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膝をつき、訪れるであろう痛みに怯え、身体を震わせる。



「こわ…い…うっ…」



恐怖から、意図せず小さな嗚咽が震える唇から漏れ出た。そして、その瞬間に背後の殺気が 膨れ上がった。自分を抱き締めるようにして小さくうずくまるニイシャを、敵とも思わなくなったのだろう。殺気を隠しもせず、重い足音と共に凶悪な気配が近づいてくる。


最早声も出せずに、ニイシャはカチカチと歯を震わせ、恐怖から気を失いそうになっていた。もういっそ、舌を噛み切ってしまった方が楽に逝けるのでは…ニイシャがそう思った、その時。



ニイシャの背後から、獣の けたたましい悲鳴が上がった。まるで断末魔の様な それに続き、巨大な何かが地に倒れ伏す 音。次いで 地を揺らす振動がニイシャの足に 伝わる。


そして、肌を焼きそうな程に ニイシャにまとわりついていた殺気が ふと消え去った。



「……?」



予想外の事態に、自らの両腕に回していた手が 弛む。 その時、ニイシャの鼻が獣の血臭をとらえた。血を流すのは自分だと思っていたのに。

ニイシャは 背後で一体何が起きているのか知りたくなった。まだ己に色濃く残る恐怖心を どうにか宥めて、そろり、と背後を振り返り―――目を見開いた。





ニイシャから 少し離れた その先に、ニイシャの身の丈よりも更に大きな、化け物の様な猿の獣が 地面に手足を投げ出して地に伏していた。地に 打ち付けたであろう大猿の顔は、血に染まった土が こびりついており、その目には既に生気がない。


しかし、ニイシャを驚かせたのは大猿が死んだからではなかった。その大猿を殺し、その屍の隣に立つ雄を目にした時、ニイシャは これは夢なのでは。と、思った。





「猿は仕止めた。怪我はないか?…ニイシャ」



此処に居るはずがない雄、ヒゼンに ニイシャは酷く動揺した。彼の声は記憶していたよりも低くなったが、その澄んだ声音は、未だに ニイシャの心を捕らえて離さない。

久しぶりの思わぬ再会に、どくどくと脈打つ心臓の音が やけに耳につく。果たして、焦がれた雄に生きて再び会えたからか、命の危機を二度も助けてもらった感謝からか。たくさんの感情が一挙に押し寄せる。



「獣臭にも疎いが…危機を察する感覚も人より鈍いのではないか?」



胸に 何かがつかえて、言葉も出ないニイシャに 笑いかけるヒゼンは、あの頃の幼さは すっかり消え去っている。ニイシャより 少し高いだけだった背丈はニイシャより頭二つ分 更に伸び、身体も厚みがまして しっかりと筋肉が付いているようだ。少年の様な中性的な雰囲気は消え去り、すっかり凛々しくも美しい雄に 成長していた。そして、ニイシャを見つめる強い眼差しも健在であり、それはニイシャの記憶よりも鋭さを増している様に感じた。


ヒゼンの美しさに目を奪われたニイシャだったが、ヒゼンと視線が かち合うと、慌ててうつ向いた。


しかし、それでは 駄目だ、とニイシャの心が弱い己を叱責する。ヒゼンに 会おうと、そう思ったばかりではなかったか。こうして 今 ヒゼンと出会い、またも命を助けられた。ヒゼンには 返しきれない恩がある。


その恩人でもあり、己が恋焦がれてやまない雄に、ニイシャは これ以上惨めな姿は見せたくなかった。うつ向いて下ばかり見て、いつもミュイチやサナンに庇われて。今はシャイルに庇護されている自分を、ヒゼンは どう思うだろうか。


久しぶりに会うヒゼンは、雄としても人としても随分と成長している様だ。その凛々しくも品が良く、堂々とした立ち姿は、かなりの鍛練を積んできた証だろう。

それに比べて ニイシャは どうだろうか。いつまでも 隠れて、下を向いて、逃げてばかりいる。そんな己が堪らなく恥ずかしく思う。


じわりと涙が滲む。いけない。また、彼の前で泣いて、弱い自分をさらす等、恥の上塗りになる。

そう思い 涙を見せぬ様に 服の袖で目もとを押さえるが、溢れる雫は止まらない。




「…そなたは、初めて会った日も泣いていたな」




涙を恥と思うニイシャに反して、ヒゼンの声は穏やかだった。

目もとに強く押し付けたままのニイシャの手に、いつの間にか目の前に歩みよっていたヒゼンの暖かく大きな手が 重ねられた。


まさか、ヒゼンから触れられるとは思わず、ニイシャは驚いて目もとから 勢い良く手を離し、座り込んだままの足に 力無く手を置いた。しかし、それでもヒゼンの手は 離れずに ニイシャの手をとっている。気づけば、ニイシャの小さな手を包むようにヒゼンに手を握られている。




「思えば―――」




ニイシャに合わせて膝を折ったヒゼンが、ニイシャを見詰めながら何かを口にする。生まれて初めて、家族以外の雄と触れあったニイシャは 頬が赤く染まる。その雄が 恋をする雄なら尚更のことだった。



「思えば、初めから こうすれば良かったのだな…」


まるで、離さないという様に握られた手に力をこめられ、ニイシャは 手までが赤くなるように感じた。



「初めから、そなたと会った時に 涙を流す そなたの手を取り慰め、名を聞き、成人の日を尋ねれば良かったのだ」




…今、ヒゼンは何と言ったのだろうか?しっかりとニイシャの耳には聞こえていた。しかし、頭で理解が 出来ない。


その言葉は、ニイシャの顔を上げさせるには十分な言葉だった。目を見開いたニイシャは、ヒゼンと視線が かち合うも、どこか現実の事の様に思えずに 呆けてヒゼンを見つめ返すだけだった。普段 ニイシャが人一倍に敏感な恥じらいというものを、何処かに追いやってしまった。それだけの衝撃をヒゼンはニイシャに与えたのだ。




「あ、あなたが好きなのは、サナンでは…?私の、妹の…」



やっと、疑問を口にしながらも ニイシャは まだ呆けていた。

ヒゼンが好意を寄せていたのはサナンのはず。あの日、ヒゼンは サナンの成人の日を尋ねてきた。ニイシャは 確かに聞いたのだ。ヒゼンの口から「美しい妹君の成人の日を聞きに来た」と。



「それは、私が悪かった。私は、重大な過ちを犯してしまっていた」


「…過ち?」



疑問に眉を寄せるニイシャを見て、ヒゼンは 決まりが悪そうに視線を伏せた。それは 常に堂々たる振る舞いのヒゼンには珍しい事であり。それを見るニイシャは、ヒゼンが何を語るのか不安にかられて、自然と眉が下がってくる。



「ああ、そんな顔をしないでくれ。私が悪いのだ」



慌てたヒゼンが ニイシャを気遣う。それほど自分は酷い顔をしたのだろうか。しかし、今は そんな事よりも話の続きが聞きたかった。ニイシャには、何が過ちなのか見当もつかない。早く その過ちとやらを聞いてしまいたい。

ニイシャは「大丈夫です」と呟くと、ヒゼンを 見つめて次の言葉を待った。それに 気付いたヒゼンは、不安気な目をしながらも、ニイシャを見つめながら口を開いた。




「―――私は…本当に恥ずかしい限りなのだが…そなたに会った日からずっと、そなたが、姉だと知らず…妹であると疑わずに 求愛を重ねていたのだ」



「…え、」




やっと復活してきたニイシャの頭が、更に混乱を増した。それでは、ヒゼンは ニイシャに ずっと文を書き、贈り物をして、ニイシャに会いに来ていた事になる。そして、あの日 サナンの成人の日ではなく、ニイシャの成人の日を尋ねていたのだということになる。



それでは…ヒゼンが つがいに求めていたのは、ニイシャだった?


そう思えば、合点がいくのも確かだった。ヒゼンがニイシャ一人の時に文や贈り物を渡した理由も。ヒゼンが 贈ってくれた菓子がニイシャの好物ばかりだった意味も。サナンが 何故ヒゼンを警戒し、ヒゼンからニイシャを 庇うようにしていたのか。

その全てが、かちりと音をたててニイシャの頭の中で整理が付いた時、ニイシャの身体中に衝撃が走った。



そして、握られたままだったヒゼンの手を強く握り返すと、



「ご、ごめんなさいっ!」



と、頭を下げたのだった。

殺気を飛ばすのがヒゼンという ルートも書いたのですが、どうしてもヤンデレENDにしかならないので軌道修正しました。

長くなるので中途半端ですが ここで切ります。

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