022 剣術
「第三ラウンドです」
「始めましょうか」
賞金稼ぎは飛び上がって、猛禽類のように刀を振り回す。怪盗はターンしながらそれを避けて、さらに着地の寸前を狙って低姿勢からローキックを放つ。
賞金稼ぎは、ローキックを避ける為に前へと宙返りをして左手一本で着地し、開いた右手で突きを放つ。
右手の拳銃で刀の側面を叩き付けるように払い、左手の拳銃の引き金を引き、刃のように払い抜く。
銃口から放たれたのは、銃弾ではなく炎だった。引き金を引くと同時に銃口から火柱があがり、賞金稼ぎの胸へと斬りつけるように襲いかかってくる。賞金稼ぎは一瞬表情を強張らせながら、左手一本で飛び上がり身体を退く。銃口から炎は断ち切れる。
二人は立ち上がって、互いに得物を構える。
「炎なら、そう易々と払われて回避されませんね」
「そう来ましたか」
賞金稼ぎは、そう言って、上段に刀を構える。
怪盗スモークとしては、破損したトライデントの代わりに選べたのがこの炎を撃つ珍銃でしかなかっただけだが、その選択は間違いではなかった。
高速で可燃性ガスを撃ちだして発火させる拳銃、フランベルジュ。
普通の火炎放射器とは違い、一回に数秒だけ火柱を出すだけだが、その分炎そのものの破壊力も高められている。
「ふむ、どうせめましょうかねー? 」
相手は悩んでいると思った瞬間だった、目の前から賞金稼ぎの姿が消えた。
瞬時に、殺気と気配を感じ取り、スモークは後ろへと振り返りながら、両手の拳銃を撃つ。
炎に紛れて二つの銃弾が撃ち出される。賞金稼ぎは、上段の構えのまま鉛直に刃を振り下ろしていた。両者は身体をねじるようにかわし、また数歩の距離を開ける。
かわしたはずだったが、スモークの右腕には赤い線が一本走り、数滴の血がポタポタと垂れた。賞金稼ぎは、右の袖をほとんど焦がしていたが、身体へのダメージは無いように見える。ただの奇抜な衣装ではなく、耐火性能も兼ねそろえているようだった。
「くっ」
「あっつーい」
賞金稼ぎは刀で袖を左腕で引きちぎって捨てた。
怪盗スモークは二つの疑問を持ち、そして、その答えを得ていた。
「意識に幾分の隙もありませんね」
「意識にも視界にも死角はありませんよ」
賞金稼ぎは、自慢げに巫山戯た感じで言った。
(影踏を見破っているか……)
意識そのものを見抜けなければ、死角を見抜けない。
その意識そのものを、目の前の女性は、怪盗スモーク同様に隠せるように感じられた。技術としては、影踏を使う怪盗スモークに比べれば数段は下だから、さほど大きな意味はない。
それでも、意識の異様なまでの隙の無さを合わせれば影踏を見抜くことも不可能ではないということだろう。怪盗スモークはそう結論づける。
怪盗スモークは、少しばかり奇妙なステップを踏む。その瞬間に、賞金首には怪盗スモークの姿を見ることが出来なくなった。気配は感じ取れるし、何処にいるのかもほぼ判る。だが、目には映らない。
スピードが互角であるが、怪盗スモークには体の動きで人の視線の動きを見抜くだけの技術がある。ゴーグルで目が見えないとしても、予想は出来る。
次々と銃弾と炎が放たれる。それを賞金稼ぎは刀で払いながら避けていく。意識を騙せないならば、視覚の一点のみに絞って、移動し、常に死角から攻撃をし続ける。
単なる影踏が意味をなさないことを確信して、怪盗スモークは判断を下したのだった。
怪盗スモークは、賞金首の真後ろに回り込みながら、引き金を引いていく。位置は明確に知られていることは判る。おおざっぱな位置として、目に入る場所には居ないことを判断される。だが、それが狙いだ。
目に見えるものに注意しなくなる。
その瞬間を狙っていた。
「小細工は効きませんよ」
と賞金稼ぎは余裕の表情を崩さずに刀を振り回し、踊るように身体を動かし続ける。
一人、ただ踊っているような賞金稼ぎに、ただ、ただ、凶弾を撃ち続ける。
マガジンが半分になった頃に、怪盗スモークは一気に間合いを詰める。出た先は、賞金稼ぎの真正面だった。今まで姿を消していたというのに急に姿を現したことに、賞金稼ぎはほんの数刹那反応が遅れる。
再び、フランベルジュを用いて炎で斬りつけながら、同時に右手の銃で二発の銃弾を胸元へと撃ち出す。。
賞金稼ぎは避けなかった。炎も、銃弾も避けなかった。胴体の帯にあたるもので真正面から受け止めて、力強く黒い刃が水平に振るわれる。
怪盗の胴体をかすりながら、拳銃フォークの二つの銃身が切り落とされる。
銃身が宙に舞った瞬間に、怪盗スモークの右腕はフォークをパッと離し、さらに、腕が炎に覆われた賞金稼ぎの胴体へと向き、手の甲から鋭い一撃が繰り出される。
賞金稼ぎは、柄頭でその一撃をはじき返し、その反動を利用して後ろへと下がる。
「あつっ! あついって! 」
賞金稼ぎは袖を振り回すように帯の炎を払う。帯も耐火性が高いのか、すぐに火は消えて無くなる。
怪盗スモークの足下には銃身が切断されたフォークの残骸、それに血が降り注ぎ、真っ黒な武器は赤く染まった。
左腕で、胸元を押さえながら、右手の袖から飛び出したカッターを突きつけていた。反りはなく、刃は三十センチもない片刃の無味乾燥なフォルムだった。
「くはっ」
結局、攻撃を与えたと思っても、相手にダメージは与えられていなかった。傷口は、浅いことが判るのに、激痛と出血が酷い。先日に、左腕に与えられた傷と同じ傷だった。
「そのカッターも危ないですね。どれだけ用意しているんです? 」
怪盗スモークは応えられない。傷が、痛みが、声を出すことを許さない。
(初めの一手で見破られたか……)
右手から繰り出されているのは、ミスリル鋼製の高周波振動カッターだった。作業用だったものを強引に腕に忍ばすことが可能なように加工している。バッテリーは腰の方に備えて繋げている。
賞金稼ぎの業は、なんでも斬るだけの攻撃力を持ちながら、直接的な防御には向いていない。だから、刀をつかっての防御は、払うことでしか防ぐことが出来ない。
だが、何故直接的な防御に向いていないのか?
その答えは、怪盗スモークもつい先ほどの攻撃で確信を持っていた。
先ほど、垂直に下ろされたはずの刀。刀がまっすぐなら斬られていないはずなのに、右腕が斬られていた。答えは単純に刀自体がまっすぐ伸びていなかったからだ。切っ先だけが曲がって、腕を切っていた。ただ、それだけのことだった。
「その、刀は、はぁっ。非常に薄く作られている。刀が黒いせいで、わかりにくいですが……」
「お、見破りましたか」
息も絶え絶えの怪盗スモークの答えに、賞金稼ぎは単純に賞賛のような声をあげる。
「それで、いて、非常、に強くて、柔らかくて、だから、変則、的な太刀筋も可、能で、すね。さらに、軽い分、より、太刀、筋は、速、い」
傷口を押さえながら、彼は真っ黒な刀を見続ける。声を連続で出せないもどかしさを感じながらも、言い当てていた。
「そして、一見、まっすぐに、見える太刀筋でも、細かな、振動を与えながら、ジグザグに斬ることで、抉るような刀、傷を与えるこ、とが可能……ですから」
怪盗スモークは、胸の傷口から手を離し、フランベルジュとカッターを構える。
「似たような、物をこ、ちらも用、意してみ、ました」
「ふーん。そっかー」
怪盗スモークの両手には、炎を撃つ拳銃、さらには鉄板どころか薄いミスリルさえも切り裂くカッター。二つとも、あの刀の刃では防ぎにくいものばかりだ。刀の位置によっては、カッターは斬られる可能性もあるが、刀自体をカッターで切ることも不可能ではない。
「い、きますよ」
「ええ」
二人が、対峙する。
二人とも、戦いはそう長くは続かないと予感している。
橋の上、二人以外には動く者すらなく。
静かに一刹那が過ぎていった。




