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町を抜け、家へと続く一本道を歩く。舗装されていない砂利道を踏み締めるシャイルの足音と、後ろから もう一つ続く足音があった。

振り返らなくても分かる。酔っ払ってシャイルに水をかけられた、あの獣人だ。獣人は なぜかシャイルの後を付けてきている。

お粗末な尾行を隠すつもりもないようで、砂利を踏む音が シャイルの耳を突く。

ぴたり、とシャイルが足を止めれば、後ろの足音も同じく止まる。シャイルが歩き出せば、後ろの足音も歩を進める。

シャイルはつり上がった目尻を更に引き上げた。後ろの馬鹿は どういうつもりなのだろう。このまま家にまで着いてくるつもりだろうか。

再度、シャイルは足を止めた。後ろで足音が止むのを聞くと、シャイルは ついに つもり積もった苛立ちが爆発するのを感じ、その勢いのままに少し離れて後ろを歩く獣人に駆け寄って胸ぐらを掴み上げた。力任せに服を掴んで引き寄せると、獣人は息を飲んでシャイルを見ている。帽子で隠れた目も、きっと驚いた様に見開いているに違いない。


「さっきから人の事 付け回してくれちゃってるけど、一体なんなの?」


瞳を ぎらつかせて、唇の端をつり上げて。歪な笑みを浮かべるシャイルは、誰が見ても背筋が凍る程の冷たさを まとっていた。

それなのに、獣人はシャイルの怒りを真っ直ぐに注がれながらも、口許に悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「せっかく綺麗な顔してるのに、台無しだって言ったでしょ」


「…は?何言ってるの?」


こいつは、この空気が分からないのだろうか。明らかにシャイルは怒りを(あらわ)にしている。しかし、全く怯む様子もない獣人に シャイルは戸惑う。普通、怒られてるのに笑うやつがいるだろうか?

シャイルが頭の中で疑問を抱いていると、


「だって、あなたって今まで見た人の中で一番綺麗だと思う。そんな怖い顔してたらもったいないよ」


邪気の無い声音で 柔らかな笑みを浮かべて言われると、シャイルは あれほど煮えたぎっていた怒りが鎮まり、不思議と毒気が抜かれてしまった。帽子に隠れて見えないが、自分に向けられる視線が無垢で純粋なものだと分かる。それは、獣人の言葉が本心からの言葉なのだと教えてくれている。今も、帽子の影に隠れてはいるが、目をそらさずにシャイルを見つめる獣人の眼差しを感じて シャイルは自身の頬が熱くなる。

そうして、自身が引き寄せたくせに シャイルは 唐突に 二人の距離の近さに恥ずかしくなって、自身の手を振り払うようにして獣人から手を離した。そして、すぐに数歩 離れて適度な距離をとる。


「…あんた、恥ずかしくないの?初めて会った人に そんなことばっかり言ってさ…た、確かに僕が綺麗なのは認めるけど!でも、もう少し空気を読むとか、コミュニケーションの取り方とかを学んだ方が良いんじゃないの?」


なぜだか落ち着かなくて、慌てた様に シャイルは早口で捲し立てた。


「うん?こみゅみ…何?」


「コミュニケーションだよ!こんなことも知らないの?」


「そんな、他所の言葉使われてもわからないよ。文化が違うみたいで、そんな難しい言葉使った事が無くて…えっと、ご飯を食べようってこと?」


困惑した声音で うろたえる獣人が あの子に重なって、シャイルは怒鳴り付けたい衝動を寸でのところで何とか堪えた。


「…違う。もういいから、家に帰りなよ。僕の後を着けてきたって、良いことはないよ」


この獣人と話していると、どうにも可笑しな事になる。こんなことは初めてだ。あの鬼神の如きヒゼンにもシャイルは自分のペースを崩すことなく対応しているし、この獣人と度々重なるニイシャにだって、自分は兄としての余裕を持って接している。他にも、人生の中で たくさんの変人奇人にも出くわしてきたが、こんなにも自分をコントロール出来ないのは初めてだ。

シャイルは、未知の反応を引き出す この目の前の獣人から一歩 引いて接する事にした。何も言わない獣人に、もう用はないかと再度 歩き出そうとすると


「待って!実は、お願いがあるんだ!」



獣人は焦燥感を帯びた声音でシャイルを呼び止めると、口許の笑みを消して微かに息を吐いた。


「人を…探してて…それで…一緒に探してもらえないかなって思ったんだ」


「ふうん、訳ありみたいだね…でもさ、なんで僕が一緒に探さなきゃいけないの?こう見えて僕は忙しいの。他を当たってくれない?」


ふい、と顔を反らして わざと素っ気ない態度をとる。この獣人に会ってから、シャイルは短い時間の間に かなり気を揉まされた。悪気無く迷惑を掛けてくる この獣人に、シャイルは何度 苛立ちを覚えたか。知り合いでも何でもない こいつに付き合って、一緒に飲み物を飲んでやったし、酔いも冷ましてやった。更に背後から付けられて 不本意ながらも短い散歩にも付き合ってやったのだ。これ以上こいつの我が儘に振り回されてたまるか。

そんな思いで、シャイルは 獣人を視界にも入れずに、「お願い」をはねのけた。

しかし、すげなく断ったところで また馴れ馴れしく「そんな事言わないでよ」と無理矢理に手を引かれて町に引きずられるのでは、という想像が脳裏をよぎる。

もし獣人が強引に腕を捕まれたら なんと言って断ってやろうか。シャイルは そう考えたが、ふと、獣人が やけに静かなことに気付く。

ちら、と視線をやれば 獣人は シャイルを真っ直ぐに見ているようで、恐らく視線が かち合った。

何処からか どくり、と音がした。


「…あなたには、たくさん迷惑をかけたと思う」


いつからか、口布を取り払ったままだった唇が、緊張を含んだ声音で言葉を紡ぐ。


「だけど、手を貸して欲しい。俺は恥ずかしいくらいに世間知らずで、無知だから…誰かに助けて欲しいんだ。できれば、それはあなたが良い」


また、どくりと音がする。何処から聞こえる音なのか本当は分かっている。けれど、今までに感じたことのない重みを持って身体中に響く その音は、シャイルが生まれて初めて感じる感覚と痛みを伴っている。それと、わずかな興味と不安が入り交じった、奇妙な感情も 何処からか涌き出てくる。まるで、急に自分のものではなくなった様に

熱く鼓動を刻む心臓に違和感を覚えた。


「僕が良いって…なんで、そんな…こと…」


早鐘の様に脈打つ鼓動の合間に、なんとか絞り出した言葉は弱々しく、小さな声だった。


「なんで、かあ…」


ふう、と息を吐いて空を仰ぐ獣人。いつの間にか、日差しが一番強い時間を過ぎていた。それでも まだ強く照りつける日差しが、二人の影を色濃く形作っている。

滲んだ汗が 髪を、服を湿らせる。顎まで伝う汗が不快で仕方ないのに、シャイルは目の前の獣人から目が離せなかった。


「訳なんて、なくて…あれだよ。勘かな。あなたを町で見掛けた時に、あなたが良いなって思ったから。だから、声を…え?どうしたの、大丈夫?顔真っ赤だよ?」


シャイルを気遣い 顔を覗き込んでくる獣人から、精一杯に自身の手で顔を隠す。こいつ、本当に空気が読めないやつだ。今は じろじろと見つめてくれるなよ!自分自身でさえ、どうして こんなにも身体が熱くなっているのか分からないのだから。

己の意思とは裏腹に火が出そうな程に火照る頬を隠したまま、シャイルは町へと駆け出した。


「ちょっと待ってどこに行くの?!俺の話、聞いてたっ…?」


猪の様に駆けるシャイルを、獣人は慌てて追いかけた。


「うるさい!さっきも言ったけど、僕は忙しいんだから!」


互いに町に向かって駆けながら、叫ぶように言われたシャイルの言葉に獣人は 少し気を落とす。


「それは分かっているけど…でも」


「だから!」


獣人の言葉を遮るシャイルに、獣人は口をつぐむ。


「だから、その人探しなんていう下らない用事、早く済ませて 僕は家に帰る」


そう言い切った時、シャイルの後ろで「ねえ、それ 好きに解釈して良いの?ねえ、待ってって!」と驚きと喜びの声が上がる。しかし、シャイルは町まで足を止めなかった。

どくどくと身体をめぐる血が熱く、何処かから湧いて出る高揚感が うっとおしくて、何も考えたくなかった。こんなやつ放っておけば良いのに。そう思うのに、そうさせてくれない あいつが本当に うっとおしい。そして、こんなにも頭を悩ませる自分が滑稽で、可笑しいと思う。

それでも、なぜか後ろから聞こえる 喧しい獣人の声を、シャイルは不快に思わなかった。


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