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04.友達と期待

 本日も晴天。気候は穏やかで、過ごしやすい一日となるでしょう。

 この世界の何が良いって、日本の夏に比べてやたらと過ごしやすい気温なことだ。湿度は高くないし、直射日光も肌に痛くない。勿論乙女の嗜みとして日焼け止めは忘れていないが。

 朝ご飯を食べてから出掛けた美晴は、ひとまず街を散策することにした。特別広くはないが、別に狭いというわけじゃない。裏路地には入らない方が良いとアドバイスを貰ったので基本的には表通りだけを歩くとしても、一日や二日で回り切れるものではないだろう。

 串焼きをくわえながら横道の一本を覗き込む。日の当たらない通りは暗く、奥の方は目を凝らしても見えない。これは確かに入らない方が良さそうだし入りたくもない道である


 「どうした、嬢ちゃん。迷子か?」


 突然声を掛けられて、猫のように全身で跳ねた。

 振り返ると、何ともマッシブな男が厳つい顔を傾けている。盛り上がった上腕二等筋は、片手で美晴を支えられそうな逞しさだ。

 2m近い長身に近付かれると、一般市民としては壮絶な圧迫感に見舞われるので距離を置いて頂きたい。一歩下がって両手を振る。


 「え、いや、旅の者です。裏路地は怖いって聞いたけど、どんな感じかなーと」


 つっかえつっかえ答えた途端、深い造形の顔が顰められた。腕を組んで太い首を左右させた。

 強調された胸は、美晴よりずっと大きそうである。巨乳。羨ましい単語だ。貧乳って言われるよりちっぱいって言われた方がずっと傷付くので、決して冗談ぶって口にしないように世の中の男性諸君は気を付けるように。


 「あー止めとけ止めとけ。好奇心は猫を殺すぞ。ほら、戻った」

 「入りませんったら」


 強引に背を押し戻されて、邪魔者を除けるように手首を返される。そんなに好奇心旺盛そうな顔をしているだろうか。それは間違いないが、別に駄目と言われた場所に無理矢理入ったりはしないのに。

 変なところで気分を害した。唇を尖らせて歩みを再開する。

 背後から、大きなだみ声が追った。


 「おれぁこの街の警備兵長だ。困ったことがあったら兵舎まで来いよ。街の真ん中の建物だからなぁ」


 兵長というよりは山賊のような容貌だったが、そういう権力者となれば無視するわけにはいかない。しかし憤りもあったので無言で手を振るだけで応える。

 がはは、とやはり犯罪者のボスを連想する声で笑って、彼は美晴を見送った。

 昨日と言い、何だか幸先が悪い。昨日と同じ展開であれば、悪いことの後にはそれなりに良いことが訪れるはずだけれど、どうだろう。

 憂さ晴らしに小物屋に入って目を癒す。地元工芸品なのか布ものが多い。スカーフにハンカチ、リボン。生地は一定ではないので、有名だとしたら染色だろうか。落ち着いた色は、薄い日本人の顔立ちにも合いそうだった。

 個人的には赤色が好きだ。鮮やかな赤ではなく、くすんだ朱色。細身のリボンを一つ手に取って購入を決めたところで、背中を指で突付かれる。


 「ミーハルッ」

 「ティティ、おはよ」


 にっこりと見上げる視線につられて微笑んだ。癒しと言えば、この笑顔ほど癒されるものはない。しまった、リボンを買う前に会えていれば散財せずに済んだのに。

 見れば彼女は大きな籠を抱えている。


 「これね、私が染色した糸なの」


 目線で問うと、ティティは籠の蓋を開けた。大量の糸が纏められている。糸とはいえ、もしかして相当重いんじゃないだろうか。慌てて道を譲る。

 店員と簡単なやり取りをしたティティが籠の中身を開けて置いてきた。空の籠を嬉しそうに抱えながら、美晴を伴い店を出る。


 「もしかして、このリボンもティティの糸で作ってあんのかな?」

 「うん。あのお店が色んな人に頼んで作って貰ってるんだって。だから、それきっと私の糸」

 「へえー、ティティは職人さんだあ」

 「染色師なの」


 胸を張る動作に、小柄な割に意外とグラマラスだと気付く。可愛い上に出るとこは出てるとか、これは羨ましい。巨乳。羨ましい──いや、あまり妬むのは止めようではないか。心の狭さが際立ってしまうといけない。

 手招きに従い道の端に寄って、購入したばかりのリボンを渡す。自分の糸かどうかを見るのかと思ったら、おもむろに片側の顔の横髪を取られた。


 「ほんとはお兄ちゃんが上手なんだけど……」


 ちょこちょこと、指先を草色に染めた小さな手が視界の端で動く。編み込んでくれているらしい。自分では、適当にハーフアップにでもしようと思っていたのだけれど。

 達成感を露わに離れたティティが顔を輝かせる。


 「……空耳かな。ヒューダが髪結ぶの上手いの?」

 「ミハル可愛い!似合ってるよ!」


 聞こえなかったらしくスルーされたが、まあ肯定を得るのも不安になるので追求は止めておこう。褒められた嬉しさと髪を整えて貰った感謝と、ヒューダが繊細なリボンを小器用に操る想像からの引き攣りがない交ぜになって、複雑な表情を浮かべたと思う。 きゃっきゃとはしゃぐ少女が目立ったのか、いくらか視線を集めていた。その中には警備兵と思わしき制服の人間もいて、ティティが軽く頭を下げる。


 「私のリボンとお揃いだね」


 お揃いと言われればテンションが上がるのが女子である。なるほど、たかだか特徴のないリボンとはいえ、ティティの髪を括る淡い緑は色違いのお揃いだ。

 一気に親密度が上がった気になった。異文化コミュニケーション、と心の中で呟きつつ、ねえ、と声を上げる。


 「暇だったらさ、街の中案内してくんないかな。案内っていうか、ショッピングとかでも良いし、あ、お昼一緒に食べよう!」


 提案には、快い返事があった。思わずガッツポーズを取って、すぐに恥ずかしくなって笑って誤魔化す。

 ティティとはとても気が合った。感性が似ているのか興味のベクトルが大体同じで、興味を示して立ち止まるタイミングが丁度良い。

 安価で美味しいという行きつけのカフェでは、サンドイッチを分け合った。デザートを食べてまだメニューを見ていたから、やっぱり日頃から大食いらしい。追加した大きなパフェは、粗方ティティの薄い腹に落ち着いた。こちらは腹の皮が突っ張って苦しいというのに、どうしてティティはあんなに元気に跳ねていられるんだろう。

 服屋では全身をコーディネートされたが、結局は上着だけを購入した。可愛かったけれど着回しがし難いのはいけない。代わりティティに薦めたラフな靴をやはりお揃いで買って、その内またお出掛けしようと約束する。

 道沿いに警備兵の詰め所があって、兵長に絡まれたと愚痴をこぼした。あの人、遠慮とか配慮とか苦手なんだよ、と言われて深く納得する。そういう繊細な行動はいかにも苦手そうな熊男だった。

 ティティの籠を交互で持つことさえ楽しかった。少女は自分の荷物だから自分で持つと固辞したが、私の故郷では籠ってあんまないんだとか何とか。いかにも好奇心だよと説き伏せると、首を傾げながらも譲歩があった。

 ティティが川に落ちたのは、どうやら獣に襲われたらしい。下がったら川があったの、と頬を染めたティティが無事で本当に良かった。少女を助けられたことは、美晴にとって数少ない人に自慢できる功績だろう。

 彼氏ができないとか、好きな人はいるのかとか、はっきりとした答えを告げ合わない雑談を交えたりして、美晴は3つ下のこの女の子がとても好きになった。


 20歳を過ぎると、友人たちは美晴に気取った顔を見せることが多くなった。そもそも美晴は心から何でも言える友人というのは持ったことがない。最大の秘密を打ち明けられない後ろめたさが深い付き合いをセーブさせて、いつも線を引いていた気がする。

 集まっていたグループの女の子が、知らない間にみんなで買い物に出掛けたり、旅行に行っていたり。気が付けば、親友とまで呼べる友人は一人もいないままこの年になっていた。

 休日には異世界に出向いていて、付き合いが悪かったせいもあるだろう。美晴の興味はいつも外の世界を向いていて、いつしか共通の話題すら曖昧になって。現代日本における女子の話など、大体はファッションか恋愛かテレビの話に落ち着くもので、付いて行けない美晴が、その輪の中で友情を育めるわけもない。

 ある意味では、異世界というのは美晴にとっての駆け込み寺だった。

 人間関係に上手く行かなくても、自分は人とは違うのだと、他に見るべき場所があるのだからと唱えて跳んだ。集団の中でふいに孤独を感じるたびに新しい世界へと赴いた。

 そうして逃げ続けた結果、今では美晴などイベントの数合わせに使われるだけの存在だ。たまに合コンのお誘いが来て、出向いて、でも対人能力を育てていないせいか輪郭が浮いて、上辺の笑顔をどうにか張り付けて場を凌ぐ。詰まらなくて、また異世界に逃げ込む。

 異文化交流も何も、同文化ですら交流できていない。──そんな美晴が一つ、ささやかに期待していることがある。

 この世界に滞在し、交流を深めることで得る「何か」の中に、本心から付き合える「誰か」が入っていれば、と。

 できればで良い。無理をする気はない。現代日本と違って、異世界というのは命すら落とす危険もある場所だ。瞼の裏に浮かぶ世界がない場所だからこそ、美晴は余所見をせずにいられるんじゃないかもと、それくらいの期待である。

 ──そうであれば美晴は、ようやくきっと、『自分』を好きになれる。

 ティティがその「誰か」であれば良いと思う。秘密の後ろめたさは同じであるものの、問えば素直に恥じらい、はぐらかせば分かりやすく拗ねる。裏がないと確信できる彼女の反応は新鮮で、宿への帰路には寂しさを抱える程だった。ティティも同じようであれば良い。

 そう思うのは初めてで、本当に自分は異世界に意識を持って行かれっ放しだったんだなあと痛感する。

 苦笑を浮かべると、ティティが首を傾げた。


 「どうしたの?」

 「……んーん」


 何でもないと首を振る。21歳にもなって、ティティといるのが楽しくて!と正直に告げるのはさすがに照れくさい。

 悪い出来事の後はやはり良いことがあるらしい。異世界二日目、今日は良い日だった、と気を取り直した、矢先。


 「ご、ごめんなさい!その、よそ見をしていて」

 「え?」


 遠くから聞こえた悲鳴に近い声に、反射的に顔を向ける。

 真っ先に目に付いたのは、ゴテゴテとした趣味の悪い鎧。三人ほどが重そうなそれを着て、一人の男を囲んでいた。痩身の男は見るからに怯えていて、間違っても友好的な雰囲気ではない。


 「よそ見だぁ?よそ見してたら当たっても良いってことかよ、オイ」

 「いえ、それはッ」

 「……ミハル、行こう」

 「え、でも」


 腕を引かれてたたらを踏んだ。ティティの不安そうな顔を見て、もう一度男たちを見て、周囲が固唾を飲んでいるのに気付いて……頷いた。

 表通りの治安は良いように思えていたが、そうでもないということだろうか。無言で早足に場を後にするティティの背中を追う。

 ちらりと振り返ると、囲まれた男の姿が見えなくなっていた。


 「この街の領主様はさ、あんまり評判の良い人じゃなくて……」


 真横に並んで、声を潜める。耳をそばだてて何とか聞こえる音量に、大体の事情を知る。


 「さっきの鎧の人たちは領主様の私兵なの」

 「私兵って、兵士にしては何か……ゴロツキみたいな感じだったけど」

 「流れの傭兵とか荒くれ者とか、そういう腕が立つだけの人を雇ってるみたいだから、そんな感じかもね。領主様を守れば良いって契約らしくて。街では結構、色々横暴してるの。そんなの雇わないで、その分警備に当ててくれたらお兄ちゃんたちの仕事は楽になるのに……仕事増やしてるだけで」


 肩を落として話す姿に眉を顰めた。

 領主というのはいわば、街の経営者だろう。警備に人員を回すとかなら分かるが、邪魔してるだけとか信じられない。街を作るシュミレーションゲームとかやらせてみたら、金稼ぎにかまけて事故や暴動を起こしまくるタイプだ。

 悪徳政治家、と口中で呟くと、よりムカッ腹が立った。


 「どうにもできないの?もっと偉い人に直訴するとか」

 「お城の偉い人に掛け合った人、前にいたみたいだけど」


 沈痛な面持ちで口を噤む。俯いた長い睫に瞳が隠された。

 美晴が言うことではなかったと後悔したが、口から出てしまったものはもう遅い。慰めるように腕を絡めると、少し表情が明るくなった。気がする。


 「何かね、こっそり聞いたんだけど、偉い人に賄賂とか渡してるんじゃないかって。お兄ちゃんとアルトくんが言ってた」

 「うう、大人の裏世界……」

 「お日様に顔向けできないよね!」

 「真っ当な世界に生きたいよねえ」


 未来の就職先がそういうのとは無縁だと良いと心底から祈りつつ、申し訳ないが、と心で思う。

 自分の暮らす土地の話でなくて良かった。案外美晴の周りでも裏金が動いているのかもしれないが、少なくとも目に見えた横暴はない。メディアは連日騒いでいるが、あんなものは世界線を跨ぐより遠い場所の話だ。


 「絡まれた人を見捨ててるの、嫌だけど、殴られちゃったりしたら大変だからさ」

 「ヒューダとアルトが乗り込みに行きそう」


 烈火のごとく激怒する二人が目に浮かぶ。そうしたら、確かに大変だ。乗り込むなら領主の家。対峙するのは何人いるのかは分からないが、先程のような屈強な男たちである。

 二人の腕がどれほどのものであろうと、無事でいられるとは思えない。目に見えているのに、それでもあの二人は黙ってはいられないだろう。


 「うん、だから、逃げちゃうの。みっともないよね」

 「でも、ティティが出てったりしたら、もっと酷いことになるよ」

 「……うん」

 「ずっと強そうな人たちもいたし、警備兵の人たちもすぐ来るから、ティティが気にすることないって」

 「ミハルも」


 焦げ茶の目が優しく笑う。どことなく沈んだ色をしていて眉尻を下げた。


 「危ないから、あの人たちに近付かないようにね」

 「言われなくても近付かないよ、あんな怖い人たち」


 ふと思う。自分には関係ないと思ったが、例えばティティが絡まれていたら、はたして自分は助けに入れるだろうか。

 助けると即答できない自分が無性に恥ずかしくなって、沈んだ様子のティティを慰めることを忘れた。親友が欲しい、ティティがそうなってくれれば良いと思ったそばからこれだ。

 別れてから少し落ち込んで、異世界二日目のその夜は、悶々としてあまり寝られなかった。

 多分無理だろうな、と結論付ける自分が情けなかった。

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