025 治療
「見逃したんだから、飯おごって? 」
「いいですよ~。店主は無愛想だけど、美味しいお店知ってますし」
「見逃したんだから、酒もおごって? 」
「いいですよ~もらい物の紹興酒が二瓶ぐらい、うちにありますよ~」
「見逃したんだから、家に泊めて」
「いいですよ~丁度ロフトが開いてますから、そこ使って貰えれば~え? 」
怪盗スモーク、否、雨音が目を開けると真っ白な天井が見えた。痛みがないのは、麻酔でも効いている所為だろうか。
なにやら傍らが騒がしい。
「いやいやいや、師匠。最後のはあれ? なんですけど? 」
ドミニクはそういえば、師匠としている女性には一応丁寧に話すんだと思いながら耳を傾ける。
「いや、だって。ホテル暮らしも豪奢過ぎるし? お前の家で寝泊まり食事をして昼寝しようと思っていて」
「師匠、スペースはあるけどさ、若い男の家に泊まるのってどうなんですか? 」
「役得でしょ? 」
「えー、突然女の子と二人暮らしって、大昔の出来の悪いラノベじゃないんだからさ~」
「夜ばいをする度胸も無いくせによく言いますね……というか、女の子っていうのは恥ずかしいから止めろと昔から言ってるじゃないの! 」
「わー、女の子が怒った」
ドミニクは棒読みで言う。さらに騒がしくなって、エンドが見えてすら来ない。
「……すみません」
さらに騒がしくなる部屋に、凛とした声が響く。
「あ、ヅラの人が起きた」
「それはもういいですから。けっこう前に起きていたんですけど、声をかけるタイミングがわかりませんでした」
それにしても、ヅラの人という呼称はいつまで続くのだろうか? 確かにカツラをかぶっていたが、別に禿げているわけではなくて……。
「ふーん。あ、ここ病院っぽい場所で、うちじゃないからね」
「っぽいってなんですか? 」
雨音が首を少しあげて言う。傍らには大きな点滴と輸血されていて、ベッドの向こうに、ドミニクとその師匠がいた。
ドミニクは手袋と刀を持っていないこと以外は、先ほどと格好は変わらず、その師匠は、服がぼろぼろになったせいか、サイズが小さめのタンクトップに短パンと、頭にはバスタオルを巻き付けていた。風呂にでも入ったのだろうか。
ただ、相変わらず大きなゴーグルをつけていて、顔の半分以上を隠している。
「んー、だって、警備隊の診療所だし」
「なっ」
と反応するが、身体は全く動かない。
「あー、大丈夫。サイラスさんに頼ったから。流石に、あの傷は私じゃ処置できないし、輸血もしないと死ぬし」
「はぁ、なんとも、情けない……」
賞金首が警備隊に助けられる。そんな情けない話が他にあるのだろうか……。
「いいじゃん。生きていれば。もうけもんだと思えばいいし」
「そんな、道ばたで小銭を拾ったわけでもなしに」
「キヒヒ。拾った小銭は警備隊に届けましょうと」
ドミニクは軽い調子で言う。
そして、傍らから蒼い薔薇を取り出して、ベッドの脇に座る。
「そんでもって、これが狙っていた品か。サイラスさんに伝えようかどうか迷ったんだけど、サイラスさん忙しいみたいでさ、『勝手に運んで、俺の名前出しておけ! この×××××野郎! 』って言われただけなんだよね」
「会ってはいないんですか? 」
「うん」
ドミニクは、無造作に蒼い薔薇を指先で回しながら眺めながらうなずく。壊しただけでも、人が一生働いても補償できる額ですらない美術品なのだが……。あまり、気にした様子はない。
「事後処理が忙しいんですかね……けっこう、派手にやっちゃいましたから」
「それだけじゃないかな? 」
「?」
ドミニクの何となく思わせぶりな言葉に雨音は首をかしげる。
「怪盗ならさ、もう少し、審美眼つけようよ。一般人が本物の宝石なんて、手に入れることがないとしてもさ」
「話がみえないんですが? 」
「これ、偽物だよ」
「え? 」
思いもかけない出来事に驚きの声を上げる。
「私の店さ、アクセサリーに宝石つけることもあるから、そこそこ詳しいつもりなんだよね。宝石って言っても、人工宝石だけど。これさ、輝きとか透明度を見る限り、人工宝石なんだよね。近くでルーペ使わないとわかりにくいけど」
「そんな、まさか……」
美術館の保管庫から直接盗み出したというのに、そんなことがあって良いのだろうか?
「多分、これ、展示用に本物と一緒に貸し出されたやつじゃないかな? これでも、多分けっこうすると思うよ? 本物の何百分の一ってところだけどさ」
その一輪をさっきから無造作に、手袋も着けずに持っているのは言っている当人だ。
「美術館とかだと、たまに本物じゃなくてそっくりのイミテーションを展示する場合があるんだよね。正式な時とか、そういうときは本物を展示したりとか、危険度とか場合によって使い分けたりする場合もあるんだ。もちろん、全部が全部そういうことをしているわけじゃないけどね」
「……どういうことでうす」
「さぁ? でも、雨音君が知らないってことは、騙されたっぽいなら、結局サイラスさんはそういうことで、今忙しいのだろうね」
騙された。騙されてしまった。
「甘いなぁ。つくづくツメの甘い男だね。ヘナチョコ」
ニヤニヤと椅子に座った舞姫が雨音を見ながら呟く。
何も言い返せないのが、何とも悔しい。
命がけで、戦って倒されて。
あっさりと助けられて。
リンクアーマーは破壊されて。
自慢の特殊拳銃は破壊され尽くされて。
警備隊の診療所にまで運ばれて。
協力のあった仕事は騙されて。
さらには、ヅラ扱いされて。
なんとも散々な雨音だった。
しかし、件の品が騙された。
信用できると思ったら、騙された。
結果的に罠だった。
散々すぎる結果。
雨音は、真っ白な天井をにらみつけるだけだった。




