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陽射しも暖かくなり、寒さが苦手なシャイルが最も好む春。ふわふわと揺れる花や、ひらひらと舞う蝶を見ると追いかけたくなるのは猫の獣人の性だろう。今日も、窓から それらを眺めて一人 癒されようとシャイルは窓を開けた。

柔らかな風に揺れるカーテンを開いて窓から顔を出せば、そこには建築資材を軽々と肩に担ぐ大柄な熊族や、ちょろちょろと忙しなく駆け回る鼠族の若い雄たちがいた。


ニイシャたちの家の建築が始まったのだ。

活気があって騒がしくもある現場の空気は、雄くさくてシャイルは好きではなかった。当然、人が集まり騒がしい中には、人を警戒してか シャイルの目当ての蝶の姿はなく、美しい花を愛でようと思えば、その近くで作業する筋肉だるまの様な雄たちが嫌でも目に入る。


「…信じられない。とんでもない視界の暴力なんだけど」


勝手だとは分かっていても、いささか気分が下降してしまう。シャイルは 八つ当たりの様にカーテンを乱暴に引いて筋肉だるまたちを遮断すると、気分を落ち着かせようと お茶を淹れることにした。


熱かった茶が適度に冷めて やっとシャイルが口をつけた頃、ニイシャとヒゼンが自室から出てきた。

二人は今日も 町に新居の家具や調度品を見に行くらしい。ここのところ毎日だった。最近では、気に入った物がなければ、隣の町まで足をのばすらしい。隣町は山 三つ分離れている。通常の獣人なら徒歩で2日、馬で一日といったところを、ニイシャ曰く ヒゼンはニイシャを背負って半日もかからずに着いてしまうという。

冗談かと思ったが、本当の話だった。隣町から来た馴染みの商人が、この頃 狼族の つがいが町に出没すると言っていた。何でも、雄が雌を宝物のように 大切そうに横抱きにして山を下って来るという。ニイシャとヒゼンは、本人たちの預かり知らぬところで かなり話題になっているらしい。

まさか、隣町の住人たちも 話題の二人が山を越えて来ているとは思わないだろう。

狼族が もともと 素晴らしい身体能力を有しているのか、それともヒゼンが並外れて優れているのか…深く考えるのも嫌になって、シャイルは「ふうん」と気のない返事を返した。シャイルの素っ気ない態度に慣れている商人は別段気にはしなかったが、シャイルが いつになく無表情になっているのを見ると、不思議そうに首をかしげた。




季節は夏の半ばに差し掛かった。暑さに弱いシャイルは屋内で過ごすことが増え、ニイシャとヒゼンは暑さも気にせず、飽きもせずに家具選びに精を出している。

ニイシャとヒゼンの家の工事は着々と進み、冬前には家が建つそうだ。二人の 浮かれた様子から いかに完成を楽しみにしているのかが伝わってくる。

実は、シャイルも 密かに楽しみにしていた。今は こうして三人で上手く暮らしているけれど、節々にヒゼンの嫉妬の目線が突き刺さる。ことあるごとに ニイシャに頼りにされるシャイルを面白く思っていないことは 、シャイルも早くから気が付いていた。もとより、あの嫉妬深さで よくも今まで流血沙汰も無く平和に暮らしているものだと思う。

しかし、二人の家が出来れば その嫉妬も和らぐだろう。つまらないから、適度に二人を邪魔してやるつもりではあるが。構わないだろう。なんせ、シャイルは ニイシャの「兄」だから。


呼び鈴を鳴らして、ドアを開けて微笑むニイシャの後ろに立つ 鬼のような顔のヒゼンを思い浮かべて、シャイルは ふふふ、と笑みをこぼす。


そして、シャイル一人だけが座るリビングを見渡す。



「また、ひとりになっちゃうけどさ…」



二人の家は すぐ隣同士なのだから、いつでも会える。それは分かっている。それなのに、広い家に一人で取り残された様な孤独を感じていた。一人でいることは、ニイシャが来るまでは当たり前だったというのに、何故か無性に寂しく感じた。ニイシャを拾って一緒に暮らした日々も、ヒゼンが 転がり込んできて苛ついた日々でさえ、 あの暖かさや騒がしさが懐かしいと思える。



「僕としたことが、こんな感傷的になるなんて気持ち悪い…しかも、最近 独り言が増えてるし…ああもう、なんなのこれ」


テーブルに頬杖をついて ぼんやりとしていると、玄関のドアが ノックされた。この力加減を間違えたノックは 建築作業員の熊の獣人だろう。あの雄はシャイルを雌だと思っているらしい。顔を合わせる度に頬を赤くする。暇潰しに観察してみれば、身体は でかいが雌に免疫の無い内気な獣人だった。内気な癖にノックだけは力強くて、そのアンバランスさがシャイルを苛立たせた。


暑さで汗ばむ身体が重だるくて、椅子から立ち上がる気力さえ無い。正午に近い日差しは、シャイルを じりじりと苛む。


また ドアをノックする音がする。しつこい熊だ。シャイルは またも無視をしたが、熊はしつこくもノックを続ける。そのうちにドアを叩き壊されそうな気がして、シャイルは 渋々 ドアを開いた。

予想通り、そこに立っていたのは でかい熊の獣人であった。ドアを開いて、そのドアにもたれ掛かるようにして立つ シャイルを見て、頬を染めて硬直している。


「…用件は?」


不機嫌を隠さないシャイルに たじろぎながらも、獣人は慌てて図面を広げ 太い指で図面の一ヶ所を指差した。


「ここのところ、もう少し詳しく聞いてから 工事を進めようと思って…」


「ふうん」


ここのところ、と言われてもシャイルは 何の事だか分からない。そんなことは家主に聞いてくれ。


「あの二人を捕まえて聞いたら いいよ」


自分は全く知らない。と態度に表すと、獣人は頭を振って、


「いえ、お二人が どこにいるのかわからないので、あ、貴女に聞いてみようかと…」


尻すぼみに小さくなる声と、途端に もじもじし出す獣人に苛立ちを募らせたシャイルは、


「……そう―――それなら、『オレ』が探しに行ってくるよ」


シャイルは そう一言 言うと、家に入って鍵を取り、そのまま自宅を施錠して獣人に背を向け、町に向かった。


背後で、シャイルの口から発せられた「オレ」に衝撃を受けて呆然と立ち尽くす獣人を尻目に、あれほど嫌がった暑さも忘れて、シャイルは 一路 町を目指した。


そこに二人が いるとは思っていない。ただ、あのシャイルを苛立たせる獣人と、孤独を感じさせる広い家から離れたくなっただけだった。


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