013 帰路
「けほけほ」
雨音は軽く咳き込んだ。
明らかに怪我の所為だ……いや、奇妙なティーシャツを見てしまった所為かもしれない。
怪盗道具一式と盗んだ絵を詰め込んだバックを担ぎなおし、ゆっくりと歩いていく。
結局三十分かけて、ワゴンの奥底にあるのを探し当てた緑色のものを着ることにした。あんなに探すことに苦労するなら、いっそのこと他においてある服を買ってしまった方が良かっただろう。
最後までドミニクの厚意なのか、嫌がらせなのかは判断がつかなかったが。ちなみにティーシャツには『米うめぇ』とまたもや無駄なほど達筆で力強くかかれていた。世界で一番に言いたいことを言っている心意気が見るものにビシビシと伝わってくる。
歩いていて、通りすがる人々に一々見られてヒソヒソと小声で言われているような気がするのは気のせいなのだろうかと、ボンヤリとする頭で考える。
雑多な通り、家電製品の店先で立ち止まる。なにやら討論番組のようだがテロップにはスモークの文字が出ている。
自分のことが勝手に討論されている、そのくせに、誰一人として自分を知っているものなどいない。そこに奇妙な違和感を感じる。
『やはり、目的がわかりませんね。義賊か何かかと思い、寄付金といったものを調べましたが、どうも彼につながる線が見えては来ませんし。ただのコレクターか愉快犯としか言いようがない』
と貫禄のあり、もみあげとひげがつながったスーツ姿の男が言う。
『いや、愉快犯としても、彼はある種のエンターテイナーではないかと考えますね』
と別の痩せた男が言う。
「ふふ」
と軽くテレビを見て笑うが、自分に関して討論されていることが酷く遠いことのように感じられる。自分と世界が繋がっていない、世界から切り離されているような。
芝居かかった振る舞い。
白一色の姿。
煙のように現れては消える怪奇。
そんな怪盗スモークを演じている自分。
ガラスに映る自分は酷く疲れ、ふらついていた。
どちらが自分であろうか。
昔、ある組織で暗殺者をしていたが、今はジルバートの一般市民、時には仮面をかぶり世を騒がす怪盗。
昔を思い出す。
二十年少ししか生きていないのに、酷く昔に感じられる昔。
荒れ果てた戦場。
全てが破壊尽くされ、全てが死んでいた場。
何故か自分だけ生き残っていた。
敵も味方も判らない。
自分はどちらの立場であったかさえ判らない場。
ただ、血が吹き出るほどに銃を握りしめていた。
遠くに落ちていく夕焼けが真っ赤な戦場をさらに赤く染めていた。
何故、自分はココニイルノダロウ。
何故、自分はジュウヲニギッテイルノダロウ。
何故、自分はジブンナノダロウ。
自分が誰なのかさえわからなくなった。
ふと生きていて、立ち止まったときに、全てがわからなくなる。
判らなくなるほどに、自分を殺すように誰かを殺していた。
そして、今もわからなくなっていく。
街中でボンヤリとテレビを見つめている。
街中で立ち止まっている。
生きていれば答えが探せると思えども、自分が何なのかの答えなどありはしなかった。
気がつけば、額からの汗が顎からポタリとアスファルトの上に落ちてシミが広がった。
自分自身が消えていってしまうような錯覚を振り払うように、雨音は顔の汗を指先で拭き取る。
何も考えず、やけに重く感じられる身体と荷物を背負い、自宅への帰路へとつく。




