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7/15

7日目 日曜日

「なにが今日中には返してあげるよ……だ」


 いつの間にか降り出した雨の中。コンビニで買った傘をさしながら、オレはげんなりとした気分で家路についていた。

 結局、閉店間際まで編集長に付き合わされてしまった。毎度のこととはいえ、たまったもんじゃない。

 ていうか、よくあれだけいろいろと妄想話が出てくるよな。変にリアリティがある内容も多いし、実際にあったことじゃないかと思えてくる。

 あの歳で中二病をこじらすと、いろいろと設定にこだわるようになるんだろうか。

 とにかく、日付も変わってしまったし、早く家に帰ろう。

 雲行きからして、雨も激しくなりそうだし。



「ただいま」


 家に入ると、中は真っ暗だった。

 あれ? みんなもう寝たのかな?

 さすがにこんな時間まで待ってはもらえないか。



 ダイニングまで静かに移動し、電気をつけると――

 足下に人の気配を感じた。


「だ、誰だ!」


 よく見るとその相手が、床でうずくまっている茉莉花であることがわかった。


「茉莉花?」

「に、兄さま」


 のろのろとした動作で、茉莉花が立ち上がってくる。


「どうしたんだよ? 電気もつけずに」

「あれ? わたし、どれだけの時間こうしていたんでしょう」

「えっ?」


 顔を見ると、目のあたりが赤くなっているのがわかった。


「もしかして、泣いていたのか?」

「い、いえ、その」

「ごめん。変なことを聞いて」

「…………」


 ひょっとして、結梨花となにかあったのだろうか?


「そういえば、結梨花は?」

「姉さまなら……ええと、多分お風呂に入っておられると思います」

「風呂?」

「はい。先ほど浴室に向かっ……えっ、あれっ!?」

「どうした?」

「今、何時ですか?」

「ええと、0時をまわったところだと思うけど」

「姉さまがお風呂に行かれたのは、ずいぶん前のはずなんです。それなのに――それなのに、まだ上がってきていないなんて!」

「それだけ長く入っているってことか?」

「いえ、違います。あのとき、姉さまはわたしに……」

「おまえが死ぬことなんてない……後始末は、自分がするから。わたしには、儚き未来を見せたりはしない……と、言っておられました」

「それって、どういう意味なんだ?」

「まさか……まさかっ!?」


 突然、茉莉花が浴室に向かって走り出した。


「お、おい!」


 つられてオレも、あとを追って走り出す。


「姉さま……姉さま……」


 走っている間、茉莉花は呪文のように同じ言葉を繰り返していた。

 なんだ? なにをそんなにあわてているんだ? よくわからないけど、ただごとでないのはわかる。

 まさか、結梨花の身になにか起こったのか?



 不安を感じつつも脱衣所までたどり着いた。


「姉さま、入ります!」


 先を行く茉莉花が、浴室のドアを押し開ける。

 すると中に――

 真っ赤に染まった浴槽に、片腕を入れたまま座り込んでいる……結梨花の姿があった。


「ゆ、ゆり……か?」

「いやあああっ、姉さま、姉さまぁっ!!」


 悲鳴を上げながら、茉莉花がその場に座り込んだ。


「あ、あああ……」


 いったい、どれぐらいの間そうしていたんだろう?

 お湯の色は赤く変色し、結梨花の体からは完全に生気が失われていた。

 浴槽に入れてないもう片方の手のそばには、うっすらと血のりの付いた包丁が落ちている。

 それを使ってなにをやったかは、考えるまでもない。

 なっ――なんだ、これは!?

 どうして結梨花が、こんなことをしているんだ。


「う、うう……」


 オレは浴室に入り、結梨花のそばに近づこうとした。

 しかし、中に充満していた異様な刺激臭……血のにおいをかいで、心を激しくゆさぶられてしまう。

 ま、また……オレは大切な人を失ってしまったのか?

 わけがわからないまま、奪われてしまったのか?

 心が絶望に飲み込まれ、すべてを投げ出したい衝動にかられる。


「うっ!?」


 不意に、視界に模様のようなものが映りこんできた。

 そしてそれが、すこしだけ大きくなっていく。

 おかしなものが見えたので、オレは両手で自分の目を覆いながら、浴室内でひざをついた。


「う、ああ……」

「に、兄さま、どうなさったのですか?」


 すぐ後ろから、心配そうな茉莉花の声が聞こえてくる。

 だけど、今のオレには……そんなものどうでもよかった。

 ゆっくりと、覆っていた手を下ろして……目の前に広がる、残酷な現実を見つめなおす。


「結梨花……」


 その光景を前にして、オレはただ放心するしかなかった。

 がっくりと肩を落としながら両手を床につくと、手先になにかが当たった。

 視線を向けると、それが結梨花の手元にあった包丁だとわかった。


「…………」


 音を立てないように、静かに手を伸ばして包丁を握り締めると……オレは今、自分がやるべきことを決意した。


「人を呼んでくるから、茉莉花はここにいてくれ」

「は、はい」



 茉莉花を浴室に残したまま、脱衣所に移動する。

 そしてオレは、結梨花の血のついた包丁を、迷うことなく自らの首筋にあてがった。


「兄さま! なにをするつもりですか!!」


 次の瞬間、茉莉花が浴室から飛び出してきた。

 どうやら、自害しようとしたことに気づかれたみたいだ。

 そのままオレの両手にくらいついて、包丁を奪い取ろうとする。


「放せ、茉莉花! オレは結梨花のあとを追う!!」

「ダメです! そんなことをしたら、姉さまのやったことが全部無駄になってしまいます!!」

「どんな理由があろうと、結梨花がいなくなった世界に価値なんかない!」

「やめてください、兄さま!」


 ヒステリックな声を上げながら、オレを止めようとする茉莉花。

 そのまま2人で、押し問答を繰り返してしまう。


「くっ……」


 お互い一歩も引かずに、もみあっていると――


「え……うわっ!?」

「きゃっ!?」


 なにかに足を取られたみたいで、バランスを崩して背後に倒れてしまった。

 両腕をつかまれていたせいで受け身を取ることもできず、茉莉花を抱えたまま床に叩きつけられる。

 頭と背中に激しい衝撃を受けて、視界が閉ざされてしまう。


「ぐはっ!」

「うう……兄さま? 兄さま!?」


 遠くの方から、茉莉花の声が聞こえてくる。

 手にしていた包丁も、どうなったのかわからない。

 そのままオレは……自分の意識が失われていくのを感じた。

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