233.不人気
オットー冒険者ギルドの前に立つ。
陰鬱な酒場を通り過ぎて階段を上がり冒険者ギルドで依頼の条件変更を行なう。
昼下がりのギルド内は閑散としている。
冒険者は仕事中であろう。
俺の護衛依頼を受けた者は未だ居ないらしい。
時期外れだからな。
街道の安全情報を確認する。
特に危険地帯は無い。
荒野の危険地帯もかなり減少している。
魔物が少なくなったのか?
ココで手に入る我がハイデッカー領から炭鉱の町までの情報は古い。
実家に顔を出して情報を得るべきか…。
猟師仲間のタッポに直接聞けば早いのだが…。
まあ良いだろう。イザとなったら直接、兵に聞けばよい。
冒険者ギルドを出て金物屋へ向かう。
暇そうなヒゲを生やした店主が火の付いたパイプを銜えている。
顔色は良い。
それ以外は変わりない。店内も、もちろん客が居ないことも含めて同じだ。
「やあ、学生さん、あの渡された銅の地金。職人さんに見せたけどバッチリだったよ。頼まれた商品は間に合いそうだ。」
なるほど、フラグの内容によって顔絵が変わるのか?
「ソレは良かった、実は少し旅行に出るんだ。一週間程だ。旅行者用の食器セットが欲しい。あと…。」
「うんうん、なんだい。相談に乗るよ。旅行者用の携帯セットは幾つか在るんだ。」
「鍋と…。コンロか?」
「うーん旅用のコンロと鍋は在るケド…。馬車に積む大きさになるよ?10人前のヤツだ。コレより大きいのも在るけど30人前だね。」
陶器の風路と銅の寸胴なべに近いモノが出てきた。
恐らく馬車の上で固定して煮炊きする為の鍋だ。
「夜営用の鍋を吊り下げる物はないのか?」
「在るケド…。6~8人前の鉄の鍋しかないよ?」
困った、人数が解からないと無駄に成る。
「一人用は無いのか?」
「うん?聞いたことがないね。」
首を傾げる店主。
あの世界では兵が一食個別の調理済み長期保存食を数個携帯してスグに食べれるというチート仕様であった。
いくらなんでも不可能だ。水だけで加熱する容器や個体燃料の原理は解かるが、長期保存を可能にする密閉容器を作る材質が無い。
ただ、参考にはなる。
あの世界の昔は個人飯盒で朝食を食べてスグ調理、携帯して昼に食べて夜にもう一度調理するという効率の良い配給システムであった。
中隊規模だと調理専用馬車が有って一度に百人分を煮炊きできる。
すばらしい機械だ。是非再現したい。
この世界では、火を起こすまでの労力が大きく固パンと干し肉をお茶で流し込む場合が多いのであろう。
粉食文化の弊害か…。
大鍋は一個は必要だ。
煮沸消毒に使える。
2個在ると汚物消毒と食器消毒で分けることが出来るであろう。
衛生的で効率的だ。
「う~ん。ではそのコンロと鍋を2つ。」
個人携帯食料を研究しなければ…。長距離行軍を成功させるコトが出来ないだろう。
「まいど、そうだ。個人用調理鍋ではないのだけど。個人用のフライパンならあるよ?旅人用だ。食器付だね。」
「おう、見せてくれ。」
出てきた銅のフライパンは角型の卵焼き器の様な形だった。
蓋付の木の柄だ。
「コレは便利なんだ。先ず蓋は皿に成る。木の取っ手が外せる。中に布巾と取っ手、食器を入れて蓋をしてヒモで縛る。」
目の前で実演する店主。
随分と得意げだ。
「なるほど…。」
「中に入れる食器は布巾で包まないとカチャカチャうるさいからね。深めのフライパンだから水も沸かすことが出来る。カップ三杯分ぐらいだね。シチューも作れるよ?一緒に小瓶にスパイスを入れて収納している人も居る。」
実際振ってみる店主。それでもコトコト音がしている。なるほど中が詰めれば音は出ないからな。
鉄のフォーク(二股)とナイフ、スプーン(木)が入っているらしい。
「おお、便利だな。」
「難点は…厚めの胴だから結構重い、値段もする。冒険者には不人気だ。彼らは乱暴だから直に曲がってしまうんだよ。一人旅の巡礼者は良く使っているね。」
「いくらだ?何個在庫が有る?」
「一セット金貨1枚で在庫は20セットだね。布巾は付いているけど梱包用で評判が悪いんだ。使うなら布屋で丈夫な物を調達してくれ。皆、収納袋を作って使っているみたいだね。」
どうせ予備だ、収納の肥やしに成っても構わない。
「5個買おう。」
「まいど、鍋とコンロ2つとフライパンセット5で。全部で…。金貨21枚だよ。」
紙に書いて計算する店主。
まあまあの金額だ。
「わかった支払おう…。」
「ソレなんだけど…。ツケにしてくれないか?」
「あ?」
まさか店からツケを申し込まれるとは思わなかった…。
「いや、あのね。銅細工職人さんから材料を全部渡したから、随分、安くしてもらったんだ。」
しどろもどろになる店主。そんな事客に言わなくても良いだろう。
返金するのがイヤなのか。
もしくは他の払いに使ってしまったのか?
黙っていれば儲けなのに…。
「う~む。」
思わず唸る。顎をさする。
「ああ、あの材料を…。余ったら返さなくても良いと言ってしまったんだよ。」
なるほど…。後ろめたいのはソコか…。
たぶん何か混ぜる場合では銅が大分あまるはずだ。
単純に目分量で、銅単体でのカップの重さ×数+端切れの量を渡したが、かなり余るのかもしれない。
しかも今の王都は材料不足だ。
急ぎの仕事でも職人さん大喜びだろう。
「あまり質が落ちるのは困るのだが…。」
「ソコは大丈夫だよ。よく言っておいた。端切れでも今は貴重なんだ。もっと無いかと言われたくらいなんだよ。ソレから質の悪い銅も手に入らなくて。」
「う~む、銅のインゴットは今のところ直には使う予定は無いが…来年までには欲しい。年が開けても良いが…。早々には必要だ。」
「うん。ソレまでには入荷しておくよ。」
「金貨11枚は払う、残り10枚をツケ払いにしてくれ、精算明細書はしっかり頼む。又何か買いに来るから安心しろ。」
「す、すまないね。では金貨10枚をツケにしておくよ…。最後に精算だ。」
金貨11枚を出す。商品を収納した。
安堵の店主。パイプを銜える。
「では、又来る。」
「ああ、いつでもきてくれ。」
店を出て路地に回る。
不人気の赤い銅のフライパンを買った。
何故赤は不人気なのだろうか?




