268.二日目6
各自、自分の食器を洗い寸胴鍋で煮沸して片付ける。
終わると自由時間だが明日の用意をする者。
一日の汗を拭くため着替えとお湯で身体を拭く者に分かれた。
ダーク少年が怪しい動きを見せたので素早く捕まえドレインで魔力欠乏にさせノックアウトで就寝させた。
コイツ女の着替えを覗こうとしやがった…。
単独でやるなよ…。
迷惑だ、やるなら相談しろ。
夜番の者は手早く行い途中の交代に備えてテントの中に入っていった。
人数分けは。
深夜まで。俺とムロ、教授。
日が昇るまでがオシリスキーとペルーラ。モーサの3人だ。
薪を囲んで寝ずの番になる。
夜の森は冷える。
お茶は飲み放題で焼き菓子もある。
皆が就寝を始めると何もすることが無い。
ココで学生ならキャッキャウフフの恋バナだろう。
学園物のお約束だ。
しかし、俺の前には教授と冒険者の魔法使いだ。
何も話すことは無い。
天気の話でもするか…。
夜空を見上げる。
風は吹いていないが空気が冷たい。
雲も無く湿度が有る訳では無いが。
星が霞んで揺らめいている。
薄い巻層雲が出ているのかもしれない。
「教授、恐らく明日の天気は下り坂です、明日は朝から雨具の用意をさせましょう。」
「生徒オットー。何故そうだと解かる?」
教授の厳しい質問が飛ぶ。
「高い空に薄い雲が広がっています。恐らく西、又は南西は雨が降っています。その雨雲がコチラに来るかもしれません。」
「生徒オットーそれは魔法か何かか?」
「いいえ、猟師の方の話です。もっと低くなると確実に明日は雨ですが…。この程度なら明日の昼からか夜でしょう。」
「生徒オットーお前は気象をコントロールできるのだろう?」
「出来るのはあくまで局地的です。何も無い所では出来ません。雨が降る条件を揃えてやるだけです。」
「そうだったのか…。その雨の降る条件とは?」
薮蛇だった。
猟師や農民が経験で明日の天気を予想することは皆知っている。
「うーん。」
困った。ドコから説明すれば良いのか…。
「あの、オットー様?」
冒険者の魔法使いも聞きたそうだ…。しかし教授に納得する説明は難しい。
「よし。では説明しよう。天候は風と水が密接に関係している。」
「何故?風なのだ?」
流石に風の話が出ると食いつきが良い教授。
「以前話したコトの続きですが…。」
「レポートは未だだな。」
「はい、証明するのに実験が必要なのです。測定する為の実験器具の材料は揃いましたが。工作技術的な問題が在ります。」
「証明は良い、理論だけを説明しろ。」
うーんそんなレポート聞いたことが無い。
只のファンタジー小説だ。
「そうですね…。」
土魔法で台を作る。
ゴミ屋街で買った天秤測りを取り出し置く。
マグカップを両方に置いて同量の水を張る。
うん、釣り合いが取れている。
「以前、話した空気に水が溶けているコトを証明しましょう。」
「コレで証明できるのか?」
「まあ、あまり目に見えた変化は出ませんが…。同じ量の水を張ります。天秤が吊り合っていますね?片方の水を冷却します。」
日が暮れて外気温が低くなり始めたので一気に凍らせる。
目指せ-20度。
マグの中の水は盛り上がったまま凍ったが天秤の傾きは変らない。
「さて、結露という物は何処から水は来るのでしょう?俺は、空気の中の水が、いや、蒸気が冷やされて水に戻ったと思う。もし。ソレが間違っていて水が漏れているのならば…。天秤は傾かないハズだ。」
「なるほど…。だがソレと風とは何の繋がりが有るのだ?」
「では、天秤の皿に手をかざして下さい。」
「なんだ?何が起きているのだ?」
「風が起きています。片方は冷却されて触れた空気が冷やされ下に落ちます。でも何故でしょう?何故冷えると下に風が起きて茹でると蒸気、いや、焚き火の炎と共に上に上がるのでしょう?」
「それは…。」
「空気が、いや、空気の密度が熱によって変化するのです。そして空気は水と同じように高い所から低い所に移動します。ソレを人は”風”と呼んでいます。」
「ソレはおかしい。風の魔法では熱の。炎の構成は無い。」
「そうです、風の魔法は全て運動により空気の圧縮を行なっています。魔力で圧縮を行なっているのです。」
天秤の片方のマグに結露から霜に成ってきた。順調に水が集っている少々やりすぎたか?
「何が違う?」
「実は空気は暖かくなると水が溶け込みやすいのです。と言うか溶け込む量が増えます。」
「そうなのか?」
「実験で証明できますが、未だ行なってません。まあ、感覚的に解かるはずです、天気が良いと洗濯物が早く乾きます。地面が濡れていたほうがウォーターボールも水を集める魔法も成功し易いはずです。」
「そうだな…。」
「空気は圧縮しても中の水の総量は変りません、多くの水を得るには多くの空気を集め無ければなりません。」
「それで?」
「あ~。水は熱の量によって状態を変えます。蒸気、水、氷です。空気も同じですが…。現実では起きない現象です。どれだけでも圧縮出来ます。熱の総量も変りません、魔力で熱を制御します。」
「待て生徒オットー。熱の制御とは何だ?」
「一番解かり易いのが竃に火をつける魔法ですね。単純に魔力を熱に変換しています。」
「あの、オットー様。竃に火をつける魔法でアイスジャベリンが出来るのですか?」
「冒険者殿、応用だよ。魔法は全て応用だ。計算しないと出来ないが。」
「うーん。計算か…。難しいな。」
計算が苦手な様子のムロ。
風が出てきた。
それほど強くない。
「では、生徒オットー、空気の密度とはどうやって計る?」
「ソレも、計測する装置が在ります。気圧計といいます。まだ、完成していませんが…。コレに温度計、湿度計をセットにして王国各所に設置すれば…。」
「すればどうなる?」
「どうなるんですか?」
「天気予報が出来ます。」
「あ?」
「え~。」
答えが思っていたものと違うものだったらしい二人。
俺は温くなったお茶を飲み答える。
「かなり大掛かりになります。領地や領民を巻き込んで計測する、多くの人員が必要です。教育を行なう施設が必要になります。」
その前に通信、通報システムを作らなくてはならない。
電信が発達したから天気図が作れる様になったのだ。
「ソコまで大掛かりなコトをして…。出来るのは天気予報か?」
「それだけ、広範囲で起きるコトなんです。雨風と言うものは。個人の手のひらの中で魔力で起しているのとは違います。」
「ソレは現実的では無いな。」
「そうですね。未だこの惑星の大きさも解かりません。」
「この惑星?」
「そうです、この惑星は…。大きな大地の球なんです。その大きさです。」
「そんな事を知ってどうするのだ?」
「惑星の大きさが解かれば自分が何処に居るのか解かります。」
「どうやって?」
「惑星の大きさが解かれば星の位置と恒星の位置で自分の現在地を測ります。」
「そうなのか?」
「星と恒星の運行を調べないと正確に解かりません。それには正確な機械時計が無いと出来ません。」
この禄でも無いすばらしき異世界に。
宇宙人になったつもりでお茶を飲み干す。
「到底魔法とは関係が無いな。」
「教授、学問とは知識の体系を指す物であって、理論と実験によって蓄えられた知識の元です。早晩、個人の感覚や感性だけでは限界の壁を越えることが出来なくなります。ソレは魔法も同じことです。」
「生徒オットー、お前は王国魔法に発展は無いと思っているのか?」
「少なくとも、同じ発音、同じ呪文を繰り返すダケでは…。」
「うむ、王国魔法の殆どは伝説の魔法使いデービスが考え付いた物だ。無論その後に教師や賢者達によって付け加えられたものはある。」
「それは知りませんでした。呪文では効果の範囲が、結果が決められています。それ以上のコトは出来ません。魔力で自然の摂理を利用している物でもです。それなら自然科学を学問にして魔法で応用したほうが…。」
「今更そんなコトを言うな生徒オットー。」
呆れる教授。いやん、俺が魔法知らないのがばれた。
「魔力の効果が得られやすいのか…。」
ムロがお茶を飲み干す。
「その通りです。冒険者殿。」
「よし、解かった。生徒オットー、学園に戻ったら実験に協力しよう。どうやらお前の言う実験とやらは多くの人員を必要としているらしい。」
「あと…施設もですね。」
「金は…。学園長に話をしてみよう。あまり期待はするな。」
「手が在れば資材だけで研究する方法はあります。おっと。良い頃合だ。天秤に注目して下さい。」
よっし。凍ったマグに霜が育って白く大きくなっている。
その分傾く天秤。
「なるほど…。水は空気の中に在るのか…。」
「そうですね、冷えると水になります。冷やしすぎたので氷になりました。」
「あ、あの。オットー様。ウォーターボールは空気の中の水を集めているのですか?」
今更な事を効く冒険者。
教授もお茶を飲み干した様子だ。
未だ少し交代までの時間がある。
しかし寒い。風が冷たくなってきた。
前線が迫って来ているのか?
「冷えてきました。温まるものを出しましょう。」
酒場で入れてもらったワインの入った水差しを出す。
各自のマグにハーブにお湯、ワインで割る。
「おい、生徒オットー。学園内での飲酒は禁止だ。」
眉を潜める教授。よし何か、もう一息。押しが必要だ。
「生徒だけの話ですね。交代まで後もう一息です。まあ、明日の英気の為です。」
「あ、頂きます。オットー様。」
素直に受け取る冒険者。
そうだ、ココに居るのは奇しくも生徒は居ない。(自分のコトは棚に上げる。)
「そうだな。ホドホドにしておく。」
教授もマグを出してきた。
一口飲めば体が温まる。
後もう少しで交代だ。
まあ、良い。実験の協力者は出来た。
学園に戻ったら本格的に実験を行なおう。
何とか軍に入るまでに六分儀を完成させなければ。
あと…。無線機だ。




