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 色も、音も、空気さえもすべてが活動を停止し、活気に満ち溢れていた動の世界は一変、静の世界へと姿を変えた。

 光さえもその例外ではなく、流れあるものは何から何までその場で停止することを余儀なくされている。

 俺は表情が固まり、口をあんぐり開けて立ち尽くしていたが、金獅子は相も変わらず無表情で座り込み、後ろ足で頭をカリカリ掻いていた。

 眼を伏せて静かに佇んでいた彼(または彼女かもしれない)は、未だ混乱から抜け出せずにいた俺に向けて、言葉を投げかける。

 「これで話し易くなったのではないか少年。よいのであれば続きを始めるとするかのう」

 確かに静かな場所がいいとは言ったけど……まさかこんな方法で、人を物理的に黙らせるなんて思っていなかった。まさに想定外過ぎて、顔を覆いたくなる状況である。しかし時が止まってはいるものの脳の回転は止まっていないらしかった俺は、なんとかたどたどしく返答した。

 「あ……あぁ、大分、話しやすくなったようだな。……えーっとどこから話したらいいもんか……」

 目をつぶって、顎に右手を持っていき、掌で口元を隠すような形を作り親指と人差し指を両頬にあてた。

 このポーズは大体、よっぽど考え込むとき以外には取らない。ならば何故今俺はこのポーズを取っているか。

 なんせこのくらいしないと、少し前の記憶なのにあまりにもインパクトが強すぎて途切れ途切れになってしまっているからだ。脳のキャパシティが許す限りちょっと前に遡ってみることにした。

 まず出会って、それからこの犬っころの自画自賛話を聞いて……。

 「あぁすまん、もう少しかかるのであれば時間を貰ってよいか?やはりこの格好はどうも慣れんようで……あっちの姿の方が何かと都合もいいようじゃし」

 と、不意にかけられた声に、深いところにあった意識が再び現実に引き戻された。

 集中していたせいで、最初の言葉は聞き取ることができなかったが、ちょっと待っていろ的なことを呟いていたような気がする。時間の概念が失われたこの現状で、ちょっともクソもあるのか、と言う思考が脳裏を過ったが気にも止めない。なにより今喋ったら考えていたことがスッ飛んでしまう自信があったので、おもいつくままに「了解」とだけ答えた。

 そして探偵ポーズに直り、また深く意識を潜らせようとしていたその矢先、驚くべき光景を目の端に捉えた。

 獅子の体躯が、淡い青白い光に包まれていく。身体を覆っていた金と灰色の体毛は風に流れていき、やがて白い光条へと還元し高く空へ昇って溶ける。空を仰いでいた獅子の顔からは、本能のまま闊歩する自然の王のような険しさが無くなり、幼い雌犬を思わせる輪郭の柔らかい少女の顔に変わっていた。

 首筋から脚元までの柔和で優美なラインを持つ乳白色の肌。金の鬣の代わりに、背中全体を艶やかな漆黒の長髪が少女の可憐さを引き出している。

 四本の手足を地面に付けたまま、両腕を前に出し身体全体を後ろに引いて大きく伸びを始める。

 「ん――――――んっ……あぁ!!自由とはなんと素晴らしき事なのじゃろう!!」

 凛とした響きを持ちながら、同時に無邪気さを孕んだ少女の声。語調はあの古めかしい獅子の言い回しと同じだ。

 まずあの獅子がこんなにも可憐な少女だったことに驚いたが、それよりも……

 「あ、あ、あぁ……!!」

 「ん?どうした?なにをガクブル震えておるのじゃ」

 「な、なんでお前は、すっぽんぽんなんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 小首を傾げ、頭上にハテナマーク浮かべる彼女の胸部、たわわに育った乳房が動きに合わせてぷるんと揺れる。

 トマトもかくや顔面を真っ赤に染め、俺は必死に鼻を抑えて固まっていた。




 「すまんすまん、いつものくせで変身時につい全裸になっておったわ。――ところで少年……大丈夫なのか?」

 俺が倒れている間に、どこから持ってきたのか灰色のパーカーと白いプリーツスカートを着ていた少女が、腕を組んで問いかけてきた。

 大丈夫なわけねぇだろ……!!と声を大にして言いたいところだったが、頭がガンガンするうえに全身に力が入らずまともに立てもしないこの状況で、反撃するほどの気力も残っていない俺は仕方なく。

 「あぁなんとかな……」

 「いやぁ、まさかあれほど初な反応をするとは思わなかったのう。さすがに高校生ともなれば、女子おなごの体には慣れた頃じゃろうと思うていたのじゃが、お主は違うようじゃの」

 いけしゃしゃと言ってのける金獅子に、本気で殴りかかろうとも考えたが、図星な部分もあったのであえてスルーすることにした。

 ポケットから取り出したティッシュで、よりよりを作り鼻にぶち込む。はぁ…っと息を吐きだし金獅子に向き直りトーンをひとつ下げて言う。

 「俺は絶対的に経験値が不足してんだよ。女と楽しげに遊べるような身分じゃあないしな」

 「ほう……それは《八重》の人間だから、と言う意味にとって良いのか?」

 八重。そのフレーズを再び聞いて、心臓がドクンと一際強く拍動した。手がほんのり湿り気を帯びる。

 「さしずめ、右の手の布袋は《烈震》であろう?人の目は欺けても――神までは欺けんぞ」

 ニッと口角を吊り上げて不遜に笑う金獅子。

 薄々ただならぬ気配は感じていたが、やはりこの者は――この獅子は只の超常現象などではなかったようだ。

 世の理から外れた存在。別の次元から人々を見守り、時の流れを監視する絶対的支配者――すなわち神と呼ばれるバケモノ。

 「儂がお前を呼び止めた理由の一つが、それを確認したかったということじゃ。儂の姿が視れたことも、これで大体話がつくしの」

 「すまない、神様……少しだけ訂正していいか?」

 ん?と小首を傾げた超越存在に、俺は痺れた全身に鞭を打ち立ち上がり言葉を続ける。

 「確かに俺は《八重》の血筋は汲んでるし、こいつが《烈震》であることに否定はしない。けど……」

 書店で出会ったあの紳士に言い当てられたときのような、心のしこりはない。それはきっと少女が人間ではない、ということに納得しているから故。だから知られて当然だと割り切ることが出来たからだ。

 それでも目を背けられない物を感じ、俺は口を挟まずにはいられなかった。

 「元、八重涼太ではあっても、今は夜ト涼太なんだ。八重家あいつらの家系図から俺の名前は消えてるだろうし、俺もそれで納得してる。」

 鼻に詰め物があるからどれだけ飾ろうがカッコはつかないけれど、それでも俺は真剣に語る。

 「なるほど、な……。儂の観察眼も少し衰えたようじゃ」

 「話は……それだけか?」

 「いやもうちょっとだけよいか?」

 おもむろに両手を持ち上げその手で豊満な胸を揉みしだき始めた。

 「この邪魔な脂肪の塊をどうにかしたいのじゃが……なにか良い物はないかのう?」

 「ぶはぁ――――――――!!」

 ついさっき止血したばかりの鼻から、再び大量の血が迸り空中に一輪の華を咲かせた。この獅子は何を考えているのだろうか。経験が少ないと知っておりながら真顔でそんなことをするとか、普通に俺を殺しにかかってきている。

 右手で抑えているにもかかわらず、指の間から鮮血が滴り落ちる。もう体内に血は残っていないぞ……。

 息も絶えだえ、なんとか力を振り絞り、

 「し、下着なら、目の前の店に……」

 と告げたその直後。

 「ほう… 儂の固有結界の中で動けるものがいるのか」

 返ってきた言葉は平常時の俺でも理解しえなかったであろうものだった。

 不愉快そうに呻く彼女の横顔はしかし、愉快そうに薄黒い笑みに包まれていた。

 「――買い物はこ奴らの正体を暴いてからにするかのう」


 「お初にお目にかかります、《舞神》よ。そして――また出会ったね」


 黒いスーツの青年の顔を見た瞬間、全身をハンマーで殴ったような衝撃が走った。

 「八重、涼太くん」


 To be continued

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