それはしょうもない身の上話で
吾輩は?である。
有名な小説家の作品の一文を引用しようと思ったけど、今自分が何なのか分からないので失敗した。
やることがないので自分の半生を思い起こしてみる。
☆
以前の俺は常にバイザーを付けていた。
結構重いし、特に夏場は汗をかくので、バイザーは蒸れる。
不快感が強いがこれは俺の生命線なので、外すことはできなかった。
このバイザーには強力な視力補助機能があり、その効果は眼鏡の比ではない。
これがなければ俺は日常生活を送ることは不可能だったのだ。
俺の目は生まれつきのものではなく、大学生の頃にこうなった。
その原因はクソ女だ。
あの女は俺の幼馴染だった。
小中高と一緒に育ち、普通に付き合いだした。
今思えば、本当に好きだったのかも怪しい。
ある時、酒に酔ったあの女はふざけて俺を階段から突き落とした。
その時に頭を強く打ち、目を覚ましたらこの状態だ。
完全に失明したわけではないが、俺の目はわずかな光しか捉えることしかできなくなっていた。
俺の将来の夢はパイロットだったのだが、このせいでその夢は完全に立たれた。
俺の目の状態を知るとあの女は一方的に別れを告げてき、しかも、破局の原因を全て俺に押し付け、共通の友人もどきに根回しをしていたのだ。
そのせいで、多くの友人もどきを失ったが、結果的に真の友人が分かったのはあの女と付き合って得られた最大の報酬だったかもしれない。
今の俺があるのは家族と彼らのおかげだ。
このバイザーも友人の一人がこの分野の教授を紹介してくれたから手に入った。
クソ女からもぎ取った莫大な慰謝料の半分以上(奴の新しい恋人である金持ちの御曹司が出したらしい)を教授に渡し、開発してもらった物だ。
バイザーのおかげで日常生活を問題なくこなせるようになり、留年はしたが、無事卒業でき、航空機メーカーに就職できた。
ちなみにこの間にクソ女からの復縁要請もあった
なんか例の金持ちの御曹司が没落したらしい。
真実の愛とか本当の気持ちに気付いたとか馬鹿なことを言ってたが、当然突っぱねた。
その会社で出会ったのがハカセだ。
ハカセは会社の開発部に所属しており、新たな航空機の開発を行っていた。
ハカセは研究以外はテキトーな人で、彼女専用の開発室も散らかっており、一週間もシャワーを浴びないことザラで、酷いときは食事も取らずに研究をしている人だ。
始めは会社命令でお世話をしていたのだが、徐々に惹かれていき、今ではゾッコン状態になった。
何度かプロポーズをしたのだが、その度に断られていた、彼女曰く「結婚などしなくても君は私の物だから意味がない」そうだ。
ちなみにハカセは俺の物ではないらしい。
そんなこんなでハカセは妊娠した。
男女なんだからしょうがない。
押し倒されたのは俺の方だし。
しかしハカセは休職はしないと断言していた。
ハカセにとって研究は生き甲斐だ。それを奪うとストレスになるので妊娠中でも研究できるように支えることにした。
彼女の頭脳を評価していた会社側も抜けられると困るので最大限のバックアップを約束してくれたので安心できた。
ハカセの研究室と俺の職場は同じ敷地内にあるからすぐに駆けつけられるし、幸い病院もすぐ近くにある。
子供の誕生を心待ちにしながら、俺は日常を謳歌していた。
で、事件は他社の新製品の公開試験で起こった。
俺は社長の通訳として参加していた、パイロットを目指していたので語学力には定評があり、こういう場に通訳として参加することがよくあったのだ。
そこで他社が開発した新たなVTOL機が事故を起こし、空中で爆発。
その破片が俺に激突し、死んだみたいだ。
☆
そんな感じで俺は死んだ。
趣味はハカセの世話だったので、貯金もあるし、俺の両親なら全額彼女に渡してくれるはずだ。
さらに事故を起こしたあのクソ会社から慰謝料も出るはずだから、子供に金銭面で苦労をかけることはないだろう。
死人に考える力はない。
じゃあ、今、思考しているのは誰かと言うと間違いなく俺だ。
なんか俺、生まれ変わったみたい。