363.帰還3
親方の工房でサンプル製造を行なっていたら随分と時間が経ってしまった。
今日一日の予定は終わった。
後は寮に戻って資料の整理だ。
王都のメインストリートを歩くと対面する馬車の上に見知った顔が居る。
思わず挨拶する。
「おかえり、トリーニア。」
「は、はい!御父様。ただいま戻りました。」
なるほど、娘の顔は随分とマシな顔に成っている。
恐らく、旅で成長したのだろう。
小娘でなく大人の顔だ。
「オットー様…。」
ベスタの顔は愛憎が入り混じった顔だ。
「おかえり、ベスタ。」
「はい。ただいま戻りました。」
「ふむ、ついでだ。俺を店まで乗せていてくれ。」
「はい、どうぞ。」
「了解しました。」
俺は走る馬車の最後尾に手を掛け足を掛ける。
半身が乗車した状態だが、このまま店に向かう馬車に身を委ねる。
馬車は見知った辻を曲がる。
そのままエンリケの店だ。
止まる馬車。
トリーニアが手綱を捨て馬車を駆け下りる。
「おかーさん!!ただいま。」
「あら、トリーニア、お帰りなさい。無事に終わりましたか?」
「うん、おかーさん、」
「オットー様も…。」
「ソコの辻で会ったので乗って来た。まあ、特に用事も無いが…。帰還の無事を祝おうと思ってな。」
「おかえり、おぼこ。」
「ブランあんたね…。」
無表情で視線をそらす、犬耳娘。
しかし、尻尾が少し揺れている。
スンスン匂いを嗅ぐ狼。
「ご主人、ご安心下さい、まだおぼこです。」
「なんで解るのよ!」
「まあ、そう言うな、無事に帰って来たのだ…。荷を解くのは明日にして今日はゆっくりと旅の疲れを癒すのだ。」
「「はい。」」
「まあ、まあ、お祝いをしなくちゃ。でも困ったわ。買出しに行って無いの。もう市場は閉まっているし。」
「そうか、手持ちの食料を出そう。ベスタ、明日と明後日は休暇だ…ゆっくりしろ。」
「はい。しかし、あの…。」
「何か有ったか?」
「いえ、特には…。」
ベスタの問いは謎の間だ。
「まあ、ギルドへの報告や馬の返却は明日でも良いだろう。」
「はい、そうですね。馬車と馬を仕舞います。」
「あ、あたしも手伝う。」
馬を扱う娘。
なるほど、熟れた物だ。
「まあ、ではお食事を作りましょう。」
台所に向かうイレーネ。
後を付いていく。
テーブルの上に食材をだす。
昨今、何故か牛肉には困らない。
生の牛肉だ。(謎肉)
平民の口に入らない。
「まあ、すばらしいです。何を作りましょう…。」
「ステーキで良いのでは?」
「そうですね…。」
にんにくと芋が在るようだ。
タマネギと香草を並べる。
テーブルの上の空のバケットにパンを盛る。
「では、軽いスープとサラダ。ステーキと野菜のソテーを作りましょう…。」
流石、主婦だ。
手早く準備を行なう。
後は肉を焼くだけだ。
下処理をするイレーネ。
筋を切り脂身を落す。
「ああ、イレーネ。肉は良く焼くのだぞ?生は身体に悪い。」
「はあ?わかりました。」
脂身をフライパンに小量の水で煮てラードを取るイレーネ。
しかし焦げる脂の香りで気分が悪くなったので交代して殆ど俺が焼いた。
「馬車の片付け終わったー。あー良い匂い。あれ?お母さん大丈夫?」
椅子で休む母を心配する娘。
「はい、少し休めば大丈夫ですよ。」
「おかあさま、お体に障ります。」
いつの間にかメイド服に着替え、無表情のまま涎を垂らすブラン、見ているだけだ、手伝わない。
肉の焼ける臭いに誘われて来たらしい。
付け合せ根野菜に火を通し、残った汁にワインとハーブを加えソースにする。
「オットー様は料理ができるのですか?」
テーブルを前に肉を待つ娘が訪ねる。
「肉を焼くのは得意だ。」
それ以外は知らん、特に牛肉はドレだけ焼いたか…。(光学兵器)
「はあ…。」
微妙な表情の娘はテーブルに着く。
娘の女子力に傷が付いたらしい。
旅の間は自炊したハズだが…。
全員の肉が揃うと籠が回され自分のパンを取る。
全てが揃い家族揃っての食卓だ。
ワインも出そう。
素焼きの杯に注がれお湯で割る。
「「「豊穣の女神様に感謝を」」します」
イレーネの音頭で食事が始まる。
野獣の様に喰らい付くブラン…。
テーブルマナーを教えたほうが良いだろう。
問題は誰が教えるかだ…。
娘とイレーネの食べ方は貴族ではない。
まあ、仕方が無い。(俺のほうが行儀が悪い。)
ベスタは背筋を伸ばして食べている。
「お母さん、大丈夫?休んだ方が…。」
「大丈夫ですよトリーニア。お母さん二人分食べないと行けないのよ、精の付く物はしっかり食べないと。」
笑顔で返す未亡人。
「おかあさま孕んでます。」
肉に喰らいついたまま話す狼娘。
ベスタとトリーニアの手が止まる。
「え?」
「あの…。オットー様。」
絶望の娘と…。くっコロ騎士の突き刺さる様な眼差しだ。
「うむ、」
何もやましいコトは無い…。(凄くやましい)
吹き出る汗を誤魔化し威厳の在る言葉で返す。
「そっソレは、ファ、あれだ。もう。」
おかしい口から言葉が出ない。
「私もご主人の種が付きましたがメスの様です。」
耳をしゅーんとさせるブラン。
爆弾発言だ。
「まあ、ブラン貴女も?」
「はい、残念です。この子はメスです。群の順位が…。」
「未だ解らんだろう?」
「メスです。」
何故か言い切る狼娘。
「まあ、おめでたね?ブラン。」
笑顔で表情レイヤーに青筋を立てるイレーネ。
「おかあさまなんかこわいです。」
「あの…。お母さん?」
「はい、トリーニア、弟か妹が出来ますよ?」
やったね!翔ちゃん姉妹が増えるよ?
「イヤー!!ソンナに離れた姉妹なんて恥かしい!!」
席を立つ娘。
「そうか?」
「いえ?大丈夫です?」
イレーネと目で会話する。
「おかーさん止めてよ!子供ぐらい歳の離れた姉妹なんて!!」
「おぼこ大丈夫です。」
何が大丈夫か言わないがとにかく大丈夫らしい。
「あ…。あの。」
固まったままのベスタが動き出した。
「どうした?ベスタ?」
「い、いえ、何でも無いです。」
ぎこちなく動き肉を口に運ぶくっコロさん。
「イヤー!!行商から帰ってきたら兄弟が増えるなんて!!」
「まあ、賑やかなコトは良いコトだと思うぞ?」
言い訳だがイレーネに微笑む。
「はい、人手が足りませんからね。」
「群が増えます。」
微笑む母親達と絶望に沈む未完成二人。
イカンな話題を変えよう。
「それから、娘。軍から追加発注が来ている。例の収納のスクロールだ。」
「え?あの。」
「トリーニア座って食べて。」
「あ、はいお母さん。」
大人しく座る娘。
商売の話なら気持を切り替えるコトが出来るらしい。
「軍は値切って購入したいらしいが、アレはそれなりの価値がある物だ。値段は下げたくない。その為に便利”グッツ”をオマケに付ける。」
「便利?」
「”GU”?」
「商品サンプルを一緒に納品して使ってもらう、軍が欲しくなる様な商品を付けるのだ。」
「あの…。何をですか?」
「ああ、ベスタに渡した攻撃のお札の束だ。あと、無限水差し。」
「はあ、あのお札?」
「オットー様。あのお札は治癒のお札しか使用しませんでした。」
「そうか…。危ないことは無かったのか?」
そうか、使ったのか治癒のお札、ベスタに尋ねる。
「はい、治癒の札も怪我をした冒険者が居たので使ったダケです。」
「冒険者の方でウチの包丁を使って居る方だったんです。」
興奮気味に答える娘。
「なるほど…。まあ、良いだろう。」
なるほど、冒険者でも包丁を使うのか…。
冒険者用にデザインした包丁を…。
いや、止めよう偽鍛冶屋はもう閉店だ。
「ウチで売った物とは言いませんでしたが、万能で使い易いと評判でした…。」
嬉しそうに話す娘。
商人なのだ、売った物が評判が良ければ嬉しいだろう。
そうか、良かった。
アレは良いモノだ。ベスタが何故か眉を潜め答える。
「はい、何故か上半身裸でしたが…。」
はだか冒険者か…、唯の不審者だな。
まあ良い冒険者にもオカシナ奴は居るだろう。
ちんどん屋の貴族も居るのだ。
「では、後日、落ち着いたら商品を出そう。ベスタと娘で軍に売込みだ。知合いの工房で作って貰っているので仕入れが発生する。価格を決めて置きたいが…。まあ後で決めよう。料理が冷める。」
「「はい、解りました。」」
「ご主人美味しいです。」
もう既に平らげて皿を示す狼娘。
さあ、追加で焼くか…。
肉は未だ在る。
又兄上に手紙を書かなければ…。
しかし、王国軍との取引なら店の信用が上がる。
買うときに値切るが額の決った証文は確実に金を払うからな。
ついでに強くなってもらおう。
帝国と殴り合える様にな。




