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 現在は日曜日、時刻は時計の短針と長針が丁度零を指したあたり。

 俺が生まれ育った街、澪奉れいほう市はいつものような賑わいを見せ、道を行き交う人々の姿は日が高くなるに連れて段々と数を増していた。

 その要因の一つとして部活帰りの学生が訪れ始める時間帯だということが挙げられる。俺自身もその例に漏れず、帰路に着く前に少し書店に寄って帰ろうと思ったのである。通っている学校がここ澪奉市にあるので、どこかの都市に遠出するよりは、近くて良い品も揃っている近場に来た方がコスパが良い。

 というわけで市街地の方に来てみたのだがいやはや……。

 イベントが行われているわけでもないのにやけに雑踏している。

 まあそれも当然のことか。

 なんせここは、様々な研究機関や軍事機関がこぞって集まる、近代テクノロジーにも恵まれた最先端都市である。

 発表の有無に関わず、最新技術がぼんぼん登場するような産業でありふれたこの街に、人が寄ってこない訳が無い。

 とある理由により、この街は二年前社会から隔離された街になってしまったのが事の発端。現在の科学では解明できない超常現象が、連日引っ切り無しに観測されるこの街は、あっという間に研究機関の格好の餌場となった。

 どうにかして超常現象の謎を解明したい研究機関のお偉いさん達は、市と国のトップ達と話し合い『最先端技術を提供する変わりに、都市を閉鎖して丸ごと研究させてくれ』といってきたらしい。

 俺としては、最新科学の恩恵に預かれるのだから大いに賛成だったのだが、当時は賛否両論だったと聞いたことがある。抗議デモまで起こした市民達だったが、結局政府の圧力により鎮圧、閉鎖は実行に移され今に至るというわけだ。軍事転用を目的とした企業が集まるのもだいたい同じ理由だろう。

 超常現象がどんなものなのか粗方検討がついたというニュースを見た気がするがその話の真相は、また別の機会にでも語るとしよう。

 というわけで閑話休題。

 目的地である書店に到着した。学校からの所要時間は約10分ほど。

 入口付近で作業していた若い女性店員が、客の入店に気づいたらしく「いらっしゃいませ」と声だけで挨拶してきた。心の中で「律儀にありがとよ」と思ったが、口には出さずスルーして意識を前に向ける。

 興味を惹かれる本の数々がレジカウンター前の棚に設置されていたが目も呉れず、必要な本を見つけるべく、それっぽい棚に歩み寄っていく。

 無秩序に羅列されたタイトルの文字列に目を走らせている最中、そういえばと思い出したことがあった。

 通学路には必需品を取り揃える店舗が軒を連ねている。外装がお洒落なカフェやら、ファミレスやら雑貨店やらが結構連続して建ち並んでいるのでなんとも便利だ。小腹が空けば飯は食えるし、手持ちがない時でもウインドウショッピングはそれなりにできてしまう。我ながら好条件の揃ったいい街に住んでいると思う。

 と大した意味もない思考を巡らせていると、目の前に目的の書籍を発見し、手に取って中身をパラパラとめくって見る。

 探していた物と一致していることを確認し終え、その本を持ってレジへと向かった。今日はこの後の予定もないし、もう少し店内を散策していこうかとも思ったが、特にこれといって目ぼしいタイトルも思いつかなかったのでそのまま精算することにした。それに出来れば、あれを置いたまま長時間ここに留まることはしたくはない。

 書店に入る前に、店の壁に寄り掛けたあれを誰かに持っていかれることを恐れて。

 この街の外から来た人から見れば自分の持ち物を外に放置しておくなど、無用心極まりないことなのかもしれないが、ここではほぼ当たり間(と思うのは俺だけかもしれない)になっていることである。

 高度なIT化が進んだこの街では、自分の持ち物にそれぞれ固有IDが振られ所有者以外の接触が出来ないようになっているので、置き引きなどの心配が無くなったためだ。手持ちの情報端末でのみそのIDの認証が行われ、正しく行われなかった場合は自動的に周辺地区を管轄する警察にデータが送信、実力を以て排除されるというわけだ。

 だから俺の考えは杞憂なのかもしれないが、それでも現代科学は信用に値しない。

 自分のものは自分で管理する。守るべきものは守らなければならない。これは経験則から学んだ唯一の教訓なのだ。同じ過ちは繰り返さないための、心に誓った言葉である。


 とまあレジに並んでいる最中に格好つけ終えたところで、俺の番がやってきた。店員さんが流れるような動作で、レジに本のバーコードを読み取らせ目の前に料金が表示される。

 余談だが、俺は小銭やお札といったリアルマネーの類は基本的に持ち歩くことをしない主義の人間である。

 何より財布を持ち歩くことを嫌っているからなのだけど、買い物をする度に紙幣を取り出すのが面倒というのが一番の理由。

 その点、電子マネーはワンタッチでキャッシュ出来るし、定期や身分証明書などといったカードをひとまとめにして持ち歩くことが出来るので、この街では主流となっている。

 体に染みついた動作で、ズボンのポケットからカードケースを取り出す――ことができなかった。

 ない。ない、ない!!カードケースが、確かに朝入れておいたはずのカードケースがないいいいい!!

 表情は穏やかさを装いポーカーフェイスのままだが、否応なく頬を嫌な汗がダラダラと流れ始めた。焦りを覚え、全力で逆のポケット、後ろポケットなどを探るが、それらしき感触はまったくない。表情に少し現れてしまったのだろう、不審に思ったレジの店員さんが、

 「どうかなされましたか?」

 と訝しげな顔で聞き込んでくる。

 まずい。不味すぎる。このままでは醜態を晒してしまうことになりかねない。どうにかして、どうにかしなくては!!

 あくまで穏やかさは崩さずに笑顔を浮かべながら、

 「ああ、いえ。お気になさらず!それにしても今日は暑いですね!」

 不自然な話題転換でその場を乗り切ろうとする。まあダメ元で、思い付いた言葉をそのまま口にしただけである。効果など期待していなかったが、店員さんはわずかに苦笑しながら、

 「そ、そうですね、私達は店内にいたので外の気温はわからなかったのですが、今日は皆さんよくそう言われますね」

 などと少し話を広げてくれた。俺は「あはは!」とわざと大袈裟に笑い飛ばして冷や汗を拭う動作をしながら、背負っていたバックを前に持ってきて中をあさり始める。

 やばいやばいやばい!やっぱり見当たらねぇ!ここまで探してないってことは、どっかに落としたってことなのか…?

 もう素直に、お金がありませんってこの店員さんに伝えるべきなのか。それともこのままいたちごっこみたいな会話を続けて、ワンチャン待つべきなのか――

 その時だった。

 「君、もしかして、カードケース落とした?」

 背後から紳士のような声音が聞こえてきた。いきなりの事だったので身体がびくっと震えてしまったが、怯まず声のした方に顔を向ける。

 そこに立っていたのは、まさしくその声にマッチした紳士のような佇まいの、息を切らせた男性だった。


 ――これが俺と彼の、初めての邂逅だったのかもしれない。

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