◆ある調査員のお話
俺の名前はケビン。
今日はエールー草原に来ている。
その目的はある邪類の調査だ。
ネクロマンサーモンキー。
位階は中位種の最下位である四位だが、その危険性は上位種に迫る。
奴らは名前の通り死霊術を使う。
ただこれを使える者は他にもいる。
特に単純な労働力が必要な農家の人間などが取得していることが多い。
だがネクロマンサーモンキーは死霊隷属を使うのだ。
通常の死霊術は死霊と交渉し働いてもらう契約をする。
例えば、遺族に金を払う代わりに一年間の労働を約束したり、立派な墓を造るなどだ。
だが奴らが使う死霊隷属は死霊の意思を封じ込め、従順な奴隷にする。
これだけ聞くと便利な方法だが、ぶっちゃけあんまり使えない。
意思を封じ込めてしまうため思考力はない。
複雑な命令も出来ない。下せる命令では応用が効かず、労働力としては期待できないのだ。
だが、殺しという目的には絶大な力を発揮できる。
ただ敵を食べろと命令すればいいだけなのだから。
奴らが危険なのは死霊隷属使うからだけではない。
最大の問題はその嗜好だ。
奴らは誰かが苦しむ姿を見るのを好む。
恋人や親友の片方だけを殺し、その死体にもう片方を殺させる。
これを一つの村単位、下手したら町単位で行うのだ。
故に見つけたら、即座に殺さなければならない。
この草原は広大だが、奴らが好みそうな場所、木々が多い場所は限られている。
すでに五ヶ所回り終えており、もうすぐ六ヶ所目に着く。
騒々しいな。どうやら何者かが戦闘をしているようだ。
目的地の方からその音は聞こえてる。
あまり近づきすぎると危ない、ここはスキルを使おう。
暗くなったら自動的に発動する夜目に加え、遠目を発動する。
俺が調査員に選ばれたのはこの二つに加え、逃げ足などのスキルをもっているからだ。
見つけた。ネクロマンサーモンキーだ。
ざっと数えたがかなり多い。
これは大規模な討伐隊が組まれるレベルだぞ。
見たところ何かと戦っているらしい。
戦闘音の発生源はここだったようだ。
誰が戦っているんだ?
夜目と遠見のスキルを使ってもこの距離ではよく見えず、輪郭程度しかわからない。
だが、近づく気は起きなかった。
あくまで俺の仕事はネクロマンサーモンキーの調査だ。
戦うのは仕事の範囲にない。
こちらに気付いたアンデッドを数体倒したが、それ以上はするつもりはない。
それにしても凄い数だ。
サルだけでも100体を超えており、奴らが従えているアンデッドを含めれば、千はいるかもしれない。
あまりにも多すぎて数を数えるのに手間取る。
かなりの時間を計測に費やしているが、まだ戦闘は終わっていない。
ここで奴らに対抗できる者は少ないはずだ。
この草原で一番多いのは狼種一位のアホオンだが、あれに対抗できる力はない。
ここだと五位のフレイムウルフぐらいか。
火属性は光属性に次いでアンデッドに有効だ。
だが、おかしい。
もしフレイムウルフなら炎に照らされてあの付近が明るくなっているはずだ。
なんでもいいか。どうせ死ぬのだろうから関係ない。
粗方数え終わった。
そろそろ向こうもそろそろ終わるな。
どうやらあの群れには五位以上の個体がいたようで、そいつが作り出した巨大なアンデッドが出現していた。
あれが相手ならいくら強くても無駄だろう。
標的が完全に俺に移る前に撤退しよう。
撤退の準備を終えて、背を向けた瞬間、異常な悪寒がした。
この感覚は以前六位の個体に遭遇した時以来だ。
ここから離れなくては!
全力で走っていると背後で断末魔のような悲鳴が聞こえた。
振り返らずに、俺は人族の必殺技、オーバーリミットを発動させる。
これの効果は全パラメーターの増大だ。
その向上した身体能力は逃走を手助けしてくれた。
オーバーリミットの効果が切れると、地面に倒れこんだ。
ここまで離れればもう安心だろう。
あれはいったい何だったんだ?
確認のために振り返るとそこには何もなかった。
「なんだよ。これは……」
何度も目を擦るが、目の前の光景に変化はない。
あれだけいたネクロマンサーモンキーとアンデッドたちが木々や地面ごと消滅していたのだ。
せっかく数えたのに無駄になったな。
思わず現実逃避しまう。
ボーっとしてる場合じゃない、すぐに町に戻り、これを報告しなくては。
無事に町に戻り、調査結果を報告。
報告を受けて草原はしばらく立ち入り禁止になった。
あれが魔類なんか邪類なのか聖類なのか分からないからだ。
暗くてよく見えなかったので、図鑑じゃ特定できなかった。
こういう時に使われるのは記憶抜出が出来るスキルだが、あれは中位スキル。
使い手は多くない。
記憶抜出が出来るスキル持ちを首都から呼び寄せて、種類を特定しなければならない。
邪類は最悪だ。願わくば、聖類か魔類であってほしい。
結局、討伐隊は組まれることはなかった。
あれはエピオル種という魔類だったらしく、手を出さなければ問題はないそうだ。
ただ草原の閉鎖は解くのはもう少し掛かる。
御上はやることはいつも遅くて困ると同業者が酒場で愚痴っていた。
正確には元同業者か。
あの時、俺も何体かアンデッドを倒したことが共闘とみなされたようで経験値が入った。
たぶん全体1%未満だったと思うけど、あの数だ。
その量は莫大でレベルが2も上がった。
これで俺は四位まで上がることが出来る。
四位は貴族になるための必須条件。
これでようやく結婚ができる。
俺の恋人は貴族の次女だ。
俺の両親は商人だった。
だが、ある時邪類に襲われて父が死んだ。
そんな俺と母を拾ってくれたのが父の親友だった彼女の親父さんだった。
親父さんはいい人で平民の俺にもわけ隔てなく接してくれ、俺たちの交際を認めてくれている。
だが、結婚となると別だ。
貴族の結婚は平民との結婚とは違う。
血筋というものが重要になってくるらしい。ただの平民では周りが許してくれないのだ。
だが、位階を上げ、四位になったら話が変わる。
下位種から中位種になった者を取り立てるのは貴族の世界ではよくあることらしい。
恋人から婚約者になった彼女が呼んでいる。
俺は今、貴族になる上で必要な知識を彼女から教わっていた。
さっさと行かなくては。