024 覚悟
ソードギルド所属のAクラス賞金稼ぎ舞姫が、この都市に来たのは、ちょっとした気まぐれが大部分を占める。
元々根無し草で、気まぐれに旅をしている自由人であるだけだからだ。到着したときには金が無いこともあって、ソードギルドで賞金首を探し、一番面白そうだと思ったのが怪盗スモークだった。
とりあえずそれを狩って稼ごうとしたのも極々自然の流れだ。
しかし、初めて会ったときに思いの外、強いことが判った。単純な強さなら、賞金が安すぎることがわかる。それは、単に怪盗スモーク自体がまともな戦いといえる戦いをしていなかったために、その点の評価がなされていなかったためだ。
だが、彼女としてはなおさら面白いと感じ、尚更に怪盗スモークを狩ろうとする想いを強めてしまったに過ぎない。
幸いというか、怪盗スモークがいつ出るのかは、街角のテレビを見ていれば自然と判った。あとは、予告された場所の近くで待っていれば、探すことなど簡単だった。
結果として、標的は橋の真ん中で倒れる結果となっていた。
目の前の怪盗スモークの白髪が落ちる。
「うーん、でもはげじゃない」
血まみれにしておいて、相手を死の淵に追いやっておいて、どういうわけか、賞金稼ぎは、相手の一番の秘密を解き明かしてしまったのではないかと、一瞬、動揺を隠せなかった。
「髪が、は、薄い、みたいに、言わないでください! 」
そこは重要なのか、血に伏して倒れている怪盗が首を少し持ち上げて叫ぶ。叫ぶと同時に、血が吹き出て、残り少ない命をそんなことに使って良いのかと不安になる。
「がはぁ! 」
怪盗がさらに叫ぶ、仮面の隙間から血が垂れてくる。
「はは……私、なんて、全然……だったん、ですね」
「私としては、ここまで本気を出すとは思っていませんでした。久しぶりに、良い腕ならしになりました」
賞金首はそう言って左手を仮面へとやった。
リンクアーマーに炎を打ち出す銃、振動カッター、今まで戦ってきた相手が使っても来なかったものを使ってきたことで、それなりに楽しめた。
が、命のやりとりですらなかったと、賞金稼ぎは思う。
強い弱いなど関係なく、命をかけているのかどうかだ。目の前の賞金首は、自分とは戦っているように見えなかった。自分か何かと戦っていたのだろうかと首をかしげてしまう。そして、本気で殺すつもりはなかったことも判る。相手を殺さないことでも信条にしているのかどうかは知らないが、戦いへの覚悟としては甘すぎる。
結局、この程度かと、賞金稼ぎ舞姫としてはもの足りない結果として終わりつつある。
「ふむ、まあ。終わらせましょうか」
舞姫は刀を構える。苦しそうであるし、せめて最後は一瞬で命を絶ってやろうかと思う。なかなか面白みはあったが、戦うにしては役が違っていたと言うことだろう。
「はぁ。けほ、こ、れで、けほ、おわ、り、か」
怪盗が咳き込みながら呟くように。
舞姫が一歩踏み出したとき。
何かが落ちてきた。
賞金首と賞金稼ぎの間に何か巨大なものが落ちてくる。
何かが爆音とともに橋へと突き刺さり、ホコリを巻き上げる。
舞姫は微動だにせずに、突き刺さったものを見つめる。
それは、つい先ほど水中に沈んだリンクアーマーだった。
さらにその上にフワリと、音もなく何かが着地する。
「ちょっとタイムね。ふー、美術館から結構遠いから探すのに迷ったよ」
黒いブーツ、色あせたジーンズ、安そうなタンクトップ、頭にはニット帽。
ニット帽からは、黒と茶色と金色の髪がはみ出ている。臀部の上辺りに、真っ黒な作りの刀が地面とは水平に差され、両手には真っ黒な手袋がはめられている。
戦場には相応しくもない脳天気そうで軽薄で、軽く唇を緩めた緊張感のない顔が、賞金稼ぎと賞金首を交互に一瞥した。
「「ドミニク」」
不思議と賞金稼ぎと賞金首の声が重なった。
はっと賞金稼ぎと賞金首が互いを見る。賞金首としては、予想も付かない事態に思わずでた言葉だったが。それにしても、賞金首としては、何故知り合いが刀なんて差して、こんな場所にいるのかがさっぱり判らなかった。
「師匠。ちょっとそこのヅラの人は友達だから、止めは待ってくれません? 」
賞金首の知り合いは、舞姫を見ながらそう言った。知り合いが血だらけで伏しているというのに、えらく緊迫感のない声であったが。
「あ、の、ヅラ、って……」
「いいですよ」
賞金首の声は無視され、賞金稼ぎは、あっさりと了承する。師弟そろって、どこか緊張感のない二人だった。
「そんでもって、雨音君」
「本名で呼びますか? 」
「いいじゃん。お茶の見に来るなんて言っておいて、勝手に侵入してお茶菓子だけ置いていくってどういうことよ。まぁ、それは置いておいて、とりあえず、仮面外したら? 息もしにくそうだし」
賞金首は何も言わずに、仮面を外す。すでに演じることも、正体を隠すことも意味がないと悟ったかのようだった。
そこからは、口から吐いた血で顔の汚れた優男が現れる。ずいぶんと酷い怪我を負っている割に、穏やかな顔だった。均整な顔はそのままだった。
「仮面を取ったら、実は女の子とか、人じゃなかったとか、実は犬だったな意外なオチは?」
「何を求め、ている、んですか。あなた、は……。正、体、知って、いるのに……」
なんでこうも、普段と変わらない対応なのだろうかと思いつつも、身体は動かない。
「まあいいや。何を求めているのか知らないけどさ。そんでもって」
ドミニクは賞金首から賞金稼ぎへと顔を向ける。
「師匠」
「ん? 」
賞金稼ぎが気の抜けた返事をする。
「ここのヅラの人は重犯罪者指定じゃないから、生死問わずじゃないんですよ~? 殺したら賞金は一割ぐらいしか貰えませんよ」
「何!? そうだったの? 」
気が抜けたと言うよりは、何とも間抜けな賞金稼ぎだった。細かな箇条書きなどは読み飛ばして詐欺にあっさりと引っかかりそうなタイプだった。
「ちゃんとデータを見ましょうよ。罪状が窃盗と不法侵入と器物破損だけで、そんなに賞金は高くなもないんだから」
「そういえばそうだった」
賞金稼ぎはあらか様に失敗したぁといった表情で、ため息をつく。
「そこのヅラの奴は、色々と面倒だなぁ。相手にしなきゃ良かった」
「でしょ。ヅラって面倒なんですよ」
ドミニクはさらに略して言った。
なんだか勝手に、賞金首は髪が薄い人扱いされていた。齢二十として十分に太くしっかりとした髪が毛根から生えているのだが……。
賞金首はなんだかないがしろにされて、複雑そうな表情を浮かべていた。
「そんでもって、師匠。ヅラの人は友達なんで、見逃してください」
賞金首は、あっさりと言うドミニクの顔を見た。今の流れでも、そんなことが許されるわけなど。
「いいよ」
あっさりと一言が出た。
許された。
許されてしまった。
これほどシリアスな場面だというのに。
何故、これだけ血だらけになってまで戦ったというのに、こんな終わり方。
助かったということ、なのだろうか。
「ドミニ、ク、助け、てくれ、たん」
「べ、別に、あなたを助けたくて来たんじゃ無いんだからね! か、勘違いしないでよね! た、ただのついでなんだから! 」
ドミニクが急にツンとした調子で言って、プイと顔を背ける。
「はぁ? 」
「あれ? 知らない? 」
ドミニクが振り返って、賞金首を見下ろす。
「なんでも異世界からやってきた異邦人に伝わる挨拶らしいのだけど? 」
「し、しり、ません」
出血の所為なのか、このあまりにも緊張感のない空間の所為なのか、賞金首の意識は徐々に薄れていく。
「ありゃ? 」
「ドミニク。このままだと、死ぬんじゃない? 」
「あ、やべー」
二人は何とも気楽に緊張感などなく話す。
助かったはずなのだが、本当にこれはもう、助かるのだろうかという疑問ばかりが血のようにあふれ出てきた。




