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ジン造天使  作者: 北口
2/6

私の…

造られたもの。だが、それの方が美しいのなら…。

召喚は一日1人のみが行える。

新たに資格を手に入れた者達が続々と、自分だけの召喚獣を手に入れていく。

彼女は長い順番待ちの末、今日漸く、手にすることとなった。


「いよいよですね先輩っ!触媒は決めたんですか?」


一本の木とベンチしかないが、風通しの悪くない中庭…そこのベンチに座っていると、背後からある少女が、彼女の顔を上から覗き込むようにし、視界の大部分を覆った。


可愛らしいこの後輩の名前はアメ=ミルト。彼女が女だと言うことを知る数少ない人間だ。

出会いはほんの少し前、入学式の日に、ひょんなことから軽く会話を交わしたからというだけ。それ以来2ヶ月、なんとなく共にいた。


「ああ…。…もう、そこらへんの林檎とかにしようかな」

「だめですよっ、ちゃんと考えなきゃ」

青空の下2人で、呼び出されるのを待ちながら、あれやこれやと触媒をどれにするか考えていた。


「先輩は近接志望ですから、後方支援や回復のできる妖精とかならどうですか?あ、でも、2人で接近戦ができたらもっと…」

「そうなんだ。どんなのが来ても多分困らないから…いっそ“何も無し”を差し出す、みたいな…」


本人と似た者や、相性の良い者。もしくは相手が自分を好いていたり、繋がりを持っているものが召喚に応じてくれる。

逆に、どの召喚獣からも嫌われるような人間だと誰も来てくれない。

例えば武器を触媒にしたら戦闘が得意な者、薬や食べ物、水なら補助が得意な者…というように、多少ならタイプを選べるのだが…正直彼女には誰でも良かった。


…私は自分で戦いたい。後ろで見てるだけなんて御免だ。


だから今の人類…近接を魔物に任せ、支援にのみ徹する戦闘が主流という風潮が、彼女は嫌いだった。

召喚獣の方が進化の可能性を多く持ち、その上元より強い。それなら人が前に出る理由はない。だが…それでも。


「…次に目に入った物を触媒にしようかな」

「ええ〜、大丈夫ですかぁ?」


今日は休日、授業が無いので学校には生徒はまばらだ。

アメは辺りに何かないか探しだす。中庭にあるのは花壇と水道とベンチと石…と、大したものはない。

「はぁ…」

どうしようか…とため息をつきながら満点の空を見上げる。雲はちらほらとあるが本当に微かで、快晴と言っても問題無いだろう。


…風が頬を撫でる。そしてその流れに誘われるように、彼女は自然と右手を空に伸ばした。

その時…彼女の視界に差し込む光を遮る落下物が舞い降りた。

落下物の存在に気づくも、それの速度はずっと速い。落ちてきたソレはスポリと手の中へ。

速度の割に、痛みなどは一切感じなかった。

右手に握られたそれの正体を確認しようと…彼女は反射的に閉じていた目をソッと開けた。


…杖だった。彼女の身長と同じぐらいの、鉄とも木とも解らない、謎の材質で作られた杖。それが…天から落ちてきたのだ。


「これ、は…?」

「せ、先輩っ!い、今…そ、それ…そらからっ!」


あわあわとパニックに陥りながら彼女に駆け寄ってきたアメが彼女の手を掴み、怪我をしていないか確認しだした。


「大丈夫、怪我はしてない。…これを触媒にしろってこと、かな?」


「ええっ…!?…凄いです先輩っ!これきっと、天の御導き、ってやつですよ!」


ポカンとしたまま杖を軽く触れる彼女を他所に、アメは1人で興奮過剰気味に盛り上がっていた。


「アメ、感動しました!やっぱり先輩は他の人と違うんですよっ!」


興奮したアメを他所に、冷静である自分の心と話し合い…そしてやがて時間となり、彼女はステージへと連れて行かれた。


中庭から立ち去るその時…何となく、先程まで眺めていた一本の樹に目をやった。



…そういえば、お母さんが描いてた絵の木に似ているかも…。

……絵、最近描いてないな…。



ステージ…というのは、現在でも戦いの場として使われている、学校と隣接したコロシアムだ。

そこには消すことのできない特別巨大な魔法陣が敷かれている。

その人の今後一生を決めると言っても過言ではない重大な…言うなればロシアンルーレットのような物。

一日一回の召喚の儀式は、大人数の見世物とされながら行われている。

魔法陣の大きさや難易度的に他に召喚できる場所がないというのと、見世物として金を取れるからだろう。

其処には国の女王もいて…毎日の楽しみにしているとか。

学校や世間一般でも男として通している彼女は、内心見世物にされることにうんざりしながらも凛とした様子で、空から落ちてきた杖を持ち、魔法陣の真ん中へ立つ。


自分も一度、誰かが召喚するその時を見たことがあった。加えて学校でも習ったため、やり方は当然解る。

毎日のことなので、特に司教からの言葉やら特別な儀式は無い。


中央に杖を真っ直ぐに突き刺した。


そして、召喚者が“相手”に言葉を送れば、召喚は始まる。


「『…来て。私の……』」


たった一言、しかしそれが天に届くと、途端に魔法陣は空色に光りだした。

光の羽が何処からともなく現れ、集まり出し…一瞬の閃光の後……


彼女の眼の前に現れたのは…ボロボロのシャツ一枚の、所々打撲痕のようなものが見られる少女。

手入れされていないらしいボサボサの銀と金の長い髪をツインテールにしたその少女の瞳に、光は無い。

またその蒼い瞳には…覗き込んでも見え辛い微かな物だが、1秒毎に規則正しく動く長い棒と、1時間毎に30°ずつ動く短い棒があった。つまり…少女の瞳は小さな時計としての役割を持っていた。

そして極めつけは…背についた傷だらけの翼。白銀の翼は埃にまみれ、両翼の長さはアシンメトリー。

そして、頭上にはぼんやりと薄い…光の円が。

…明らかな虐待の跡は、彼女を凍りつかせると同時に…決意もさせた。


…この世界には呼び出すべきではない召喚獣が三種類いる。

闇の深い悪魔、竜、そして天使。


悪魔は呼び出したなら最後、国に拘束されてしまう。それを呼び出した時点で、その者の心は悪に染まっている、という決めつけのせいだ。


竜なら…良くも悪くも大騒ぎ。竜とは最強の召喚獣であり、またその知恵と力は、何物にも代えがたいと言われている。


そして天使を呼び出したら…


「射殺せよ!!!」


コロシアム、観客席のその又少し上につけられた玉座、そこからそんな、女王から発せられたとは思えない大いなる号令が響き渡った。

観客の内数人がそれに立ち上がり、殆どは戸惑っている。コロシアム周辺からは兵士達の走る音がうるさい。


「走るよ!」


杖を右手、浮かんでいる少女を左手で、導くように、彼女はコロシアムを抜け出そうと瞬時に駆け出した。


ステージ…広間からなんとかいち早く脱することには、奇跡的に成功。

そしてそこから街へつながる道へ駆けようとしたが…虎や豹、犬や狼型の召喚獣に乗った者達が行く手を阻んだ。


「ちぃっ…こっち!」


街路へ続く道を止め横道へ。

しかし当然それを阻もうと飛んでくる火の玉水の玉、一直線の雷を、彼女が予想しなかった訳はない。

杖を天使の手に押し付け、そして少女をお姫様抱っこ。

直線的なそれらの時速は並の人間の足の速さを超すが…彼女はそれらを全て無傷で躱した。


一旦校舎の中に入ってしまえば、中を壊すわけにはいかないと魔法は放たれなかった。

彼女の俊足を超える魔物は運が良いことにまだここにはいないらしい。


「ここらへんで一番封印の力が濃い場所…解る?」


右腕だけをゆっくり持ち上げ、天使が指差したのは今いる位置の左斜め上。

どうやらそこに…目的のものはあるらしい。

…逃げるべきだ。だが、戦う力も無くてはならない。


彼女は剣士だ。それも、素早さに磨きをかけた類の。逆に、決定打を与える力には欠けている。剣をぶつけ合ったなら、まず競り負ける。なら、どうするか…答えは、天使の指差す先にある。


天使を抱えながらも追っ手を振り切りやって来たのは…とある廊下の曲がった角。

設計ミスで残ったと教師に説明されたその空間は、簡単な長イスなどが2つ置かれ、昼食時にはその手前のクラスの女子生徒がたむろしていた。

そこの一番奥の壁、何の変哲も無いそこを天使が指差すと…学園の地下へ続く、厳重な封印の施された、隠し扉が姿を現した。


紫色の魔力の壁と、何重にも付けられた錠前が、それだけ中に大事な物が入っているということを示していた。


「っ…これの封印解除はできる!?」


天使は弱くゆっくりと頷くと、また指を扉に向ける。

その人差し指は光の粒子を纏い、そしてそれは一直線の光と化して扉の錠達へ。

するとその扉の錠前達は外れ、紫色の壁は無くなり、ただの木の扉へ変わった。


ゴクリと喉の鳴る音が漏れる。

…それはそうだ。…今からやろうとしていることは、さらに罪を重ねることなのだから。

それでもこの先生き残るにはこれしかないと、彼女は扉を潜る。

天使に頼み再度封印、『隠蔽』をしてもらい、階段を駆け下りた。


「ねぇ、あなた…名前は何て言うの?」


永遠に続くのではないかというほど長い階段をひたすら下りていく。

黙ったままの少女の翼、天使の輪は何故か消えていた。


「…持って無い。」


何が…?とは言わなくても解る。召喚獣にとってはさして珍しい話ではないからだ。


「…翼と輪っかは?」


「…魔力が無いと消える」


愛想の欠片も無い。彼女は…傷だらけの、哀れな天使だ。

淡々と、聞かれたことにのみ返すだけの機械じみた少女…その肌は冷たかった。


やがて無限に思われた階段地獄が終わりを告げる。

…これをまた登らなければならないと思うと、ため息が漏れた。

螺旋階段の先には、小さな円形の部屋。上を見上げると天井はずっと先で、それだけ下ったのだということを要らないのに教えてくれた。


そしてその部屋の中央にあったのは…台座に刺さった一本の、カタナと呼ばれる種類の剣。

禍々しい黒い気を帯びたその剣の持ち手の先端には途切れた鎖が付いていた。


「…あれが、魔剣“ 死入(しいる)”」


酔った父親に、この剣が学校の奥底に眠っているということを聞いていたのだ。

父親は冒険者、それも勇者の仲間だった。今も現役で国に仕えている。

そんな父の言葉を信じて来てみたが…本当だったとは。


でも…本当に、いいのかな。

改めて、自分のしようとしていることに躊躇いを覚えようとして…いいや、考えてる暇は無いと思い直した。


…お父さん。頼って…いいのかな。


かつていた魔王が持っていたとされる剣。伝承では、先に付いた鎖は無限に伸び、決して切れることはないとか…。剣自体の切れ味も抜群で、打ち合った剣はどういう定めか確実に“破壊される”らしい。


「あれの浄化と封印解除、出来る?」


天使が右手人差し指を剣に向けると、先ほどのように光が現れ、黒いモヤはその出現を止めた。

そして…カタナはその瞬間、黒と赤から黒と白へ、見た目の印象を大きく変えた。鎖は未だに健在で、切れ味もどうやら問題なさそうに見える。


そう…天使が狙われるのは、この能力の所為もある。

天使は…神からの監視の目と言われている。

その名にふさわしく、浄化、解呪や封印解除、隠蔽、魔力探知などの、一風変わった技能を多く持っている。

また、毒や傷の治療も可能な光の魔法も全種族1であり、飛行能力も持っている。…強さはさておき、間違いなく、便利系ナンバー1の種族だ。

因みに隠蔽は生物にはできない。


監視の目…それが来たということは、選定の時ということだとこの国の人間は考えている。

ならば殺そうとするのはおかしい。…そうだろう。それこそ、神による粛清が訪れることになってしまう筈だ。


だがこの国では…というか、この世界では、北の一国を除き、天使を遣わす神を、破壊の神と考えている。

歴史書にも、神が世界を破壊した、という記述が何度か見られた。…本当かどうかは定かでは無いが。

そして、その破壊神がもし来ようが…間抜けなことに勝つ気でいるらしい。

魔王すら倒した勇者が居るのだ。そう考えてもまぁ…不思議でないかもしれないが。


台座に刺さった剣の元へ。

何故封印されていたかというと…その剣を持った者の心は闇に堕とされるから。また、勇者の剣と並び強力すぎるから。

だがその闇を払ってしまえば…何者にも勝る武器となる。

天使をそっと、近くの壁に寄りかからせるように下ろす。

されるがまま、腕から離れ、糸が切れたようにぺたりと冷たい床に座った天使はぼんやりと虚空を見つめていた。


時間経過で多少魔力が減ったからか、翼も力を発揮できていないようで浮けないらしい。


「ごめんね、後であげるから」

声に何の反応も返さない彼女が少し悲しい。


それでも…こんな死に方は嫌なんだ。

躊躇っている暇は無い…ここまで来た以上、進むしか道はない…っ!


鎖の付いたその剣の持ち手を掴む。

一息…あるだけの力で、台座から剣を引き抜いた。


ゾクリ…

悪寒が走ったのは、きっと気のせい。

台座から剣を引き抜くと、刀身を軽く確認。壁から伸びる鎖で固定されていた鞘を取り、そこに『死入』をしまい、天使の元へ。


天使を振り返ると…彼女はそんな光景は目にないらしい。相変わらず、ただあるはずのない空を見上げていた。

その元へ駆け寄り、彼女の胸元へ自身の手を添える。

…発達途上のそれに触れても、少女は目をこちらへ向けはしなかった。

目を瞑り集中、そこから魔力を流し込むと、天使の羽と輪は再び姿を現した。


「それ、隠せる?」

ようやくこちらに目を合わせた少女はすると瞳を閉じ…やがて翼も輪も消え失せる。


「うん。ありがとうね」


少女の頭を軽く撫でる。手入れは全然されていないらしいが、それでも撫で心地は悪くない。

何をされたか解らないというような目、力を持たないまだ幼い子供のそれは…。


…私が、守らなきゃ。


彼女の保護欲を駆り立てるには十分だった。

これからを思うと不安で仕方がない。それでも今は…急がなければ。


…ひと段落したら、お風呂に入れて上げよう。


手を離し、再び立ち上がる。翼を隠した少女は飛べないらしい。立とうとして、力が入らないのか転んでしまった。


…足を怪我してる。治すべきなんだろうし治してあげたいけれど…魔力は少しでも節約しておきたい。

それに、歩けるようになったからとはいえ、自意識のほぼ無い彼女が走ってくれるとは限らない。

ならば、飛行してもらった方がまだ魔力効率は良い筈だ。


…魔力を節約状態にしてたら翼や輪っかを隠せるんだったら…。

「魔力生命化はできる?」

召喚獣には規格外にでかいものも当然存在する。そんなもの達は大概、自身を魔力の塊へ変えさせる力を持っている。

しかし天使は…首を振った。


「そっか」


正直予想外だったが…しかたあるまい。


収納魔法…そんな便利な物がある。数分の集中が必要になるが…異空間へ繋ぎ、そこへ物を出し入れする、というものだ。といっても入るのは、服一式と弁当…そう、タンス一個分ぐらい。


掲げた手元にホワイトホールが出現する。

剣は中へ放り込んだ。

彼女は学生服を脱ぎ捨てそれもまた放り込み…代わりに女性らしい、されど動きやすい服装へ。

…そんな服を何故男のふりをしていた彼女が持ち歩いていたのか……それは、一重にその服だけが、特別だから。


いつもチクチクするのを我慢して学生服の下に閉まっていた長い髪を出し、胸元を締め付けていたサラシを取れば、もう彼女に気づける者はいない。

長い白髪の先の方は緑になっていて、それが印象的な彼女は…正真正銘可憐な少女だ。


天使の服まで用意しているほど周到ではないが…黒のパーカーがあったため、ブカブカだがそれを、無抵抗な少女へ着せる。元々着ていた物は穴へ放り込んだ。

…下の予備で合うサイズは無かった為断念。だがパーカーのサイズがサイズな為、余程のことがない限り見えないだろう。


「ごめんね。街へ逃げられたら、いいの買ってあげる」

でもそれも似合ってるよ、とまた頭を撫でる。


天使は顔色1つ変えず…何も思っていないように見える。だが彼女には、天使は…もしかしたら服を着替えたことが無いというように、黒くブカブカなそれの慣れない感触を、心なしか気にしているように見えて、1人静かに笑みを零した。


後書き

こちらの作品は、私がメインで進めている『if√if』の登場キャラクター、『天使』の過去編という立ち位置ですが、当作品だけでも楽しんでいただけると思います。興味がありましたらそちらもよろしくお願いします。


http://ncode.syosetu.com/n4964dc/


プロローグを忘れていたので上げなおしました。

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