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010 邂逅

 雨音がドミニクの店に訪れた頃から時間はやや戻る。ドミニクが泉の店で夜食のタコスをつまんでいる頃、怪盗スモークはウィリアム商会から脱出し、近くの裏路地へとたどり着いたときだった。


「?」


 なにか、奇妙な目線を感じた。穏やかでいて、恐ろしいほどまでに鋭い目線。

 思わず立ち止まり、周囲を警戒する。ウィリアム商会で姿を消してから、誰にも見られないようにしてここまで来たというのに、見られている。自分を認識されている。それが、焦りを生じさせていた。


 ゆっくりとはっきりと、カツカツという足音が彼の目の前から聞こえてくる。

 闇の中から現れたのは、一人の女性だった。否、女性らしき人物と言えばいいだろうか。

 真っ黒な着物にタクティカルベストという異様な組み合わせをしているが、それ以上に異様なのは顔の半分は覆うほど大きなゴーグルを身につけている点。ゴーグルは偏光グラスのためか真っ黒で、顔を見ることは出来ない。

 体つきから女性らしい、怪盗スモーク同様に奇抜な格好だ。通りを歩けばそれなりに目立つだろうか。


 さらに目を引くのは女性が右手に弧を描いた棒状の物を持っていることだ。

 鍔のない刀……怪盗にはそれが正解だと直感する。

 怪盗スモークは銃こそ取り出さなかったが、女性を前に身構える。


「意識と視線の死角に入り込み、認識すらさせないか。怪盗と言うよりは、暗殺者が使いそうな技術、いえ、異能? もしかして併用かな? 」


 女性が左手をあごにあてながら呟くように言った。その声はどこか脳天気で、まるで喫茶店で世間話でもしているかのようだ。そして、ゴーグル越しであるが、怪盗スモークをしっかりと見据えている。


「兎角、殺す気で行かなければ逃げられるかな」


 抜刀。

 真っ黒な刀身を怪盗に見せつけるように構える。

 刃もさほど長いものではない。刃が黒く、鍔がない事をのぞけば普通の刀であろう。

 女は頭の上に刀を構える。

 スモークは背後に跳び、さらに左右のビルディングの壁を交互に蹴って女の向こうへと。

 さらなる五感と意識の死角へと潜り込み、さらに自身の最高速度で目の前の危機をくぐり抜けようとする。

 まともに対峙することの危険性を考え、瞬時にして選んだ最良。


「無駄ですよ」


 最も良い手だったはず。

 死角に入り込んだはずだった。

 それでも、怪盗は真後ろからの刃に気がついた。確実に自身の命を刈り取ろうとする刃の存在に。


 トライデントを取り出しながら振り返る。予測したとおりに、見上げた先に凶刃が迫る。

 撃つ前に、とらえることも出来ない速さで刃は振り抜かれていた。

 宙で斬られたままに怪盗は落ちて、アスファルトの上にたたきつけられる。左手にはトライデントが握られていたが、銃身の中程に線が一本できていた。同様に、彼の右足にも一本の線が走り、真っ赤な血がにじんでいた。


(受け止められないどころか、斬られた? ミスリル製の銃を? )


 が、そこで思考など止めるわけもなく、左手の銃をしまいながら右手には二つの銃身を持つフォークを取り出し、起きあがる。女は、怪盗を見据えながら刀を構えていた。


(危機的状況ですね)


 右足の傷は浅くはなかった。既に靴が血に染まり、血が地面に垂れていた。


「賞金稼ぎですか……」

「その通りです」

「できれば、逃がしていただきたいのですがね。私はこの街では有名ですけど、賞金はさほど高くありませんし」


 右手の銃を向けたまま怪盗は言う。


「いえ、それでも、私も余裕が無くてですね。知り合いに頼みにきたぐらいでして」

「だからって、私を狩らなくても……」

「いいじゃないですか。減るものじゃなし」


 賞金稼ぎの女は怪しげに笑い声を漏らす。


「バーン」


 怪盗は軽い調子でそういって、引き金をひく。トライデントが特殊な弾丸を撃つためにあるなら、フォークは通常弾の連射性に特化した一品。二発同時に銃弾が賞金稼ぎに迫る。

 賞金稼ぎは、その場から動かずにただ、刀をそっと横になぎ払う。刀に小さな火花が散った。賞金稼ぎには銃弾が当たっていない。否、銃弾をはじき、受け流した。


「そのままだと、百年経っても当たりませんよ」

「でしょうね」


 意味は無いと判りながらも、怪盗はフォークを一発づつ撃つモードに切り替え、撃ち続けながら後ろへと跳び続けた。銃弾を撃つことにさほどの意味があるようには思えなかった。賞金稼ぎは、刀で銃弾を弾き、受け流しながら、確実に迫ってきていたのだから。


 何故こうなったのだろうか。

 絵を、ただ盗むためだけに動いただけだ。

 とは言っても、あれだけ派手に動いていれば、自然と賞金首にはなってしまう。

 賞金首になってしまうことなど覚悟の上であるし、賞金稼ぎに狙われることも覚悟していた。ただ、今まで賞金稼ぎ自体に会ったとしても認識されず戦ったことも無かった。


 それでも、生死をかけた戦いも何千とくぐり抜けては来ている。

 ただ、賞金稼ぎと戦うことなどは怪盗にとって初めての経験だった。

 生死をかけた戦いであることには変わらない。

 だが、怪盗には、相手の命を奪うことはできない。

 それが、彼が怪盗として生きることを決めたときに己に課した戒めだからだ。


(?)


 彼が、弾倉の半分も撃った時だった。

 ある事実に気がついた。裏路地を何度も曲がり、追いかけられてはいたが、距離がさほど縮まっていないことに。


(スピードは互角程度ということか? )


 気迫負けして相手の力量を見誤ったのだろうか。最初の一太刀で全てが自身より上だと思いこんでしまったのだろうか。確かに、刀を振る速度は異様に速いが、移動力は低いように見える。

 それとも、銃弾を撃ち尽くすまで接近しないつもりだろうか。

 が、どちらにしろ、逃げるだけではどうにもならないのならば、強引な手段をとるしかない。


 引き金に込める力を緩め、撃ち止める。賞金稼ぎは、変わらぬペースのまま彼に近づいてくる。スモークは、一度後ろに宙返り、姿勢を低くして地面を蹴り上げ、賞金稼ぎに近づく。賞金稼ぎの顔面に向かって、二発の銃弾をぶちまけるかのように放つ。

 が、音速近い銃弾をさらりとかわし同時に、怪盗へと斬り掛かる。刃は、怪盗の左腕をさっと切り裂いた。先ほどよりも大量の血が噴出する。


「がっ」


 腕を切られ、一瞬動きが止まる……ふりをする。右手で腕の血をすくうようにして賞金稼ぎの女へとぶちまけながらさらに二発の銃弾を撃つ。

 賞金稼ぎは着物の袖で血を受け止めるも、顔へと、肩へと血が飛び散り、銃弾は血をはじき飛ばしながら、さらに血をぶちまけて、彼方へと飛んでいく。

 一瞬視界が奪われた。

 その隙を怪盗は逃さない。両の袖から白煙が吹き出す。

 瞬時にして吹き出した煙に向かって、賞金稼ぎは臆することなく


「はっ! 」


 と気合いの声と共に斬り掛かる。

 が、煙は煙のまま何も斬る感触のないままに刀が振り抜かれただけだった。


「むむ? 」


 瞬時にして煙が周囲に立ちこめていく。ここが何処なのか、自分の身体さえ見ることができないほどに深く深く煙がたちこめていく。ここが何処だったのか、それも判らない。ただでさえ暗い路地故に身動きさえとれない。


 実際に視界を奪うことで、視線の死角を作り出し、一瞬でも姿を見失わせた。煙を半端に出したところでまた斬られるだけでしかなかった。

 賞金稼ぎは、慎重に歩いていく。どういった仕組みで出てきた煙なのかはよくわからないが、ただの煙ではないだろう。異様に身体にまとわりつき、なかなか晴れていかない。血の後を追うわけにもいかない。ゴーグルをしているからか、臭いも感じないし、目にしみることもない。ただうっとうしい。


 ようやく賞金稼ぎは煙から抜け出すと、路地の先、ビルディングが建ち並ぶ。

 煙が出て騒ぐ人々と、その中から血にまみれ、片手には抜き身の刀を持った奇妙な格好の女性が出てきてさらにぎょっと驚く。

 賞金稼ぎの女は、抜き身の刀をもったまま通りを左右に見て、一番近くにいたスーツ姿の男に聴く。


「ここから、誰か出てこなかったですか? 」

「あ、いえ、誰も……。それより火事ですか? 」

「いえいえ違います」


 賞金稼ぎは不機嫌そうに呟く。

 抜き身の刀を肩に担いだまま、汚れてない袖で顔の血を拭き取る。


「逃げられちゃった」

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