旅の恥はかき捨て
「間もなく、 越後湯沢、 越後湯沢 終点です」
京都駅からの長い移動、疲れていないと言うと嘘になる。
俺は新城 樹。修学旅行で新潟まで来ていたのだ。
その1日目、バスでホテルに着き、荷物をおいてすぐにスキースクールに向かう。
そつなくこなす事ができ、2日目、自分は比較的出来た方であったらしく、自由の身となった。
誰にも邪魔...まぁ他に人は居るが自分の意志で行きたいところに行ける自由を得たのだ。
その幸せを胸に抱いた最終日である。朝、40度の高熱で病院に送られたのだ。
タクシーで送られるのは2人、俺と隣のクラスの本田未来という女子。
高熱の状況で他人を気に留める事なんか出来やしない。
ホテルが山のど真ん中に建っていたので、タクシーで30分、
幸い、病院に付いてすぐに診察を受けることが出来たのだが、軽い脱水症状であったため点滴を受ける羽目になった。
(帰りのバスどうなんの……)
という考えが頭の片隅に浮かんだ。
その考えを見透かさんとばかりに担任が発したのは、
「悪いけど熱下がったら自分で帰ってくれない?」
……きつい冗談としか受け止められない内容にふっと思考が停止する。
「「はあああああ??????」」
隣の処置台で寝ていた未来が不意を突かれたように飛び起きる。
「バス待ってくれないの!?私着替え全部バスなのよ!?」
「ごめんねぇ~5000円あげるするからそれで工面して?帰りの切符はこっちで用意するからさ...あっ、荷物は親御さんに届けるわ」
「勘弁してよぉ~もぉ~」
お前は本当に39度の熱が有るのか、と思う大声。
時間を戻そう。今は1月17日、朝8時だ。
2人渡されたものは3つ。
六日町 → 大阪市内と印字された切符が2枚、
東京 → 京都 と印字された切符が2枚、
それぞれ [乗車券] と [指定席特急券] とされている。
それと先程担任が言っていた私的に渡された5000円(受け取っていいのだろうか)である。
朝の8時半。場所は塩沢駅。
お世辞にも利用客が多いとは言えない駅。2面3線を擁しているが、2番線は架線が撤去されているようだ。
列車の到着を待つ人が居ないのは次の電車まで15分あるからだろう。
駅員はいるが。中学校の修学旅行に携帯を持って来て良い筈も無く、何もない場所に何も持たず来たようなものだ。
そんな状況ですることと言えば切符の確認くらいだろう。
「ん...」
[経由]の欄にはこう記されていた
上越 高崎 八高 横浜 東海道
樹は鉄道趣味があるため、この切符の破綻に気づいた。要するに担任のミスに気づいた。
(どうせ「関東回りで最短距離で京都までの切符を♪」などとみどりの窓口で頼んだのだろう...あのバカ担任)
そうこうしていると案内が鳴る。
"間もなく電車がまいります"だけの案内。
関東や関西なら行き先などが案内されるのだが、こんな田舎にそんなものを置く金はない。
妻面が雪で覆われた緑帯の電車がやってきた。
ドアは目の前である。
「…なんで開かないのよ」
「ドアの取手を両側に押し開けるんだよ」
「なんでそんなめんどくさいことを...そこそこ重いじゃん」
「こんな寒いのに開けっ放しにすると車内の暖房が勿体無いだろう、年中こうだけど」
寒冷地の鉄道やローカル線に乗ったことがない未来が半自動ドアを知らないのも無理はない。
少し不機嫌そうに荷物を提げて乗り込む未来。
追って俺も乗り込む。
車両中央よりのセミクロスの座席に向かい合って座る。
丁度、一昨日乗ったバスがホテルに向かう山道から出てくるのが電車から見えた。
「本当ならアレに乗ってずっと寝ることができたんだがな」
「私の荷物が.......」
落胆したような気を見せるが、すぐに我に返ったように
「ねぇ、学校着くの何時?」
と声を上げた。
「今日中は多分無理」
「...え?」
「今日は帰れない」
「ははは...またまたご冗談を」
「本当」
「...嘘やろぉ~」
などといった軽い会話をしていると、すぐに越後湯沢に電車は滑り込んだ。
「ここで3時間待ちな」
「へ?」
「3時間」
「.......なんとかならないの?」
この上越線は、基本的に北から来る列車はほとんどが越後湯沢で折り返し、直江津や長岡へと戻っていく。
それは、県境の清水峠を越える需要がさほどないため、1日9往復のみとなっているためだ。
越後湯沢を出るのは12時04分。
つまりここで3時間以上待ちぼうけを食らう訳である。
「…本田、4020円持ってるか?」
「何に使う気?」
「新幹線乗ろうかと」
「3000円しかない」
「マジか...この調子やとマジで愛知くらいで足止めやで」
「なんとかならん?」
「2270円あるなら帰れる」
「ない」
「残念ながら俺も6000円ちょっとしかないが」
「方針変えて宿泊地を決めよう、何処がいいんや」
「ホテル」
「常識で考えて金がないやろ」
「じゃあどうしろっていうの」
「無人駅で雑魚寝」
「はぁ?誰があんたの横で寝るかアホ」
「ホテルにしても金ないんだし相部屋だバカ、無人駅とすると宿泊地は神奈川県内な」
「本当!?横浜とか買い物行けちゃうじゃん!?」
樹が言う予定地とは、根府川という無人駅である。
(横浜までは往復2時間程度掛かるぞ...なんてバカな女なんだ)
「お前3000円しかないんじゃないのか」
「担任にもらった5000円、2500円ずつとればいいんじゃない?」
「それもそうか...ってかそれで新幹線乗ればいいんじゃないのか?」
「食費どうすんのよ」
「それぐらい俺が出すわ!」
「太っ腹じゃないですか樹さ~ん♪」
「擦り寄るな気持ち悪い」
「だれが気持ち悪いですって!?」
「いいから切符買うぞ」
2人が購入した切符は以下の通り
越後湯沢→高崎 (自由席特急券
2500円で新幹線、安いように思えるかもしれないだろう。
そりゃそうである。乗車区間は越後湯沢 - 高崎のたった2駅である。
上越新幹線は関東圏の長距離通勤者に速達性を提供するために越後湯沢ー東京で折り返し運転を行っている。
それゆえ越後湯沢では始発列車が存在する。
ホームへと向かうとそれはあった。"Maxたにがわ 406号 東京"の文字が電光掲示板に浮かぶ。
E4系Maxである。
自由席車へ向かう2人、小さな扉へと大きな荷物を持って雪崩れ込む。
目の前には上下に向かう階段がある。迷わず上へ向かう。
「なんで階段なんかあるのよ...スーツケースあるのに」
「人数詰め込むために2階建てにしたんだよ」
「階段無しで乗れる席は無いの?」
「無い、というかたかが30分だしデッキにいるってのもアリだと思うぞ」
「それいいねぇ、スーツケースに体重かけて座ればいいし」
「高崎から高崎線で東京に...」
《お客様にお知らせいたします。現在高崎線 宇都宮線 東海道線 常磐線 中央線 京浜東北線 全線で大雪のため運転を見合わせています。》
「予定変更、高崎から八高線だ」
「中央線止まってるのにどうやって東京向かえばいいのよおおおおおお!!!」
「小川町から振替使って東武で東京に向かえばいいんだ、多少時間かかるがな」
「まぁ帰れればそれでいいんだけど」
「多分無理」
「え」
「無理」
「What?」
「It is impossible for us to go home today.」
「それ英語である意味ないよね?」
「それ若干思った」