345.答え合わせ。
「マルカ。授業に出ろ。早いうちに戻ってくる心算だ。」
家の遣いの者が来たので親父と話をしなけれな成らなくなった。
強張るマルカに金貨1枚を渡す。
「はい、」
「エミリーや友達と離れるな。」
「はい、あの。オットー様。」
「なんだ?」
「いえ、良いです。」
「何か有ったら魔法弾を空に打て、直に駆けつける。」
マルカの頭に手を置いて判れる。
馬車に乗り込む。
軋む馬車。
俺が乗り込むのを確認すると、向かいのシートにヒンメルが乗って来た。
「急なお話で申し訳御座いません。」
「ああ、そうだな、まあ、一度父上とは話をせねば成らんことだ。」
「はい。」
進む馬車の中から流れる王都の風景を見る。
取り立てて話すことも無い。
おう、馬車の中の雰囲気が最悪です。
そして、開いた門の中へと馬車が進んでいった。
これが我が家の王都の邸宅か。
無駄に広いな。
馬車は正面のロータリーを進み、玄関の前に着いた。
ドアが開かれる。
兵達が整列している。
俺はゆっくりと馬車を降りる。
軋む、ステップ。
謎の緊張感が兵達を包んでいる。
何でそんなに殺気立って居るんだ?
玄関に進みながら着衣を整える。
執事のヒンメルは後ろから付いてくる。
「オットー様、御到着しました。」
屋敷の中に入るとメイド達が頭を垂れている。
一人のメイドがヒンメルに耳打ちしている。
「オットー様、お父上様は執務室でお待ちです。」
「ドコだ?」
偉そうに言う。
俺はこの屋敷に来た事が無い。
「コチラへどうぞ。」
今度は執事を前に進む。
長い廊下を歩くとあるドアの前で止まった。
ノックする執事。
「だれだ。」
「ヒンメルでございます。オットー様がお見えです。」
「入れ。」
執事がドアを開けてコチラの顔を見る。
先に入れと言う事らしい。
中に入ると左を向き、部屋の壁を背に親父が机を前に椅子に座っている。
何か書類を読んでいる様子だ。
ドアは開いたままで執事は部屋の外だ。
「下がれ。」
「失礼いたします。」
一礼してドアを閉める執事。
この部屋には俺と親父だけだ。
親父は目を通していた書類を机に置いて、俺の目を見た。
「さて、オットー、噂は色々耳に入っている。学園では大活躍らしいな。」
「はっ。学友にも恵まれ日々切磋琢磨しております。」
「そうか。ソレは良い事だ。」
椅子に座ったまま眉間を揉む親父。
何かを考えている様子だ。
「お前には色々と言わなければ成らない事が在る。」
「はっ。」
姿勢を正す。
「先ず、そうだな。手紙に有った決闘のコトだ。」
「はい、勝利しました。」
「そうか、ソレは良かった。」
「はい、」
「先に、向うの家からは止めてくれと手紙が来たが私が読んだのはもう既に終わった後の様子だ。」
「そうでしたか。しかし、決闘の日時と方法は相手が指定した物で御座います。」
「そうらしいな。同時に読んだが大した怪我も無く終わったらしい。相手の家からは感謝の言葉とコレで手打ちにして欲しいと書いてあった。」
「はい、男の約束が違わなければ此方としては何もこれ以上は望みません。」
「ソレは良かった。私もそれ以上は必要は無いと思う。この件は終わった事だ。」
「はい。」
「お陰で、宮廷の小雀達から随分と言われた。決闘の経緯等だ。」
「女を守るためです。」
「そうか。女の為か。くそっ、小雀共の喜びそうな話だ。」
イライラが募る親父。
「世間は噂好きです。仕方が在りません。」
「お前の噂だが…。いや、それより、困ったコトに成った。」
「何でしょうか?」
「お前の婚約者のコトだ。」
「はい、名はエレノアと申します。」
「そうか、良い娘なので有ろうな。」
「はい。」
もう、サイコーのばいんばいんです。
「その件で向うの家からお断りの話が出ている。」
「はあ?」
え?マジ?エレノアたんの実家からNG?
「実はお前には言っていなかったが。お前に婚約の話が出ていた。デービス家の娘とだ、その話を酌んでハントリー家からは辞退したいと申し出があった。」
ほう、やっと出るのかジェーン・デービス。
いかんな、エレノアたんの実家の事も考えねば…。
どうやって…エレノアたんを攫うか。
「そうでしたか。しかし、当人の意思を尊重すべきです。」
そうか、エレノア・ルートを取ったからジェーン・ルートが選択不可能か。
まあ、仕方が無い、手元に在るのは、ばいんばいんだ後悔は無い。
ちっ。
「デービス家の当主アルトォールは何とか仲を戻して欲しいと個人的に願いが在った。」
「どうやら、結婚を申し込んだエレノアは向うの乳姉妹の様子です。」
うん?仲を戻す?誰と?
タメ息をつく親父。
少しホッとしている。
「そうか。ソレは仕方ない。初めの話では向うも印象は悪く無いと言う話だったが。まあ、仕方が無いデービス家との婚約の話は無かった事にしよう。」
「はい?」
俺は未だジェーンと会っていない。
もしくはもう既に何所かで会っていたのか?
「なにより、アルトォールの娘だ、あいつと親戚は嫌だったんだ。元々親戚だがこれ以上近づくのは我慢ならん。」
両手の肘を机に付いて組んだ手で額を叩きながら下を向いて呟く親父。
笑っているのかも知れない。そんなに嫌なのか?
いや、それより。
「もう既にその娘と俺が面識が有ったのですか?」
「ああ、そうだ。あー。寮監をしていると聞いている。」
「はい?」
ソレ、ロールパン。
「名前は、なんと言ったかな…。まあ良いだろう。縁が無かったのだ。仕方が無い、ホント良かった。あいつの嫌味を又、聞かされるのかと思った。」
上機嫌な親父、こんなに上機嫌なのを見るのは生まれて初めてだ。
「寮監の…。婚約者は王子ではないのですか?」
「うん?王子は先月婚約パーティーが有った。長女のマーガレットだ、マーガレット王妃になる。」
「はい?デービス家の長女なのでは?」
「そうだ、長女のマーガレットだ。その婚約パーティの席でアルトォールのヤツがお前と次女の婚約を捻じ込んできた。あー名前は…。」
「ジェーン・デービス?」
「いや、そんな名前では無い。なんと言っていたか…。紹介されたのだ、髪の長い巻き毛の。」
「え?メアリー↑」
「そうだ、アルトォールの娘の癖して美しい娘だった。しかし、性格はアルトォールに良く似ている。アイツと結婚する男は地獄だぞ?」
何故か力が入る親父…。
そんなにモミアゲロールパンが嫌なのか?
いや、デービス家が嫌いなのかもしれない。
それより、マーガレットってだれ?
ゲームに出て来てい無い。
デービス家の姉妹はメアリーとジェーンだけだ。
「俺の記憶ではその、メアリーが王子の婚約者だと記憶していたのですが…。」
「あ?ああ、確かに。以前、長女マーガレットの病が悪くなった時にそんな噂が流れた。だが、病も治りその様な話も消えたハズだ。」
「病?」
「そうだ、噂では市井の流れ者の魔法使いから白金貨1枚で伝説級のポーションを買い取って全快したらしい。」
「はぁ?」
「その怪しげな魔法使いを捕縛しようとしたが、我が家の兵が撃退された。」
忌々しげに吐き捨てる親父。
「はあ?」
「灰色の魔道士と名乗る怪人だ。魔法使いらしいが禁忌の技と呪術に長ける者で失われた禁術の使い手らしい。父なる大地の神ヴェレース教会より異端の指定を受けた者だ。」
えー何ソレ、身に覚えが有りまくり。
俺は名乗っていない、但し言いふらしてるハゲは知っている。
教会から異端者扱いか…。
父なる大地の神ヴェレースは実家の庇護する教会が崇める神だ。
熊と死を司る大地の神で家畜の守護者だ。
なお、俺は翔ちゃんの知識が在ったのであまり真面目に通っていない。
「そ、そうなのですか?」
「そうだ、我が父上の…。いや、開祖よりハイデッカー兵は精強で在ると国内外に名を轟かせた。私は軍でも平凡であった、猛将であろうとしたが特に大した戦功も上げる事が出来なかった。」
何故か親父の体が小さく見える。
あのハゲ、骨の数を増やしておくべきだった10本ほど。
「相手が強かったのでは?」
「そうかもしれん、しかし、父上が残して頂いたハイデッカーの名を穢す様な話だ、今では市井の冒険者を雇って兵を鍛えるような始末だ。到底、先祖に申し開きできん。」
「あ、兄上が御戻りに成れば練兵を引き連れて来るでしょう。」
軍を退役すると大概は士官と下士官も一緒に引っ張ってくる。
年金で雇って領民軍を強化するのだ。
国軍との共同作戦でも元国軍士官なので連絡が取り易い。
「そうだな、だがフランクは未だ遠征中だ。」
「兄上は盗賊団の頭目を討ち取って残兵を掃討しているそうです。勝ちは見えたと聞いています。」
驚く親父。俺をマジマジと見ている。
「そうなのか?」
「はい、馬屋の牧童の話です。馬を返しに来た伝令兵からの話だそうです。」
「そうか…。帰ってくるのか…。困ったな。凱旋の会食に出られないかもしれない。」
「何か?」
「街道の魔物が活性化している、郷土の防衛を兵に託した。正直、お前の事で領地を離れるのは心が休まる話ではなかった。出来れば直に急いで領地に戻りたい。」
おい、酷いな。
まあ、良いだろう故郷の魔物は全部吹き飛ばした。(ドラゴン含む)
森もちょっと吹き飛ばしたが。
怒られないよね?
「ソレも、モンダイはナイようです。(棒)」
「なぜだ?」
「え~、ギルドからの情報です。」
「そうか…早いな。」
「はい、王都に居ると情報が早いです!!(キッパリ)」
「まあ良いだろう。それなら時期に知らせが来る。」
「あの、父上、ドラゴンについて何か聞いて居ますか?」
「いや?何も聞いていない。」
「ソウデスカ(棒)」
親父の反応からまず何も聞いていなかった事は確実だ。
コレで王宮とギルドの連中はドラゴン情報を隠蔽したコトが確定した。
あいつら何を企んでいるんだ?
顎に手を当て考える。
「さて、デービス卿に、アルトォールに断りの手紙を書くか…。アイツの嫌味を聞くのは正直心が休まらん。」
「あー、ではこうしましょう。」
「なんだ?」
「俺は構わないが相手が嫌がっているので仕方が無い。と。」
肩を竦めておどけた顔で言う。
「ソレは良いな、アイツが悔しがる。」
「他に娘が居るのなら其の方で話を進めても良いと。」
少し考える親父。
「あの家は娘二人だぞ?」
「そうでしたか。なら安心ですね。」
「うむ、そうだな。」
なるほど、ゲームと違うのか…。何故だ?
そういえば何時ぞやMr・Rは自分のコトを次女の執事だと言っていたな。
いい間違いだと気にも留めてなかった。
あの時、聞き返して居れば状況も変ったかもしれん。
俺の判断ミスだ。
便箋を取り出し手早く手紙を書く親父。
内容は解らないがお祈り電文だろう。
翔ちゃんも就職活動の時、何通も貰った。
書き終え文面を読み返す親父。
「オットー、お前。魔法が使えたんだな。」
しみじみ話す親父。
「はい、鍛練の成果です。」
「あの変な踊りか?」
「いえ、アレは…。素手の、演武の様なモノです。」
「演武とは?」
書いた手紙を何かに挟む親父。
「型の練習?」
首を傾げて答える。
たぶん空手の演武か国鉄体操のコトを言っているのだろう。
「魔術とは関係ないのか?」
「はい、ありません(キッパリ)」
「まあ良いだろう。ソレで、お前の婚約者だが…。」
「はい。良い女です。」
途端に嫌な顔をする親父。
「一度会いたい。王都に居る時間が限られるので相手を急かすコトに成るが…。」
「相手の家にも話を通してないのです。」
「なんだと…。」
驚いた顔の親父。
「恋愛です。」
胸を張って言う。
下半身が先でした。
「お前。どうする心算だ?」
「はい?」
「どうやって身を立てる?」
「軍人になります。」
「少尉の俸給は安いぞ?」
「もう既に王都で雑貨屋と錬金術工房を手に入れました。」
あと、鉱山も、コレはキムさん名義なので隠し資産だ。
「商人か?」
「まあ、当面の先立つ物はコレで何とかします。」
「解った、私が目の黒いうちは気にかけてやろう。」
水差しからグラスに水を入れ一口飲む親父。
「ありがとうございます。」
名を出して無いので口約束だ。
俺も正直、当てにしない。
「しかし、お前が先に結婚か…。」
席を立ちグラスを傾け窓の外を見る親父。
兄上達に縁談の話は無いのか?
「はい、来年には子が生まれます。」
”ブーーーーッ”
うわ、汚いな。
「ゲホゲホ。子供?」
「はい、未だ腹の中です。」
「エレノアと言う娘のか?」
「いえ、別の女です。」
工口フと言う名の魔女です。
「お前、何人女が居るのだ?」
親父に言われて指折り考える。
先ず、ベスタとマルカとイレーネ、工口フと工口姫に…狼娘。
倒す指の数を見て、呆れた親父が言う。
「お前は学園で何の学問しているのだ?」
はい、保健体育です。
と元気良く言えないので首を傾げる。
「まあ解った。連れて来い。」
「はい?」
「私の孫を産む女だ、見て置きたい。」
「うーん、困りましたね。」
「明日の昼なら時間が取れる、一緒に昼食を取ろう。」
「解りました。相手に聞いてみます。」
「まあ、用意はしておく。数人いるなら二三人は来れるだろう。」
「了解しました。」
「さてと、お前の所為で宮廷に呼び出された。今晩の国王からの会食だ。」
「うーむ、特に心当たりは在りません。」
ドラゴンの話だ。
コレから親父に捻じ込む話だな。
「お前の学園での評価はかなりの物らしいな。」
「あくまで噂です。大げさ過ぎます。」
「そうだな、俄には信じられん。お前のコトを伝説級の魔法使いだと。」
笑う親父。
吊られて笑おう。
「ハハハハ(棒)」
どうすべきか?
国王から言われる前に、先に言っておくべきか?
「所で父上。」
「なんだ?」
「俺は領内の動物を自由に狩って良いと聞いております。肉等はあくまでハイデッカー家の物であり俺の物で在る。で宜しいですね?」
「なんだ、そんな話か…。領内でお前が獲った獲物はお前の物だ。」
「ありがとうございます。実は王都のなめし屋に出した所、珍しい物かどうかは知りませんが、王族が丁度欲しがっている物が含まれていたそうです。」
「なんで又…。」
「まあ、学友との交際費も要ります。で、溜め込んでいた物等を売りに出しました、大した物では無かったのですが。王子の婚姻に係る儀式で必要なモノなのかと…。」
嘘ではない、本当の話でもない。
納得する、親父。
次期国王の婚姻だ、王族のパーティで国を上げたお祭りだ。
色々着飾る、服を設える、材料も必要になる。
「そうか。くそ。こんな忙しい時期に。」
「王国に売るのは問題は有りません。但し、何を代償にするかは未だ決めていないので。」
「まあ、そうだろう。お前は未だ宮廷に上がれる様な階級を持っていない。」
ココでの階級とは役職の話だ。
まあ、職業学生だからな。
ソレすらも怪しいが。
「たぶん要求するのは物か、俺の将来の為の…。領地を貰う為の口約束か名声か。金は自分で稼ぐのでそんな所で。国王陛下か王子に覚えて頂くダケでも結構です。」
「解った、そういう話だったのか。下らん。」
「はい、下らん話です。」
タメ息を付く親父。
きっと何故国王に呼ばれたのかが解ったのであろう。
貴族が王国の下らん話で呼び出される、良く在る話の様だ。
何かを思い出すようにコメカミを揉む親父。
「そういえば家の酒蔵から2本酒が消えたのだが…。」
「はい、持ち出しました。寮生への袖の下で皆に振る舞いました。」
「そうか、アレは高い酒だぞ?」
低い声だ、機嫌が悪いのか?
「その様ですね、凄い威力でした。」
一呼吸入れて返す。
親父は怒っては居るが納得した表情だ。
「まあ、良い。有効に使ったのなら、良しとしよう。」
何故か怒らなかった、まあ、学生時代なら寮で寮監の目を盗んで酒を飲むことぐらいするだろう。
そうやって呑んだ酒の出所がこう言う物で在ったと言うコトだ。
”仕事が在る下がれ。”
の言葉で退出する。
廊下にはヒンメルが立っていた。
「明日のお昼前に昼食に間に合うよう、お迎えに上がります。」
「そうか…。身重の者が居る。馬車はあまり揺れない物にしてくれ。あと、座席にクッションを積んできてくれ。」
「はっ。畏まりました。」
玄関で馬車に乗り込む。
屋敷を見上げると窓に親父が見送っていたので目礼して乗り込む。
学園の前で馬車を降りるとヒンメルが頭を下げた。
そのまま走り去る馬車を見送る。
困ったな…。
取り合えず話を付けよう。




