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 揺らぐ湖畔の水面に金色の光が映える。

 あやふやで朧げな、だけど確かに存在する輪郭――満月。

 空にぽつりと浮かび、優しく大地を照らすその朧月は、万物を見守る監視者のように圧倒的で偉大なる存在感を放っていた。

 しかしそんな月ですらこの空間では、ただの作り物にしか過ぎない。形作られた、形式的な意味しか持たないただの芸術。美しさはあれど、奇跡の連続の上になりたった本物からは程遠い、新鮮さに欠けた――神聖さに欠けた偽物の景色でしかない。

 ならば一体、真の監視者――万物の創造主たる存在は何なのか。どれほど尊く、儚いものなのだろうか。


 その時草原の木々が一斉に揺れ始めた。ざわめきは、漣のように途端に広がりだして、いつしか森全体を歓喜に沸いたように連鎖していく。まるで何者かの登場を待ちわびていたかのように。

 ひとしきりざわめいた後、潮が引いたのか、どよめきは次第に薄れていった。

 空気が張り詰め、夜の帳に落ちた森は静寂に包まれ――一匹の獅子が姿を現した。

 その獅子は悠然たる佇まいで緑の絨毯の上を、ゆっくりと歩み始める。芽吹いたばかりの新緑を、慌てて駆け出した栗鼠の子を、さも当然のように蹂躙し我が道を突き進んでゆく。

 その堂々たる姿は、獅子の行く末を侵すことは決して許さないという、絶対の規律を示しているかのようだった。

 四肢を纏うは毛並みの揃った薄い茶の体毛で腕、脚、背中には金のメッシュが三本づつ流れている。

 微風に揺れる鬣は、空の監視者が降らせる月光を受けて燐光し、まるで純金をあしらったような高貴さを漂わせている。

 大地を踏みにじり歩を進める獅子の放つ濃密な威圧感の為か、目の前には自ずと道が拓けていく。蟻も大蛇も、猛禽さえも、その存在の行く先を邪魔しようとするものはいなかった。

 まあそれも当然の事だ。如何せんこの森の創造主たる、金獅子に抗えるはずはないのだから。


 「不変的でなんと代り映えしない風景じゃろうか…」

 低く掠れた人の声で呻いたのは、誰でもない金獅子である。

 平原の適当な場所に巨大な岩石を創り出し、その上に全身を横たえ寛ぎながら、鬱屈そうな表情を浮かべている。

 「微塵も可笑しなことは起こらんし、この風景すらも今となっては憂鬱になるだけじゃしのう……」

 面白くなさそうにそう呟くとぐるる……と喉を鳴らして起き上がり、前脚を前に出して大きく伸びをした。すると全身を覆っていた体毛が尻尾の方から徐々に消え始める。

 想像上の動物には勿論、毛の生え変わりなどはない。

 体温を自由に調節したりすることが出来るのは勿論なのだが、そもそも寒さを感じたり、自然の摂理に従わなくても良いから、という事などではない。

 自ら創り出した世界に、自分が生きていくなかで必要のない要素(たとえば四季、天災といった自然現象)を組み込んでいないからである。

 ではなぜ突如体毛が抜け始めたのか。

 その答えはいつまでも仮の姿で居ることに意味を見いだせなかったからというのが正しいであろう。

 大きく伸びをした獅子の姿は一変、元の身体から一回り二回りも小柄な華奢な少女に変幻した。

 産まれたままの、言い換えればありのままの姿でしなやかに伸びをする、乳白色肌の少女が、岩石の上にいたのである。


 「やはり儂は此の格好のほうが動き易うてよいわ」

 艶やかな黒髪を頭の後ろで結い上げて蔓で一つに縛り、胡座をかき直す。豊満すぎるほど実ったたわわな胸が獅子――彼女が動く度に揺れ苦痛の表情に曇る。

 「この乳、どうにかならんものかのぅ……。肩は凝るわ、動けば痛みに襲われるわ……邪魔なだけではないか。せめてこれを支える物があれば少しは変わるのじゃが…」

 不満をあらかたぶちまけながら、せっかく結い上げた髪をくしゃくしゃと掻き乱す。

 ネコ科の動物(見かけ上は)だからなのか、「にゃあー」と呻きながら大きく大の字になりつつ仰向けに倒れた。

 獅子は金の瞳を閉じ、長年溜め込んできた負の感情、不満怒りなどを内包し一気に吐き出す。そして一言。

 「あ、そうじゃ。久方振りに人間界に降りてみるとするかのう。暇つぶしにはなるじゃろう」


 金獅子は久しぶりに沸き上がる抑揚感を感じつつ、明けない空を見上げたままふっ、と深い眠りに落ちていった…。


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