015 自宅
雨音は、夜も遅くに自宅の前へと戻ってきていた。真っ白な壁にオレンジ色の屋根で、何となくクラシックな空気を漂わせている。この島での住宅の設計の基準がやや古典的なデザイン故だった。
場所はジルバートからやや離れた島である。ジルバートの近隣には無数に小島があり、そのいくつかは住宅街やホテルとなっている。ただし、超高級のが頭に着く。
すなわち、資産家や企業の上役の住宅や別荘が立ち並んでいる。ちなみに、彼の家は住宅ばかりがある小島であり、昼も夜も閑静なものだった。
「ふぅ。疲れた。ゴンザレスさんのところに行くだけで、こんなに疲れるとは……」
血が足りないのが判る。
が、普通に移動すればいいのに、わざわざ徒歩でずっと影踏を使って移動してきたのだから、それがさらに疲労に拍車をかけていた。普段しないことをすれば、何か別の答えでも出るかと思えば、やはり骨折りでしかなかった。
雨音は静かに家の中へと入っていく。
「何故、私が私であるか……。なんてね」
誰にも訊かれることもなく、特にこれと言っておかしな事のない家の中を通っていく。物はそろっているし、生活感もあり、ドミニクの荒ら屋(過言)とは比べようもなかった。
部屋の奥に進むとガレージに出るが、そこにはミニのやけに古くさい車とその後ろにはしきりがあり、さらにその後ろにはリンクアーマーが置かれていた。
コックピットハッチは開けられて、硬いシートが見る。鉛色の機体にはいくつものケーブル繋がって、さら武装は取り外されてつるされていた。
「はぁ。流石にこれはやり過ぎでしたかね……」
派手に登場しようとしたというのもある。一度姿を見せて、見ることに集中させることで、逆に影踏をしやすくなるからだ。が、流石に世界最強の陸戦兵器を持ち出すことまではやりすぎてしまった。
しかも、世界で初めて実践投入された品で五十年以上昔に作られた代物だ。
このガレージ以外では博物館程度にしかないだろう。最初期故に作られ、数はかなりの数が作られていたが、激しい戦争にぶち込まれたのだから、現存するものは案外に少ない。
そんな代物を彼が持っているのは、かつて暗殺者であり兵士であったことが根底にある。ただ、それだけの話。リンクアーマーは、既存の兵器を淘汰するために作られたものだ。戦争と同時に世界に出現し、破壊し尽くした兵器。これも、謎の多い戦争に絡む問題である。
雨音はリンクアーマーを見上げる。
レアな品であることには変わりないが、それだけの品だけに、はっきりとガタが来ていた。
パーツも足りない。
修理する時間もかかる。
知識も正直言って、足りるかどうかわからない。
「ドミニクならうまく修理してしまうかな」
ふと自然と、雨音は呟いた。
あの馴染みは、本当に不思議だ。何故そこまで器用なのか、非常に不思議であるし。何でもこなせる。非常に頼りがいのある。が、あまり頼りたくはない。昔は同じ世界に住んでいた。だが、今は住む世界が違う。
「もう、頼るわけにはいかない」
自分には賞金がかかり、賞金首に狙われる存在。
彼は一般市民として店を営みつつ、アリーナの番人である存在。
そこにだけは線を引いておきたいはずだ。
怪我のことも頼りたくはなかったが、仕方ない。
否、仕方ないなんて言葉で理由をつけて、甘えているだけだ。
甘えてしまった。
ギブアンドテイクの取引相手ならばともかくとして、見返りだけを求めた愚か者。
「お礼をしたら、もう、会わない方が良いのでしょうね……」
どことなく声が震えている。まだ、平静をたもっていられる。
良いの悪いのじゃない。
確実に悪い。
過去の苦楽を共にした絆はある。だけれども、今は立場が違う。
急に、自分がしたことを思い出し、怒りが身体を震わせる。平静が崩れた。
怪我を治療してもらい、一晩泊めてもらい、ティーシャツ……これは正直処分に困った物を押しつけられた感が否めないが……、なぜそんな恩を受けられる立場にあるのだ。
なんでこんな事を今更のように気づくのか。兵士などやめて、安穏な暮らしを選ぶ道を捨てて、またもやこんなキナくさいことをしているというのに。
自分の覚悟が根本から足りない。こんな生ぬるい覚悟だからこそ、賞金稼ぎに怪我を負わされる。
「……くそっ」
自分が何かという答えを求めているなんて、下らなかった。
世界が下らないから、自分という答えを探しているのではない。自分が下らないから、自分とは何かという答えを強引に求めようとしているにすぎない。
そう思えた。それが真実であると確信する。
そう、自分が何であるかなんて答えは、それにすぎなかった。
致命的な馬鹿をやって、それでようやく判るなんて、愚者にも程があろうと……。
「はぁ……なんで、私はいつもこうなんだろう」
雨音は、崩れ落ちるように座り込む。目の前にはガタが来たリンクアーマー。
ボンヤリと虚空を眺める。
そうしてどれほどの時が経っただろうか。
彼はピクリとも動かない。
「することはしてしまわないと」
呟いて、あきらめ半分で修理を始める。修理と言うよりは応急処置にすぎないのだが。
「もって、あと一回」
普通、兵器も武器も永続的に使うためにスペック以上の無茶などさせることなど無い。が、目の前の機体はあと一回使えば、もう使うことなど出来なくなる。それがもったいないなんて思わない。
壊れてしまうなら、いっそのこと派手に使ってやろう。
リミッターなんてすぐに外れてしまうように。
ただただ、銃弾をぶちまけるように。
黙々と手を動かし始めた彼がそうやって派手に使おうとしているのは理由がある。
一つの予感があった。
あの賞金稼ぎとはまた戦うだろうという。
前は逃げの一手でしかなかった。
だが、この先も怪盗を続けるならば。戦いとして生き抜くことが出来なければ、続けていくことなど出来ない。
だから戦い抜く。
その為の準備だ。
夜は更けていく。
自分が何かという答えを得はした物の、やはりそれでも、心の片隅では他の答えがあるという些末な願いを持って、彼は黙々と手を動かしていく。




