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2日目 火曜日

「ただいま〜、っと。やっと帰ってこれたな」


 空港からタクシーに乗って自宅に着いた頃には、もう夕方になっていた。

 半日間、飛行機に揺られて、さらに時差がマイナス8時間あるから、この時間になるのは仕方がない。

 向こうはまだ朝方ってところかな。茉莉花たちはもう起きて、撮影を開始しているだろう。

 まあ、残っている撮影はその日のうちに終わるから、予定通りなら明日の夕方には帰ってくるはずだ。

 それまでは、結梨花と2人で過ごすことになる。


「着いたぞ、結梨花」

「う、うう……」

「顔色が悪いな。大丈夫か?」


 飛行機に乗る前より、だいぶよくなってる感じだけど、やはりまだ回復してないのだろうか。


「う――」

「う?」

「生まれる」

「……そういう冗談が言えるなら、もう平気だな」


 こいつの意味不明な言動が、復活してきているし。

 こんな不可解な性格なのに、なんで学園では人気があるんだろう。

 こういうところが『かわいい』ってみんな言うけど、オレには全然理解できない。


「ほら、この人が認知してくれないお父さんよ」

「そういう冗談を言うのは、マジでやめてくれないか! どこで誰が聞いているか、わかったもんじゃないし」

「おもしろみのない男だな。そんなんだから白鴎学園のニブチー、3年生筆頭なんて言われるんだぞ」

「誰がニブチーだ!」

「ふん。今まで数多のフラグを立てて、すべてへし折ってきたではないか!」

「フラグ? 旗がどうかしたのか?」

「ぬう。なぜ、こんな一般常識ともいえる事柄がわからないんだ」

「おまえの常識をオレに当てはめるなよ。とにかく、早く自分の部屋に行って着替えろ。荷物はオレが運んでおくから」

「相変わらず堅物だな」


 空港を出たときよりは軽い足取りで、結梨花が2階にある自分の部屋へと向かう。

 どうやら、体調の方は回復してきているみたいだ。あの様子なら心配ないだろう。

 それにしても……おとなしくしてりゃ、学園でもトップクラスの美少女になれるってのに。

 意味不明な言動のせいで、絶対に損しているよな。

 それでも、学園では茉莉花より人気があるんだから、世の中わからないことばかりだ。



 荷物を部屋に運び終えてから、キッチンに移動した。

 なにか冷やすものを用意しないと。あと、水分補給ができるものもいるな。

 調子は戻ってきているみたいだけど、まだ熱は下がりきっていないだろうし。

 冷蔵庫を開けて、中から冷却ジェルシートとスポーツドリンクを取り出した。



 それらを持って、結梨花の部屋へと向かう。

 ドアの前でノックをして、入っても大丈夫か聞いてみる。


「結梨花、入るぞ」

「合い言葉を言え」

「…………」


 ホント、完璧なまでにいつもの調子に戻っているな。


「合い言葉……風」

「谷!」

「よし、入れ」


 部屋の中に入ると、結梨花はすでに着替えてベッドに入り込んでいた。


「大丈夫か?」

「ああ、ここに帰ってきてから、だいぶ落ち着いてきた」

「みたいだな。さっきから、おまえの意味不明な言動も復活してきているし」

「意味不明とはなんだ。これでも私は日々、女子力を上げようと努力しているんだぞ」

「あれのどこか、女子力の向上になるってんだ」

「そんなこともわからないようでは、まだまだだな」

「まだまだって」


 編集長といい結梨花といい、オレのまわりには残念な美男美女が多い気がする。

 唯一の真人間は、茉莉花くらいなものか。


「そもそも、去年のミス白鴎学園が今より女子力を上げてどうするんだよ」

「ミスではない、私は準ミスだっただろうが」

「あんな不正票、誰も認めてないって。金と権力を行使して、親衛隊が無理やり組織票を入れさせたんだし。だから本当のミスは結梨花だって、みんな思っている。第一、学園でおまえはモテモテだろうが」

「どんなにモテようとも、意中の人間に見向きされなければ意味はないさ」

「まあ、そうだろうけど……なんだ? おまえ好きなやつでもいるのか?」

「うむ。私が好きなのは――」

「好きなのは?」

「『戦国騎兵サムライバサラ』の『織田信長』だ!」

「うん、それは絶対に見向きされないと思う」


 聞いたことのないタイトルだけど、ここは深く追求しない方がいいな。


「ちなみに、この信長にはホモ疑惑がある!」

「そんなことどうでもいいし! ってか、おまえそういうの好きだったっけ?」

「いや、最近はすこしばかり腐っている方が、モテると聞いたんでな」

「間違ってるぞ、その知識」

「そうなのか!?」


 どこでそんな話を聞いてきたんだか。


「だったら、どういう女がモテるというんだ」

「そんなの、オレに聞かれてもわかるわけないだろ」

「おまえの意見が重要なんじゃないか」

「残念ながら、そういうのには疎い方なんでね」

「むぅ……」

「とにかく、よけいなことは考えずに、今は自分の体を休めることに集中してくれ」

「わかった」


 こいつはすぐに無理をするから。それで今まで、どれだけ心配してきたか。


「なあ、こんな風に2人で話すのも久々だな」

「そうだな、なんだかんだで3人なのが普通になっていたし」

「2人っきりだな」

「あ、ああ」

「ひとつ屋根の下で」

「まあ、そうだけど」

「情欲に負けて、私に乱暴する気だろう? エロ同人みたいに」

「誰がそんなことするか! 第一、オレたちは兄妹だろうが」

「別に問題はないだろう。だって私たちは義理の――」

「それ以上は、口にするな!!」

「……っ」


 しまった! 思わず大声を出してしまった。


「す、すまない」

「いや、オレの方こそ声を荒げて悪かった」

「そんなに怒るとは思わなくて」

「言ったろ。オレたち3人は家族であろうって」

「ああ、そうだったな。熱のせい……いや、この状況に浮かれて、どうかしていたんだろう。こんなチャンス、もう二度と来ないだろうし」

「チャンスって、なにを言っているんだ? おまえは」

「なんでもない。おまえが家族であろうとしてくれているのが、私にとって救いになっていることは理解している。だがそれも、期限付きじゃないか。一生、このままってわけにもいかないだろうし」

「それは、そうだけど……」

「だから無駄だとわかっていても、あがきたくなってしまうんだ。おかしな話だよな、ずいぶん前にあきらめたというのに」

「なんだよ、それ?」

「ふん、おまえには絶対にわからない話だ。ちなみに、私はいつ襲われてもかまわないぞ。責任を取ってくれるならな」

「あのなぁ」


 そんなにオレ、信用ないかな。


「なんなら私が持つ瞳の力で、おまえを虜にしてやろうか?」

「また、わけのわからないことを。編集長に変なことを吹き込まれたのか?」

「そうだな、あながち間違いではないんだが」

「もし本当に、そんな力があるっていうなら、オレに使ってみろよ」

「いや、やめておこう」

「なんで?」

「どうせおまえに私の力を使っても、効果はないからな。おまえは実の家族でもなければ、恋人でもない。ましてや同属でもないから、私の力に屈したりはしないだろう。残念なことに……な」


 さっきから、なにを言っているんだ? こいつは?


「悪影響を受けるのも、ほどほどにしておけよ」

「ああ、なあ」

「ん?」

「もし、この世に特別な力が存在しているとしたら……おまえはそれを信じるか?」

「信じるわけないだろ。そんな非現実的なもの」

「そうだな、おまえはそういつやつだ」

「……そろそろ寝ろよ。オレも自分の部屋に戻るから」

「わかった。おやすみ」

「おやすみ」


 結梨花が眠りについたのを確認してから、オレは部屋を出た。

 あの様子なら大丈夫そうだ。あたりも暗くなり始めているし、さっさと荷物を片付けてしまおう。



 一通り整理し終えたところで、自分の部屋に戻って落ち着くことにした。

 さっきは久々に、結梨花といろいろ話をした気がする。あの事件以来、妙にオレとの間に距離を置くようになっていたから。

 それほどまでに、ショックだったのだろうか。

 母親と……心中しそこねたことが。

 …………………………。


 オレはカラーボックスに並べてある、昔のアルバムをいくつかひっぱりだした。

 そのうちのひとつを広げてみると、うちの母親に絡まれて困ったような表情をしながらも、楽しそうにしている結梨花と茉莉花の写真があった。

 うちの養子になるまでは、こんな風に笑うこともなかったよな。

 もう、10年ぐらい前になるのか……あのころは昔、住んでいた家のお隣さんで、ただの幼なじみだったのに。

 それがまさか、妹になるなんて。


「…………」


 結梨花と茉莉花の実の父親は、本当にひどい人間だった。

 自分の子どもを道具のように扱い、気に入らなければ暴力もふるってくる。

 しかも、その地域でかなりの権力を持つ人物だったから、2人の母親はなにも言えないままでいた。

 でも、そんな日々を続けているうちに、母親の心はどんどん廃れていって、ついに耐えきれなくなってしまった。

 ある日、結梨花と茉莉花を連れて……心中しようとした。


 『ガレージにある車を使った、ガス中毒自殺』


 幼い頃のことだから、あまりはっきり覚えてないけど……たしか、茉莉花だけが車の外に出ることができて、オレの家まで助けを求めてきたんだよな。

 車の中にいる結梨花と母親が、いくら呼びかけても答えてくれないって、泣きそうな顔ですがってきたっけ。

 ちょうど両親が家にいない時間だったから、オレ1人で茉莉花とガレージに向かった。

 すると車の後部座席で、結梨花と2人の母親が青い顔をしたままぐったりとしていた。

 幼いながらもただごとでない雰囲気を感じ取ると、オレは近くにあった工具箱の中から大きめのハンマーを取り出して、助手席の窓ガラスを叩き割った。

 次の瞬間、ものすごい悪臭が車の中からあふれてきた。

 ひどいにおいに耐えながらも、助手席から後部座席のロックを外し、ドアを開けて2人を中から引きずり出した。

 そのあと、ガラスの割れる音を聞きつけて、近所の人が何人か来て……救急車を呼んだりとか、いろいろしてくれたっけ。

 かなり危険な状態だったけど、結梨花は奇跡的に生き残ることができた。

 だけど母親の方は……手遅れだった。

 これにより、父親の悪行が世間にさらされることになる。母親が残した遺書に、父親のこれまでの行いが赤裸々に書かれていたからだ。

 遺書は故人の希望にそって弁護士から警察へとわたり、父親は逮捕されることになった。

 なんでも家庭内暴力だけでなく、他に犯罪まがいなことまでやっていたらしい。

 行き場を失い、追い詰められた父親は、逮捕直前に自殺したそうだ。


「今から考えてもまるで現実感のない、ドラマみたいな話だよな」


 残された結梨花と茉莉花は、オレの両親が引き取った。

 家族のあたたかさを知らない2人に、母さんは全力で愛情をそそいでいった。

 オレにも兄としてちゃんと接しろって、さんざん言われたっけ。うちでは母さんの言うことが絶対だったから、従わざる得なかったし。

 でも、楽しそうなみんなの姿を見て、幸せな気分になれた。

 母さん、ずっと女の子がほしいって言ってたもんな。まあ、だからってオレに女物の服を着せていたのはどうかと思うけど。

 2人が妹になってくれたおかげで、ようやくオレは母親の趣味から解放されたわけだ。

 そのあと、今の街だと結梨花と茉莉花が暮らしづらいからって、引っ越すことになった。

 そして家族5人、ここに移り住んできたんだ。

 結梨花と茉莉花とは、ずっと同学年でいる。たまたまオレが4月生まれで、2人が早生まれだったこともあって、怪しまれることはなかった。

 白鴎学園では茉莉花と、2年、3年と続けて同じクラスになれた。

 義理の妹なんて、都市伝説みたいなもんだと思っていたけど、実際にそれはあった。

 思いもかけないことってのは起こりえるものだ。

 幸運にもオレは、2人の妹を得ることができたんだから。

 でも……


「本当に、家族でいるしかないんだよな〜」


 もし、2人が兄妹になることなく、普通に幼なじみのままだったら……

 今ごろ、茉莉花に告白して――

 告白して……


「断られていたらどうしよう」



 そうなったときのことを、頭の中で思い浮かべてみる。


「茉莉花、オレと付き合ってくれ」

「お断りします」

「ええっ!?」

「そもそも、幼なじみが自分を好きになってくれるなんてこと、現実ではありえませんから」

「た、たしかに、都合がよすぎるとは思うけど」

「そんなマンガみたいな妄想をするなんて、気持ち悪いですよ」

「う、うう……」



「のおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 自分で想像しておいてなんだが、マジでへこんでしまう。

 下手をしたら、今より悪い状況になっていたかもしれない。

 いや、そもそも告白できたかどうかすら怪しい。ずるずると友達関係を続けていた可能性が高いだろう。

 いいよな〜。マンガとかでは、幼なじみとずっと相思相愛だった話が多くて。

 まあ、今の自分の状況もマンガみたいだと言われたらそうなんだけど……この関係が続く以上、家族であることを守り続けないといけない。

 これから先、どうなっていくんだろう。

 ……ま、深く考えても仕方ないか。


「ふああぁ……」


 なんか、いろいろ考えていたら眠くなってきた。

 飛行機の中で寝たとはいえ、長旅の疲れも……あるから……

 すこし、横になるか。



「……ん?」


 うとうとしていたら、いつの間にか完全に寝てしまったようだ。

 時計を確認してみると、あれから3時間ほどしかたっていなかった。


「のどが渇いたな、なにか飲むとするか」


 背伸びをしながら体を起こして、部屋を出る。

 たしか、冷蔵庫にまだミネラルウォーターがあったはずだ。



 ダイニングに着くと、浴室の方から結梨花が出てきた。

 どうやら、風呂に入っていたようだ。


「もう、起きて大丈夫なのか?」

「ああ、一眠りしたらすっかりよくなった」

「そうか」

「それより、父さまと母さまに挨拶はしたのか?」

「あ、いけね」

「まったく、薄情な息子だな」

「おまえのことで、いっぱいいっぱいだったんだよ」

「そういうことなら許してやろう」

「どうも」



「ただいま、父さん、母さん」


 オレはダイニングにある仏壇の前で、両親に帰国の挨拶をした。


「あれからもう、3ヶ月くらいたつのか」

「ああ、だいぶ気持ちの整理もついてきたよ」


 あれは――

 オレたちが3年になったばかりの頃だった。

 父さんと母さんが車で仕事から帰ってくる途中、前を走っていた車両が単独で事故を起こした。

 そのとき2人はすぐに車を止めて、事故を起こした車両に近づいたそうだ。

 すると、息のある女の子がいたので、その子を中から助け出した。

 そのあと、残っている人たちの様子を確認していたら……車が突然、爆発を起こした。

 そのせいで、中に残っていた人たちと父さんと母さんは、命を落としてしまった。

 映画やドラマじゃあるまいし、事故を起こしたからって車がそう簡単に爆発なんてするわけがない。

 警察もいろいろと調べてくれたけど、結局なにもわからないままだった。


「そういえばオレ、助かった女の子に会ったことがないけど、結梨花たちは知っているのか?」

「いや、私たちも会ったことはない。ただ、その子の姉だという女には会った」

「姉?」

「ああ、ものすごく感謝されて、お礼とかで大金を詰まれた」

「そんなもの――」

「無論、受け取るつもりはなかったが……これから先、生きていくうえで必要になるものだと、丁寧に説明されてな。すごく感じのいい女だったし、お言葉にあまえることにしたんだ」

「へぇ、結梨花がそこまで人をほめるなんてめずらしいな」

「そうか?」

「どんな子なんだろう?」

「葬儀のときに来ていたから、おまえも見かけているはずだぞ」

「えっ? そうなのか?」

「まあ、おまえは、それどころではなかっただろうけど」

「…………」


 気まずさから視線をそらして、位牌を見つめる。

 父さんと母さんが死んだ直後、オレはショックのあまり、すごく気落ちしてしまった。

 両親の死体を、目の当たりにしたせいもある。

 あのときオレは、事故に巻き込まれたという知らせを受けて、身元確認のために病院へと向かった。

 警察の人に案内された慰安室の中には、血まみれになった両親がいた。

 それを見た瞬間、思わず2人の体に抱きついて、泣きわめいてしまった。

 そのときの血の感触が、今でも残っている。

 それから数日間、オレはひどい状態が続いた。

 結梨花と茉莉花にも、ずいぶん心配をかけてしまった。


「あのときは本当にすまなかった」

「気にするな、おまえの気持ちもわかる」


 結梨花と茉莉花は、ちょうど撮影の仕事が入っていたから、両親の姿を見ずにすんだ。

 それだけは救いだったかもしれない。


「むしろ、おまえに一番つらい思いをさてしまった」

「いや、オレがしっかりしないといけなかったんだ。それなのに――」

「長男のおまえが苦しいときは、長女の私が支えればいい」

「私たちは、その……家族なんだから」

「そうだな」


 いつまでも、過去を引きずっているわけにはいかない。

 残されたオレたちで、これから先も生きていかなければならないんだから。

 幸い、両親の保険金と助けた子の親族からもらったお金で、十分暮らしていけている。

 祖父母たちには、3人で大丈夫かと心配されたけど、オレたちはこの家に残ることにした。

 両親が残してくれた、この家を離れたくなかったからだ。

 そして……社会に出るまでの間、オレたち3人は『本当の兄妹でいよう』と話し合って決めた。

 もし、この関係を崩すようなことをしたら、誰かが傷つくことになってしまう。

 だから、この約束は絶対に守り通すつもりだ。


「さて、オレも風呂に入ろうかな」


 昔を思い出して、すこし気落ちしてしまったし、体を洗ってすっきりしよう。


「お湯ならまだ張ってあるぞ」

「ありがとう」

「飲むなよ」

「なにをだよ!」

「いや、私が使ったあとだし、そういうのが好きなやつもいるみたいだから」

「オレにそんな特殊な趣味はない!」

「そう……なのか?」

「まったくもう」



 脱衣所に移動し、服を脱ぎながら思い悩む。

 結梨花はオレのことを、どういう人間だと思っているんだろう。もうちょっと、普通に接してもらえるとありがたいんだけど。

 服を脱ぎ終えて浴室に入ると――


「なあ」


 脱衣所の方から、結梨花の声が聞こえてきた。


「どうした? なにかあったのか?」

「背中を流してやろうか?」

「ぶっ!? おお、おまえ、なにを言ってるんだ!」

「せっかくだしサービスしようかと」

「バカ言え! どこの世界に、この歳で妹に背中を流してもらう兄がいるんだ」

「ライトノベルの中にはいっぱいいる。なんなら一緒に入ったあと、ドアの鍵を壊してやろうか?」


 いやいやいや、そんなことをする意味が全然わからないんだけど。


「だいたい、なにが悲しくて妹に全裸姿をさらさないといけないんだ!」

「ならば、私も裸になれば――」

「もっと問題だ! とにかく、入ってくるのはナシだからな!」

「むぅ、仕方がない」

「ふぅ……」


 どうやら、あきらめてくれたようだ。


「だったら、旧タイプの提督指定のスクール水着を着て入るのはどうだ?」

「却下だ!!」


 あまかった。全然あきらめてないようだ。


「な、なぜだ。狙いすぎてダメだというのか!」

「そういう問題じゃない!! とにかく、中には入ってこないでくれ!」

「残念だ」


 なにが残念だというんだ。


「はぁ……」

「…………」

「…………」

「……おい」

「なんだ?」

「まだ、なにかあるのか?」

「いや、入るのがダメなら、おまえが風呂から上がってくるのを腕組みしながら待っていようかと思って」

「……結梨花がそこにいる限り、オレは永遠に風呂から出ないからな」

「まさか、呪われているのか?」

「違う! 自分の裸をさらしたくないだけだ!」

「ぬう、仕方ない。今日のところは退散するとしよう」

「ふう……」

「だが、これで終わったと思うなよ! 私は四天王の中でも最弱だからな!!」


 四天王って、なんの話だよ。

 とにかく、脱衣所から結梨花の気配はしなくなった。

 あいつはいったい、なにがしたいんだろう。



「つ、疲れた」


 風呂から上がって着替え終えたあと、思わずため息がもれてしまった。

 せっかく風呂に入ったのに、すっきりするどころか疲労がさらに蓄積された気がする。

 それもこれも、結梨花の奇怪な行動のせいだ。

 なんだかよくわからないけど、今日の結梨花はいつもよりテンションが高い気がする。

 いや、昔の状態に戻っていると言った方がいいかもしれない。出会った当初は、ずっとあんな感じだったし。



「おお、待っていたぞ」

「……ん?」


 リビングまで戻ってくると、結梨花がエプロンを外しているところだった。


「おまえ、なにをやっていたんだ?」

「なにって、夕食を作っていたんだ」


 たしかに、テーブルの上にいくつかの料理が用意されている。

 それをガン無視して、オレは足早に自分の部屋へ向かおうとした。


「さて、寝るとするか」

「ちょっと待て!」


 しかし、結梨花に襟首をつかまれてしまう。


「な、なにかな?」

「私の料理を前にして、華麗にスルーしようとするとは、どういう了見だ?」

「その料理で、今まで何人の人間を再起不能にしてきたと思っているんだ」


 そう、結梨花の料理は激烈にまずい。それも人知を超えたレベルで。

 以前、一口食べただけで意識を失ったことがある。

 あのときの地獄を、再び味わうようなことはしたくない。


「いいから食べてみろ。今回のは普通に作っているから」

「普通に作っている?」

「ほら、席に着け」

「う〜む」


 せっかく作ってもらったものを、まったく手を付けないってのも悪いよな。

 仕方ない。覚悟を決めて、すこしだけ食べてみるか。

 ……胃薬、どこにあったっけ?



 促されるままテーブルに着いて、結梨花が作った料理を前にする。

 すると、おかしなことに気がついた。

 おや? 以前見たときは暗黒物質みたいなものだったけど、今回は普通の料理に見える。

 まあ、問題は味の方なんだけど。


「い、いただきます」


 とりあえず、おかずのひとつに箸をのばして口にしてみる。

 すると――


「あれ? おいしい」


 結梨花の料理は、すごくおいしかった。


「だから言ったろ。普通に作ったって」

「いや、普通って」


 他のおかずも一通り食べて、あることに気がついた。


「これ、母さんの味を完璧に再現しているじゃないか」

「ああ、おまえはこの味付けが一番好きだからな」

「おまえ、ホントは料理できたのか」

「あたりまえだ! こう見えて私は、なんでもできる女だぞ」

「うん、それは知ってる」


 こいつはこんな性格だけど、成績優秀な上にスポーツ万能。なにをやらせても、たいていのことは瞬時に理解してやりこなせてしまう。

 一部の生徒からは、完璧パーフェクト超人 オブ ザ パーフェクトなんて言われている。

 ……パーフェクトを2回も言う意味が、オレにはよく理解できないけど、とにかく才能の塊のような存在だ。

 それなのに、料理だけはできないって今まで思っていたのに。


「なんで今までは普通に作らなかったんだ?」

「弱点のない女は、かわいげがないからな」

「はっ?」

「メインヒロインは料理が苦手。これは恋愛ものの鉄板だそうだ」

「お、おまえ、その知識――」

「なんだ?」

「いや、なんでもない」


 なんでみんな、こいつに変な知識を植えつけようとするんだ。

 それが誰の手によるものなのか、安易に想像がついてしまう。


「だったら、これからは普通に作るようにしたらどうだ? 料理は茉莉花に任せっきりなんだし」

「それはダメだ」

「なんで?」

「あいつは……その、料理を作るのが好きみたいだから」

「ああ」


 なるほど。そういうことか。

 たしかに、このレベルの料理をあっさり作ってしまうわけだから、茉莉花に遠慮するのもうなずける。


「だから、このことは――」

「わかってる。茉莉花には黙っておくから」

「頼む」


 こいつのやることって、メチャクチャなことが多いけど、考えがあってやっていることもあるからな。

 それに……


「やっぱり結梨花は、茉莉花のことを大切に思っているんだな」

「あたりまえだ。私にとっては大切な妹だからな。あいつが幸せになるためだったら、私はなんだってする」

「それはオレも同じだよ」

「……だとしたら、おまえはきっと変わらないんだろうな」

「えっ?」

「今も昔も、そしてこれからも、変わらないままでいるに違いない。私がどんなにあがいたところで、可能性はないようなものだ」

「なんだよそれ、どういう意味だ?」

「気にするな。まあ、それでも……後悔はしたくないから、正々堂々とあがき続けるんだがな」

「おまえ、さっきからなにを言っているんだ?」

「はっ、これだからニブチーは! 普通の人間は、ここまで言えばわかるもんだぞ」

「そんなこと言われても、オレにはなにがなんだか」

「いいから、さっさと食え」

「あ、ああ」


 結梨花のやつ、今日はずいぶんおしゃべりだな。

 いつもはオレと茉莉花の会話に相槌を打つ程度で、ほとんどしゃべったりしないのに、2人っきりになったとたん、昔みたいに話をするようになった。

 もしかして、普段は茉莉花に遠慮しているんだろうか。



 食事が終わったところで、リビングでテレビを見ながらくつろぐことにした。


「ほら、アイス」

「ああ、ありがとう」


 夕食の片付けを終えた結梨花が、アイスを2個持ってやってくる。

 そのうちのひとつをオレに渡し、もうひとつを食べようとしたところで――


「おまえが欲情にかられるように、全力でエロく食してやろうか?」


 またしても、意味不明なことをしようとした。


「いや、普通に食えよ」

「なぜだ!? おまえのために、精一杯サービスしてやろうというのに」

「そういうサービスはいらないから」

「これもダメだというのか。難しいな、女をアピールするのは」

「お願いだから、普通にしてくれないか」

「普通に……エロく食えと?」

「うん。まずエロという単語を外すところから始めようか」

「……?」


 こいつは自分の魅力を、ちゃんと理解しているのだろうか?

 茉莉花が帰ってくるのは、明日の夕方くらいだ。

 それまでオレの理性が持つかどうか。



 アイスを食い終えたところで、ソファーから立ち上がった。


「さてと……オレ、そろそろ寝るから」

「そうか」

「病み上がりなんだし、おまえも早く寝ろよ」

「わかっている」



 リビングを出て、そのまままっすぐ自分の部屋に入った。


「だいぶ、夜も更けてきたな」

「ああ、そうだな」

「そろそろ寝るんだよな」

「ああ、そうだな」

「その、初めてだから、やさしくしてくれよ」

「だから、なんで結梨花がここにいるんだよ」


 オレのあとに続いて、結梨花がちゃっかり部屋の中に入ってきていた。


「仕方がないだろう」

「なにが仕方ないってんだよ」

「昼間あれだけ寝たから、今は眠くないんだ」

「子どもかよ、おまえは!」


 こういうところはホント、昔と変わらないままだ。

 純粋というか素直というか、そんなんだから変な知識を植えつけられてしまうんだ。


「せっかくだし、ゲームをしないか?」

「ゲーム? トランプでもやるのか?」

「いや、パソコンのゲームをやろう。借りてきたソフトがあるんだ」


 結梨花がオレの部屋にあるパソコンの電源を入れる。


「オレ、パソコンのゲームってやったことがないぞ。部屋に置いてあるやつは、ほとんどインターネット専用機になっているし」

「なら、この機会にやってみるのもいいだろう。ゲームもいろいろあるぞ、好きなのを選べ」

「選べって言われても……」


 いつの間にか持ち込んでいた紙袋の中から、結梨花がなにやら取り出してくる。

 どうやらそれは、全部パソコンのゲームみたいだ。

 でも、なんでこんなにバカでかいパッケージなんだろう? しかも、女の子の絵ばかり描かれているし。

 とりあえず、そのうちのひとつを手に取ってパッケージの裏側を見てみる。

 ……そこには、オレの予想を超えたものが描かれていた。


「なあ、結梨花」

「なんだ?」

「これ、裸になった女の子がいっぱい描いてあるんだけど」

「当然だ。全部エロゲーだからな」

「エロゲーかよ!!」

「喜べ、どれもこれも名作ぞろいだぞ。一応、これらの作品には統一性があって、おまえには決められた女の子を攻略してほしいんだ」

「なにが悲しくて、妹の前でエロゲーをやらなきゃならないんだ!」

「兄にエロゲーを進めるのは、普通のことだと聞いたぞ」

「どこの世界の普通だ! それにこのゲーム、どうやって手に入れたんだよ」

「借りたんだ。おまえの元クラスメイトに」


 あいつか……人の妹に、なんてものを貸してくれるんだ。


「とにかく、これは全部、自分の部屋に持って帰ってくれ」

「ええっ」

「それに兄妹とはいえ、こんな時間に部屋で2人っきりになるわけにはいかないだろ」

「私は気にしないぞ」

「オレが気にするんだよ。いいから自分の部屋に戻れ!」

「ちぇっ、つれないやつだな」


 ブツブツ文句を言いながら、結梨花が部屋から出ていく。

 まったく、あいつは無防備すぎるんだよ。まあ、それだけ信頼されているんだろうけど。

 茉莉花への気持ちがなければ、どうなっていたか。

 とにかく、間違いを起こさないようにしないと。

 鋼のように固く決意してから、オレはベッドに入って寝ることにした。

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