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番外3.嫁姑戦争

リクエストをありがとうございました!

>インテリ鳥VS兄貴

 先日発覚した衝撃の事実により、タマゴを抱えた友人の姿が美晴の脳には刻み込まれたらしい。鳥人の世界の登場頻度が格段に増えて、安定した行き来が可能になった。

 なってしまったというか。


 「よし、ならばおまえに告白したとかいう奇特な男を見せろ」

 「ふふ、その、親友?の方ですか。わたしもお会いしたいと思っていたんですよ」


 もっふもふの羽毛に囲まれるのは存外悪い気分ではなかったし、むしろここが天国かと思うような高級布団にくるまれた心地だったけれど、どうにも二人の笑顔が不穏で仕方がない。

 説得はした。言い含めるように何度も何度も。散々当のインテリ鳥に問われた点を美晴の経験則に基づいた事実を織り交ぜながら懇切丁寧にぶつけたにも関わらず、返ってくるのはRPGかというような言葉である。


 「ミハル、そんなことを言わないで?あなたと仲良しになれる人とお話してみたいのだもの」

 「問題が起これば私が都度分析してやる。良いから行くぞ」


 他の世界の住人を繋げて大丈夫かどうかなんて未検証なのに、卵を置いて片道切符の旅に出て良いのか、とまで言ったのにこれである。元々ぽややんとした友人はともかく、でっかちの頭をどこへ置いてきたのかと美晴は心から怒鳴り付けた。

 選択肢なんて最初からなかったんだと諦めるまでに、ゆうに三時間は費やした。

 もう知らない。知るもんか。自分らしからぬ鋼鉄の意志で拒否したのだから、融解炉まで持ち出した人たちに万が一のことがあっても美晴のせいではあるまい。

 念のため、二人が席を外した状態で、いつもの出現場所にきちんと転移できることは確認した。特に印象深く刻まれたのはタマゴだったようである。あんなでっかいのがどうやって友人の腹から転がり出たんだろうというゲスい思いからの刷り込みでないことを望みます。

 まずは自室に転移する。

 普段の慎重さを己の世界に置いてきたらしい研究気質のインテリが、好奇心旺盛に窓から顔を出したがるのを必死こいて止めるのが大変だった。

 腰にへばりついて引きずり戻そうとしていたら、普通にドアから出て行った友人がマンションの住人と顔を合わせていたので心臓が止まるかと思った。

 人間、あんまり突拍子のない格好をしていると、いっそ疑いがなくなるらしい。今からハロウィンの準備ですか、とほのぼの笑ってくれたほろ酔い気味の隣人サラリーマンには、後日良い酒でも差し上げようと思う。

 旅先でテンションがバカ上がりする人種だったんだなと見る目を変えながら目を閉じた。

 タマゴが転がる光景が慎ましやかに鎮座しているのを確認しつつ、今回もど真ん中で存在を主張するヒュ──ティティの家に歯噛みする。鮮明に写り込む玄関周辺に人気はない。羽毛に挟まれるのは至福だが、夏の終わりに羽毛布団はまだ厳しいのでさっさと解放されたい気分だった。


 「う、うわあああ、ミハル、何連れて来てんの!?」

 「魔物か!?おいミハル、のんびりしてんな、こっち来い!」

 「ふ、ふかふか、ふっかふかだああああああああ!」


 ……異世界同士を繋げて良いかとか無事送迎できるかどうかとか、そういうのは考えていたけど、そういえば突然に鳥と人との混合体に対面させられる人の心境については考えが及んでいなかった気がする。

 和やかなリビングがあわや刃傷沙汰の凄惨な舞台になり掛けた。これまた必死に止めた本日の美晴は、ナントカ平和賞を表彰されて然るべきほどの働きを収めていると自負する。

 まあ、そもそも美晴という異物に慣れて久しい人たちである。外見というハードルは中々に高かったものの、異世界というキーワードを念頭に置いた説明で、すぐに素性については納得したらしい。剣呑に明かりを反射させる二振りの刃物が鞘に収められるまでに、そんなに時間を必要とはしなかった。


 「えーっと、こちら、昔からお世話になってる鳥人の……そういえばこれ、あんたら同士で言葉って通じてるの?」

 「抜かりない。こんなこともあろうかと翻訳紋は刻んできた」


 どこか誇らしげに胸元を指さす二人だが、羽毛に埋もれて全然見えない。しかしなんということだろう。まさかの事前準備を終えた計画旅行であったとは。そういうのはツアーコンダクターたる自分にまず打診しておくべきではなかろうか。

 インテリはともかく日溜まりのような友人にまで巧妙に謀られていた事実に愕然と膝を付いた。


 「ふふ、ミハルとお揃いですね」


 そういうほんわかしたところは今は求めていないのです。

 木の枝のような節くれ立った手が、服に隠れた美晴の紋様をつつく。鳥特有の鋭い爪が当たらないように十分注意された仕草に、心癒されて良いのか更なる疲労を負うべきか迷うところである。

 そんな美晴の前にリアクションを返したのは、ふわふわと揺れる羽に目を輝かせていたはずのティティだった。

 てっきり満面の笑みで翼に突撃するのかと思ったら。


 「お揃い?でもあんまり可愛くないよね!」


 無邪気に響いた声に空気が凍った。気がした。

 あれ、と首を巡らせる。ティティの可憐な美貌に浮かぶのは、笑顔は笑顔だったが、普段の穏やかさに比べてどうにもプレッシャーを感じるような。あれ。

 反応に困って半笑いを湛えながら、ひとまず傍らの鳥人へと目を戻した。

 鳥の顔ながら、いつもなら「微笑んでいる」と確証できる表情で美晴を癒す彼女である。突如蔓延したこの妙な空気を和らげてくれるのではないかと期待したのだが。


 「どのような形であれ、友人と一緒のものを身に宿しているというのは嬉しいことですよ」

 「うん、そうだよね。私もミハルと同じデザインのリボン持ってるんだよ。凄く大切なの。同じ髪型にしてお出かけすると、姉妹みたいにも見えるんだ」

 「まあ、それは素敵ですね。髪のアレンジが違うと、お揃いに見えなくなってしまうかもしれませんけれど、お出かけのときだけでも同じものを身に付けるのも楽しそう。わたしは身に刻まれた紋様なので、ミハルと違ったアレンジというのはできないのですけれど」

 「そうなんだあ。それってお揃いっていうか、うーん、『あなたもメガネ掛けてるんですね。私もなんです!』みたいな感じかも。あ、でもそういうもの悪くないよね!」


 ──何だろう、この言い知れない感覚。突然訪れた氷河期?寒暖差でアレルギーが出そう。

 昔、母と父方の祖母がこんな感じの会話をしていたのを聞いた気がする。笑顔で繰り出される応酬は、何故か言葉表層だけ捉えれば険悪ではないのに、妙に刺々しいのである。飽きることなく続くそれらが途切れる頃には、周囲が疲労困憊している。ここはあの恐ろしい空間にとても似ている。

 これ以上冷え込むと、この世界が主婦の天敵たる黒い悪魔だけが生き残れる地獄と化しそうだったので、慌てて救援を求むべく男衆に顔を向けた。

 アルトが腕をクロスさせて美晴に首を振っていた。大きなバッテン印である。


 「うちのミハルが世話になっているようだ。遅くなったが、私から礼を言わせて貰おう」

 「世話になったのはこっちだし、別に他人のあんたが礼を言うようなことはねえよ。いや、こっちこそ悪いな。最近は俺のところにばっか来てるから、そっちは寂しいんじゃないか?」

 「長い付き合いだ。少々来訪が開いたからといって薄まるような縁ではない。ああ、こちらはまだ出会って間もないからな。間が開くと転移できなくなる恐れがあるので、ミハルも気を付けているのだろう」

 「いやあ、この世界が浮かぶ頻度が高すぎて他に行けなくなりそうだって嘆いてるくらいだったし大丈夫だよ。そんないらないところまで気遣いいただいてありがとうよ。順調に『思い出』も増えてるみたいだしな」

 「それはそれは何よりだ。だが、そうだ、『思い出』とやらを作るときには気を付けろと忠告しようと思ってうっかり忘れていた。こちらの世界には噛み癖のある野蛮な生き物がいるようでな。悪いが、危ないものには近付かないよう、君からも厳重に伝えておいてくれ」

 「おいおい、勿論危険なところには近付かないよう留意してるけどな、ミハルだって大人だろ。保護者でもないのに、他人があんまり締め付けすぎるのは良くないぜ」

 「アルトちょっと」

 「止めてよー、君が発言すると注目集まっちゃうじゃん」


 言いながら飄々と近付くアルトには、もしかしてこのブリザードハリケーンが見えていないんだろうか。

 視線だけが各方向から突き刺さった気がしたが、それも一瞬のことだった。咲き続ける話題の花が、不思議と美晴には曼珠沙華に見える。


 「何コレ」

 「ポジション争いかな」


 こそこそと尋ねると、夕飯の献立を答えるように返された。


 「何の」

 「立ち位置的な。どうしてヒューダが保護者とバトってるのか分かんないけど」

 「……あの二人の話って、私が所々でバカにされてる気がする」

 「突っ込んできても良いんだよ?」

 「藪をつつくと蛇が出るんだよ、知らないのアルト」

 「全部出しちゃいなよ。僕は蛇がいなくなった道を悠々と歩くから」

 「アルトを藪に突っ込ませれば良いのかな」

 「ミハルに押されたくらいでよろめく兵士ってやってけないじゃんねー」


 全力で背中を押してもびくともしないとか、優男に見えて意外と鍛えている。意表を突けば倒せるんだろうけど、今日は痴漢撲滅スプレー持ってきてないから小技が使えないしな。潔く諦めよう。

 もう一度カオス漂う室内を見回して、笑顔舞い散るギスギス空間がしばらくは終わらないだろうことを確認する。

 再びアルトを見上げたミハルの顔は、多分、仏に似ていたはずだ。


 「じゃ、私久しぶりにアルトのお母さんに挨拶してくるね」

 「あ、僕も久しぶりに実家に顔出さないと」


 こっそり書き置きだけ残して家を出る。領主の館に潜入したときと同レベルに細心の注意を払って、音がしないよう扉を閉め、全速力で駆け出した。

 これは友人を置いた逃走ではない。あくまでも世話になった人に挨拶に向かうだけである。

 そうだな、ちょっと長めに、三時間くらい。

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