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1日目 月曜日

 魔王城の奥深くに存在する――

 玉座の間に、魅惑の瞳を持つ魔界の王が鎮座していた。

 この世を我が物とするために、これまで数多くの混乱をもたらしてきた異界の王。

 その前に、2人の女勇者が姿を現した。


「ふっ……」


 勇者たちの存在を見据えると、魔王が自らの力を込めた視線を向ける。


「この我のものとなれ、勇者よ」

「断る!」


 だがしかし、その視線を2人の女勇者は完全に打ち破った。

 どうやら防御壁のようなものを、彼女たちは身にまとっているようだ。


「ほう、我が魅惑の力を退けるとは、さすがは勇者といったところか」

「魅惑の瞳を持つ魔界の王よ」

「あなたの力は、わたしたちには通用しません」

「精霊より授かりし、この『アメジストデュアルブレード』が、その力を阻む限りは」


 勇者たちの手には、それぞれ淡い光を放つ剣が握り締められている。

 それが魔王の力を無効化しているようだ。


「こざかしい」


 強気の態度をとってはいるが、魔王の表情からは明らかに余裕がなくなっていた。

 なぜなら、力が通用しないということが今までなかったからだ。

 途方もない力を持つ豪傑も、奇跡を起こせる英雄も、魔王にはかなわなかった。

 その力を自分のものにされるから……魅惑の瞳こそ、最強の力と言えるだろう。

 だがしかし、それを封じられたとき魔王にはなにも残らない。

 それが魔王の力の、すべてである以上は……


「こうなっては、打つ手もあるまい」

「おとなしく、滅びの道を逝きなさい」

「貴様によって操られ、命を落とした同胞たちの仇、今ここで取らせてもらう」

「くっ……」


 たじろぐ魔王に、勇者たちが剣を振りかぶって押し迫る。


「この世界から――」

「滅び去れっ!」

「ぐああああああああああああああああああっ!!」


 ふたつの漸撃が、魔王の体を交互に切り裂いた。

 致命的な傷を負わされ、魔王が苦渋の表情を浮かべる。


「お、おのれ」

「終わりだ! 魔王」

「いや、これで終わりではない。たとえこの身が死を迎えても、瞳の力は存在し続ける。すぐに新たな宿主を捜し出し、後生へと受け継がれるであろう」


 そう、魔王が死んだとしても瞳の力は転生し、再び世界に現れる。

 このままでは、新たな力の持ち主が誕生してしまう。


「たしかに。あなたが死んでも、力が滅びることはないでしょう」

「ならばそれを、封印するまでだ」

「なにっ!?」

「そのために、わたしたち姉妹が勇者に選ばれたのですから」

「貴様をこの世界に存在させず、完全な死を与えない状態で……我が一族の秘術を使い、瞳と共に『生と死の境界』へと封じ込める」

「ま、まさか――」

「さあ、覚悟するがいい」

「がぁあああああああああああああああああっ!!」


 勇者たちが念じると、魔王が受けた傷口から光があふれ出した。

 その光がゆっくりと、魔王の体をこの世界から消し去っていく。


「なんだ!? これは!!」

「貴様が受けた傷は、ただの傷ではない」

「そこには、相手を生と死の狭間へと封印する、我が一族の秘術が込められているのです」

「ぐっ、ううっ……」


 どんなにあがいても、魔王は自らの体が消えていくのを止めることができなかった。

 今まさに、最後のときが訪れようとしていた。


「お、おのれ、これで……これで終わったと思うなよ! どんな場所に追いやられようと、持ち主が自らの手で破壊しない限り、瞳の力が失われることはない。この先、生と死の境界を訪れた者が現れれば、その者に我が力を分け与えてくれよう」

「なんだと!?」

「私の持つゴシックの刻印が、転生の架け橋となるのだ! そしていつか――いつかこの世界に、完全な形で『黒檀の境界』を蘇らせてくれる!!」

「戯れ言を、貴様にそのような力があるものか」

「おとなしく、この世界から消え去りなさい」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 断末魔の叫びが室内に響き渡る。

 その声も、やがて小さくなっていき――

 光が四方に霧散すると、魔王の体は完全に消えていた。

 部屋の中には、2人の女勇者だけが残った。


「終わったのですね」

「ああ、我々の勝利だ」

「本当に……ここまで長い旅でした」

「その間、どれだけのたくさんの命が失われたことか」

「姉さま」

「だが、ようやく本懐を遂げることができた」

「これでみんなの魂も救われます。さあ、帰りましょう」

「うむ」


 勇者の手によって、邪悪な魔王は滅び……

 世界は再び、平穏な日々を取り戻した。

 …………………………。


「う〜ん。なんかもう、ありきたりすぎる内容で見ていて痛々しくなるな……どこの中学生のノートだよって感じだし」

「おいおい、僕の脚本にケチをつけるつもりかい?」


 さっきまで必死の形相をしていた魔王が、ニコニコ笑顔で話しかけてきた。


「おつかれさまです。編集長」

「おつかれ〜、なかなかいい絵が撮れたんじゃないかな」

「ええ、カメラマンの方が満足そうな顔をしていたので、問題ないと思います」

「そうか。これで主要なシーンの撮影は終わらせることができたね」

「それにしても……たかが写真撮影のために、こんな大がかりな寸劇をやる必要があるんですか?」

「当然だよ! リアリティのない写真に、読者は付いてきたりはしないんだから」

「は、はあ……」


 たしかに、このやり方で撮影した写真は、迫力があるってことで評判にはなっているけど。

 だからといって、わざわざセリフを覚えて、映画のようなスタイルにする必要があるのだろうか?


「それにこうしておけば、おまけのメイキングのDVDも作りやすいしね」

「なるほど。いろいろと大変ですよね」

「仕方ないよ。ゴシック&ロリータ専門誌ってだけでも、ニッチなジャンルだから」

「しかも編集長、自らがモデルをやってますし」

「うちのような弱小出版社じゃあ、モデルに払うギャラだってバカにならないんだよ。だから僕としては、君にもモデルをやってほしいんだけどね」

「オレが?」

「もちろん、お姫さまの役でだけど」

「……なんで女役をやらないといけないんですか」

「なんでって……子どもの頃は、うちの雑誌の専属モデルをやっていたじゃないか。かわいらしい女の子の服を着て――」

「ちょっ……こんなところで、人の恥ずかしい過去を暴露しないでもらえますか」

「わかってないなぁ。そういうのは、黒歴史って言うんだよ」

「はあっ?」

「それに、今さら気にしてどうするんだい。ここにいる人間は、みんな知ってることなんだし」

「それは、そうですけど……」


 たしかに子どもの頃、オレはこの雑誌のモデルをやっていた。

 ゴスロリ好きな母親に、そういった服を着せられて、投稿されたのがきっかけだ。

 そのときは、よくわかっていなかったこともあって、女の子の服を着ても抵抗はなかった。

 かわいいともてはやされて、調子に乗っていた時期もあった。

 でも、大きくなるにつれて、まわりからの視線に耐えられなくなって……着るのをやめた。

 そのことに対して、今さら未練なんてあるわけがない。


「オレはもう、そういうことはやらないって決めたんです」

「もったいないな〜。君なら立派な『男の娘』になれるっていうのに」

「なんですか? 男の娘って」

「よし、説明してあげよう!」

「いえ、結構です!」

「つれないなぁ」


 ここで下手に話を聞こうものなら、延々と長話をされてしまう。

 そうなったら、確実に日が暮れるだろう。


「まあたしかに、ゴスロリ系の服にはまだ興味がありますが――」

「つまり、未練があるってことだね」

「違います! ホントにないですから」

「ほほう」


 この人、なんでオレなんかにモデルをやらせたがるんだろう?


「なんなら次のシリーズに登場する、3人目の勇者役をやってみないかい?」

「3人目の勇者?」

「そっ、もちろん女性だけど」

「……どうして3人目も女性にする必要があるんですか?」

「決まっているじゃないか! 男キャラなんか出そうものなら、批判の対象にしかならないからさ。可能性は生み出しただけでアウトなんだよ」

「は、はあ……」

「それに最初は2人であっても、途中から1人が加わってマックスハートになり――最終的には、5人そろってファイブになる!」

「これは世界の理とも言えることだよ」

「いや、そんな世界の住人にはなりたくありませんけど」

「ま、やりたくなったらいつでも言ってよ。残る2人も当てはあるし。1人はメイドさんで、もう1人は病院の院長の娘。どっちも君好みの美少女だよ!」

「だから、どんな条件を出されてもオレはやりませんから」

「それは残念だな」


 やれやれ、編集長の趣味はよくわからないな。


「そんなことより、外に出ませんか? いつまでも地下室にいるのもなんですし」

「ああ、そうだね」



 編集長たちと一緒に、お屋敷の外に出た。

 あらためて見ると、でかくて豪華な建物だよな。

 たしか、どこかの富豪が買い取って、改装したって話だけど……特別に、地下室を使って撮影することを許可してもらえたんだっけ。

 おかげでファンタジーっぽい雰囲気のある、いい写真が撮れた。

 2人の女勇者をやった、結梨花と茉莉花が着ていた服も様になっていたし。

 ゴスロリ服の上に、部分的に鎧を付けているだけだったけど、よくにあっていたよな。


「確認してきたけど、写真の方は問題なさそうだね」

「よかった」

「君は撮らなくていいのかい? こんな場所で撮影できるチャンスなんて、めったにないよ」

「結構です。どうせスカートを着せられるでしょうから」

「はは、さすがにお見通しか」

「それに今は、オレの妹たちが立派にモデルの仕事をやってくれているじゃないですか」

「たしかにあの2人の人気はすごいね。結梨花ちゃんと茉莉花ちゃんのおかげで、うちの雑誌は成り立っていると言ってもいいくらいだし」

「他にあの2人が出ているメディアがありませんから」

「まだ学生だからって、芸能界に入らずにうちの専属モデルにとどめてくれているのは、ありがたい限りだよ」

「オレのいる学園でも、愛読者は多いですよ。でも、学園では結梨花の方が圧倒的に人気があるんですよね。紙面上では茉莉花の方が人気があるのに……なんでだろ?」

「そりゃあ、雑誌では視線を受けることがないからね」

「視線? どういう意味ですか?」

「気にしなくていいよ」

「……?」

「とにかく、これで魔王と双子の勇者シリーズの第1期が完結を迎えるわけだ。わざわざ海外でロケを行ったんだ! これで来月号も増刷間違いナシだねっ!」


 オレも夏休みに入って早々、海外に行くことになるなんて思いもしなかった。

 2人だけでは心配だからついて来たけど、このまま何事もなく撮影は終わりそうだ。


「それにしても、このシリーズはなんでこんなに人気があるんでしょう? 双子の勇者が魔王を封印するっていう、ごくごくありふれた内容なのに」

「リバイバルブームってのもあるんだろうけど、なんだかんだ言いながらも、みんなスタンダードな内容が好きなんだよ」

「なるほど。結梨花と茉莉花もよくついていけるよな。オレはこういうの、まったく興味がないし」

「食うためなら、仕方がないだろう」

「えっ、結梨花!?」


 撮影が終わって着替えているはずの結梨花が、なぜかオレたちの前に現れた。


「お、おつかれさま。結梨花ちゃん」

「おつかれさまです。編集長、これで私が登場するシーンは終わりですか?」

「ああ、そうだよ」

「おい、結梨花」

「そうですか……無事終わって……よかっ――」

「結梨花!」


 最後まで言葉を発することなく、結梨花がその場に倒そうになる。

 その体を、オレはギリギリのところで受け止めた。


「姉さま!」


 茉莉花が息を切らせながら、オレたちのもとに駆けつけてきた。


「兄さま、姉さまは?」

「大丈夫。緊張の糸が切れて、気を失っただけだ」

「ごめんなさい、すぐに着替えて休むように言ったのですが……OKなのかどうか、直接確認してくるって聞かなくて」

「茉莉花のせいじゃない。とにかく、結梨花を部屋まで運ぼう」

「はい」


 オレは気を失ったままの結梨花を抱え上げて、近くにある宿泊先のホテルまで運んだ。



 結梨花を部屋に寝かしつけたあと、ホテルのロビーにあるカフェレストランで診察が終わるのを待った。

 大丈夫かな、結梨花のやつ。

 しばらくして、編集長と茉莉花がやってきた。


「どうでした? 結梨花の様子は」

「医者に診てもらったけど、ただの風邪ではあるそうだ。普段の彼女なら、それくらいで倒れるようなことはないだろうけど、やっぱりこの国の空気が合わないみたいだね」

「そうですか」


 昔の事件の後遺症か、あいつはそれほど環境の変化に強いわけじゃない。

 それなのに海外ロケなんて、無茶もいいところだ。

 本人は、まわりにそこのことを知られたくないみたいだけど……無理を言って、オレも参加させてもらったのは正解だった。


「姉さまは、いつも無理をしすぎなのです」

「あいつの性分だし、仕方がないさ」

「しかし、大したものだね。君はこの国に来てから、結梨花ちゃんの体調が悪くなっているのを見抜いたんだから」

「そりゃあ、あいつはオレの家族ですから」

「ふ〜ん。本当にそれだけなのかな?」

「あたりまえです。それ以外になにがあるっていうんですか」

「ふふ。そんな風にはっきり言えるのは、いいことだと思うよ。茉莉花ちゃんも一安心だし」

「なにがですか?」

「編集長!」

「まあまあ。とにかく君の提案通り撮影スケジュールを変更して、結梨花ちゃんのシーンを優先させたのは正解だった。彼女の分の撮影は終わっているし、早めに帰国した方がいいだろう」

「すみません、いろいろと面倒をかけてしまって」

「なに、我が誌のメインモデルのためだ。これくらい当然さ。航空チケットは2枚用意できたから、今日の最終便で帰るといいよ」

「2枚か……1枚は結梨花の分として、もう1枚は――」

「兄さまが、姉さまについて行ってあげてください」

「えっ、でも……」

「わたしはまだ撮影が残っているので、姉さまと一緒に帰るわけにはいきません。それに、あんな状態の姉さまを1人で帰すわけにもいきませんから」

「そうだな……わかった。そうするよ」

「すまないね、茉莉花ちゃん」

「いえ」

「今日の撮影はもう終わりだから、このあとは自由に行動してもらっていいよ」

「はい」

「僕はまだ、スタッフとの打ち合わせがあるから、それじゃあね」


 編集長がスタッフの集まる部屋へと向かっていく。

 茉莉花と2人、カフェレストランに残ったけど……


「このあと、どうしようか?」

「あの、兄さま。もしよかったら、一緒にこの国を見てまわりませんか?」

「えっ? あ、うん」


 茉莉花に誘われて、オレは異国の地を2人で散歩することになった。



 宿泊中のホテルを出て、特に当てもなく繁華街を歩き続ける。


「ここって本当に、素敵な建物が多いですね」

「ああ、こういうのって風情があっていいよな」

「はい」


 オレの隣で楽しげに微笑む茉莉花。その姿に、道行く人々がみんな注目してきた。

 ううむ。わかっていたことではあるけど、相変わらず目立つよな、茉莉花は。

 ロリータ服専門のメーカーから借りている新作の試作衣装を身にまとい、髪をなびかせながら無邪気に笑顔をふりまいている。

 さすがに鎧は外しているけど、その姿は人々の目を引くのに十分すぎるほど魅力的だった。

 端から見たら、どこかの国のアイドルがバカンスに来ているのかと思うだろう。

 ……あながち間違いではないんだけど。

 でもってオレは、それに付き従う親族のマネージャーってところか。間違ってもカップルと思われることはないだろう。

 その辺は、ちゃんと自覚している。


「はしゃぎすぎて、転ぶなよ」

「大丈夫ですよ」


 初めて見る場所だからだろうか? いつも以上に、茉莉花は陽気だった。


「そこのお嬢さん、サービスするから買っていかないかい?」


 路上に立ち並ぶ露天のひとつから、恰幅のいいおばさんが茉莉花に声をかけてきた。


「あら? 同じ国の言葉?」

「あたしゃ、この国に嫁に来てね。故郷の言葉を久々に聞けて嬉しいよ」

「そうですか」

「どうだい? 自慢のジェラートを食べてみないかい?」

「せっかくですし、ふたついただけますか」

「はいよ、代金は1人分でいいから」

「ありがとうございます」


 あらかじめ両替しておいたお金を払って、茉莉花がジェラートを受け取る。


「わぁ、おいしそう」

「2人は観光で来たのかい?」

「いえ、仕事です」

「そうかい。この国はすこし物騒なところがあるから、夜に出歩くのは危険だよ」

「はい、気をつけるようにします」

「でも、景色がいいところも多いんだ。そうそう、この先にある高台から見る風景は最高だよ」

「それは素敵ですね。あとで行ってみます」

「愛を語らうには絶好の景色さ。そういや、あんたたちは恋人同士かい?」

「い、いえ、家族です」


 すぐさま否定する茉莉花。


「そうかい。いいねぇ、あたしもあんたらみたいな子どもがほしいよ」

「は、はあ……」

「よい旅になることを祈っているよ」

「どうも、ありがとうございました」



 茉莉花がそばまで駆け寄ってきて、ジェラートを手渡してくる。


「どうぞ、兄さまの分です」

「ああ、ありがとう」


 それをオレは、できるだけ平静を保ちながら受け取った。


「あのおばさん、わたしたちのことを恋人同士だと思ったみたいですね」

「お、オレなんかじゃ、茉莉花の相手としては役不足だろうけど」

「そんなことありません。兄さまは結構モテるんですよ」

「そうかな? そんな風に感じたことはないけど」

「それは多分、わたしたちが側にいるから……他の子は近づきにくいんだと思います」

「なんで?」

「ええと、その……なんと言えばいいか……」


 なぜか困ったような表情を見せる茉莉花。


「まあ、今は茉莉花と結梨花がいてくれるだけで、オレは幸せだから」

「それは、わたしも同じです」


 茉莉花が頬を染めて、はにかんだ表情をしながらうつむいた。

 ううむ。こんなかわいい子がオレの妹ってんだから、ホント世の中わからないよな。

 学園内でも、ずいぶんやっかみを受けているし……まあ、全部スルーしているけど。

 兄妹ってこともあってか、それほど大きな嫌がらせを受けてないからな。

 学園のアイドルと付き合うことになったっていうやつに比べたら、かわいいものだ。

 ただ、「お兄さん」なんて言ってきた男どもは、全員ガン無視したけど。

 ……はたから見たら、茉莉花と結梨花の『兄』ってのは、すごくうらやましいかもしれない。

 でも実際には、それほどいいものじゃない。できることなら、『幼なじみ』の間柄でよかったんだ。

 そうすれば、今ごろ――

 って、いかんいかん。なにを考えているんだオレは……相手は大切な家族だってのに。

 そりゃあ、さっきおばさんに恋人かどうかを聞かれて、茉莉花に速攻で否定されたのはショックだったけど。

 かといって、今のオレたちの立場が変わることはない。


「兄さま、おばさんが教えてくれた高台に行ってみませんか?」

「そうだな、まだすこし時間はありそうだし」


 よけいな考えを振り払って、オレは茉莉花と一緒に高台を目指した。



「多分、この辺だと思うのですが」

「う〜ん」


 うろうろしているうちに、日が沈み始めてきた。

 夜までにはホテルに戻らないと。おばさんもあぶないって忠告してくれたし。


「あの階段の上じゃないかな」

「そうかもしれませんね」


 2人で左手奥にあった階段を上ってみる。

 そして、最後の段まで上りきると――



「おおっ!」


 眼下に、あかね色に染まった街並みが広がった。

 なるほど、おすすめするだけのことはある。こんな壮大な景色、めったに見られるもんじゃない。


「すごい、本当にきれいな景色ですね」

「あ、ああ」


 隣に立つ茉莉花が、うっとりとした表情を見せてきた。

 たしかに、すごくいい景色ではある。だけどオレの目は、完全に茉莉花の方に奪われてしまった。

 なにこれ? ものすごくテンプレなラブコメの波動を感じるんだけど。

 あまりにもありきたりな展開に、このあととんでもないことが起こるんじゃないかと警戒してしまう。

 なにしろ、ただでさえ反則的な茉莉花の魅力が、さらに増強しているから……これで心を動かされない男が、果たしているだろうか?

 気を抜いたらこの場の雰囲気に流されて、そのまま「結婚してくれ」なんてことを言ってしまうかもしれない。

 ホント、きれいだよな茉莉花は。

 その上、気が利いてやさしくておしとやかで……まさに、自分が理想とする女の子といえるだろう。

 これで妹でなければ、本当にどうなっていたかわからない。


「……くっ」


 茉莉花の存在があまりにまぶしすぎて、思わずまぶたを強く閉じてしまった。

 しかし、すぐにその姿が浮かび上がってくる。

 そして……オレの中にいる天使と悪魔、ふたつの人格が葛藤を始めた。


「ここは、告白するしかないだろう」

「うむ、悪魔のおまえの言うとおりだ」

「って、ちょっと待て! 天使のおまえまで納得してどうする」

「今こそ自分の気持ちに、素直になるべきときだと思うぞっ!」

「だ、だが、相手は妹だぞ」

「大丈夫だ、問題ない!」

「いやいやいや、問題あるから!」

「愛があれば、すべて解決するはずだ!!」

「便利な言葉だな〜、愛って」


 なんか……全然、葛藤になってないんだけど。

 そもそも天使のオレが、インモラルを助長してどうするんだよ。


「――さま」

「……ん?」

「兄さま、どうかされたのですか?」

「うおっ!? いや、なんでもないよ」

「……?」


 あぶないあぶない。あやうく告白の打算をしてしまうところだった。


「こうしていると昔、住んでいた街のことを思い出しませんか?」

「えっ?」

「ずいぶん前のことですから、兄さまは覚えてないかもしれませんが」

「ああ……。その頃のことは、ほとんど覚えてないかな」

「そうですか」


 忘れているわけじゃない。

 ただ、その街での出来事は、茉莉花たちにとって楽しい思い出よりもつらい思い出の方が多いはずだから、あえて話題にしないようにしている。


「兄さまは、もう覚えてないのでしょうか?」

「なにを?」

「いえ、なんでもありません」


 すこしだけ表情を曇らせる結梨花。

 そういえば……昔、家の近くにあった高台から、こんな風に2人で住んでいた街並みを見たことがあったな。

 たしかそのとき、オレは茉莉花にとんでもないことを言ったはずだ。

 そう、「将来、結婚してくれ」……と。

 うわあぁぁっ。思い出しただけで赤面してくる。なんかもう、昔の恋愛ものも裸足で逃げ出す痛々しさだ。

 しかも、「結婚してくれないなら、ここから飛び降りて死ぬ!」なんてことまで言った気がする。

 幼い頃のこととはいえ、なんてメチャクチャな告白なんだろう。

 命を盾に告白するなんていう、あぶない女の子がやりそうなことを、平然とやってしまったわけだから。

 昔のオレは、それでうまくいくと本気で思っていたんだろうか?

 そうやって茉莉花を困らせて、無理やりOKさせたっけ。

 ホント、最低だな。

 とにかく、妹に告白したことがある! なんていう恥ずかしい話を、今さらできるわけがない。

 だけど、こうして話題に出してきたってことは、茉莉花はそのときのことを覚えているんだろうか?

 まさか……ね。


「そろそろ、戻ろうか」

「……はい」


 すこしばかり不審に思ったけど、茉莉花はいつもと変わらない笑顔を見せてくれた。

 そのあとオレたちは、早足で宿泊先に戻ることにした。



 ホテルに着いて自分の部屋に入ったところで、高台での出来事を思い返してみた。

 もしかして茉莉花は、あのときの約束を守るつもりなんだろうか?


「いや、そんなわけないよな」


 あんな大昔の約束を、今でも覚えているわけがない。それに、できれば忘れていてほしい内容だ。

 とにかく、相手は妹なんだから、間違ってもおかしな考えを持たないようにしないと。

 よけいな邪念を払いのけて、オレは帰国のための準備に取りかかることにした。



「こんなところか」


 まとめた荷物を手にして、忘れ物がないか部屋の中を見渡す。

 うん。大丈夫だな。あとはロビーにあるカフェレストランに行って、みんなの準備が終わるのを待つとしよう。



「……おや?」


 カフェレストランまで来たところで、茉莉花が見知らぬ女の子と一緒にいる姿が目に入った。

 女の子がなにやらしきりに話しかけているが、言葉が通じないせいか、茉莉花が困った表情をしてる。


「茉莉花、どうかしたのか?」

「あ、兄さま」


 オレが声をかけると、女の子はすこしだけ驚いた表情を見せて、走り去っていった。

 なんだろう?


「今の子は?」

「どうも、わたしの服のことをいろいろ聞いていたみたいでしたが、言葉が通じなくてよくわからなかったのです」

「ああ、それは仕方ないよ」


 この国の言葉は、オレたちにはほとんど理解できない。話ができるのは編集長だけだ。

 あの人、無駄にスペックが高いんだよな。

 海外の結構いい大学を飛び級で卒業して、将来を有望視されていたって話だし。

 でも、それからなんだかんだあって、今は雑誌の編集者をやっているんだから。ホント、わけがわからない人生だよな。


「兄さまの荷造りは終わったのですか?」

「ああ、オレの方はそれほど荷物があるわけでもないし。それより、結梨花の様子は?」

「今は落ち着いています」

「そっか」

「姉さまの荷物はわたしがまとめておきましたので、すぐにでも出発できます」

「ありがとう」


 ほどなくして、編集長がやってきた。


「準備はできているようだね」

「編集長、もうちょっと早く来てくれたらよかったのに」

「なにかあったのかい?」

「先ほど、この国の女の子に話しかけられたのですが、言葉が通じなくて困っていたんです」

「ああ、なるほど」

「多分、このホテルに泊まっていると思われるので、空港から帰ってきたら通訳をお願いできますか?」

「任せておきたまえ。それじゃあ行くとしようか」

「わたしは姉さまを呼んできます」

「頼むよ」

「ホテルの前にタクシーを呼んであるから、結梨花ちゃんが来たら出発しよう」

「はい」


 ふらふらの結梨花を茉莉花が連れてくると、オレたち4人はホテルをあとにして空港に向かった。



 空港のロビーに着いたところで、すぐに搭乗手続きをすませて、出発時間が来るのを待った。


「忘れ物はないかい?」

「はい……って、結梨花、大丈夫か?」


 タクシーの中でも顔色はよくなかったけど、結梨花の様態がさらに悪化しているように見える。


「ちょっと、お手洗いに行ってくる」

「あ、うん。茉莉花、一緒に付いて行ってもらえないか」

「わかりました」


 茉莉花が結梨花を支えながら女子トイレへと入っていく。

 結梨花のやつ大丈夫かな。あいつはすぐに我慢をするから……早く家に帰って休ませてやりたい。


「……おや?」


 女子トイレの隣にある男子トイレの入り口付近で、不審な動きをしている2人組の男が目に入った。

 あの人たち、あんなところでなにをしているんだろう?

 気になったので、その姿を見続けていると――


「あんまり、じろじろ見ない方がいいよ」


 編集長がオレの前に立って忠告してきた。


「編集長、彼らはいったいなにをしているんでしょうか?」

「さあね。でも、ほめられるようなことでないのはたしかだと思うよ。これはちょっと、注意しておいた方がいいかもしれないね。この国は予想していたより、治安がよくないみたいだし」

「大丈夫……なんですか?」

「なに、心配はいらないさ。残りの撮影を早めに終えて、僕らも明日の夜には出発するつもりでいるから」

「気をつけてください」

「ふふ。君は茉莉花ちゃんのことが心配なんだろう?」

「そ、そりゃあ、家族ですから」

「ふ〜ん。そうやって自分の本当の気持ちを隠そうとしても、バレバレだからね」

「なっ!?」


 なんでわかるんだ!


「やれやれ、妹に本気で恋をするなんて、どこのライトノベルの主人公だよ」

「やめてください。そんなんじゃないですから」

「いいじゃないか。最近では実の兄妹でも愛し合う人たちもいるし」

「いや、それ国によっては犯罪になりますから!」

「まあ、君と茉莉花ちゃんがどうなろうと知ったことじゃないけどね。僕が興味あるのは、結梨花ちゃんだけだし」

「えっ!? 編集長、結梨花のことが好きなんですか?」

「ああ」


 し、知らなかった!

 でも、編集長もなんだかんだ言っていい男だし、2人が並んだら……お似合いかもしれない。


「彼女ほど、ゴシックファッションが似合う女性はなかなかいないからね!」

「……はい?」

「できることなら、モデル以外の仕事はやってほしくないくらいだよ」

「ええと、それって結梨花は服を着てもらうために必要ってことですか?」

「あたりまえじゃないか!」

「それだと、マネキンと同じってことになりますけど!」

「チッチッチッ、わかってないなぁ、君は。いいかい! ゴシックファッションとは、神が与えたもうた聖なる衣。すなわち、神衣かむいに等しい存在なんだ」

「は、はあ……」

「それを着こなすためには、それ相当の力……たとえば、オリンポス十二神だったり、人衣一体ができたりするほどのスキルが必要なんだよ! 結梨花ちゃんには、それに等しい力があると僕は考えているのさ!」


 編集長がなにを言っているのか、全然理解できない。


「ようは、モデルとして好意を寄せているってだけで、恋愛対象になるようなことはないんですね」

「あたりまえじゃないか。僕に好意を寄せてもらいたいなら、フリルになって出直してきたまえ!」

「人間すら、やめろってことですか!」

「もちろんだとも!!」


 ダメだ、この人。ゴシック好きなのはわかっていたけど、完全に度を超している。

 前言撤回。こんな変態に、大事な妹を任せるわけにはいかない。


「お待たせしました」


 編集長と言い合っているうちに、結梨花と茉莉花が帰ってきた。


「大丈夫か? 結梨花」

「ああ、ゲロったらだいぶラクになった」

「いや……女の子なんだし、そういうことをはっきりと言うなよ」

「ゲロインも流行のひとつだよ。ヒロインがゲロを吐くアニメは名作ぞろいだし」

「そんな流行、聞いたこともないし!」


 この人の頭の中は、いったいどうなっているんだろう。


「おっと、そろそろ搭乗できるみたいだ。そこの8番ゲートが入り口だから」

「あ、はい。ほら行くぞ、結梨花」

「う、うむ」


 これで本当に、さっきよりマシになっているのか?

 無理しているのがバレバレなんだけど。


「兄さま、姉さまのことをお願いします」

「任せとけって。茉莉花の方も無事、撮影が終わることを祈っているよ」

「ありがとうございます」



 茉莉花たちと別れて、足取りがおぼつかない結梨花を連れて飛行機に乗り込んだ。


「半日ほどで帰れるから、それまで寝てろ」

「すまない」

「気にするな。大事な家族のためだ」

「家族……か、そうだな」


 どこか複雑な表情を見せる結梨花。

 なにか、ひっかかることでもあるんだろうか?


「なあ」

「ん? なんだ?」

「このまま2人で、どこか他の国に行かないか?」

「いや、それだとおまえの体調が戻らないだろうが」

「おまえが一緒なら、それも悪くないと思うんだが」

「バカなこと言ってないで、とっとと寝ろ!」

「……わかった」


 結梨花が自分のシートについて、ゆっくりと目を閉じる。

 それを見届けたところで、オレも自分の席について休むことにした。

 まったく茉莉花のやつ、なにを言い出すかと思ったら。あいつは編集長やオレの元クラスメイトに、変な影響を受けすぎなんだよな。

 もっと普通にしてくれた方が、オレ的には助かるってのに。

 とにかく、これで自分の家に帰ることができそうだ。

 結梨花の容態や、茉莉花が1人で大丈夫かどうか気になることもあるけど。

 何事もなく、みんなが無事、帰国できることを願おう。

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