。


「じゃ、帰るね。常連客が来る予定があってね」

「はい。色々とありがとうございます。ドミニクが来たおかげで、怪盗を演じる目的が少しはっきりとしてきました」

「ん? 」


 どういう意味がわからない様子で、ドミニクは首をかしげる。が、さほど気にする様子もなく病室から去っていった。

 秘められた謎を解き明かす。それ自体が宝であり、その宝のあるべき場所は日常を送る全ての人々の記憶。

 あるべき物をあるべき者に。

 それを実行できる。

 真実がどんなものであれ、それが怪盗として進む道だと。

 雨音は、虚空を見つめ、それが自身の答えだと頷いた

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