002 試合
地面はアスファルトで覆われ、壁はコンクリート、その壁の上に観客席がある。魔術によって強化された分厚いガラスがアリーナと観客席を隔てていた。
アリーナに立っているのは二機のリンクアーマーだ。
一機は、規格外の大きさと異形のヘカトンケイル。彼等にとっての異世界である地球の神話に登場する巨人の名の付いた機体である。
もう一機は、常識的な大きさのリンクアーマーであった。
全体的に流線型をなした形状をし、その手に握られているのはハルバードであった。
どちらの機体も近接武器しか持っていない。
その理由は、リンクアーマーの装甲は魔術金属ミスリルによって作られており、通常火器ではほとんど効果が無いことに由来する。つまり、ミスリルを破壊するにはミスリル製の武器を使うしか無く、両者の武器もそうなっているのだ。
観客席は八割ほど埋まっていて、やはりAランクへの昇格試合ともなるとそれなりに注目を浴びるらしい。
この世界において、リンクアーマー同士の対決を興業とするアリーナは人気のある娯楽の一つである。
当然のことながら、賭けの対象となっており、それもまたソードギルドの収入源の一つである。
今日のマッチングの倍率は、番人ヘカトンケイルはやや劣勢と判断され、挑戦者が優位とされている。
挑戦者は傭兵稼業も行って実戦経験豊富な新規気鋭である。
アリーナの中央の天井に吊されたデジタル時計とランプが試合開始を告げた。
「さてさてさて今日の挑戦者はどうだかな?」
別に楽しみでも何でも無いが、ドミニクは、まずはかかってくるのを待ち受ける。
挑戦者は、ハルバードを振りかざして真正面から突撃してきた。
真正面から向かってくるようで、それはフェイントだと見破る。これだけの大きさと出力差を前にして、真正面から向かうなど愚の骨頂なのだ。
ある意味、定石であり、ドミニクの予想通りに挑戦者はヘカトンケイルの間合いの寸前で進行方向を変えた。トップスピードのまま弧を描くようにして回り込んで、全力の一撃を背後へと繰り出す。
しかしながら、ヘカトンケイルは頭部の後ろにも目があり、挑戦者の姿を見失うことは無かった。
ヘカトンケイルは、向きすら変えずに外側の二本腕の剣を交差させてハルバードの一撃を軽々と止める。ヘカトンケイルは、その関節の可動域も特殊で、通常のリンクアーマーよりもより柔軟であった。
挑戦者は、すぐさまに引いて、後ろを見せたままのヘカトンケイルにさらに飛びかかってくる。
ハルバードが振り回され、日本の長剣でさばいていく。
「傭兵だけあって、実践慣れしているし、判断力も思い切りも良い」
操縦席であぐらをかいて、操縦桿すら握っていないドミニクは、瞳孔が開いてどこか感情の無い人形のような表情をしていた。リンクアーマーとのシンクロ率が高ければ、動作の補助用についている操縦桿やペダルを使う必要すらなくなる。
そう、彼は、常識的には考えられないほどの膨大な情報を処理しきっているのである。
これが、番人たる彼の実力の片鱗であった。
「常に全力では無く、フェイントを織り交ぜている。しかし、やや我流で、フェイントの癖もある」
彼は挑戦者の実力を見定め始めていた。彼の仕事は、全力で戦って相手を打ちのめすことでは無い。Aランクにふさわしいかの実力を見定めることである。
もっとも、ソードギルド側の思惑が介入してくることも珍しいことでは無いが。
アリーナは決して実力だけの世界では無い、あくまでも商業という軸の上で全てが決まる。
「もうちょっと実力を見せてあげようよ」
そう呟き、彼は目を閉じた。
目を閉じても、リンクアーマーの頭部にある複数の目が三百六十度を一度に捕らえて、脳に映像を送り続けてくる。
ヘカトンケイルが動き、挑戦者に真正面を向ける。
そこから、緩慢な動きで四つの腕が複雑怪奇に剣を振り回し始めた。
挑戦者はこれまでの攻勢が嘘のように、防御に回らざる得ない。
動きは遅いが、力強く一撃一撃が通常のリンクアーマーにとって必殺となりうる攻撃は、まさに嵐と言わざる得ない。
挑戦者は、嵐から逃れながら、死角になり得る箇所への攻撃を仕掛け、時には再び嵐に巻き込まれる。
実況者がハイテンションにその攻防を会場に伝え続け、観客は固唾をのんで戦いの行方を見守る。
しかし、時間にして十分も経たずにして、試合は結末を迎える。
剣の嵐を肉を切る覚悟で飛び込んだ挑戦者が、ヘカトンケイルの頭を捕らえ、ハルバードで叩きつぶしたのだ。それは、一見すればランダムに思えた嵐のような攻撃に、癖を見つけ、的確なタイミングで避けていっての高度な業であった。
頭を叩きつぶされたヘカトンケイルは、動きを止めて、その場に力なく膝を突くのだった。
ブザーが鳴り響く。
挑戦者の判定勝ちが知らされた瞬間だった。
挑戦者は、アリーナの中央でハルバードを掲げている。おそらくは、勝利に酔いしれているのだろう。
一方、ヘカトンケイルの中にいるドミニクは特に感慨も無い様子で、あくびをしながらノビをする。本来なら、拡張された感覚の為に、頭部を潰された痛みがあるはずだったが、彼は撃破される瞬間にリンクを切っていた。
Aランク昇格への手頃な実力に押さえて、ただそれなりに戦うのが彼の仕事だった。その仕事に、あまりやる気は無い。金になるからやっているそれだけなのだ。
本気を出せば、倒せるであろうが、それをやるとソードギルドからクレームが入る。最も、恐らくは世界で唯一ヘカトンケイルを操作できる彼を切りたくても切れないのも事実であるが。
「さーて、買物でもして帰るかな」
激戦の後とは到底思えないほど、彼は暢気な独り言を呟いた。