番外地:帝国編4
「おかあさま。どこへいくの?」
「お爺様の所へ行きます。大人しくして下さいね。」
慌ただしく動くメイドたち。
「では、奥様。」
「申し訳ありません。落ち着いたらまた働いてもらいますが、今は…。」
「はい、わかりました。奥様もお気をつけて。」
「奥様。用意が整いました。」
一番若いメイドが声を掛ける。
同行する者だ。
「はい行きましょう、急いでお願いします。」
馬車が出発して慌ただしく働く者達が手を止め頭を垂れる。
娘が窓の外を不思議そうに眺める。
「お母様…。」
「マリー。変装ゴッコをしましょう。今からマリーはメイドのミカです。ミカ。服を交換して。」
「はい、奥様。」
服を脱ぐミカ、一番若いメイドで利発な子。
こんな危険なコトをさせるには心が痛い…。
でも…。
「お嬢様。ちょっと大きいかもしれません。ココを折って下さい。」
「はい、ミカ…。えーっとお嬢様?」
「はい、私は今からマリーです。メイドのミカ様。ココをクリップで止めましょう。」
「私の可愛いミカ。お爺様の屋敷に着くまで貴女はミカです。良いですね?絶対ですよ。ママとの約束です。」
「はい。お母様、今からメイドのミカです…。」
「奥様…。」
「はい、よろしくおねがいします。」
大きいミカはサイズが合わないが何とか成る外見、髪を解いて伸ばす。
これで下賎な者には見えない。
後はこの馬車が目的地に着けば良いだけ…。
その目論見は4日目に破れた。
街道を進み目の前に騎兵が現れた…。
「我はカーレー伯爵軍!白百合騎士団第二てい団、第一中隊マリア・ガルネーレ中尉だ。この馬車は誰の者か?」
「先を急ぎます…。何卒良しなに…。」
馭者に声を落として話しかける。
「はい、解かりました…。この馬車はさる商家の子女を国元に向かう途中。何卒道を御開けなされ!!」
叫ぶ馭者。
「捜索をさせてもらうが良いか?」
「奥様…。」
声を落として確認する馭者。
道を塞ぐ女騎兵達はもう既に馬上で剣を抜き背を肩口に置いている。
そのまま通してくれそうに無い。
声を潜め伝える。
「仕方ありません。」
「はい、解かりました…。」
「よろしいですが…。何分、女、子供しか居りません。その…。乱暴は御止めくださいませ。」
叫ぶ馭者。
「良かろう。紳士として対応するコトを約束しよう。」
指揮官らしき女が馬上で合図する。
動き出す。胸甲騎兵。
時間が無い。
指輪を外し口に入れる。
舌で洗い。
娘を呼ぶ。
「ごめんなさい。私の可愛いミカ…。痛いかも知れないけどコレを誰にも知られてはいけません。」
ショーツの下の…。おしめの穴から指輪を押し込む。
苦痛に歪む娘の顔。
見たく無かったが…。
思い人に会う前に血を曝したくなかった…。母を許して欲しい。
どんなコトになっても娘の命を守るの…。助けてアントニオ…。
「お母様痛い…。」
「お嬢様…。いえ?メイドのミカ。この下に隠れて下さい。声を上げてはいけません。宜しいですね?奥様。」
「はい、申し訳ありません。」
「では、その様に。ミカ様お隠れ遊ばしませ。」
「はい。おじょうさま?」
「絶対でては行けませんよ?声も出してはいけません。良いですか?」
「…。」
頷く娘…。
「私は、ちょっと外の方とお話をしてまいります。ココで大人しくしていてね。」
「はい。」
馬車の外には馬から下りた胸甲騎兵が並んでいた。
隊長らしい女に語り掛ける。
「我々は南部の町へ行く途中の旅行者です、何の御用でしょうか?」
「積荷を改めたい。ベアトリクス。中を検めよ。」
「了解しました。」
亜麻色の髪の女騎兵が馬車の中を覗く。
一瞬背筋が凍るが顔には出してはだめ。
「女性が1名、子供です。」
「そうですか…。さて、お名前と行き先をお聞かせ願えませんでしょうか?」
「エリー・フロイデです。夫が商会を経営しています。家に帰る途中です。」
偽名だ、ミカと口裏あわせはしてある。
フロイデ商会は故郷の隣りの町だが、我家とも繋がりがある。
夫人とも御会いしたこともある。
「どちらへ?」
「南のラムースの町です。」
「そうですか…。ラムースのフロイデ商会ですか…。」
疑わしげな表情の指揮官の女。
流れる様な巻き毛の金髪。
「そうです。」
毅然とした態度を示す。
「私は昔、宮廷の晩餐会に出たことが有るのですが。確かお顔を拝見したことが在ります。」
心臓が握られた様な感覚。
「そうでしたか?申し訳ありません。覚えていなくて。」
「いえいえ、宮廷の晩餐会に一介の商会長が出るわけが無い。御会いしたのはルイーズ・ペニャーリア様ですよ。」
勝利したような顔の指揮官。
顔に出てしまったの?
「ご安心下さい。カーレー伯爵より警護の任務を承りました。御身のご安全の為にカーレー領まで来ていただきます。ルイーズ様、御会いしたのは10年も前ですが今もお美しい。」
「そうですか…。」
騎士でも無かった、未だ少女だった頃の顔を思い出すことも出来なかった。
誤魔化す事は出来なくなってしまった。
「ベアトリクス丁重におもてなししろ。伍長、馭者殿のお手伝いをしろ。軍曹後衛を頼む。」
「「はい!」了解しました。」
一礼して御者台に兵が乗り込んで来る。
皇太子派で無いのは幸いです。
でも、カーレー伯爵は正統派の中でも急進派。
危害は加えないがお兄様やクロデラート家への協力を要求するつもりでしょう。
娘と指輪を渡してはいけない相手。




