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シャイル/一

シャイル目線の お話と シャイルの行く末を書いていきます。シャイルが終わったら、ヒゼンのヤンデレendを載せます。

ちなみに、シャイルはニイシャよりも女子力高めです。

汚ない子犬を拾った。仕掛けた網に勝手に掛かって 間抜けな顔を晒して呆けている。


でも、近付いて 直ぐに子犬ではないとわかった。これは、狼だ。犬族は 怯えれば尾は くるりと巻くのに対し、これの尾は 真っ直ぐに伸びている。何より、呆けたまま開いた口から覗く犬歯が犬族より 長く鋭い。


狼族は 同じ種族の者同士が好んで集まり、「里」という群れの中で暮らすという。つがいを探す若い者は 里を出て放浪するというが、狼族そのものが排他的で人口が少ないために、狼族はあまり「外」では見受けられない。シャイルも 実際に狼族を目にしたのは初めてだった。


そして、狼族は実力主義で力こそが全てという価値観の中で生きると聞いている。この小さな狼も、今は呆けているが いつ正気に戻り その牙を向けてくるかも分からない。


そのような思惑があって、シャイルは この小さな狼の本性を暴いてやろう、と分かりやすい挑発をし、煽った。


それなのに、この小さな狼は惚けた返答をする。シャイルの 油断を誘うための演技かと思いきや、その瞳は 真を語る者の目であった。自身の見目のせいで 沢山の邪な思惑を持つ人々を目にしてきたせいか、純真無垢な光を宿す この狼に、シャイルは好感を覚えた。


そうして この小さな狼に 興味がわき、矢継ぎ早に質問をしてみれば、子どもだとばかり思っていた 狼は 成人しているという。成人していながら この華奢な体つきでは、豪気な雄は庇護欲に燃え、さぞかし魅力的だろう。よく 今まで無事であったものだ と 思ったが、網を外してやった僕に向けられた 無邪気な笑顔を見れば、そこは自然と合点がいった。この笑顔を向けられれば、手を出し難いことだろう。無垢過ぎる狼は どこか幼げで、侵しがたい神聖さがあった。


色も媚も含まない純粋な笑顔を向けられたのは、どれ程久しかったか。この時から、この狼の雌に対する シャイルの心象は劇的に変化した。


大きな目と小さな鼻に花弁の様に淡い色づきの唇。そして 柔らかな髪に 華奢な体つき。背をぴんと伸ばして姿勢良く立つ 姿は まるで 雌の子どもが好んで遊ぶ人形の様。


僕とは また違う「美」を持つ 狼の雌を好ましく思い、その可愛らしい姿を眺めていると、白い頬や 手に滲む血と 痛々しい傷に気が付く。


それを指摘すると、あろうことか 狼の雌は これくらいの傷は舐めれば治る等と抜かす。馬鹿なのか。その白く艶やかな肌に傷が残ったらどうする。


怒りのままに狼の手を取り 自身の家へと連れ帰る。手当てをしてやると、また笑顔で礼を言われた。その警戒心と危機感の無さに これは 本当に狼なのか?と頭を悩ませるも、笑う口許から覗く犬歯は やはり狼族に ふさわしい鋭さを湛えている。


しかも、話を聞けば僕を 雌だと勘違いしていたらしい。たいていの人から雌に間違われ、それを自覚している シャイルであったが、こうして狼に言われるまで それを失念していた。

ふと、自身に違和感を抱く。シャイルは これまで会う人全てに対し、「どうせ、こいつも僕を雌だと思っているに違いない」という疑念を持って接していた。しかし、この狼は どうだ。今 狼に 言われるまで、シャイルは その 疑惑を 少しも持たなかった。それは、初めから意図せぬうちに シャイル自身として 接しているということだ。

言われて初めて、そうか。僕を雌だと思っていたのか、と気が付く有り様。


それは 結構な衝撃だった。知らぬうちにシャイルの 内側まで入り込む この狼を、シャイルは 近くに置きたいと思った。初めて出会う人種。肉親くらいしか いなかった、自分に 何の含みも持たない眼差しを向ける人。


面白い。もう少し この雌と話をしたい。そう思い、慣れない茶を淹れる。薄く埃を被った茶壺を開けると、色褪せた茶葉。一目で風味が とんでいるのが分かり、新しい茶葉を棚から引っ張り出す。シャイルを雌だと勘違いした 馬鹿な雄に押し付けられた菓子があったはずだ。それも ついでに皿にのせて、シャイルは ポットに湯を注いだ。常より丁寧な 手つきに、思わず苦笑が漏れた。




シャイルと狼―――ニイシャは 温かいお茶とお菓子と、お喋りを楽しんだ。

シャイルとニイシャは すっかり打ち解け、シャイルは くるくると表情を変えながら 里のことや家族のことまで 楽しそうに話すニイシャに相槌を打ち、たまに笑い合い、色んなことを語り合った。シャイルは、久しぶりに 人と深い会話をした。

思えば、他の者と距離を置くシャイルが 家族以外の獣人と ここまで楽しく歓談をするのは初めてのことだった。初めて会ったはずなのに、シャイルはニイシャと穏やかな心で会話が出来た。



気づけば、もう 部屋は薄暗くなっていた。シャイルがランプに火を付けると、ニイシャは はっと目を見開いた。シャイルとの おしゃべりが楽しく、日が落ちるのを忘れていたというニイシャに、シャイルは 僕も、と同意し 穏やかな笑みを浮かべた。


また会いに来ても良いかと尋ねるニイシャを見ると、自身の胸にも 寂しさが涌き出てくる。人との別れが寂しいと感じるなど、シャイルにとって久し振りのことだった。

毎日だって来たら良いと言ったのは、紛れもない本心からの言葉だった。


少し肩を落として椅子から立ち上がるニイシャを見ながら、ふと ニイシャの住み処は どこか気になった。この辺りは 既に 住めそうな場所は 流浪の獣人と獣に占拠されていて、新しく この地を訪れた者が易々と住み処を見付けることは ほぼ不可能。


それとなく 住み処を尋ねれば、なんと まだ見付けていないという。もう雪も降り始める頃であり、雨風を凌げる場所なくば 凍えて 明日にも凍死してしまうだろう。

幸いにもシャイルの家には空室がある。多少荷物を置いてはいたが、すぐに 退かせる量であるから、今からニイシャに部屋を与えても困りはしない。

そう思って、シャイルは 遠慮するニイシャを なかば脅すようにして家に住まわせることにした。この小さくて華奢なニイシャを 寒空の下に送り出すのが忍びなかった。また明日、と言えど 今晩にでも凍えて死んでしまったら。そんなことを一度でも考えてしまえば、シャイルは ニイシャを 家から出すのが怖くなってしまった。





共に暮らして 何日か経った日、ついに雪が降った。猫の獣人であるシャイルは 寒さが苦手で、この時季は何をするのも 億劫になる。しかし いささか潔癖のきらいがあるシャイルは 掃除から洗濯まで、全てを こなす。干した衣類に少しでも皺が付くのが嫌で、洗濯には特に気をつかう。そうして黙々と家事をこなしていると、物陰から 此方を覗くニイシャの視線に気が付く。

恐らく、また手伝いをする機会をうかがっているのだろう。ニイシャは 所謂「お客様」な扱いに 居心地が悪く感じているようだ。


そうはいっても、あんなに小さなニイシャに 家事をさせるのも気が引ける。それよりは 飯を たらふく食べて、少しでも縦になり横になり延びてほしかった。成人を過ぎているとはいえ、華奢なニイシャは 直ぐに壊れてしまいそうに見えて、シャイルは ニイシャの扱いに困っていた。





しかし、それからまた 幾日か過ぎた ある日、ついにしびれを切らしたニイシャが 少し強気に手伝いを買って出た。だが その内容がニイシャ 一人で狩りに行くというものであったから、シャイルは 眉間を指で押さえて天井を仰いだ。シャイルにはニイシャが狩りをする姿が どうしても想像出来なかった。むしろ お前は狩られる方だ。と言わなかった自分を誉めてやりたい気持ちになった。


生き生きとして今にも 外に飛び出さんばかりのニイシャに やんわりと釘を刺す。しかし それでも 引かないニイシャに、シャイルは妥協案として 買い出しを頼んだ。

数日前に買い出しは済ませてあったが、一人で外を ふらふらされるよりは ましだ。先日 付近の山で大猿の目撃談もあり、今 外は 特に危険だ。それなら 町中で 人の目がある所に居てくれた方が何倍も良い。


やっと仕事を見付けたニイシャは 軽やかな足取りで外套を羽織る。


「ちょっと、その頭で行く気?」


ぴょこぴょこと 所々 はねた髪を 気にもせず 門扉に手をかけるニイシャを引き止め、髪をブラシで ととのえてやる。


嬉しそうに 笑って礼を言うと、ニイシャは 町へと出掛けていった。


ニイシャがシャイルの 家に住むようになってから、ニイシャは日毎に 雌らしくなっていった。華奢で棒のようだった手足も雌特有の柔らかさを帯び初め、以前よりは肌と髪の艶も増している。雌らしい身体のふくらみは、今のところは衣服の上からでは全く成長の片鱗も見せていない。

…着痩せではないと思う。まだ成長途中なのか、

それとも そういった家系なのか。


余計な心配をしてしまっている自身に気付いたシャイルは、何事もなかったように家事を再開する。しかし、その頭の中では、ニイシャに もっと栄養のあるものを食べさせてやろう。という親心に似た思いが在ることに気が付く。


面白いと 思って拾ったというのに、今ではニイシャは シャイルの生活に違和感なく溶け込み、あまつさえ その存在がシャイルの心配の種になっている。シャイルが 他人の、しかも雌と同居しており、更に その雌の行く末を案じている等と、シャイルの両親が知ったら どう思うだろうか。恐らく ひっくり返って目を回すだろう。

他の者に興味を覚えず、家族すらも必要以上に近寄らせずに袖にするシャイルに、両親でさえ匙を投げたというのに。


そんな自分が、唯一 心を開く人が出来たことが、己の事ながら不思議でたまらなかった。


こうして家事をしながらも、窓の外に ちらつき始めた雪に目を止めて、ニイシャは 何処で道草を喰っているのかと 心配と苛立ちが募る。


やっと帰ってきたニイシャは、髪には ほんのりと雪が積もり、頬と鼻を真っ赤にして鼻をすすっている。凍えていないかと心配したシャイルの気も知らずに、ニイシャは帰り道で小さな獣を見掛け、つい追いかけて道に迷ったらしく しっかりと足の先まで冷え込んで帰ってきた。

そんなニイシャを「遅い!あんた馬鹿でしょ?」と叱りつけてしまったのは 仕方がないことだと思った。




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