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17日目 水曜日

「おっはよ〜」

「あ、おはようございます」


 そろそろ朝食の時間になるところで、真都香さんが病室にやってきた。

 昨日一日、会ってないだけなのに、なぜか無性に懐かしい感じがしてくる。


「元気……ってわけでもないわよね」

「いえ、すこしは落ち着いています」

「そう、意外としっかりしているのね」

「いろいろありすぎて、感覚が麻痺しているのかもしれません」

「あんなことになって、正直、申し訳ないと思っているわ」

「そんな、真都香さんが責任を感じることはありませんよ」

「でも……」

「本当に大丈夫ですから。あまり自分を責めないでください」

「あたしにできることがあったら、なんでも言ってよね」

「ありがとうございます」


 相変わらず真都香さんはいい人だ。

 ホント、なんでオレにここまでしてくれるんだろう。


「さっそくだけど、朝食を食べさせてあげるから」

「お願いし……ん?」


 そのセリフに合わせるかのようにして、朝食が運ばれてくる。

 真都香さんは朝食が乗っているトレイを手早く受け取ると、そのうちの一品をフォークで刺した。

 ま、まさか、このパターンは!?


「はい、あ〜ん」


 そして……ものすごくありきたりなシチュエーションで、オレに食べさせようとしてきた。


「…………」

「どうしたの?」

「いや、なんかあまりにも予想通りというかなんというか」

「じゃあ、口移しで食べさせた方がいい?」

「やめてください! オレにそういう趣味はありませんから。あの、できれば自分の力で食べられるようになりたいんですけど」

「傷がふさがれば、スプーンくらいは使えるようになるだろうけど、それまでは誰かに手助けしてもらわないと無理よ」

「ううむ」

「ほらほら遠慮しないで。あ〜ん」

「ううっ、あ、あ〜ん」


 オレは差し出された一品を、甘んじて口に入れた。

 まあ、この体では1人で食事はできないし仕方ないか。

 真都香さんも仕事としてやっているだろう――


「ああ、いいわ。この、なんともいえない支配感覚。今まで邪険にしてきた相手が、あたしなしではいられなくなるんだから」


 と思ったけど、そうでもないみたいだ。


「なんか楽しそうですね。真都香さん」

「そ、そんなことないわよ。これも看護師としての仕事のうちなんだから」


 完全に目が泳いでいますけど……こういうところも相変わらずだな。

 とはいえ、自分1人では食事ができないのも事実だ。

 恥ずかしい思いを我慢しつつ、真都香さんに手伝ってもらいながら朝食をとった。



「はぁ……」


 ようやく食事が終わったところで、大きなため息が出てきた。

 なんかもう、自分の中にある大切なものをいろいろと失った気がする。


「あ、それから、お手洗いに行きたいときも、あたしが手伝ってあげるからね」

「ええっ!?」

「なんでそんなに嫌がるのよ。昨日は他の看護師にやってもらったんでしょ?」

「それはそうですけど、真都香さんにやってもらうのは……ちょっと」

「別にいいじゃない。すでに座薬とかで下半身をさらしているんだし」

「それとこれとは別なんですよ」


 他の看護師さんたちは仕事としてやっているけど、真都香さんの場合、完全に公私混同して遊んでいるように見える。

 だから、どうしても体が拒否反応を示してしまう。


「あ、ひょっとして、あたしのことを女として意識しているから恥ずかしいとか?」

「いえ、それだけは絶対にないです」

「なんでよ〜!」

「なんでって言われても」


 もて遊ばれるのが嫌だから、なんてことを言ったら、さらに面倒なことになりそうだし。


「とにかく、あたしは仕事があるからナースステーションに戻るわ。なにかあったらナースコールを押すのよ。ボタンは押せる?」

「はい。それくらいは大丈夫です」

「じゃあね」


 真都香さんが病室からいなくなると、また退屈な時間が始まった。



 昨日と同じように、なにもできないまま時間だけが過ぎていく。

 他にも仕事があるせいか、真都香さんもずっとここにいるわけにはいかないみたいだ。

 そういえば、昨日の夕方、橘先生は琉璃佳のところに行くって言ってたけど、今日はまだ姿を見てないな。


「やあ」


 そんなことを考えていたら、疲れた表情をした橘先生がやってきた。


「橘先生」

「遅くなってすまない。ちょっとごたごたしていてね。ここに戻って来たのも、ついさっきなんだ」

「なにか、あったんですか?」

「うん、じつはキミに……落ち着いて聞いてほしいことがあるんだ」

「はあ……」


 普段は見せない深刻な表情を、橘先生がしている。

 本当に、なにか大変なことでもあったのだろうか?


「その、如月のお嬢さまなんだけどね」

「琉璃佳がどうかしたんですか?」

「今朝方、彼女の死が確認されたんだ」

「……えっ?」


 橘先生がなにを言ったのか、オレはすぐに理解できなかった。


「昨日の夕方、僕が行った時点で容態が急変していて……いろいろと手を尽くしてみたけど、助けることができなかった」

「そんな――」


 死んだ? 琉璃佳が? そんなバカな!


「おかしいじゃないですか。だって刺されたのは紗耶香の方で、琉璃佳じゃないんですよ! それなのに、どうして琉璃佳が死んでしまうんですか!!」

「たしかに、刺されたのは紗耶香ちゃんの方だ。でもね。あの時点で重傷だったのは、如月のお嬢さまの方なんだよ」

「どういうことですか?」

「忘れたのかい? 彼女も体に傷を負っていることを」

「あっ!?」


 そうだ。お屋敷で過ごした最後の日に、琉璃佳はオレをかばって斬撃を受けている。

 かろうじて命を取り留めたものの、生死の境をさ迷うほどの重傷患者だったはずだ。


「それなのに、何度もここに来ていたそうじゃないか」

「…………」


 そんな状態で動き回って、傷が治るわけがない。

 オレは、そんなこともわからなかったのか。


「僕も彼女の行動について、もっと把握しておくべきだった。キミの言葉を伝えることは、残念ながらできなかったよ」

「そう……ですか」

「すまない」

「い、いえ」

「…………」

「あの、すみません。すこし、1人にしてもらえませんか」

「……わかった」


 橘先生が、静かに病室から出ていってくれる。

 オレはさっきの橘先生から聞いた内容を、完全に把握しきれていなかった。

 琉璃佳が……死んでしまったというのか? オレと関わったばかりに、オレがなにもわからないでいたから。


「くっ……」


 琉璃佳の傷のことを完全に忘れて、オレは自分のことばかり気にしていた。

 あの視線の主が誰であるかを、もっとよく考えるべきだったんだ。

 琉璃佳……

 せっかく、彼女と一緒に過ごしていこうと思ったのに。

 すべてを聞いてもらい、罪を償おうと思っていたのに。

 …………………………。


 なぜだろう? 琉璃佳の死がショックなのに、以前のように心を壊したり、物事に対して無関心になったりしなかった。

 オレはなにか、自分の心の中にある大切なものまで、亡くしてしまったのだろうか?

 もう、以前のように悲しむこともできなくなったのだろうか?



 そのまましばらく、呆然としていると……


「さっ、昼食の時間よ」


 真都香さんが病室にやってきた。

 いつの間にか、お昼の時間になっていたようだ。


「真都香さん」

「なに?」

「えっと、今は食欲がなくて」

「そう」

「あの、どこか落ち着ける場所へ行くことはできませんか? できれば、外の空気が吸いたいんですけど」

「ん……そうね。じゃあ、中庭に行きましょうか」


 オレの急な提案を、なぜかすんなりと受け入れてくれた。


「車椅子に乗るの、手伝うわね」

「あ、はい」

「ほら、あたしに捕まって」


 真都香さんが慣れた手つきで、オレをベッドから移してくれる。

 そして、後ろから車椅子を押してもらいながら病室から出た。



 それから真都香さんと2人で、病院の中庭にやってきた。

 ここは、初めて見たとき紗耶香がいた場所でもある。


「ここまで来ておいてなんですけど、オレを病室から連れ出しても大丈夫なんですか?」

「あんまり大丈夫じゃないわね。気づいてると思うけど、今もあんたの監視役が何人も見張っているわ」

「そうみたいですね」


 姿は見えないけど、いくつかの視線を感じる。


「ごめんね。あんまり落ち着ける場所ってわけじゃなくて」

「いえ、すみません。わがままを言って」

「別に気にしなくてもいいわよ」

「…………」

「…………」

「あの」

「なに?」

「今朝方、琉璃佳が死んだそうです」

「その話なら、あたしも聞いたわ」

「そうですか」


 だから真都香さんは、なにも言わずにここまで連れてきてくれたのか。


「あたしには、なんて言ってあんたを慰めていいのかわからないけど――」

「いえ、慰める必要なんてないです」

「えっ?」

「どういうわけか、オレは以前のように、悲しみに飲み込まれなくなりました。すべての記憶を取り戻して、これまで何度も大切な人の死を経験したことを思い出したせいか、琉璃佳の死に以前ほど心を乱さなくなったんです」

「…………」

「もしかしたら、オレの心は……すでに壊れているのかもしれません」


 ゴシックの瞳を持つと、人の命を軽視するようになるという。

 その影響を、オレ自身が受けるようになったのかもしれない。


「でもあんたは、その子のことを今でも大切に思っているんでしょ?」

「もちろんです! だけど――」

「だったら、悩むことなんてないわよ」

「え……」

「たしかに人の死に慣れて、感覚が麻痺しているところもあると思うわ。そういう状態を、心が壊れているように感じたりもするでしょう」

「はい」

「だけど、あなたはそれがダメなことだって理解している。それなら、まだ救いようはあるわよ」

「本当に、そうでしょうか?」

「ええ、あたしが保証してあげる! もちろん、根拠はないけどね」

「それって、無責任じゃないですか?」

「自分の言葉を、相手に疑う余地もなく完全に信じこませることなんて……できるわけないでしょ。それこそ、依存でもしていない限り」

「……っ」


 返す言葉がない。


「だから、あたしの言うことなんて、あんたにとっては軽いものかもしれない。だけど、あたしはちゃんとあんたと向き合う覚悟があるんだから」

「向き合う覚悟?」

「そうよ!」


 誰かと向き合う覚悟……か。

 …………………………。


 ああ、そうか……そうだったんだ。

 なんで、こんな簡単なことに気づかなかったんだ。


「オレは、大切なことを忘れていました」

「大切なこと?」

「はい」


 そう、オレはまた逃げようとしていたんだ。

 悲しみに向き合わず……いや、今回は向き合おうとすらせずに、力の影響なんていう言い訳を用意して、逃げ出そうとしていたんだ。

 そうすることで、この深い悲しみをなかったことにしたかったんだ!

 思い出すんだ。琉璃佳と過ごした日々を。

 あの、騒々しくも生き生きとした、お屋敷での出来事を。



『おまえも私と同じ趣味の持ち主だったとはな。同類だというなら話は早い!』

『いや、オレはそのアニメを見たことがないけど』

『なにっ?』

『……ん?』



『だがしかし、痛みがだんだん快楽へと変わり、ついには自ら進んで――』

『……なにをするっての?』

『え……』

『…………』



『おまえは昨日のアニメを見て、なにも学ばなかったのか!』

『だから、そのアニメに影響されて、現実でごっこ遊びをするのもどうかと思うんだけど!』

『なにを言う! せっかくだから、私の空想具現化に付き合ってくれてもいいだろうが!!』

『あのねぇ……』



 本当に、お屋敷では琉璃佳に振り回されっぱなしだった。

 でも――でもオレは、なんだかんだ言いながらも、その日々を楽しんでいた。

 琉璃佳と過ごした時間は、かけがいのないものだった。


「あ、あああ……」


 ゴシックの瞳の影響で死に対して無頓着になり、物事に対する興味が薄れ……

 薬の影響で心を病み、記憶が混濁していたオレを……

 琉璃佳は、人として持っている力だけで立ち直らせてくれた。

 オレに生きる目的を与えてくれた。

 それなのに――オレは彼女を救うことができなかった。

 それどころかゴシックの瞳の力を使い、死に追いやってしまった。

「う、うううっ……」


 目じりから熱いものが込み上げてくる。


「なんだ、ちゃんと泣けるんじゃない」

「……っう」

「悲しみの涙は、つらい気持ちにしかならないわ。でも――」

「あ……」


 真都香さんがオレを、やさしくつつみ込んでくれる。


「今、この瞬間ぐらい、思いっきり泣きなさいよ」

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 オレは真都香さんの胸の中で、大声で泣きわめいた。

 これ以上はないというくらい、大声で……

 そうすることで、琉璃佳の死を……自分自身に受け入れさせようとした。



 しばらくして落ち着いたところで、真都香さんから離れた。


「すみません。なんか、恥ずかしいところを見せてしまって」

「いいのよ。あんたの恥ずかしいところなんて、全部見せてもらっているし」

「でも、こんな風に気を許せたが嬉しくて」


 なんだか真都香さんとの距離が、一気に縮んだ気がする。


「じゃあさ。いいかげん、あたしのこともさん付けじゃなくて、呼び捨てで呼んでくれない?」

「はい?」

「ほら、もう他人ってわけじゃないんだし」

「いや、他人ですけど」

「むぅ……」


 こういうところも、だいぶ慣れてきた。


「でも、年上の人をそう呼ぶのは……」

「なに言ってるの。あんたとあたしは同い年よ」

「は、はあああっ!?」

「知らなかったの?」

「いやでも、オレはまだ学園の生徒ですよ。それなのに、どうして真都香さんは看護師をやっているんですか」

「あたしも紗耶香ちゃんと同じで、海外の大学を出ているのよ」

「へっ!?」

「だから資格とかもろもろは、全部海外で取ってるわけ」

「マジですか」

「ええ」


 知らなかった。この人、妙に大人ぶっているところがあるから。


「ん〜。それでも今はまだ、さんづけて呼ばせてください」

「なんでよ〜。それだといつまでたっても、対等の立場になれないでしょ」

「患者と看護師の間柄である以上、そういう関係には絶対になれませんから」

「え〜」

「もし、オレがここを退院することができれば、そのとき考えさせてください」

「仕方ないか」


 やれやれ。呼び方なんて、そんなに気にすることもないのに。

 紗耶香といい真都香さんといい、なんでそこまで――

 あれ? 待てよ。そういえば……


「なに、どうしたの?」

「あ、いえ。なんでもないです」

「……?」


 そうか、そういうことなのか。

 だから、彼女はあのとき――


「っと、そろそろ病室に戻った方がいいわね。監視役の人たちが、だいぶ怖い顔になっているから」

「あ、はい」


 どうやら相当長い時間、中庭にいたようだ。

 注意される前に、病院内に入ろう。



 病室に戻ると、あたりはあかね色に染まってきた。


「もうすぐ夕食の時間になるけど、食べられる?」

「はい、いただきます」

「すこしは顔色もよくなったわね」

「ええ」

「くよくよしている暇があったら、今の自分になにができるかを考えないとね」

「そう……ですね」


 たとえそれが、悪い結果を生み出すことになったとしても……

 今のオレには、知っておくことがある。

 そのあと夕食が運ばれて来きて、また真都香さんに食べさせてもらった。



「他になにか、用はある?」

「いえ、今のところは別に」

「じゃあ、なにかあったら呼んでね」


 食事の片付けを終えて、真都香さんが病室から出ていく。

 さてと、やるべきことは決まったけど、こんな体では大したことはできない。

 せめて、歩き回れるようになりたいけど、普通の車椅子では動かすこともできないし……なんとか、ならないものだろうか。



「すこしは落ち着いたかい?」


 消灯前に、橘先生がまた病室にやってきた。


「ええ、まあ」

「ふむ、どうやら話はできそうだね」

「もう、以前までのオレとは違いますから」

「そうか、キミは本当にレアなケースのようだ」

「えっ?」

「だってゴシックの瞳の持ち主でありながら、死に引きずられることなく今も生き続けている。しかも過去の自分を受け入れ、未来を見据えようという意志もある。今のキミは、ゴシックの瞳の力を乗り越えたと言ってもいいだろうね」

「やめてください。オレはそんな大した人間じゃありません。心を壊して死を選んだこともありますし、おかしな薬を打たれて、物事に対して興味が薄れたこともありました」

「…………」

「それでも、生き続けることができたのは、たくさんの人たちがオレを救ってくれたからです。1人だったらとっくの昔に、死に飲み込まれていました」

「ふふ、それだけ自分のことを客観視できるなら十分だよ。たしかに、いろいろなことが作用して、今のキミは存在している。だから、どうしてこんな状況になったのか、考えてみるのもいいと思うよ」

「そうですね。いくつか確認しておきたいことがあるので、オレの話を聞いてもらえますか?」

「ああ、いいよ」

「ありがとうございます」


 この人なら、なにが正しいことなのかわかっているはずだ。


「今の状況について疑問に思っていたことは、ふたつほどありました。そのうちのひとつが、琉璃佳がなぜ紗耶香を刺したか……ということでしたが、その理由は昨日、橘先生の話を聞いてわかりました」

「彼女がゴシックの瞳を持っていたから……だね」

「ええ、そしてゴシックの瞳の特性である、人の死に関心がなくなるということを、オレが理解していなかったのが原因だったと思います」

「キミは薬の影響を受けていたから、理解できなかったのは仕方ないさ。それに先週の時点で、彼女がゴシックの瞳を得たことを知っていたのかい?」

「いえ」

「なら、あまり自分を責めない方がいいよ。過去をなかったことにはできないんだから」


 たしかにそうだ。

 真都香さんにも、今の自分になにができるかを考えるべきだと言われたし。


「それで、もうひとつの疑問というのは?」

「昨日も言いましたが、なぜ紗耶香がここに来ることができたか……です」

「それは僕も疑問に思っていることだよ」

「実家で軟禁されている上に、車椅子を使っている彼女が、1人の力でここまで来れるとは思えません。となると――」

「誰かが手を貸している。そう言いたいんだろ?」

「はい」

「それについては、最初からおかしいと思うところもあったんだ。キミの両足のアキレス腱を切断した手術にしても、車椅子を使っている紗耶香ちゃんが、1人で準備して実行することができるだろうか? そして手首のときも、どうやって紗耶香ちゃんはこの病院まで来ることができたのか?」

「もし、紗耶香の家族である人間が手助けをして、なおかつ医療の知識もあれば……そのふたつを実践することはできるんじゃありませんか?」

「となると、もっとも協力者としての可能性が高いのは、紗耶香ちゃんの父親だろうね。なんだかんだ言いながらも肉親だし、彼女に後ろめたいところもある」

「ええ……」

「でも、残念ながら彼は白だ。彼の動向については、凛に監視させていたけど、怪しいところは見つかってないんだよ」

「…………」

「そうなると、誰が手を貸しているのか絞り込むことが難しくなる。彼女に直接関わる人間は、ゴシックの瞳の影響を受けない、心の強い者に限定しているからね」


 たしかに、心を強く持てば影響を受けないだろう。

 だけど、家族であれば……その限りではない。


「橘先生、ひとつ教えてもらいたいことがあるんですけど」

「なんだい?」

「オレの両親が死ぬ前に助けた女の子って、もしかして紗耶香ですか?」

「そうだよ……って、君は気づいてなかったのかい?」

「記憶が、曖昧になっていましたから」

「まあ、紗耶香ちゃんの方も、カルテを見るまで知らなかったみたいだけどね。ちょっとばかり嫌な話になるけど、その事故の詳しい内容についても教えてあげようか?」

「いえ、その必要はありません」


 そのことについては先々週、紗耶香に直接問いただしている。

 彼女自身があの事故を起こして、オレの両親はそれに巻き込まれたんだろう。


「さっきも言っていたじゃないですか。過去をなかったことにはできないって」

「そうだね」

「それより、その話が事実なら、誰が紗耶香を手引きしたのか心当たりがあります」

「本当かね!?」

「ただ、今の時点ではオレの憶測でしかなくて、証拠になるようなものはなにもないんです。だけど、確認する方法なら……あるので」

「ふむ。なにをする気かしらないけど、この件はキミに任せてみよう。こっちも引き続き調査を続けるから、なにかわかったら教えてもらえるかい?」

「わかりました」

「じゃあ、今日はこの辺で失礼するよ」


 橘先生が病室から去っていく。

 それから消灯時間まで、オレは自分の考えをまとめることにした。



 琉璃佳……

 眠りにつく前に、また彼女のことを思い出していた。

 結局、オレは琉璃佳になにも伝えられなかった。

 だからといって、悲しんでばかりもいられない。まだ、解決しなければいけない問題があるから。

 紗耶香がどうやって、この病室に来たのか……それがわからないまま、この病院を出ることはできない。

 この問題を解決するために、オレは再びゴシックの瞳の力を使うことになるだろう。

 こんな力、二度と使うべきではないことはわかっている。だけど、ゴシックの瞳に対抗できるのは、ゴシックの瞳だけだ。

 だから――だからもう一度、オレは罪の代償を受けよう。

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