243.酒場2
「ゲホゲホゲホゲホ。北の炭鉱の町だ俺が入っていたのは鉱山の方だ…。」
ビンゴ!お目当ての男だ。
流石酒場、情報持っているNPCが一杯だ。
コイツから情報を引き出そう。
未だ咳き込んでいる。
かなり酷いのか。
肩に手おきサーチを掛ける。
なるほど。見事な珪肺だ、肺性心の気もある。
長くないだろう。
「おい、大丈夫か?隣に座るぞ?」
咳き込みながら頷く男。
許可が出たので座る。
未だ咳き込んでいる。
いかんな…。話が進まない。
「ウェーイ、背中を擦ろう。」
背中を擦ってやる。
勿論ヒールだ…。肺胞の内部の肥厚を分解して新しい組織に置き換える。毛細血管の配置を正常な組織と同じ形に近づける。
一発では治らない。
部分的に少しづつ直すのだ。
幸い患部の近くを手の平が有る。
繰り返しヒールを掛け肺胞を直す。
肺胞肺胞肺胞肺胞肺胞肺胞ハイホウハイホウハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーパイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホータイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーハイホーポパイポパイポー
咳が酷くなる男。
遂に空のシチュー皿に血を吐き出した。
いや、コレは痰と分解した組織だ。
あまり遣り過ぎると肺に水が溜まってしまうかもしれない。
只でさえ酸欠気味だ。
新しい組織で肺を作ったコトに成るが。
体の無理はさせられない。
しかし、全体としては肺の2/3が正常に成った。
「チッ。」
後ろのカウンターのマスターが苛立っている様子だ。
この皿を洗うのがマスターだから仕方が無いだろう。
「おちつけ。深呼吸しろ。ゆっくりだ。」
「はあはあ、はあはあ、ずいぶん良くなった。ありがとう。」
顔色の良くなった男。
「ああそうかい、良かったな。商売の話だ。俺は近々北の炭鉱の町へ行く。しかし路銀が心許無い、向うで高く売れそうな物を教えてくれ。運ぶだけで高く売れる物だ。」
「そうかい。しかし俺が居たのはもう何年も前だ…。話が変わっているかもしれない。」
「そうかもしれんな。まあ、他のヤツにも聞くさ…。」
「そうだな…。まず、炭鉱の町は荒くれの男達ばかりだ…。町は国王が任命した代官が来る。表向きはな。」
「あ?」
「ソッチの話は後に話そう。男達だけだ。山岳で道も険しい。そうなると必要なモノは決ってくる。」
「酒と女と食い物か?」
「そうだ、だがそんな解かり易い商品は全て炭鉱主の御用聴きが取り仕切っている。」
「炭鉱主?」
「そうだ、炭鉱の町は幾つか有る鉱山から下りてきた男達が休憩するために出来た町だ。炭鉱主は何人も居てギルドを作っている。そいつ等が町を仕切っている。町に入る品物もだ。」
「そうか…。面倒だな…。」
「だから悪いことは言わん。辞めとけ。変なモノを売るとそいつ等が出てくる…。話では行商人に販売許可書と更に税金で儲けているという話だ。」
「こまった話だ。」
「役人も当てにならん、任命された代官はお飾りだ。代官代理が居て…。問題はそいつはギルド長が指名する。大体は炭鉱主の持ち回りだ。代官は町に来た事が無い者も居る。」
「酷い話だな。」
「ああ、代官代理のやりたい放題だ、昔ソレで反乱が起きた事も有る。」
「まあ、そうだろうな。」
呼吸が落ち着きワインを口にする男。
爪の色も良くなっている。
酸素足りてる様子だ。
「ふう、何か…。久し振りに喋った様な気がする…。」
呟く男。もう、”帰って、このパーツを直に取り付けろ!”とは言わないだろう。
なるほど…。問題が多い町だということが解かった。
トラブルの種だろう。
面白い。しかし。
「反乱か…。」
蟹光線の世界だな。
「ああ、そうだ、俺が居た頃に有った…。俺は穴の中だったから知らないが…。町の兵が蜂起したんだ。」
声を落として話す男。
「あ?鉱夫じゃ無いのか?」
「ああ、鉱夫も参加していたが。待遇改善で町を占領した。一部の炭鉱主を人質に取った。」
「そうか…。で、どうなった?」
「ハイデッカー家の兵隊が来て主だった者は皆殺しだ。」
「あ?」
何で実家の名が?
「炭鉱の兵隊はそれなりの猛者だが人間相手はハイデッカーの兵が強い。アッと言う間に鎮圧されて。首謀者は人質共々…。」
首を叩くマネをする男。
やっべえ。親父何やったの?
「そうか…。怨まれているのか?ハイデッカー?」
俺、行かないほうが良いか?灰色で押し通すか?
「いや、どうだろう。今のハイデッカー御領主様は優しいお方だ。慈悲も有る。個人的に怨んでいるヤツも居るかも知れないが…。」
見てきたようなコトを言う男。
「貴族を怨んでいるヤツが居るなら…。」
ダメでしょう?
「ソレはどうだろう?何せ炭鉱の町は農奴が居ない。食い物は全て行商だが穀物の殆どはハイデッカー領だ。しかも御領主様がムカつくヤツは全部斬って捨て。反乱の原因の待遇改善を代官代理とギルドに迫った。表立って恨みを言うヤツは居ない。俺もソレで生きて山から抜け出せた。」
「10年前の話だろう?」
「そうだな…。もうそんなに経っている。覚えているヤツも居ないだろう。反乱はハイデッカーの兵で鎮圧。王都では反乱自体が無かった事だ。代官は王宮でそのまま、反乱の首謀者は皆殺しだ。俺達は生きて年季が終わり王都に帰れた。」
「良し解かった。商売は難しいというコトだな。」
「ああ、そんなに換わって居るとは思わない。お前に良い話だ。炭鉱の町では意外だが甘い物には皆甘い。」
「何だそりゃ?」
下らない駄洒落を言う男。
「そういう意味だ。疲れには酒だが、一番は飴だ。飴は手間が掛かる上に麦を使う。」
飴はこの世界では麦芽を磨り潰して煮詰めて作る。
年に一度しか生産しない。
食料としての麦が要るので各村でもあまり作らない。
豊作の年はお祭りで沢山作る場合が有るらしいが。
「手に入らないな…。」
「その通りだ。その為、町の門でも素通りだ。干し果物もな。甘い物なら何でもだ。まあ、一掴みは役人に請求されるかもしれないが…。税金より安い。密造酒より御目溢しがある。」
酒は教会から許可証を買った酒造屋が作っている。
密造酒はご法度だ、辺境の村では自家製でも売るのは禁止だ。
意外な話だ。飴か…。
飴ちゃんババアが炭鉱には欠乏しているらしい。
しかし、飴では小遣い稼ぎにしかならない。
「そうか…。悪かったな。大体の話は解かった。商売のネタは転がっていない様だ…。」
「ハハハハ、ふう。久し振りに笑った。お前、俺に何かしたのか?」
「簡単な治癒だ。完全には治らない。肺腑の痰を吐き出させたダケだ。まあ話賃だな。」
「そうか…。随分と気分が良い。楽になった。」
「出来るだけ。痰を出すことだ。空気の良い所へ行け。」
「ハハハ、俺はこの町が好きなんだ。他では生きて居られない。」
「そうか…。ではこの札を使え。」
テーブルに試作の治癒の札を出し肺胞修繕パターンを書き込む。
「なんだ?ソレは?」
「お前専用の肺腑の治癒のお札だ。二三日後に使え。胸に当てて魔力を通せ一回限りだ。」
「今ではダメなのか?」
魔石(小)を一個取り出し魔力を充填する。
「痰が全部出てからだ、二三日は掛る。今使うと痰で溺れ死ぬ。この石を握って使うんだ。」
男に魔石(小)を渡す。両方を眺める男。
「なるほど…。解かった。何か…。お礼をしたほうが良いな。」
男が肩掛けカバンから紙を取り出した。
「廃坑の地図だ。俺が働いている時に廃坑になったが金を払うと入るコトが出来る。取った分は自分の物に出来る。」
「なるほど、そりゃ良い稼ぎだ。」
「俺が記憶で書いた物だが…。変わっているかもしれない。十分に注意してくれ。」
「ああ、ありがとよ。」
男に礼を言い、店を出る、狭い路地に入り直にポーンで学校へ飛ぶ。
店を出た怪しい灰色の隠者は大金を持っている。
そう思った男達は後を付けた。
だが、行き止まりの路地に入ると姿が消えた。
ネズミ一匹、逃げることは出来ない路地だ。
大男が消えたのだ。
そうなると人の記憶は曖昧だ、人であったのかすら怪しい。
噂だけが広がる。
灰色の隠者の大男は幽霊かも知れない。
何も無い手からピッチャーを取り出し。ワインを買って消して見せた。
肺腑を患っている死神に囚われた男を治癒した。
北へ向かっている、そして消える。
噂が荒くれ男達に広がる。
ただ、頬に傷があるハゲの冒険者はソレを聞いて呟いた。
「灰色、おめえ、王都に居たのか…。」




