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町に来たけれど、予想した通りにニイシャとヒゼンの姿は見えない。一応 探すそぶりをと思い、道行く人に尋ねてみたが、それも一人目で諦めた。

暑さはシャイルの気力を容易く奪っていく。街道を ぶらぶらと歩くのも だるくて、涼しげな噴水のそばの長椅子に座る。

あの やかましい熊さえ来なければ、今頃は家のなかで ごろごろと寝転んでいられただろうに。顎まで伝った汗を拭いながら、シャイルは心のなかで熊の獣人に暴言を ぶつける。あの間抜けなデカブツが 今この場にいたなら、思う存分に引っ掻いてやったのに。

やり場のない怒りに燃えていたシャイルだったが、ふと、誰かが椅子に座る 自分に飲み物を差し出していることに気がついた。

足元を睨んでいた目線を上げれば、すらりとした細身の獣人が立っていた。背丈はシャイルと同じくらいか。大きな帽子を目元まで隠すように深くかぶり、口許は布で覆っている。

布地の隙間から見える肌は白いが、見えうる情報が少なすぎて、この獣人の性別も分からない。

シャイルが警戒して尾を揺らすと、


「そんなに怖い顔しないでよ。綺麗な顔が台無し」


と、シャイルの顔を見て声を出して笑う。

何、こいつ。初対面で嫌に馴れ馴れしい。気色が悪いくらいに。どうせ、こいつも あの熊と同じだ。シャイルを雌として見ているのだろう。


「別に怪しい者じゃないよ。あなたが具合悪そうだから、自分が飲むついでに一緒に どうかと思って」


自ら怪しくないと言っても、余計に不審な思いを抱かせるだけだろうに。こいつ、頭の足りない奴だろうか。

シャイルの睨みにも臆することなく、獣人は そう言いながら シャイルの横に どかっと腰を下ろした。


「…ちょっと、隣に座って良いって言ってないんだけど?」


分かりやすく拒否の意思を示したシャイルを気にもせず、獣人は果物の絵のラベルが貼られた、赤い飲み物の入ったビンを二本 椅子に並べ「こっち、あげるよ」と一本をシャイルに差し出した。シャイルは そのラベルに目を留めると、密かに眉をひそめる。

しかし、暑い時に冷たい飲み物。正直に言えば汗だくのシャイルは喉から手が出るほど欲しかったが、こんなに怪しい者から貰うのはどうなのか、と心の内で葛藤していた。


「何?いらないの?」


「………ぃゃ…」


それなら全部飲んでしまうけど…と心なしか、楽しそうに言う獣人を更に睨み付ける。目元が影になっていてよく見えないが、この獣人、恐らく笑っている。シャイルが 飲み物が欲しいことを見抜いていながら、素直に欲しいと言えないでいる様子を見て笑んでいるように見える。


「…あんたが どうしてもって言うなら、飲んでやっても良い。…でも!僕は顔も見えない へんちくりんな奴から貰う物に、毒でも入っていないか心配なわけ。だから、あんたが先に この液体に口をつけてくれない?」


挑発する様に言いながら シャイルは自分に差し出された方のビンを受け取ると、封を切って獣人に渡した。

獣人は驚いた様に固まっていたが、すぐにビンに手を伸ばした。


「細かいことを気にするんだね。よく 人から面倒くさいって言われない?」


「うるさい、早く飲みなよ!」


また声を出して笑う獣人をシャイルは顔の前で手を振り、早く!と急かす。この獣人、会って間もない人物にも臆面なく失礼なことを平気で言う類いの奴らしい。マイペース過ぎて、こちらの調子が狂わされてしまう。

わざと苛立った雰囲気を醸し出しているのに、獣人は全く意に介していない。ぎりぎりと睨み付けるシャイルをよそに、獣人はおもむろに口許を覆っていた布を下げる。


「じゃあ、飲んじゃうね」


と、口許の布を下げた。布で隠されていた唇が露になった時、その柔らかそうな唇にシャイルは一瞬、目を奪われた。

シャイルの視線に気付かない獣人は、その唇をビンに付けると、ビンの中身を一気に あおった。


口をつけてくれない?と言ったのは、毒味をしろという意味だ。僕は毒味をしろと言った。それなのに、この獣人は一気に半分も飲み干してしまった。


「これ、美味しいね。はい、どうぞ」


上機嫌な声音で中身が半分になったビンを差し出される。


「…あんたの飲みかけなんか いらない。そっちのほう、取って。封は切らなくて良いから」


呆れながら、シャイルは もう一方のビンを催促する。


「こっち、飲むの?」


またも、驚いた声で言う獣人。知らない他人の口を付けた物なんて、初めから口にする気はなかった。最初から 獣人が飲むつもりだった方を いただく腹積もりだったのだ。

そして、もし この獣人が毒を仕込んでいたなら、シャイルにすすめたビンを自分が まず飲めと言われたら、拒否するだろう。シャイルは獣人が 瓶に口を付けるのをためらう素振りを一瞬でもすれば、すぐにビンを叩き返して帰るつもりだった。それなのに、まさか一口目で豪快に半分まで飲むとは思わなかった。


「ねえ、やっぱり変な人って言われない?言われるでしょう」


にやついた口許に苛立ちながら、差し出されたビンを乱暴に受けとる。受け取ったビンを しげしげと眺めて、逆さにして沈殿物が無いか確かめ、最後に封が開けられた形跡がないことを確認して、シャイルは封を開けて匂いを嗅いでから 用心深く そうっと口を付けた。

やっと ありつけた水分が、からからに渇いていたシャイルの喉を潤おす。

一口、また一口と 飲んでいると、獣人がシャイルを じっと見つめていた。


「…何?もらってあげたんだから、お礼なんかしないからね」


「いや、別に それは気にしてないよ」


ふい、とわざとらしく顔をそらしたシャイルに苦笑しながら、獣人は飲みかけのビンに再び口を付ける。


「本当は、これ買ったはいいけど開け方が分からなかったから、困ってたんだ」


シャイルは 何を言っているんだ、と眉をひそめて獣人を盗み見る。獣人は ビンを ぼうっと見つめていた。このビンは別に特殊な封がされているわけではない。ごく一般的な やり方で封がされている。だから、誰でも すぐに開けられるはずだ。そう考えて、シャイルは一人例外が居たことを思い出した。

他との交流を絶った辺境の里から出てきた その子は、金属が加工された この封の仕方が珍しいと言って、初めは開け方がわからずに四苦八苦していた。この獣人も、同じなのだろうか。あの子と同じくらいの辺境で育ったのかもしれない。


「…あんた、どこから来たの?」


この辺の獣人ではないことは、すぐに分かった。大きな帽子や口布は、この辺りでは見たことがない。


「人を探してるんだけど…なんだろう、あたまがふらふらする」


気の抜けた口調になり、顔が赤くなった獣人にシャイルは もしや、こいつは本当に毒を入れていた……?と 目を見開き、獣人から距離を取って警戒する態勢に入った。


しかし、獣人は急に ぶるぶると震えると、椅子に倒れ込むようにして顔を伏せた。


「…やっぱり毒を…?」


震えが止まらない獣人を睨み付ける。周囲からざわめきが聞こえる。ここは町中なのだから、揉め事があれば すぐに周りが騒ぐ。


「ふっ…ふふふ、ふふふ…」


獣人は不気味な声を出しながら、椅子に倒れ込んだまま動かない。周囲から警察を呼ぶべきか否かという声が聞こえる。冗談じゃない。警察なんて呼んだら、僕も色々と聞かれて面倒なことになるじゃないか。

どうして、全くの無実の自分が そんな面倒ごとに巻き込まれなくてはならないのか。第一、もし この獣人が本当に毒を飲んで苦しんでいるのだとしても、それは自業自得と言えるだろう。下手をすれば、毒を飲んで苦しんでいたのはシャイルだったかもしれない。そう思えば、この獣人が苦しんでいようが、警察に突き出されようが、シャイルには関係がなかった。

そう思うのだが、その場から立ち去ろうとして家に足を向けた時、シャイルの脳裏に先程の獣人の唇がふと甦った。赤く色づいた その唇が、シャイルの足を止める。

どうしてだか、シャイルは この獣人が警察に引っ立てられて、檻に入れられる姿を想像すると何かが胸に引っ掛かった。


「ちょっと、顔をあげなよ。病院に連れて行ってあげるから」


シャイルが獣人に手を伸ばすと、獣人は突然がばりと身体を起こして、シャイルに手を伸ばして抱きついてきた。背中にまわる温かな腕と、ふわりと鼻をくすぐる甘い香りにシャイルは不自然に心音が早くなった。


「なっ…!?」

「あははははっ!なんか たのしくなってきちゃった!あははははっ!」


シャイルが目を見開いて硬直していると、獣人は シャイルの耳許で大声で笑い出した。うるさい、とにかく離れなよ!と悪態をつきながら獣人を引き離そうとするも、強い力で抱き付かれて離れない。どうすれば、とシャイルが困惑していると。


「何だよ、酔っぱらいか」

「お姉さん、相方さん 顔が真っ赤だけど、大丈夫かい?」


と二人を取り囲んでいた町人たちが声を掛けてくる。酔っている?…どうやら、この獣人は毒ではなくて飲み物にわずかに含まれていたアルコールによって、このような醜態をさらしているらしい。シャイルが初めにビンのラベルを見て良い顔をしなかったのは、このアルコールを警戒したからだった。しかし、ラベルに記載されたアルコール濃度の低さに警戒を解き、獣人から飲み物を貰う運びになったのだが。まさか、このアルコール濃度で酔う獣人がいるとは思わなかった。この獣人は よほどアルコールに耐性がないらしい。


「これ、飲ませておやりよ」


心配そうに こちらをうかがっていた中年の雌の獣人が水の入ったコップを差し出してくれた。つい、それを受け取るとシャイルに抱き付いたままだった獣人が「のませてくれるのー?」と上機嫌で シャイルの髪に頬を摩り寄せてくる。

シャイルは うんざりとして、溜め息を吐いた。気づけば、シャイルの心音は もう落ち着いていた。周囲も警察を呼ぶまでもないことだと悟ったのか、徐々に人が離れていく。しかし、今だ面白そうに二人を見る獣人が たくさんいる。


赤い顔をしてシャイルに抱き付く獣人と、嫌な顔をして抱きつかれるままにしているシャイル。この様は まるで酔っぱらった つがいの雄を介抱する雌のようじゃないか。そう思考が行き付いた時、シャイルの眉が一気に不快に歪んだ。

シャイルは獣人の背中にまわした手で上着の首もとを掴み、手にしているコップの水を ためらいもなく流し込んだ。


「つ、つめたっ……!」


「離れてよ。あんた、馬鹿じゃないの」



服が濡れ、慌ててシャイルから手を離した獣人を尻目に、シャイルは振り向きもせずに家路に足を向けた。シャイルが今しがた抜けてきた人の垣根から、「兄ちゃん、振られちゃったね」と気の毒そうな中年の雌の獣人の声が聞こえたが、シャイルは振り返らなかった。

今度は、あんな馬鹿な獣人など どうなっても気にするものか。シャイルは肩を怒らせながら颯爽と街道を歩いた。


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