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13.親友と散策

 次の日、鼻息荒く訪れたのはティティだった。

 二日酔いに痛む頭を押さえながらドアを開けて絶句する。愛らしい頬を膨らませた小動物系美少女の怒りには、まるで迫力がない。それどころか一段と愛らしいのである。

 美少女補正というやつだろうか。初めて見た。天は彼女に色々と与え賜う。きっと美晴の分の愛嬌が吸い取られたに違いない。返せ。今すぐにだ。


 「ピクニック行こう、ミハル!」

 「……え?」

 「お兄ちゃんやアルトくんばっかりミハルと一緒にいて、ずるいったら」


 その剣幕と言えば子リスが頬に木の実を詰めながらキイキイと吠え立てる程度だが、否を告げる必要もなかった。頭を撫で回したくなる衝動を押さえ込み、こっくりと大きく頷く。

 途端に大きな目が星を湛えて輝いた。じゃーん、と足元に置いた荷物を掲げる。


 「お弁当たくさん作ってきたの」

 「いささかも断られることを考えてない!」


 支障はないけど。

 とにかく、美晴は寝起きだ。ひとまずベッドにティティを座らせて、大慌てで準備を整える。

 顔を洗って歯を磨く。適当に引っ張り出した服を身に纏い、髪を梳かし、軽く化粧をして、二日酔いの薬はなかったので頭痛薬を服用する。

 ぶらぶらと揺れる細い足は退屈の証なのかと思いきや、少女は興味深そうに目を瞬かせていた。人の日常行動って自分と違ってちょっと面白かったりするよね。


 「ごめん、お待たせ」

 「んーん、面白かった」


 疑問を抱きながらも宿を出る。

 路地裏で後ろ暗そうな会話を聞いて以来、あまり領主の子飼いを見掛けなくなった。暴露を警戒しているんだろうけれど、差し当たりは良いことじゃないかと思う。盗み聞きしていたのが美晴たちだとバレていることもないはずなのでひとまずは安心だ。

 変わりに警備兵の見回りの数が増えている。すれ違いざま挨拶を交わすのがこんなにも気持ちの良いことだとは思わなかった。昨日に続き、またしても背中に紅葉を製造しようとする人体紅葉製造機の諸君は即刻スクラップにしてやりたいけれど。


 「……ミハル、また仲良しさん増やしてる」

 「うん、昨日ちょっと、流れでみんなと飲み会したんだ」

 「アルトくんに朝聞いたからずるいって言ってるのー。どうして呼んでくれないの」

 「だってさ、仕事があるかなって」

 「あっても行くから良いの!今度からちゃんと呼んでよ。お兄ちゃんなんか放って行くんだから!」

 「ヒューダも家にいたの?仕事って聞いたけど」

 「あれはお仕事っていうか、義務」


 全然分からない。仕事みたいなもので義務って何。納税?確定申告?

 首を捻る美晴の手を引き、ティティが進路を変えた。するすると人波を抜ける先は街の出入り口ではない。


 「どっか寄り道?」


 どんどん人気がなくなっていく。日当たりが良いので先日裏道を歩いたような圧迫感はないが、徘徊マスターたる美晴も足を運んだことのない場所に穴場でもあるのだろうか。

 やがて行き当たったのはただの壁だった。ちょっと穴が開いて向こう側が覗き見える。

 ぎゅっと美晴の腕を抱き締めて、光属性の笑顔でティティが見上げる。


 「じゃあ、ミハル、お願い」

 「説明を要求します。100文字以内で」

 「お兄ちゃんとアルトくんばっかりミハルと会っててずるいから、今日は私とミハルの二人っきりで遊びたいので、見張りに遭遇して余計な人が付いて来ないように門を通らず、壁の向こうに転移して欲しいです」

 「あ、はい」


 良いのかなーと思いながら穴を覗く。街の外には平原が広がっていて、特に引っ掛かりそうなものはない。一度周囲を見回して、人気がないことを確認してからもう一度外を見た。


 「──おおー、ミハル、やっぱり凄いよ!」


 はしゃぐティティはそう言いながらも警戒網を張り巡らせていて、見回りの警備兵をパスするため、美晴に数度転移の指示を出した。

 別に妹大事のヒューダとティティ大好きアルトじゃなければわざわざ付いてくるとは思えないので、そこまで徹底しなくともと呆れる思いもあった。

 反論によれば、街の外にいたことがリークされると二人が飛んでくる恐れがあるとか。そこまで心配してる相手に無断で外出って、結構酷いんじゃなかろうか。


 「うーん、これ、二人で勝手に行っても大丈夫なの?またこないだみたいに怖いの出たりとかさ」

 「昨日、朝から団長さんたちが一通り退治して回ってくれたみたいだから大丈夫だと思うよ。あのおっきいのは生息地この辺じゃないし、もういなかったみたい」


 襲われた筆頭だというのに、見掛けに寄らず肝が据わっている。ちょっと危険そうな小動物を慣れた手つきで追っ払う後ろ姿に惚れそうだ。まるで立ち読み客を鮮やかにハタキで退出させる本屋の店員のよう。

 精一杯の緊張感を振り撒きながら追従していた美晴だが、その内無駄に気付いて諦めた。むしろ今の自分は賑やかし担当である。

 開き直って思い付くままに世間話を仕掛けて楽しんでいる内に、ティティの目的地に到着した。

 先日の凄惨な現場から少し離れた場所で、少女が取り出した敷布を広げる。二人が余裕を持って腰を下ろせるスペース。端に荷物を置いて場を整えると、長いスカートを纏めて尻を落ち着けた。

 早速というようにバスケットを開ける。


 「走ったからお弁当ちょっと偏っちゃった」

 「うわあ多い」


 偏っちゃったかどうか分からないほど詰め込まれている。言われてみれば多少縁っこが寄り気味かもしれない。

 今日は増援はないので、美晴とティティの二人で彩りの良い一面全てを平らげる必要があるのだろう。デザート用の別腹を解放するべく一念を発起して攻略に取り掛かる。

 高い登山の道のりに強ばった顔は、すぐに綻んだ。おいしいは正義。


 「ねー、ミハル」

 「んんー?」


 見覚えのある葉っぱを肉と一緒に詰め込む。確か染色の材料として摘んだものじゃなかっただろうか。少々の苦みが肉の甘みを引き立てる。染めて良し、食べて良しとは何とも優秀な草である。

 舌鼓を打ちながらパンに食材を挟む美晴に、ティティは眉を下げた笑みを浮かべて言った。


 「お兄ちゃんたちが、ごめんね」

 「ん、んん、ンゴフッ」


 すかさず差し出されたお茶で、気管支に入りかけた食料を正しい場所へ押し流す。欲張って一気に詰め込み過ぎたので胸の辺りで渋滞が起きた。背中をさする手の調子がヒューダに似ていて、こういうところはさすが兄妹だなあと感心した。

 浮かんだ涙を払いながら視線を送ると、顔を隠すように半身をぴったりとくっ付ける。子供が甘えるような仕草だった。


 「ミハルが能力のことを明かしてくれてからね、何だかおかしな雰囲気で、何があったんだろうって考えたの。それから、具体的には言わなかったけど、お兄ちゃんからちょっと頼まれごとされて。多分そう、いうことじゃないかなって」

 「ティ、ティティのせいじゃないんだからね!」

 「うん。ミハルはきっと私が気にする方が傷付くから、自分のせいだと思うのは止めとこうと思ってる」


 暢気なようで意外と鋭い。先手とばかりに吠えた牽制もお見通しだったようで、気弱げな声ながらも彼女ははっきりと否定した。強い。


 「昨日、みんなちゃんと謝った?」

 「でっかい毛玉からはちゃんと謝られた気がしない」

 「兵長さんが真剣に謝るとね、逆に威圧的な感じで怖いんだよ」

 「……顔怖いもんね」


 集まりの内容まで筒抜けだったらしい。

 それなら何をご立腹だったのかと言えば、単純に自分が蚊帳の外だったのが不服なようである。

 子供の可愛らしい癇癪をよしよしと宥めると、ぐりぐりと肩に額を擦り付けた。あざとい。可愛い。


 「ミハル、ありがとね」

 「……どういたしまして」


 何だか妙な軋轢に右往左往したが、ようやく一件落着した気分だった。少女と出会って始まって、やっと今、全てが報われた恍惚に浸る。

 色んなことを包括した言葉が染み入って、この力があって良かったと心から感じた。

 しばらく川のせせらぎに沈黙を流した。眠気のようなふわふわとした心地の中、美晴は『親友』に語り掛ける。


 「ねー、ティティ。私ね──違う世界から来たんだ」


 驚いたように肩から一度離れた頭が、しばらくしたらそっと戻って来た。川を注視する横顔に視線を感じたが、やがてそれも離れる。

 元の体勢に戻って落とされる、そっか、という小さな呟き。軽い相槌に疑いの色はなくて、何だか泣きそうになった。


 「美晴がお出掛けの準備してるときね、見慣れないものがたくさんあったよ。面白かった」

 「け、結構目敏いよね、ティティ」


 説明が二度目とあって、ヒューダのときよりはずっと順を追って話ができた。それでなくともあの時は混乱の坩堝にあったので、よく彼は事情が飲み込めたものだと思う。途中で言葉に詰まるたび、ティティが優しくこめかみで肩を擦る。

 怒濤の羅列が終わったとき、向けられたのはおずおずとした伺いだった。


 「お兄ちゃんが言ってたんだけど、ミハル、周辺国纏めた地図見てたって……どっか行っちゃうの?」

 「う……いや、今は……そんなつもりは」

 「……分かった。ちゃんと絞めておくから、時間までは絶対ここにいてね」


 ──見透かされている。何かこう、今となっては黒歴史よろしく恥ずかしい過去のどん底思考まで。

 ヒューダには誠に申し訳ないが、下手に庇うと藪をつつく結果になりそうなのでフォローはしません。神妙に頷くに留めておいた。適当に聞き流すか災難を被ったと諦めて説教を拝聴しておいて欲しい。絞めるというのが物理的な意味ならごめん。


 「……帰っても、また来てくれるんだよね……?」

 「来たいと思ってるけど、分かんないんだ」


 小さなくちばしを作ったティティが俯いて黙する。肩を落とした小さな身体を目にすると半端でない罪悪感が湧き上がったが、撤回はできなかった。

 口先だけで再来を約束するのは簡単だ。けれど、それはしたくない。彼女は多分美晴の嘘に気付くだろうし、何より今を凌いで満足するには、美晴の中のティティの存在感が大き過ぎる。

 何を言えば良いのだろう。残りの時間をもっと有意義に使うように努力します、とか。少なくとも、一日中宿で寝てるような堕落に身を沈めないように。


 「……ミハル、好きな人いる?」

 「唐突!」

 「いるの?いないの?タイプの人はどんな?綺麗とかカッコイイとか可愛いとか女の子が好きとか。良いなーって思う人とか」

 「やだ、こんな酷い恋バナ初めて……」


 まず、好きな人は今のとこいません、と沈鬱に開かす。タイプの人は、自分を理解してくれる人という広義な内面重視。でもナヨナヨした人よりできれば頼れる人が良い。女の子はお友達でお願いします。

 良いなと思う人は──浮かんだ顔を慌てて散らす。


 「ぶっちゃけ異世界で彼氏作ったりするの肯定派なの否定派なの」

 「派閥ができるほど真剣に考える人口が存在するとは思えない!ノーコメント!ノーコメントでッ!」

 「そこが分かんないと恋バナできないでしょー!」

 「じゃあ、ほ、ほら、私じゃなくてティティの、アルトの話でもしようか!」

 「アルトくん好きだよ。ほら次ミハルの番」

 「あれえ、ティティさん何だか勇ましい!」

 「好きな人に好きって言うのは恥ずかしいことじゃないもん」


 とか言いながらも頬は赤い。興奮と羞恥に染まる顔に微笑ましさを感じると、はぐらかす自分が妙に子供のように思えた。渋々ながら視線を泳がせる。


 「今までは友達とかの人間関係だけで一杯一杯に悩んでたから……正直、彼氏とか、あんまり考えたこと、ない」

 「そっかー。じゃあむしろチャンスかも。そっか……」


 可愛らしい外観に反した混沌としたオーラに不思議と背筋が震える。

 横目で伺うと、ちょこんとした鼻から下を手のひらで覆うように隠した少女の、いつになく鋭い猛禽類の視線とかち合った。途端に太陽のごとき輝く笑顔に変化して悟りの片鱗を見る。


 「ミハルって、いつまでここにいてくれるの?」


 何を誤魔化したんだろう。しかしこの藪の向こうには恐らく猛獣が牙を研いでいる。

 気付かなかった振りをして、何とか底が見えたバスケットの残りを纏めた。豪華過ぎるサンドイッチを二つに割って、大きい方をティティに手渡す。


 「えーっと、あと……十日間くらい」

 「じゃあ余裕かなぁ」

 「何が?」

 「んー、お楽しみ」


 おもむろに立ち上がるティティの体重移動に付いていけず片手を付いた。

 パタパタとパン屑を払う彼女はあの大きな固まりをいつの間に胃袋に納めたのだろう。慌てて残りを口へ運ぶ。入れ過ぎるとむしろ遅くなるよね。知ってる。次は気を付ける。


 「ね、ちょっと忙しくなるからあんまり会えないかもしれないけど、まだ帰らないでね?他の街に行ったりしても嫌だよ!」


 華やかな微笑みから漂う、得体の知れない威圧感。昼ご飯と共に唾を飲み込んで、深く深く頷いた。


 「よ、良く分かんないけど、分かった」


 満足を満面に記したティティは、身を翻して浅瀬へと突入していった。こちらも膨れた腹ごなしに立ち上がる。

 足を濡らして、水しぶきを上げて。童心に返って──別の言い方をすると大人げなく遊び倒した。スカートの裾はびしゃびしゃで、帰ったらきっとティティはまずヒューダに小言を食らうのだろう。……その後は前言通り立場が逆転するんだろうけど。

 こんな風に誰か遊ぶのはいつ以来だろう。小学校の修学旅行か、あるいはもっと前か。一人で異世界を過ごすより、誰かといるのがずっと楽しい。

 自分は色々得をしたけれど、同時に色んなところで損をしていたのだな、と痛感した。何かを得た分何かを取りこぼしている。そういう意味では、もしかしたらこの力は『特別』なものではないのかもしれない。

 最終的に、二人して息絶えるように転がった。ハシャぎ過ぎた。疲れた。もう一歩も動きたくない。水中ウォーキングきつい。

 ぜえ、と乙女に似付かわしくない呼吸で酸素を取り込む。隣で転がるティティは美晴よるはずっと元気そうである。これが年の差か、ただ日頃の運動不足が祟っているのか、はたまた考えたくはないが両方か。

 そうだ、と少女が声を上げた。


 「何かあの強力な液体入ったやつ、役に立ったよ」

 「役に立ったって……痴漢撃退スプレーが!?いつ!」


 死体が生き返る程度の爆弾発言だった。最後の力を振り絞った腹筋は、すぐに力を失った。また倒れながら耳をそばだてる。


 「今日、ミハルのとこ行くとき、変な人に路地裏に連れてかれそうになって」

 「駄目じゃん!」


 大人しく帰ろうよ、そういうことがあったら。しかも戦力にならない美晴と森に二人っきりでお出掛けって、とんでもなく無防備である。

 ずるずると這うように荷物へと向かった。目を丸くして見守るティティの視線を感じながら普段腰に付けている小袋を漁る。

 取り(いだ)しましたるは卵形のプラスチックの固まり。手に握り込めるコンパクトサイズの物体を渡すと、少女は不思議そうに太陽に掲げた。


 「なあにこれ?」

 「実用的なお守り。危ない人に会ったらね、ここの紐を思いっきり引っ張るんだよ。そうするとびっくりするくらいの大きな音が出るから。人が寄ってくるから助けてくれるはずだよ」

 「引っ張るの?」

 「……びっくりするくらいの大きな音が出るから、危ない人がいないときには引っ張らないんだよ。人が死ぬほど寄ってきて違う方向でびっくりするから」


 珍しいものを試したい気持ちは痛いほど分かるが、不服そうにしない。下手すると領主私兵の追加が駆け付けてくるかもしれないから。

 くるくると回して観察に励む。やがて腰紐にキーホルダー部分を結わえて、服飾りのレースで見えないように隠した。一度スカートを翻して露出しないことを確認すると、了解を得るように美晴を見た。


 「ばっちり」

 「引っ張るんだよね!」


 何だか不審者に遭遇するのを楽しみそうにしているのは気のせいだろうか。いや、さすがにそこまでのレベルには好奇心旺盛じゃあるまい。美晴じゃないんだから。

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