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014 協力

 照明がついているが、どことなく暗い通路を一人の男が歩いている。

 チェック柄のスーツを着込み、胸元にはやけに古くさいリボンタイをつけている。ゴワゴワとした髭ともみあげが繋がってやけに目立つが頭の方は比較的後退している。昼にやっていた討論番組に出ていた人物であった。


 ジルバートの教育研究区画にある、ラインハルト研究大学の研究棟の一つ。

 そこを歩いている人物は、ゴンザレス=ロック。本来は経済についての研究が本職だったのだが、近代史に心理学、犯罪やらと経済に関係があると踏んで手を伸ばしすぎて、現在では一体何が専門なのかが全く持って不明となってしまった人物でもある。


 自分の部屋で立ち止まり、鍵を開けて遠慮無く扉を開ける。

 明かりをつけると、壁一面の本棚には大量の書籍が詰め込まれ、中央に置かれたテーブルの上にも大量に置かれ、さらに入りきらない分は床に直接置かれていた。彼は新しいファイルをテーブルの上にポンと置き、部屋の片隅にあるポットからお湯を出して、インスタントコーヒーを作った。

 ファイルとコーヒーを持って、部屋の奥にあるデスクに向かった。


「なっ。君か」


 誰もいないはずの部屋だったし、鍵も完璧だったはずなのだが、そこにはいつの間にか雨音が座っていた。


「連絡が遅れまして、すみません」


 と優雅に立ち上がり椅子を勧める。ゴンザレスは自分の椅子に座り、ファイルをデスクにおいた。


「いつからいたんだい? 」

「ええ、ほんの数分前にですよ。入ってくるまで待っていましたよ」

「君には驚かされるね。全く」


 ゴンザレスは苦い顔で言い、コーヒーを一口飲んだが、思いの外濃く入れてしまったためか、さらに苦い顔をして、コーヒーを眺める。


「ふふ。ゴンザレスさんに見破られたら、廃業ですよ」


 本当のところは、ゴンザレスの背後を歩いて、一緒に入り、椅子に座っていたのだが、そのことは言わなかった。影踏が無ければ、喜劇のようなやりとりに見えたに違いない。


「ま、所詮私は普通の人間さ」

「普通、ですかね……。まあ、それより、頂戴してきた品です。見てもらえますか? 」


 と布に包まれたものを差し出す。

 ゴンザレスは安物のコーヒーカップを置いて、包みを受け取る。

 包みを開ければ蒼い薔薇が描かれた一枚の絵が出てくる。


「見事だね。全く、見事だ」


 と胸ポケットからレンズを取り出して、ゴンザレスは蒼い薔薇の絵をじっくりと眺める。


「本物だよ。いやいや、いい仕事をするね」

「出来なければ、しませんよ」


 と雨音は左腕を押さえる。市販の鎮痛剤をここに来る前に飲んだが、あまり効き目がよくないようで、痛みが治まってはいなかった。一眠りしたことで熱はやや引いたようだが、貧血の所為か身体が重くてしかたなかった。


「しかし、どうして連絡が遅れたんだい? こんな夜遅くになるとは思いもしなかったがね」

「賞金稼ぎに出くわしましてね」

「いや、しかし、影踏が」

「見破られたんですよ」

「ふむ。驚いたね」


 ゴンザレスは目を見張る。絵を再び包んでファイルの横へと慎重そうにおいた。


「何をどうやったら、見破れるんだい? 全く想像もつかないな」

「そこなんですよね……。どうやったら見破れると思います? 私自身ではむしろ、答えを明確に出せそうにないんですよね」


 雨音は逆に聞き返す。

 昔なら、少し感覚が鋭い人間にならばあっさりと見破られてしまった。

 鍛えた末にも、感覚が鋭い人間が大勢いれば見破られてしまった。

 しかし、極めに極めた現在、初見でたった一人の人間相手に見破られてしまった。屈辱にも似た想いが心のどこかに引っかかっていた。


「ふむ。そもそもとして、その賞金稼ぎが何者かだね。そこから調べればわかるかもしれない」

「……」


 雨音は小さくうなずいた。


「どんな野郎だったんだい? 」

「女性でした。背は高めで、着物に似たドレスを着て一見華やかそうでいてキナくさかったですよ。顔はゴーグルをつけていて判りませんし、名前も判りません」

「それだけか。それだけではな。私のところには特に賞金稼ぎが君と交戦したという情報は無いから、その賞金稼ぎは警備隊に連絡はしていないようだね」

「そうですか」


 それなら大人しく医者に行けば良かった。


「おおかたソードギルドに所属していると思うが」

「ええ」


 基本的にソードギルドと呼ばれる傭兵や賞金稼ぎが所属するギルドが存在し、そこに所属していない限りは賞金稼ぎの仕事を許可されていない。所属していない者では賞金首との交戦も認められず、賞金首を倒したとしても基本的に賞金自体が支払われることもない。


「賞金稼ぎと言うことで、どこまで調べられます? 」

「難しいな。ハンターが身元に無頓着でもソードギルドが徹底的に情報網を張って潰しているからね……。顔写真はもちろん、本名や偽名すら流れてくることはない」


 ゴンザレスはそう言って、また苦いコーヒーを一口すすった。


「それに、君との交戦を報告していないようだから、用心深い秘密主義者である可能性もあると、調べようもないな。ほんとに、賞金稼ぎという連中は厄介なタイプが多い」


 その表情には本当に厄介で仕方ないという表情があったのだが、それでいて賞金稼ぎと関わることすらも楽しいといわんばかりの含み笑いがあった。


「そうですか……」


 雨音は静かにため息をつく。目の前の初老にも近い男の奇妙な表情に、雨音は違和感を感じる。

 ジルバートに来て三年。

 怪盗を演じ始めて一年弱。

 賞金稼ぎの想像としてはもっと規律で動く冷酷無比な兵隊のような存在かとおもったわけであるし、初めて戦った賞金稼ぎの女が特別個性的な賞金稼ぎなのだと考えていたが、もしかするとああいった人間ばかりという可能性も出てきた。


「ま、とにかく。絵については調べておくよ。なにか暗号でも隠されているかもしれない」

「その、かもしれないというのがどうにかなりませんかね? 」

「仕方ないだろう。『ブルーローズ』という言葉しか手がかりが無いんだからね。“何故戦争が起きたのかの理由”についてね」


 戦争。それは、約五十年前に起きた大戦である。

 五十年前に複数の陣営がほぼ同時にリンクアーマーを手に入れ、その戦力を当てにして戦争を仕掛け合った。

 唯一の予想外は、相手陣営もリンクアーマーを持っていたことで、戦乱は激化し泥沼と化した。

 それこそが、なぜそのような戦争が起きたのか、リンクアーマーの技術はどこの誰が各陣営に提供したのか、五十年たった今でも謎のままである。


「ええ」


 確かに、そのとおりだ。いくつもの情報を提供して貰い、自分がそれを手に入れてくる。

 何故戦争が起きたのかという理由については少なからず興味はあるが、目の前の男ほどではない。しかし、それを解き明かすことになにかしらの意味はあるだろう。自分が何故、この世界にこうしているのだろうかという理由の一片程度にはなるだろう。

 『あるべきものをあるべきところへ』を唯一の信条にして理由としている自分が協力している。ただ、それだけでしかないのだが。


「一つ、頼みがあるんですが」

「何かね? 」

「特殊な工具や武器を入手するルートをもっていませんか? 」


 指を一つ立てて言う。


「ものによるね」


 一応それなりに、人生の五十年ほどは興味だけで生きてきた彼は、それなりに様々なところに顔が利く。その顔の広さ故に、これほどまでに腕と人の良い怪盗と巡り会うことができたのだから。


「振動ナイフやカッターです。高周波で刃を振動させて、鉄板なんかでも切断できるようなもの。刃自体はミスリル鋼製が望ましいです」

「また、なんとも珍しいものを。工具でなら、業務用の業者から手には入るが」

「そうですか。なんとか、入手して貰いたいんですよ。今、一番威力のある銃が壊れてしまって、破壊作業に使える代用品が欲しいものでして」

「仕事で使うにしても、ずいぶんと持ち運びに不便なほど大きいよ」


 実際に彼が知っている工具は、台車でも無ければ、重くて持ち運びにも不便なほど大きく重いものになる。


「そのあたりは大丈夫です。元が欲しいだけでして、使いやすいように改造はしますので」

「そうかい。とにかく、また情報が入れば連絡するよ。工具は三日もあれば手にはいるから、取りに来てくれるかい」

「わかりました。では、絵と工具はお願いします」


 雨音がそう言って、胸に手をあて軽く手を当て、浅くお辞儀をする。

 顔を上げるかいないかという瞬間に、ゴンザレスには雨音が見えなくなっていた。

 実際にその場にいるのだが、意識できない。


「む、うーむ。さっぱりわからんな」


 ゴンザレスはすでに雨音が立ち去ったと思ったのか、独り言を呟いてコーヒーをすすっていた。

 普段なら、早々に立ち去っているのだが、雨音は顎に手をやり考える。

 何故、影踏が見破られたのかを。

 というか、使う人間がこの技術の本質自体を知らないのでは、話にもならないのではないだろうか。どのような状況、手段、人物であれば見破られ、騙せるのか。極めたつもりで居たが、井の中の蛙でしかなかった。ただ、それだけのこと。

 しかし、この場で考えても仕方のないこと故に、雨音は結局いつものように部屋から立ち去っていった。

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