021 再戦
怪盗スモークは既に、美術館から抜け出していた。
すでに活気が失われている区画へとたどり着く。
人はいない。
月も出ておらず、辺りは暗かった。遠くの繁華街の光が僅かに建物と道路を照らしているだけだった。
怪盗スモークはビルからビルへと飛んでは、移動を繰り返す。暗闇に真っ白な姿が映える。
予告通りの品は盗む出した。
だが、話を持ってきたゴンザレスにも、依頼してきた館長にも悪いが、これは前哨戦に過ぎなかった。
予感があった。
そして、その予感は当たった。
十数メートル先の道に、一つの人影が立っていた。暗く、姿ははっきりとは見えず、シルエットだけが怪盗スモークの目には映っている。
「懲りない人ですね」
ビルディングの上を見上げながらかすかに見える口が動き、怪盗スモークに聞こえるか聞こえないか程度に伝わってきた。
「お仕事ですから」
怪盗スモークは立ち止まって、そう言った。この距離では伝わっているかどうかも判らなかったが。
怪盗スモークは、左手を複雑に操作する。
「こうなると、私の最後の仕事となるかもしれませんから、派手に演じさせていただきましょう」
ずっと先のシルエットは首を小さくかしげたように見えた。
「バーン」
怪盗が軽い調子で呟いた。
その瞬間。
暗闇の虚空、空から降り注ぐなにかが、シルエットへと無数に落ちていく。
怪盗スモークの目の前で、大量の煙と炎の柱ができあがる。手榴弾の大量掃射だった。
「派手ですね」
いつの間にか、怪盗スモークの真後ろに、シルエットが移動していた。
黒いズボンに、黒い袖のない肌にピッチリとしたシャツさらに、着物のような奇妙な服をまとい、顔には大きなゴーグルを、長い髪は一本にまとめられて、腰には鞘を。
右手には虚空に紛れるかのように、真っ黒な刀が握られていた。
あの夜に、怪盗スモークをおそった女の賞金稼ぎだった。
「ええ、派手でしょう? 」
怪盗スモークは、瞬時にしてコートから拳銃を抜き出し、両手に握っていた。
右手には二つの銃口が備わった拳銃。左手には、巨大な銃口が一つだけ伸びた拳銃。
怪盗スモークは振り向きざまに、右手の拳銃のトリガーを引く。
同時に二発の銃弾が賞金稼ぎに襲いかかるが、さっと動きながら、片手で刀をさっと水平に払う。
刀が虚空に紛れ、銃弾は刀に払われて、虚空へと吸い込まれていった。
「明確な攻撃の意志がありますね。前はっ」
「喋る暇も与えませんよ」
今度は、空から極々狭い範囲に雨が叩き付けられるように降り注ぐ。水ではなく金属の雨であったが。賞金稼ぎは、後ろへとふわりと鋭く、退く。
銃弾が打ち込まれたビルディングの上に、さらに大きな金属の固まりが落ちてくる。屋上の床にひびを入れながら、リンクアーマーが着地してきた。
リンクアーマーは先日使われた物と同じではあったが、肩盾には大量の手榴弾をセットしているし、右手にはガトリングガンが装着されている。
怪盗スモークはリンクアーマーの上に飛び乗って、両手の拳銃を向けると、リンクアーマーの背中にある12.7ミリ機関砲がその動きに吊られるように賞金稼ぎへと銃口を向ける。
「前は、逃げる意志しか見せまでんでしたけど、今は牙を見せてくるわけですね」
賞金稼ぎは、唇を緩め、どことなく楽しそうに言った。
「祭りに、つきあってもらいましょうか」
「二人で祭りか、盛り上がるかどうかわかりませんね」
賞金稼ぎは、突如として現れたリンクアーマーにも、怪盗スモークの意志の変化にも動じてはいなかった。腕に負わせた傷が治ってなどいないことも判っていたが、それが余裕を与えていたわけではない。
「元々、追いかけるより迎え討つ方が好きだから、楽しくなってきた」
ただ、それだけの理由が賞金稼ぎを愉しませている理由だった。
怪盗スモークも、その余裕を見ても動じる事はない。リンクアーマーを持ち出しても、リンクアーマー自体は怪盗スモークが遠隔操作しているに過ぎず、結局一対一であり、超えられない壁が二人の実力にはあることを、怪盗スモーク自身が一番理解していた。
「戦いを愉しむなんて、愚か者ですよ」
「愚か者で結構です。楽しめればそれでいいです」
怪盗スモークの両手が動く。リンクアーマーは脚のバネだけで、フワリと虚空に浮き上がりながら、二つの銃口から銃弾が放たれる。遠慮無しの爆音が響き渡る怒濤の攻撃。
流石にこれだけ大きな銃弾と数は払いきれないのか、賞金稼ぎはリンクアーマーと怪盗スモークを見つめながら、一定距離をとりながら走って回避していく。
賞金稼ぎの真後ろで、人ならば一撃でも致命傷となりかねない凶弾が撃ち込まれていく。
リンクアーマーが一度ビルの上に着地し、一度銃弾を撃つことを止める。同時に、肩の二つの盾の真上の部分がスライドし、一度に計十発のりゅう弾を放っていく。美術館に忍び込むときに撃ったものなどとは違い、単純に戦車を潰せるだけの破壊力をもった純粋なる兵器。
「はぁぁぁぁぁっ!!!! 」
賞金稼ぎが気合いを込めて叫びながら、一気に間合いを詰めていく。正面からりゅう弾が来ていることなど無視したかのような無謀な特攻に見え、すぐさまに、爆風と巻き上がった粉塵に姿がかき消されていく。気合いの声も爆音にかき消される。
普通なら死んでいる。
だが、怪盗スモークは炎と煙を見つめている。
あの程度では死ぬはずはないだろうとあっさりと確信している。
一つの異質な音を感じ取り、後ろを振り返ったとき、ホコリまみれの賞金稼ぎが両手で刀を構え、振り下ろそうとしてきていた。
だが、リンクアーマーのブースターが瞬間的に爆発的なまでの光と熱を吐きだして、天へと登っていった。
怪盗スモークは衝撃に耐えるようにリンクアーマーの上で片膝を付く。一度、逃れ体制を立て直して、再び地上にいる賞金稼ぎに向かっていこうと判断してのことだった。
「本当に人間でしょうかね」
思わず呟く。相手の強さを予測、否覚悟していたとはいえ、ここまで攻撃が効かないとは思ってもみなかった。
リンクアーマーは瞬時にして、地上から五十メートルは上昇していた。遠くの歓楽街の光が見え、真下の暗闇が見える。
青白い光を吐き出しながら、リンクアーマーはさらにゆっくりと浮上していたが。
ガタンと右に傾く。右側を見れば、右腕が胴体から剥がれ落ちていた。落ちていく右腕の影に、左手一本で刀を振り抜いた格好の賞金稼ぎが、いた。
ただ、純然たる超高速の斬撃によって接合部が斬られていた。
魔法金属ミスリルを切断できるというのは、恐らく達人級の使い手である。
「なっ! 」
「油断は駄目ですよ?」
賞金稼ぎは、あいている右手で腕を適当につかんだ。
怪盗スモークは右手の拳銃を撃ちながら、リンクアーマーの体制を立て直す。
同時に二発撃たれた弾丸は斬られた腕で防がれる。
盾は既に光を吐きだしてはおらず、ゆっくりと落ちていく。
怪盗スモークの乗る、片腕を失ったリンクアーマーも徐々に落ちていく。しかし、落ちながらも体制を立て直し、残った二つの銃口を落ちていく腕へと、そしてその後ろに隠れているであろう賞金首へと向ける。
腕とリンクアーマーは落ちていきながらも、リンクアーマーは銃弾を浴びせつけていく。
だが、鋼鉄よりも強く軽いミスリル製のリンクアーマーの装甲には、傷が付くだけ。装甲の内部まで弾丸が通っては行かなかった。
メインのブースターを失い、バランスを失ったリンクアーマーは動きが鈍って、ただ落ちていくだけだった。
短い空中旅行は終わりを迎え、片腕はビルの間に、リンクアーマーは区画の間にある海へと落ちて、大きな水柱をあげる。
怪盗スモークは、落ちる前に、飛んで橋へと降り立った。
かなり浅いのか、リンクアーマーは片腕の先端を水面へと突き出して動かなかった。小さな水飛沫が辺りにパラパラと降り注ぐなか、彼はリンクアーマーから通りへと視線を動かす。
通りからは、刃の峰を肩に乗せるようにして、賞金稼ぎがのらりくらりと歩いてきていた。
「第二ラウンドかな? それとも、第三ラウンドになるかな? 」
一番始めに遭遇した戦いをカウントしてのことだろうか。賞金稼ぎはそう言った。
「真に化け物のように強いですね」
二人は十メートルほどの間を開けて止まっていた。
「そうかな? いや、しかし、リンクアーマーという割に、案外に脆いよう思えましたけど?」
「元々ガタが来ていましたから」
「そうですか。だが、翼の一つや二つ失った程度で落ちるなら、大したこともないですね」
賞金稼ぎは服のホコリを払いながら呟いた。
「失ったのは腕で、翼ではありませんよ」
「そういう意味じゃありません」
賞金稼ぎは刀で弧を描くように振り回し、杖をつくようにした。構えると言うよりは、手元が寂しいから一寸動かしてみただけのようだった。
「この世界という名の空を飛ぶなら、ただの翼じゃ駄目なんです。小さくとも自前の翼でなければ飛ぼうとする意志すら持てません」
「そうですか。あなたは翼をもっているということですかね? 」
「ふう。どうかな?」
賞金稼ぎは、橋の横に沈んだリンクアーマーの翼を一瞥する。標的から目を離すなど、普通は考えられないと思ったが、怪盗スモークは警戒を解かない。
「強ければ自由に飛べるわけでもないと、最近ようやく気がついたものでして。かといって、弱ければ自由に飛べるわけでもない。どうも、誰も飛ぼうとする意志をもつことは出来ても、飛べる奴など誰もいないかも知れないですね」
「……」
自由であること、それを鳥のように空を飛ぶことだと賞金稼ぎは比喩していた。
「ま、私の弟子なんて、自由そのものがそもそも存在していないやら、鳥のように空を飛ぶことが自由だとたとえること自体に疑問を抱いていますが」
「今、その弟子は居ませんよね? 」
「居ませんよ。前に言っていた知り合いというのはその弟子のことです」
「そうですか。どんな方か、どうも想像がつきません」
傍若無人な自由人にしか見えない賞金稼ぎ、まだ二十代半ば程度だろうが、弟子がいることも意外だったが、その弟子がどんな人間かも想像がつかない。
「さて、休憩はやめまして」
「そうですね」
二人は再び向き合い、対峙する。
戦いはまだ終わらない。




