020 警備
特別展が行われているホールには、八名の警備員がいた。その内の一人が通信担当者の横で指令を出しては、連絡事項を処理していた。
プロテクターをつけて、アーミーコートを羽織った背が高く、引き締まった体つきの男。長めの金髪の間からは、鋭い眼光を宿した目がのぞく。シルバーフレームのメガネをかけているが、聡明というよりは狡猾。冷静と言うよりは冷徹な空気をまとった男だった。
都市警備隊東部分署第三中隊の副隊長を務めるサイラス・タイラーだった。
正式な指揮官は美術館からやや、はなれた場所で指揮を行っているが、現場の指揮は彼であった。
「D班、E班。通信機は3に設定しなおし、確認後こちらへ連絡。C班はエントランスを警戒。オーバー」
サイラスは厳しい表情で、指示を続けていく。通信員も次々と連絡を取り合っていく。
「副隊長、F班から連絡。カメラとセンサー類では補足できません」
「了解。B班に現状連絡を」
サイラスは冷静……否、冷徹に判断を下す。
彼は正直、苛立っていたが、それはあまり表情にも態度にも表してはいなかった。
怪盗スモークが侵入してから六分弱、再び姿を消してから六分近く、軍は捜索活動を続けていたが、未だに侵入者たる怪盗を探し当てることが出来ていなかった。
準備がそもそも足りていない。それをサイラスは痛感している。
たった二日では、警備隊でも二中隊から動ける人数を出し合って、約五十名程度が配備につくことしかできなかったのだ。
非番の隊員をかき集めての数だ。せめて一週間もあれば他からの援軍も要請できていた。
装備も十分ではない。正直言えば、あり合わせで間に合わせている。
警備プランも、定石通りでしかない。訓練でしていることを、そのまま当てはめているような状況だった。
「ったく、怪盗スモークらしくねぇから別人かと思ったが……本物みたいだな」
「なにか、思うことでも? 」
もう一人、サイラスの傍らにいる第二中隊の副隊長が話しかける。
「いや、予告状を出してからの犯行がはやすぎるし、前の犯行から日数がなさすぎるからな」
連絡の一段落がつき、サイラスは落ち着いて言った。第二中隊の副隊長はサイラスよりも、一回りも年上のようだったが、サイラスはさほど気にせずに話していた。
「確かに、妙でしたが、普通の窃盗犯なら予告すらしませんし」
「まぁな。普通なら、俺たちは準備すらできない訳だ。だが、ある程度準備が出来る以上、失敗すれば俺たちにも責任が来るからな。むしろ、面倒なわけだ」
「ま、確かに……。もし減給とかくると厳しいんだよな。うちの娘、もう中等学生になるからさ」
「所帯持ちにはつらいじゃねーか」
サイラスはそう言って、円柱に展示されている蒼い薔薇を一瞥する。
どうも、ここ数件の犯行は蒼い薔薇がキーワードになっていることにはとうの昔に気がついていた。しかし、何故それを狙うのかについては未だに判らないままだ。
何度もプロファイリングが行われて、狙うであろう品を想定しリストも作っていたが、過去の犯行は無作為とも行われており、リストが役に立った例があまりなかった。しかし、ここ最近の犯行についてはリスト通りの品しか狙われてはいない。
が、それでもこれだけ準備期間がなければ、あまり意味が無かった。
「あー、くそ。ニコチンが切れてきた」
どちらにしろ、今のこの状況にサイラスは苛立ちの様子を見せる。
「ここ禁煙だからな。喫煙者はつらいねぇ」
「うるせぇよ。非喫煙者」
サイラスは一度深呼吸し、腕時計を見つめる。
(全く、雨音の野郎。何がしたいんだって話だ)
ドミニク同様に怪盗スモーク=雨音だと知っている数少ない人間の一人である。
サイラスは、雨音そのものに対しても苛立ちを覚える。一年前に初めて行われた犯行は、アポロン商会の不正資金を盗むというものであり、後日には全くの同額が慈善団体へと匿名で寄付されるというものだった。
そのときは、サイラスは全てを悟ったが、これも一つの正義だと思い黙っていた。人を傷つける、殺すという単純な暴力に訴えなければ、それでいいと思ったのだが。
最近の行動にはどうも違和感を感じていた。
雨音の性格的にも、変だと感じていた。
調子に乗っているのなら、ここで一度、痛い目にでもあわせる必要があると考えてはいた。市民のヒーローを叩きのめすという、軍であるにもかかわらず悪人扱いされかねないが、ガキが向こう見ずに動くならば、叱りつけるのが大人だろうと。雨音とは歳が一回りも離れてもいなかったが、それでも、それが自分の責任だと考えていた。
実際には、彼のあずかり知らぬところでどこぞの賞金稼ぎに痛い目には遭わされていたりするのだが。
「ん? 」
サイラスは、特別展のフロア全体を警戒し続けていたが、一瞬ある違和感を感じ取った。
雨音、否怪盗スモークが入り込んだという気配の問題ではなく、今見える光景に対しての違和感だ。
フロアの中央に展示された宝石で出来た蒼い薔薇が一瞬ぶれた。
その瞬間をサイラスの鋭い目は見逃しはしなかった。
「ちぃ、もしかすると減給かもな」
「え? 」
第二中隊の副隊長がやや間抜けな顔で声を上げるが、サイラスはそれを無視して中央の円柱に歩み寄っていく。他の隊員も不思議そうに、それでいて切れ者と評判の鬼の副隊長が動いたことに警戒を示す。
丁度。
サイラスが。
円柱の前で。
立ち止まった。
ときに。
それは。
起こった。
青い薔薇がぱっと消えた。
同時に、円柱の中に一つの人影が現れる。
真っ白な髪。
真っ白なコート。
真っ白な仮面。
怪盗スモークだった。
『皆様、こんばんは』
館内放送のスピーカーから、声が聞こえてくる。
円柱の中の怪盗スモークは胸に手を当てて、一礼をする。周囲の警備員達が、銃口を向ける。
が、サイラスは問題ないと言わんばかりに、手を挙げて下ろすと、警備員達は何か思い出したかのように銃を下ろす。手持ちの銃では魔術で強化されたガラスを破壊できないことでも思い出したのだろうか。
サイラスはさらに、指で副隊長と通信員に合図を行う。
『たった今、私怪盗スモークが僭越ながら、所望の品を確かに、手に入れさせて頂きました。では、皆様ごきげんよう』
そう言って、怪盗スモークは一礼し、その姿がパッと消えてしまった。
「やられたか……。A班の半分と俺は、これより俺と実物の保管庫を確認に行く。残りは現状の維持を」
「了解」
とA班の班長が返事をし、隊員達に指示を出し始める。
「タイラー。他の班に逃亡の連絡をすませた」
副隊長が苦い顔で言った。
「了解。なにもねぇとおもうが、ここを」
頼むとサイラスが言いかけたとき、異変が起きた。
円柱の展示スペースだけでなく、他の展示品の姿もぶれはじめ、パッと消えてしまった。
「なんだ? 魔術が切れた? 」
副隊長があっけにとられた表情でそう呟くが、サイラスはさらに厳しい表情をし、眉間には皺を寄せる。
「まさか……。おい、すぐ保管庫に行くぞ! 」
サイラスを先頭にして、数名の警備員が特別展のフロアを出て行く。
(俺の予感が当たれば、雨音、いき過ぎるぞ)
あとには、一切の展示品が置かれていないガランとしたフロアが残り、副隊長を含め警備員達が不安そうに虚空をにらみつけていた。




