番外編.手紙
ここは、王都に在るデービス家の本邸。
デービス家当主アルトォールは朝から執務室で仕事を片付けていた。
デービス家には領地は在るが代官に任せるのが習わしになりもう随分と経っている。
その為の決算書類、目を通し、認可の返信。
陳情手紙、内容を考え、解決できる配下を選び命令書を出す。
一通り内向きの処理が終わると。
背伸びをして、外部からの手紙を読む。
魔法学園の学園長からの手紙だ。
研究予算の追加の申請だ。
魔法学園はデービス家の物だ。
しかし、外側のハコダケで経営は我が家から指定した者が行なっている。
学園の卒業生等で優秀な者には一族から配偶者を付けてデービスを名乗らせる。
昔から行なわれてきた事だ。
その為に、王都と宮廷がデービス家の活動の場になっている。
優秀な魔法使いを輩出する、ソレが経済や政治で力を発揮する。
デービス家の権威を高めている。
この学園長もそうだ、優秀な者だ。
しかし、経営者としてではなく、教育者で学者の面が強い。
悪いワケでは無い。
唯、何かを行う時に暴走する傾向がある。
「星と恒星の運行を測定する専用塔。こんな物何の役に立つんだ?」
”大変重要な基礎研究になると思われます、付属のレポートを参照してくだされ。”
レポートは書類の束の中だった。
恐らく複製された物だ、学園長の字のレポートだ。
学園長自らレポートの複製とは随分と力が入っている。
内容は、空気の中の水の量を測る機械と大地の大きさを測るために恒星と星の動きを利用する。
応用により、将来的には星と恒星。機械式時計で大地の居場所を計測できる機械のスケッチもある。
研究器具のスケッチ。理論、計算式、集計表までだ。
誰がこんな事考え付くんだ?
レポートの表紙に戻り肩肘を机に付きコメカミを揉む。
「オットーフォンハイデッカー。」
コイツが最近の頭痛の種だ。
落ち零れユリウスの末っ子が魔法使いを目指していると聞いて、面白半分にユリウスに学園の入学を勧めてみた。
どうせ、愚鈍の子だ。
上の息子達の名声は宮廷でも噂になっている。
少しは笑い者に成れば良い。
面接を行なった学園長の報告書では、”我々とは方式の異なる独自の魔法理論に基いた完成された魔法使いである。”
悪い冗談でしか無い、何度も読み返し、何処に言葉の裏が在るのか考えてしまった。
その後、噂が聞こえる度にその文面通りの意味で有ったと知った。
”大デービスと小デービスを吹き飛ばした。”
”光と雷の魔法を操った。”
”魔法で作られた壁が破壊できない。”
どう考えてもオカシイ。
ウワサだけではない担当教授からの報告書だ。
学園長から直接聞いた話ではかなり興奮気味で語った。
”デービスの再来だ。”
信用できる者だ、幻術を使っているのかも知れない。
どちらにしても伝説の魔法使い並かソレ以上なのは間違いは無い。
娘に話をして婚約を進めた。
当初、娘の印象も悪く無かった。
ユリウスの息子だと言うのが引っかかるが…。
学園長の稟議書では一部の改修工事を遅らせれば予算は捻出できるとの計算だ。
問題は、昨今の物価高らしい。
まあ良いだろう、完成が遅れるだけだ。
完成すれば学園の名声が高くなる。惹いてはデービスの名声も上がる。
認可のサインを書く。
次の種類に掛ろうと手を伸ばした。
ドアのノックする音だ。
この叩き方は執事のヤーコブだ。
「入れ。」
「失礼します、旦那様。先ほど、ハイデッカー家の使いの者が見え。手紙をお預かりしました。」
「そうか。もらおう。」
また、ハイデッカーだ。
手紙を執事から受け取る。
「使いの方はお帰りになりました。」
なるほど、返事は要らないらしい。
封を切り手紙を読む。
相変わらず優雅さの無い字だ…。アイツらしい。
中身を熟読して、再度読み直す。
しかし…。
何故コイツが知っている?
思わず指で机を叩く。
「旦那様、どうかなさりましたか?」
「メアリーとの婚約を無かった事にして欲しいとの内容だ。」
「それは。残念でございます。」
「いや、向うは本人が嫌がっているのなら仕方が無いのでこの話は無しだそうだ。ハントリー家の娘を取る心算らしい。」
「それは…。」
驚く執事。
我が家との縁を拒んだコトに成る。
「その上で、他に娘が居るなら貰っても良いだそうだ。俺に他の娘か…。」
「御座いますね。」
「そうだな。居たな。」
下の娘が生まれた時に、家のメイドに産ませた子が居る。
コレも女だったので男は諦めた。
デービス家は昔から女が生まれる場合が多い。
男が生まれなくてデービスの血を引く優秀な魔法使いを入り婿で当主に据えることが何度も有った。
俺は珍しく男で生まれたので家督を継いだ。
父上は他の貴族からの入り婿だ。
優秀な魔法使いであった。
俺は努力して優秀な魔法使いに成ったので家督問題は起きなかった。
だが、強力な魔法使いでは無い。
嘗てのデービスは山を動かしドラゴンを落としたらしい。
デービス家の名を継ぐ者は強力な魔法使いでなければ…。
ソレが王国に広がった数多くのデービスの名を束ねる者の使命なのだ。
「ジェーン様は国元にて御実家にお見えです。」
そんな名前だったか…。まあ、母は美しかった、顔もソコソコに成っているだろう。
「結婚はできるか?」
「さて?近況は不明で御座います。14で御座いますので問題は無いかと…。」
「そうか…。」
相手は伝説の魔法使いだ、最新の報告書を読んだ。
色々オカシイ。
執事を見る。
命令を待っている様だ。
仕方が無い。
「俺は、今までユリウスを羨ましいと思ったことは無い。アイツは愚鈍の凡人だ。」
「そうでございますか。」
「だがどうだ、アイツの息子は揃いも揃って優秀だ。上は将来有望な軍人で下は未だ書記官だが聡明な男だ、きっと出世するだろう。」
「はい、たしかに。」
「そして末っ子は希代の魔術師だ。くそっ。」
「町の噂ではかなり御強い方だと言う話です。」
「ああ、その様だな。」
担当教授の報告書でも素手で見上げる様な大きな熊を倒し、魔法でドラゴンを一撃で葬り、魔物の大群を森毎吹きとばしたらしい。
本物ならデービス以上だ。
しかし、王都にハイデッカーの息子の名でドラゴンが持ち込まれた。
俺も実見に立ち会ったが、本物のドラゴンだ、かなり損壊していた、刀傷ではない、魔法以外に考えられない。
ドラゴンの皮を貫く魔法が存在するのだ。
この世に…。いや、伝説ではデービスの魔法に拠って地に落ちたドラゴンを初代の国王が倒したのだ。
本物だ。
デービス以上の魔法使いなのだ。
王国の歴史…。いや、伝説になるだろう…。
「メアリーが良いと言えば話が納まるが。」
「その…。妻になる方が多い様子です。」
「当たり前だ。魔法使いの男なのだ。子も魔法使いだ。妻が多いのは古来からの常識だ。」
嘗てのデービスも何十人も女が居たと言う話だ。
我がデービス家の興りも、その女達が集めたデービスの子供達に魔法を教え始めたのが初めだ、嘗ては魔法学園が我がデービス家の中心だった。
「はい、そう聞いています。が…。」
「メアリーか…。くそっ。帝国の一神教なぞに被れおって。」
「昨今の若者の流行でございます。」
帝国語を覚えるための教師が一神教だったのだ。
まさか末の娘がのめり込むとは思わなかった。
一神教では妻と夫は生涯一人らしい。
「確かに、安定した王都の生活では子はソレほど要らんだろう、しかし、未だ国土には未着手の荒野や森が多い。」
「はい。」
町の外や森は危険だ、そんな教義では未亡人が困窮するであろう。
妻が何人居ても子供達も含め食わせて行ける男なら誰も文句は言わない。
困った、者だ…。
相手のハントリー家は元はデービス家の家礼であった家臣だ。
今は独立して領地を持っているがデービスの所領の中だ。
将来は息子が継ぐであろうが、その息子は今は我が所領の中堅幹部だ。
「正直、ハントリー家と仲違いするのは所領の安定によろしくない。」
「はい、全くのその通りでございます。」
「俺としてもデービスを名乗らぬ大魔法使いの存在はよろしくない。しかし、向うから娘を変えろと言って来ている。まあそうだろ、夫を嫌っている妻なぞ家に居て欲しくないだろう。無理強いは出来ない。」
「はあ、」
「娘を連れて来い。」
「はっ、ジェーン様を…。ですか?」
「そうだ、どんな娘か見てやる。」
「畏まりました。」
上の娘を何とか王子に輿入れする事には成功した。
次期国王だ、俺の娘が王妃になる、孫が国王だ。
コレで王宮での魔法使いの地位は向上する。
娘の様態が心配で合ったが、伝説級のポーションで治った。
運が良い。
宮廷側は病み上がりで随分と心配したようだが、娘は馬での遠乗りもこなす程に回復したのだ。
驚くほど回復している、宮廷側も認めた。心配事は無くなった。
買い取るのに白金貨1枚と準備に金貨300枚を使ったが金で治ったのなら問題は無い。
娘の命だ大した金額では無いだろう。
問題は、伝説の魔法使いがこの世に出た。
我が家から出て欲しかったが、まさかのユリウスの息子だ。
恐らく王国の歴史に名を刻む様な大魔法使いに成るだろう。
俺ではない、息子が居れば…。俺に息子が出来なかった時にも諦めた。
いや、息子が大魔法使いに成るとは思えない。
ただ、王国に語り継がれる伝説の中の登場人物として、俺の息子の、孫の名が有れば良いのだ。
伝説の魔法使いか…。
出来れば俺の世代で出て欲しかった。
俺は伝説には成れない、この男の書いたレポートを見れば解る。
凡人は星を見上げるダケだ、コイツは星を見て大地を知ろうと考える男なのだ。
この男から見れば俺は凡人なのだ。
愚鈍なユリウスと同じ唯の凡人でしかない。
凡人のこびり付いた思考は変える事は出来ない。
もしこの男が…。同じ学び舎に居れば考えが変ったかもしれない。
そうなれば、この男が伝説に成れば俺は友か宿敵か…。
俺は伝説の一部に成ったのだ。
まったく、ハイデッカーの名が出ると旨く行かない。
(´・ω・`)灰色の魔法使いが行なった手術は老メイドと女従士、母と娘だけの秘密で。
当主アルトォールや宮廷には”白金貨一枚で買い取った伝説級のポーションで全快した”と報告している様子です。




