あたしの陰が消えるまで
恋をする理由なんてない。ただ君のそばにいたいだけ。
君専用膝枕を自称して、あたしは彼の頭を優しく撫でる。柔らかなくせっ毛はあたしの硬くて真っ直ぐな髪質とは全然違う。お互いにそんな髪質に似た性格をしているけど、それが奏功しているのかうまくやっている気がする。
遠く響くのは雨の音。冬遊びをしましょうなどと彼は誘ってあたしを家に招いたけど、家の中ですることなんていつもとおんなじで。
「……ねぇ、何度言えば信じてくれますか? 僕が――」
「黙って」
あたしは彼の台詞を遮る。そんな話は聞きたくない。
いつの間にか雨音は止んでいて、窓の外には穢れを洗い流した明け方の街並みが映る。
「いつまでも今までのように一緒にいましょう。きっとできるわ」
「だけど、続けられる保証なんてないではありませんか」
「それでも、あたしは認めない。信じたりしない」
あたしが首を振ると、彼はあたしの手を握って起き上がった。
「僕はあなたを認識できますし、触れられますけど……」
哀しげな彼を見ているのはつらい。
そして、現実は認めなくない。
彼の瞳には、あたしが映っていない。
あたしには、あるべき影が落ちていない。
「もうしばらく、忘れさせて」
あたしは笑顔を作り、彼を抱きしめる。温もりを身体に刻みつけたくて。
遠く響くのは雨音ではなく、サイレンの音。
救急車が到着する、切ない音。
あたしの意識は霞んでいく。触れた唇の感触は、きっと永遠に忘れない。
《了》