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4日目 木曜日

「……うぅ」


 目を覚ますと、眼前に結梨花の顔があった。

 そばにいてくれて、心の底から安心する。


「おはよう、結梨花」

「お、おはよう」

 あのあと、寄り添うようにして家まで帰ってきてから、オレの部屋で一緒に寝た。

 と言っても、結梨花がベッドを使って、オレは床で寝たけど。

 いくら恋人同士とはいえキスもまだなんだし、そういうのはちゃんと手順をふまないと。


「先に目が覚めていたのか?」

「ああ、朝食を作っていた」

「そっか、ありがとう」

「な、なあ」

「ん? なんだ?」

「わ、私はおまえの……彼女だよな」

「あたりまえだろ、なにを言ってるんだ」

「いやその、なんだか実感がわかなくてな。まだ、夢の中にいるんじゃないかっていう気持ちがしてくるんだ。正直、恋人同士なれる可能性は、ほとんどないと思っていたから」


 結梨花が頬を赤らめ、もじもじしている。

 驚いたな。まさか結梨花が、こんなにかわいらしい表情をするなんて。

 やっぱり恋は、人を変えるものなんだろうか。


「こういう関係になったからには、やはり朝のご奉仕ってやつを、やっておかないといけないのだろうか?」

「いやいやいや。彼女になったからって、あせってなにかをする必要はないよ」


 ってか、なんだよ朝のご奉仕って。

 どう考えても危険な香りしかしてこないし。


「オレたちのペースで、付き合っていけばいいんだから」

「そ、そうか」


 時間はいくらでもあるんだ。

 これからゆっくりと、結梨花との関係を深めていこう。


「お腹もすいていることだし、朝食をいただこうかな。昨日一日なにも食べていないせいか、すごい空腹感がしてくるし」

「わかった。先にダイニングに行っているからな」


 結梨花が部屋を出ていく。

 それにしても、まさか結梨花がオレの彼女になってしまうとは。

 昨日までは、義理とはいえ妹だったってのに……世の中、なにがどうなるかわからないものだな。

 ま、家族でいようっていう3人で立てた約束は、2人になった時点で無効になるし、深く考えることもないか。



 着替えて顔を洗ったあと、ダイニングルームにやってきた。

 昨日と同じように、結梨花が朝食を運んで来てくれる。

 今までは茉莉花の役目だったけど、これからはこの光景が日常になっていくだろう。


「……ん? どうした? じろじろ見て」

「いや、なんでもないよ」

「変なやつだな」


 これからオレたちは、2人で暮らしていくんだ。

 そのことを、今さらながら実感する。



 朝食を終えて、結梨花と一緒にリビングでくつろいだ。

 今日は、テレビを付けないままでいる。

 おそらく、あの事件のニュースをどこかのチャンネルでやっているから……茉莉花のことは、まだ自分の中で整理できていないので、今は見ないようにしている。


「さて、これからどうしたものかな。まだあの国は混乱しているだろうし」

「細かい処理については、木之本先生が全部やってくれるそうだ。ただ、すぐにというわけにはいかないらしい」

「そうか。結局、オレたちには待つことしかできないわけか」

「ああ」

「一日中、家にいるだけってのもどうなんだろう」

「私はこのあと、出かけるつもりでいるがな」

「出かける? どこへ?」

「買い物に行きたいんだ。今、この家には食材がほとんどないから」

「あ、そうか」


 旅行前に日持ちしないものはあらかた片付けていたし、冷蔵庫の中はほとんど空だった。


「なら、オレも一緒に行くよ」

「い、いいのか?」

「ああ、今までも茉莉花の買い物に荷物持ちとして付き合っていたし」

「……それが私には、すごくうらやましいことだったんだがな」

「えっ?」

「なんでもない」

「言ってくれたら買い物ぐらい、いつでも付き合うぞ」

「そうだな。じゃあ、これからはお願いしよう」

「任せてくれ」



 出かける準備を終えて、家を出ることにした。


「それじゃあ、行くとするか」

「ああ」


 結梨花と一緒に玄関を出て、駅前のスーパーマーケットを目指して歩く。


「そういや、こうして2人で出かけることって、今までなかったよな」

「おまえはいつも、茉莉花と一緒だったからな」

「そうだっけ?」

「ああ、白鴎学園でも1年のときこそ全員別々のクラスだったが、2年、3年ではおまえと茉莉花は同じクラスだったろ。だから必然的に、私だけ別行動になることが多かったんだ」

「なるほど」

「私だけ違うクラスにされて、クラス編成をした教師を怨みもしたぞ」

「そ、それは仕方ないことじゃないか」

「ふん。おまえはそんなこと、気にもしていなかっただろうがな」


 たしかに以前までのオレは、結梨花のことをそれほど見ていなかったと思う。

 でも今は恋人同士になったわけだし、これからはちゃんと見るようにしないと。



 歩き続けているうちに、街中までやってきた。

 それにしても目立つな、結梨花のやつ。茉莉花にしてもそうだけど、この美貌にゴスロリ服じゃ当然か。

 普段は制服姿が多いから、それほど気にはならなかったけど、この格好のまま1人で歩いていたら、ものすごい数の男に声をかけられるんじゃないだろうか。


「なあ、ずっと気になっていたんだけど、普段はもうちょっとラフな格好をしたらどうだ?」

「できればそうしたいところだが、おまえも知っているように、こういった服しか私たちは持っていないんだ。普通なのは制服ぐらいだ」

「たしかに、母さんはそういった服しか2人に与えていなかったもんな」


 そのせいで、家の中といったプライベートな場所であっても、結梨花と茉莉花はゴスロリ服を着ている。

 白鴎学園に通うことになったのも、母さんの趣味でギリギリ許せる制服だったからっていうくらいだし。


「この服も、撮影が終わって使うこともないそうだから、ただでもらって着ているんだ」

「いや、多分それは宣伝のためにくれたんだと思うぞ」

「宣伝?」

「ああ、結梨花や茉莉花がその服を着て街中を歩けば、十分すぎるほど広告効果があるだろうし」

「そういうものなのか?」

「そういうものだよ。ところでその服、全部で何着あるんだ?」

「5着だ」

「そんなにあるのか!? たしかそれ、まだ一般販売してないやつだろ?」

「うむ。そのうち3着をもらって、1着は編集部に予備として置いてあり、残りの1着は編集長のものだそうだ」


 編集長のものって、あの人この服をなにに使うつもりなんだ?

 まさか自分で着るとか……いや、さすがにそれはないか。


「でも、ただでもらったからって、その服を着る理由にはならないだろ。普通の服がないなら、買えばいいんだし」

「着る理由なら……ある」

「なんだよ、それ?」

「その……お、おまえはこういう服が好きだから」

「えっ!?」

「だから、普段から着るようにしているんだ」

「結梨花」

「な、なんだ?」

「おまえでもそういう、かわいらしいことが言えるんだな」

「どういう意味だ! それは」

「いや、普段から意味不明なことを言わずに、そうやって普通にしていればいいのにと思って」

「これでも私は、普段からいい女になるために努力しているんだぞ!」

「そ、そうなんだ」


 まあ、それが全部、裏目に出ているわけだが。

 こいつのいい女の基準ってのも、よくわからないよな。


「別に特別なことなんかしなくても、結梨花は十分すぎるくらい、いい女だよ」

「なっ!? おまえ、なにを――」

「オレの自慢の、彼女だから」

「……っっ。ば、バカなこと言ってないで、さっさと行くぞ」


 耳まで真っ赤にした結梨花が、オレを置いて先に進んでいく。

 普段からああいうかわいらしい対応ができていれば、もうちょっと見方も変わっていたのに。

 こういうのをなんて言うんだっけ? ツンデレ?

 なんか、結梨花のことがすこしだけわかったような気がする。


「ふふ」


 笑みがこぼれそうになるのをこらえながら、結梨花のあとを追おうとした。

 すると――


「……っと」

「あ、ご、ごめんなさい」


 メイドさんとぶつかってしまった。


「いえ、こちらこそ」


 って、あれ? なんでメイドさんがこんなところを歩いているんだ?

 どこかのメイド喫茶の勧誘だろうか?

 服装も普通のメイド服と違って、フリルがいっぱい付いているし。

 こういう子がゴスロリ服を着ると、すごく似合うんじゃないだろうか。


「あの、わたしになにか?」

「あ、いや。なんでもないよ」

「そうですか……あら?」


 急にメイドさんが、オレに顔を近づけてきた。


「な、なに?」

「いえ、その……素敵な瞳をお持ちだと思って」

「瞳?」

「ええ」


 なんだ? やっぱりなにかの勧誘だろうか?


「あ、いけない。お嬢さまがお待ちになっているから、早く買い物をすまさないと」

「えっ?」

「急ぎますので、わたしはこれで失礼します」

「あ、うん」


 メイドさんはオレになにかを勧めてきたり、ティッシュやチラシを配ったりすることもなく、近くにあるゲームショップへと入っていった。

 どうやら、どこかのお店で働いてるわけではないようだ。

 それにしても、かわいい女の子だったな。あれならうちの雑誌のモデルとしても、十分通用するだろう。

 また、どこかで会え――


「おい!」

「えっ、うげっ!?」


 いきなり結梨花が、オレの首を正面から両手でつかんで締め上げてきた。


「なっ!? なにをするんだ!」

「貴様、私というものがありながら、他の女に目移りするとはどういう了見だ」

「ええっ!?」


 さ、さすが、目ざとい。


「だからって、そこまで嫉妬しなくても」

「かわいい女の子だったよな、おまえ好みの」

「うっ!?」

「あれでロングヘアだったら、おまえの理想の女の子、そのものになるよな?」

「よ、よくご存じで」

「あたりまえだ! おまえの好みなんて、とうの昔に把握している。だが、私はどうやっても、ああいう髪型にはできないからな」

「た、たしかに、結梨花はかなりの縮毛だもんな。でも、かわいいと思うぞ、よく似合っているし」

「そんなことを言いながらも本当はああいう、はかなげでやさしい表情をする女性が好きなんだろ?」

「ええと……」

「典型的な、女の子女の子した娘が好きなんだろう」

「まあ、そうなんだけど――」

「そこは全力で否定するところだろうが!!」

「ぐええええええええええええええええええええっ!?」


 結梨花がさらにオレの首を締め上げる。

 ってか、こいつってこんなに嫉妬深かったのか?


「なんなら今ここで、柏木先生直伝のヘル アンド ヘブンをくらわせてやろうか?」

「いや、そんなの首にやられたら死んじゃうし!」


 たしかそれ、両手でつかんだものを握りつぶしたり、そのまま引きちぎったりするような技だよな。


「とにかく、落ち着いてくれ」

「ううう……悪かったな。私ははかなげじゃなくて、やさしそうでなくて! これでも、おまえに気に入られようと努力してきたんだぞ!!」

「そそ、そんなことしなくても、オレは今のままでも結梨花のことが好きだから」

「本当か?」


 その言葉に反応して、結梨花がオレの首から手を離した。


「ふぅ……」

「本当に、私のことが好きなのか?」

「ああ、でなきゃ付き合ったりはしないだろ」

「そ、そうだな」


 なぜか、疑念を抱く結梨花。


「どうした?」

「いや、すこし釈然としないものがあって」

「なにがだよ?」

「なっ、なんでもない、気にするな」


 よくわからないけど、まあいいか。

 しかし、こいつがここまで嫉妬深かったなんて……今まで一緒に暮らしてきたけど、そんな風に感じたことはなかった。

 いつもは淡々とした表情で、たいていのことを器用にこなしていたし。

 でも、完璧な人間がこの世に存在するわけがない。誰だってひとつやふたつ欠点はある。

 ひょっとして結梨花は、今まで自分の気持ちをうまく伝えられないでいたのだろうか?

 だとしたら、こいつの変な行動もなんとなく理解できる。

 ようするに、全部オレに対する愛情表現だったってわけか。どれもこれも、わかりにくいものばかりだったけど。

 なんだろう……今のオレは、以前と違って結梨花の気持ちがよくわかるようになっている。

 やっぱり恋人同士になると、いろいろと変わってくるんだろうか。

 まあ、それはそれとして――


「とりあえず、この場から退散しよう」

「ん?」


 公衆の面前で盛大に痴話げんかをしたせいか、オレたちはまわりから奇異の目で見られていた。


「ほら、行くぞ」

「あ、ああ」



 結梨花と街中を抜けて、駅前にあるスーパーマーケットまでやってきた。

 以前はよく、茉莉花と一緒に学校帰りに寄って買い物をしたっけ。

 ほんの数日前の出来事なのに、なんだかすごく懐かしい感じがする。

 って、いかんいかん。さっき結梨花に他の女に目移りするなって言われたところなのに。


「ここは彼氏として、ちゃんとしないと」

「なにをブツブツ言っている」

「あ、いや、別に」

「ふ〜ん」


 結梨花が疑いの目を向けてくる。

 もしかして、バレバレなんだろうか?


「どうせ、茉莉花のことを考えていたんだろ?」

「うっ!?」


 するどい。さすがは結梨花、なんでもお見通しか。


「そんな、結梨花と一緒にいるのに、他の女の子のことなんて――」

「いや、茉莉花ならいいんだ」

「えっ!?」

「あいつのことを考えるのは、かまわない。私は今でも、茉莉花には一生かなわないと思っているから」

「結梨花」


 付き合うことになって、幸せな気持ちでいたけど、オレたちは茉莉花を失っている。

 その事実は変わらないし、お互いの心の傷だって癒えたわけじゃない。

 だから、結梨花なりに気を使ってくれているんだろう。


「たしかに、まだ整理がついてないところもあるけど、今のオレには結梨花がいる。だから、なにがあっても生きていけると思う」

「そうか」

「ああ」


 これから先、なにが起ころうとも恋人同士になったオレたちなら大丈夫だ。

 なんとなくだけど、そう確信が持てる。

 そういえば……どうして結梨花は、オレなんかの彼女になってくれたんだろう?

 その辺のことを、ちゃんと聞いてみるか。


「なあ、質問してもいいか?」

「なんだ?」

「なんで結梨花は、オレのことが好きになったんだ?」

「それは……子どもの頃の思い出で、そうならざるえなかったからだ」

「なんだそれ?」

「いいか、ヒロインが主人公を好きになるのは、幼少期になにかしらの問題を抱えていて、それを解決してくれたことによって起こることが多い。だから私も、おまえに対して特別な思いがあるんだ」


 誰がヒロインで、誰が主人公だよ。

 でもそうなると、オレが結梨花を助けたことがあるみたいだけど……


「オレ、おまえになにかした覚えなんてないぞ」

「そんなことはない。私たちをあの父親から救おうと、おまえなりにがんばってくれたじゃないか」

「そうだっけ?」

「ああ。一度、父親にけんかを売って、返り討ちにされたことがあっただろう」

「あ〜、それは覚えてる」


 2人を虐めているやつらをやっつけるなんて言って、決闘を挑んだんだっけ。

 まあ、見事にボコボコにされたけど。

 幼いながら、よくあんな無茶をしたもんだと思う。


「そのとき私は、この人こそ私を救ってくれる勇者さまなんだ……と、思い込まされてしまったんだ。それでホレるなという方が無理だろう」

「ううむ」


 なんか、妙に客観的な話し方をしてくるから、いまいち納得がいかないんだけど。

 一応、昔から好きでいてくれたってことなのかな。


「だから、こうして恋人同士になれて、私はすごく嬉しいんだ」

「それはオレも同じだよ」

「そ、そうか」


 結梨花が顔を真っ赤にして、恥ずかしげな態度をとった。

 理由はどうあれ、こんなかわいい娘が恋人になってくれたんだ。大切にしないとな。


「それじゃあ、買い物をすましてしまおうか」



 スーパーマーケットで買い物を終えて、街中に戻ってきた。

 まだ帰るには早い時間かな。


「せっかくだから、ゲーセンにでもよって行かないか?」

「ああ、いいぞ」

「じゃあ、あそこに行こう」


 オレは結梨花と一緒に、近くにあるゲーセンに入ることにした。



 店の中に入ると、いろいろなゲームの音が聞こえてくる。


「クレーンゲームでぬいぐるみを取ってやろうか?」

「いや、私はあれをやる」

「あれ?」


 そう言って結梨花は、奥の方へと移動し始めた。


「おい、あれ!」

「アメジストデュアルブレード!?」

「い、今すぐ非常招集をかけるぞ!!」


 同時に、まわりにいた客たちが騒ぎ出す。

 なんだ?


「ようこそ結梨花さま、台の準備は整っております。どうぞこちらへ」

「うむ」


 そして店員に案内までされていた。

 ……なんであいつだけ、VIP対応なんだ?



 店員に付き添われて、結梨花は店の一番奥にあるゲーム台に座った。

 どうやらそこは、結梨花専用の台みたいだ。


「なあ、結梨花」

「なんだ?」

「ここって、普通のゲームセンターだよな」

「見ればわかるだろう」

「それなのに、なんでおまえは店員にエスコートされているんだよ?」

「知らん。いつの頃からか、入店したらここに座るように頼まれてしまったんだ」

「ひょっとしておまえ、ここでも有名人なのか?」

「さあ?」


 絶対に有名人だ。

 そのことに、結梨花自身が気づいてないだけだろう。


「で、これはなんていうゲームなんだ?」

「スト?という、対戦型格闘ゲームだ」

「へぇ……」


 普段からゲームはほとんどやらないけど、対戦型格闘ゲームがどういったものかくらいは知っている。

 たしか、自分とコンピュータ、もしくは他の人間が操作するキャラクター同士が、主に1対1で格闘技とかを使って戦うゲームだったよな。

 結梨花がゲーム筐体の前に座り、100円玉を入れてゲームを開始する。

 最初に自分が操作するキャラクターを選ぶわけだけど……結梨花はどのキャラクターにするんだろう?

 あのチャイナっぽい感じの娘だろうか? それとも、セーラー服を着ている娘かな?

 そんな風に考えていると――


「ザンギ……F?」


 結梨花が選んだのは、なぜか筋肉質なレスラーの男キャラだった。

 ……なんで?


「おまえ、いつもそのキャラクターでやっているのか?」

「ああ」

「そいつ、強いのか?」

「さあ、なんとなく選んでやっているだけだから、よくわからん」


 なんとなくって、そんな理由でキャラクターを選んでいるのか。

 ゲームが始まると同時に、すぐに乱入者がやってきて対戦を挑まれてしまう。

 そして――


 『KO』


 ものの数秒で、相手を負かしてしまった。


「つ、強いな、おまえ!」

「そうか? 普通だと思うが」

「いや、全然普通じゃないから!」


 コントローラーを動かす手とか、早すぎてなにをやっているのかまったく見えなかったし。

 結梨花のやつ、昔からなんでもプロレベルでこなしてきたけど、ゲームでもその腕は発揮されるんだな。


「それだけ強いってことは、この店にはよく来ているのか?」

「いや、週に1回くらいだ。ここは編集部も近くて、時間をつぶすにはちょうどいい場所だからな。100円あれば永遠と続けていられるし」


 普通の人は、100円で永遠とプレイすることなんてできないんだけど。

 そうなると、店側としてはたまったもんじゃないだろう。なにしろワンコインで、延々と居座られるわけだし。


「もしかして、結梨花さまのマネージャーの方ですか?」

「えっ!?」


 悶々としていると、さっきの店員に話しかけられた。


「あ、いえ、家族です」

「そうですか」

「すみません。なんか毎回、長時間居座っているみたいで……ご迷惑じゃないでしょうか?」

「なにをおっしゃいます。結梨花さまのおかげで、店は大繁盛です」

「そうなんですか?」

「はい。まわりをごらんください」

「まわりって……うわっ!?」


 結梨花の周囲には、いつの間にか大勢のギャラリーがいた。


「結梨花さまの神がかりなスティックさばきを一目見ようと、多数のゲーマーが集まっているのです。彼女は本当にすごいですよ。アメジストデュアルブレード、ライトエッジの異名を持ち、なみいる強豪を次々に打ち負かしています」

「は、はあ……」

「加えて、あの美貌にあの服装。すでに多数のゲームメーカーから、専属プロゲーマーとして契約を結びたいという話が来ています」

「ええっ!?」


 そんな話があったなんて、全然知らなかった。

 どこへ行っても、結梨花は人気者なんだな。


「今日は結梨花さまだけなんですね」

「え、ええ」

「もう1人おられれば、さらに盛り上がっただけに残念です」


 もう1人? それって、もしかして……いや、さすがにそれはないよな。

 とにかく、オレにできるようなゲームはなさそうだし……結梨花のプレイが終わるのを、のんびり待つとするか。

 それからしばらくの間、オレは店員さんと結梨花の対戦を見守った。



「なあ、そろそろ帰らないか?」


 何時間か経過したところで、オレは結梨花に声をかけた。

 でないと、いつまでたっても終わりそうになかったからだ。


「ああ、そうだな」


 対戦者は途切れることなく入ってくるし、そのほとんどの相手に余裕で勝ってしまう。

 中には数人、てこずる相手もいたようだけど、それでも最後には結梨花が勝利していた。

 まさか、結梨花がここまでゲームがうまいとは。

 家にはゲーム機を置いてないから、普段はやっている姿を見たことがないし。


「よし、これで終わりにしよう」


 そう言って今戦っている対戦相手を打ち負かし、結梨花が席を立つ。

 同時に、店員さんがゲーム筐体のスイッチをオフにした。

 これってやっぱり、結梨花専用の台なんだ。


「おつかれさまでした。結梨花さま」

「ありがとう。また来るよ」

「はい、お待ちしております」



 ゲームセンターを出る頃には、あたりはすっかり夕暮れ時になっていた。


「さてと、帰るとするか」

「うむ」



 家に帰ると、結梨花はすぐに夕食の準備に取りかかってくれた。

 オレはでき上がるまで、リビングで静かに待つことにした。

 もちろん、テレビの電源は付けていない。

 いつもは付けているテレビが、付いていないといいうだけで……なぜか悲しい気分になった。



 そして2人だけで食事をとる。

 やはり静かなのはつらいな。かといって、テレビを付ける気にはならないけど。


「…………」

「…………」


 お互いなにかを語ることもなく、粛々と食事をとった。



 夕食後、結梨花と一緒にリビングでくつろぐ。


「なんか、こういう静かな時間は、私たちには似合わないな」

「そうだな」


 どうやら結梨花も、オレと同じ気持ちだったみたいだ。


「なあ、こんなときに、こんなことを言うのはおかしいかもしれないが……私は今、すごく幸せなんだ」

「えっ?」

「もちろん茉莉花を失って、すごくつらい思いをした。そのせいで、自分の力の段階が……上がってしまったようだし」


 力の段階? なんの話だ?


「だけど、そのおかげでおまえを失わずにすんだ。初めてこの力に感謝することになった」

「…………」


 結梨花がオレにはよくわからない話をしてくる。

 付き合うようになって、以前よりは理解しやすくなったけど……編集長たちから受けた悪影響は、そう簡単になくなったりはしないのだろうか?


「私がしたことは、正しいことではなかったかもしれない。でも、おまえが生きていてくれるなら……生きて、そばにいてくれるなら……後悔したりはしないだろう」

「結梨花」

「すまない。また、わけのわからないことを言ってしまって」

「いや」


 たしかに、オレたちは茉莉花を失った。

 そのことがショックで、オレは自ら命を絶とうとした。

 でも結梨花に止められて、彼女になってくれたおかげで……こうして今、生きていられる。

 結梨花が嬉しい気持ちでいてくれることは間違いないだろう。オレだってそうなんだし、今日一日の様子を見れば明らかだ。

 でも、なにかを悔やんでいるようだ。

 いったい、なにに対して思い悩んでいるのか? その原因がよくわからない。

 ……ずっと一緒にいたとはいえ、オレたちは付き合いだしたばかりだ。

 これからのことも考えると、やはり不安になってしまうのだろうか?

 オレがまた、死を選ぶようなことになるんじゃないかって考えてしまうのだろうか?


「大丈夫だって」

「え……?」


 オレは結梨花の手を取って、そばに引き寄せた。

 すこしばかり驚いたようだけど、結梨花は拒んだりはしなかった。


「これから先も、ずっと結梨花と一緒にいる。なにがあっても、結梨花がオレの彼女であることは変わらないんだから」

「……うん」


 安心しきったのだろうか? 結梨花の表情がすこしだけ緩んだ。

 そのまま目を閉じて、ゆっくりと顔を近づけてくる。

 オレもそれに、答えようとしたら――


「ただいま〜」


 …………………………。


「えっ!?」


 ものすごく、聞き慣れた声がしてきた。

 そして、予想外の人物がリビングにやってくる。


「ふう、ようやく帰ってこられました」

「ま、ま……りか?」

「はい、あら? どうされたのですか? 2人とも手をとりあったりなんかして」

「あ、いや、これはなんでもないんだ」


 あわてて手を離すと、結梨花もオレから飛び退いていった。


「そんなことより、おまえどうしてここに?」

「どうして? と言われましても、自分の家ですからここに帰ってきますよ」

「いや、そうなんだけど」

「どうかなさったのですか? 兄さまも姉さまも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていますが」

「だっておまえ、昨日のニュースで――」

「ニュース?」

「昨日、放送されたニュースで、茉莉花……おまえが死んでいる映像が流れたんだ」

「わたしが……死んでいる映像!?」

「それなのに、こうしているということは――」

「ま、まさか……」

「幽霊……とか?」

「えっ、えええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」


 茉莉花の悲鳴が、部屋中に響き渡る。

 いったい、なにが起こっているんだ?

 とにかく、あの映像が茉莉花なのかどうか確認してみよう。



 結梨花と茉莉花を連れて、オレは2階の自分の部屋に移動した。

 すぐにパソコンを起動して、あの国の事件をネットで検索してみる。

 すると、昨日のニュース映像がすぐに見つかった。


「ほら、これを見てくれ」

「えっ!? これって――」


 かなり生々しい映像だったこともあってか、あれ以降、テレビのニュースで取り上げられることはなかったようだ。

 しかし一度流れた映像は、こうしてネットで検索すればすぐに見ることができる。


「わ、わたしが……死んでる」

「ああ」


 自分の死んだ姿を見て、茉莉花もショックを受けているようだ。


「こ、この人、本当にわたしなんですか?」

「木之本先生が現地まで行って、茉莉花であることを確認してくたんだ」

「そんな……だとしたら、わたしは――わたしは本当に幽霊ってことになるのですか?」

「わからない」

「こればっかりは、判断のしようがないからな」

「で、でもわたし、ちゃんと足がありますし、ものにだって触れることができますよ」

「幽霊の定義ってのも、アニメやゲームによってさまざまだからな。生きているのと同じように見えても、魂が存在していない可能性もある」

「姉さま」


 いや、そこでアニメやゲームをたとえに出すのは、どうかと思うけど。

 しかし、本当にどういうことなんだ?

 幽霊なんてオカルト話、オレにはとてもじゃないけど信じられない。


「兄さま、わたしは本当に死んでしまったのでしょうか? これからいったい、どうすればいいのでしょうか?」


「こういうとき、頼りになりそうな人といえば――」

「木之本先生……だな」

「ああ。でも、あの人はまだ海外にいるだろうし」

「さて、どうやって連絡をとるべきか」


 途方にくれていたら、電話がかかってきた。


「もしかして」

「多分、そうだろう。私が出よう」


 結梨花が足早にオレの部屋から出ていく。


「オレたちも行こう」

「はい」


 部屋を出ると、1階にいる結梨花の声が段上まで聞こえてきた。


「――木之本先生。ちょうど今、連絡をとりたいと思っていたんです」


 やっぱり木之本先生からか。うわさをすればってやつだな。

 相手が誰かを確認できたところで、オレたちも階段を下りていった。


「えっ、なにがですか? はあっ? それってどういう……ええっ!?」


 ダイニングまでくると、結梨花がしどろもどろになっていた。


「どうした? 結梨花」

「それが、その……なんて言えばいいか」

「とりあえず、電話を代わってくれないか」

「あ、ああ」


 結梨花から電話の子機を受け取る。


「もしもし、木之本先生?」

『あ、どうもなのです』


 いつものように、のんびりした声が電話越しに聞こえてきた。


「今、茉莉花のことで連絡をしようと思っていたんです」

『はい、それがどうも間違いだったみたいなんですよ』

「間違いって、どういうことですか?」

『茉莉花ちゃんの死体だと思っていたのが、じつは他の人のものだったんです』

「え、えええっ!?」

『最初に死体を見たとき、先生あまりの悲しみに取り乱してしまって、なんにもできなかったんです。でも、あーたん……あ、柏木先生にね、ちゃんと確認しろって言われて、細部にわたって調べ上げたんですよ』

「は、はあ」

『そしたら、なな、なんと! その死体の人、髪の毛を染めていたんです。で、他にもいろいろとおかしなところが見つかって、まったくの別人であることがわかりました』

「別人って」

『いや〜、同じ服を着て同じ容姿をされると、間違えてしまいますよね。完全に先生の誤診でした』

「…………」

『こういう場合、頭をまるめてわびないといけないのでしょうか?』

「いえ、そんなことをする必要はないと思いますけど」

『よかった〜。ん? はい。あ、そうなんですか』

「どうかしましたか?」

『今、入った情報によると、どうやら茉莉花ちゃんは事件が起きる前にこの国を出ているそうです』

「へっ!?」

『空港が爆破されて、こっちでの出国記録は残っていなかったのですが、つい先ほど入国記録が確認されたという連絡がありました。もしかしたら、もうお家に着いているんじゃありませんか?』

「ええ、ちょうど目の前にいます」

『そうですか! 無事だったんですね』

「そう……なりますね」

『よかった〜。えっと、先生はもうしばらくここに残らないといけませんが、帰ったらすぐに会いに行きますね。それでは、また』


 電話が切れたので、無言のまま子機を充電器に戻す。


「木之本先生、なんて言っておられました?」

「それが……自分が確認した死体は、茉莉花のものじゃなかったらしい」

「ええっ!?」

「あと、入国記録があるから、もう家に帰ってきているんじゃないかって言われた」

「はい、ここに帰ってきています」

「ってことは――」

「わたし、死んでないってことですよね」

「あ、ああ」

「よかった〜。もう、ビックリさせないでくださいよ」


 ホント、とんでもないタイミングで誤診をやらかしてくれたな。

 木之本先生、たまに抜けてるところがあるから。


「でも、なんで死体の子は茉莉花と同じ服を着ていたんだろう?」

「あっ、もしかして……その子、ホテルで会った子かもしれません」

「ホテルで会った子?」

「はい、兄さまも帰る前に、カフェレストランで見かけているはずですよ」

「あっ、あの子か!?」


 たしかに、ぱっと見た感じ茉莉花に似ているところはあった。

 だけど、顔とか雰囲気は全然違っていたし、ちゃんと見れば見間違えたりはしないはずだ。

 ……オレも結構、動揺していたんだろうな。


「兄さまたちを見送ったあと、その子とホテルで会うことができて、編集長に通訳をお願いしたんです。するとどうも、わたしの服を気に入ったみたいで、国に帰る前に1着、譲ってくれないかって頼まれました」

「そういやその服、同じものが5着あるんだっけ」

「ええ。それで編集長は、すぐにこの国を出られるチケットを人数分、手配してくれたら、あげてもいいって交渉したんです」

「チケットって、そんなに簡単に用意できるのか?」

「その子、空港の関係者だったそうです」

「なるほど。だから事件のとき空港にいたか」

「はい」

「でも、どうして編集長はそんなに急いで出国しようとしたんだろう?」

「どうも嫌な予感がするとか言って、兄さまが帰った次の日の昼過ぎには、残っていた撮影を全部終わらせて、すぐに帰国できるようにしておられました」

「そうだったのか」


 たしかにオレたちが帰るとき、あの人は空港でなにか異変を感じ取っていた。

 トラブルが起こる前に、出国しようとしたんだろう。


「あれ? だとしたら、なんで帰国するのにこんなに時間がかかったんだ? 半日もあれば戻ってこられるはずなのに」

「それが、その子が用意してくれたチケットは正規のルートではなくて、反対側のルートに向かうものだったんです」

「反対側?」

「ええ。ですからこの国に着くのに何度も乗り継がないといけなくて、正規のルートよりも3倍の時間と費用がかかりました」

「そんなに!?」

「正直、反対するスタッフもいたのですが、編集長が死にたくないなら言うことを聞けって話を推し進めてしまって」

「相変わらず強引だなぁ」

「ですが、そのおかげで編集部のメンバーは全員、無事に帰って来られました。もし、帰国を早めていなければ、わたしは本当に死んでいたかもしれません」

「そうだな、編集長には感謝しないと」

「はい」

「…………」

「結梨花?」


 さっきから結梨花は、ほとんど口を開いてなかった。


「どうかしたのか? 様子が変だぞ」

「そ、そうか?」

「姉さま、まだ体調は戻ってないのでしょうか?」

「いや、なんでもない。悪い、先に部屋に戻らせてもらう」


 結梨花が自分の部屋へと向かう。


「大丈夫でしょうか?」

「心配ないとは思うけど、あとで様子を見ておくよ」

「お願いします」

「とにかく、茉莉花も疲れただろ。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます。兄さま」


 茉莉花も自分の部屋へと去っていく。

 なにはともあれ、茉莉花が無事でよかった。



 そのあとオレは、様子を見るために結梨花の部屋の前まで来た。


「結梨花、入るぞ」

「ああ」


 中に入ると結梨花は電気も点けずに、部屋の中央でたたずんでいた。


「休んでいなくていいのか?」

「大丈夫……だ」

「そうは見えないけどな」


 明らかに、いつもと様子が違っているし。


「なあ、どうする?」

「どうするって、なにが?」

「私たちのことだ」

「ああ、そうか」


 付き合ってることを、茉莉花に黙っているわけにはいかないもんな。


「この際だから、恋人同士になったっていうのはナシにして、以前のように家族に戻らないか?」

「えっ?」

「だって、茉莉花が生きていたんだぞ。私たちは、3人でいるために家族でいようとしたんじゃないか。だから――」

「いや、それはダメだ」

「……っ」


 オレは結梨花の提案を、きっぱりと否定した。


「結梨花のことを思う気持ちを、茉莉花に隠すようなことはしたくない。家族であるならなおさらだ」

「うう……」

「言ったろ。なにがあっても、結梨花がオレの彼女であることは変わらないって。茉莉花にも、そのことをちゃんと言っておきたいんだ」

「ああ、おまえは……そういうやつだ。何事にも筋を通そうとする。不器用なりに、正しい判断をしてくる。だけど今回に関しては、それが不幸を呼ぶことになってしまう」

「結梨花?」

「これが……力の呪いだとでもいうのか。一度使ってしまったら、キャンセルすることはできないのか」

「どうしたんだ? いったい、なにを言っているんだ?」

「このことを話しても、理解はしてもらえないだろう。おまえはこういったものを、完全に否定しているからな」

「オレでは、結梨花の力になれないって言うのか?」

「すまない。しばらく1人にしてくれないか」

「…………」

「…………」

「……わかった」


 それ以上なにも聞かずに、オレは結梨花の部屋を出た。



「なんなんだろうな?」


 自分の部屋に戻ってきてからも、結梨花のさっきの様子が気になっていた。

 結梨花はいったい、なにを思い悩んでいるんだろう? その原因が、オレにはさっぱりわからない。


「考え込んでも仕方ないし、今日はもう寝るとするか」


 いろいろあったけど、茉莉花が生きて帰ってきてくれたんだ。

 今はそのことに、心の底から感謝しよう。

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